アルコールは依存性薬物であり、
 
  アルコール依存症は飲酒のコントロール障害である


           (かがり火第138号)  新阿武山クリニック所長 平野建二先生  
  


一 どうして二度と飲めないのか



《中枢神経作用=依存性物質》


 
これはアルコールという物質の性質にその原因があります。
 
依存性薬物が次の表に書いてあります。
 
依存性薬物というのは中枢神経作用(脳に対する直接作用)を持ったものをいいます。
 
中枢神経作用には二つのタイプがあって、一つはモルヒネやヘロインのように、脳の働きを一時麻痺させるタイプ、もう一つは脳を一時的に興奮させるタイプ(代表的なのがアンフェタミン=覚醒剤)抑制と興奮、このどちらかの性質を中枢神経作用といって、これがあるもののことを依存性薬物といいます。
 
アルコールは脳の働きを一時的に麻痺させるのが主作用です。
 
人が酒を飲んで酔うというのは酒の主成分のアルコールによって脳が一時的に麻痺した状態、つまりアルコールによる一過性の痴呆、これが酔いの正体です。
 

 

《酔いは新皮質から》


 
人間の脳は層のような構造になっていて、脳の一番深いところに脳幹といって、呼吸とか心臓を動かす生命の中枢があります。
 
その上にあるのが大脳辺縁系で、本能だとか原始的な感情(食欲、性欲、恐怖とか怒り等)を司ります。
 
たくましく生きていくための脳(爬虫類の脳といわれる)と言えます。
 
その上に人間で最も発達した大脳新皮質という、理性とか想像力など人間の高等な精神活動をする部分。
 
こういう三層になっていて、酔いというのは上のほうから麻痺してくるわけです。
 
イッキ飲みが怖いのは、脳に吐けという指令が来たときにはすでに胃袋の中にたくさんのアルコールが入っていて、脳幹が麻痺して呼吸が止まって亡くなることが起こるからです。
 
   
 

依存性薬物の特徴
 
名   称 中枢神経作用 精神依存 薬物探索行動 耐  性 身体依存・離脱症状
モルヒネ型 抑制 +++ +++ +++ +++
アルコール
バルビツレート
ベンゾジアゼン型
抑制 ++ ++ ++ ++
アフェタミン型 興奮 ++ ++
コカイン型 興奮 +++ ++
大麻型 抑制
LSD型 興奮
有機溶剤方 興奮? +? +?


《バルビツレート、ベンゾジアゼン型薬物とは》


 
バルビツレートは簡単に言うと昔多くの人が飲み過ぎで死んだ睡眠薬とか安定剤です。
 
常用量の10倍位で死ぬので、現在はほとんど残っていず、改良されたベンゾジアゼン型に取って代わりました。
 
ベンゾジアゼン型は日本で行き渡っている睡眠薬、睡眠導入剤がそうです。
 
アルコールや睡眠薬を飲んで寝るというのは、夜寝て朝起きるというよりも、夜意識を失って朝たまたま意識が戻ってくるというパターンになっていて脳波上も正常な睡眠と少し違います。
 
まずいことに、普通でない睡眠をある一定期間以上続けるとそれによって人間の持っている睡眠覚醒のリズムが壊れてしまいます。
 
その結果必ず不眠が起こります。
 
よく眠れないから酒を飲むという人がいますが、それは反対で飲みすぎの結果不眠が起こっている。
 
結果が原因となってどんどん悪循環を起こす。
 
大体アルコールをやめて半年(自覚的にはそんなにかからない)経つときれいな睡眠脳波が戻ります。
 
睡眠薬を漠然と続けていると、最初の不眠の原因はとっくに無くなっているのに睡眠薬が原因の不眠となり量が増えて、処方薬依存という問題が起こってくるようになります。
 
もう一つ、軽い安定剤といって今日本では気軽にどこでも出るような抗不安剤(トランキライザー)はたくさんの種類があり、いくつかの例外を除いて殆どがベンゾジアゼン型です。
 
安定するのではなく鈍感になるのです。
 
統合失調症の治療に使われている抗精神病薬や、うつ病の治療薬の抗うつ剤には依存性がありませんが、軽いと言われる安定剤には依存性があるのです。
 
アルコールとこの系統の「鎮痛剤」の一部、「睡眠薬」の全て、「軽いといわれる安定剤」の多くは作用が同じで、他の性質も殆ど一緒で分類上同じグループになります。
 
同じグループの間では「交差依存」という性質があって代用が効くようになります。
 
そういう関係がアルコールとこういう薬との間にありますから、アルコール依存症というのは実は省略した言い方で、正確には、アルコール、バルビツレート、ベンゾジアゼン型の薬物依存ということになります。
 
断酒会のかたはこれらの薬物の使用は十分注意して欲しいと思います。
 
   
 

《精神依存》


 
アルコールは中枢抑制型の依存性薬物の一種類ということになるのですが、依存性薬物には他の物質には見られない、いくつかの共通の性質があります。
 
まず、全ての依存性薬物に例外なく見られるのが、「精神依存」という性質です。
 
依存性薬物が体内に入って脳が麻痺したりあるいは逆に興奮したりする。
 
それを「罪効果」といって、ひどい目にあったと感じる場合と、反対に「報酬効果」といって、自分にとっていい効果があったと感じる場合があります。
 
いい効果として体験をするとその記憶が残る。
 
良かったという記憶が残ると、当然また同じ効果を期待する気持ちが起こってくる。
 
これを「精神依存」といいます。
 
これが再び同じ薬品を使いたいという心理的原動力となります。
 
依存症であろうがなかろうが、精神依存があるから人は酒を飲むのです。
 

   
 

《薬物探索行動》


 
「学習効果」といって、よい経験を重ねることによって「精神依存」は段々大きくなっていくという性質があります。
 
精神依存が大きくなるということは、その人にとってその薬品価値が上がる、ということです。
 
精神依存が病的に肥大すると、その人の行動や考え方に影響が出てくる。
 
これを「薬物探索行動」といいます。
 
周囲から止められたりするのにも拘わらず、非常に努力してでも、知恵と工夫を巡らしてでも求める薬品を手に入れようとする。
 
そういう行動をいいます。
 
そして薬品探索行動が見られるということは、その人の薬品に対す「精神依存」が病的になっているという証明になります。
 
これらの行動・性質というのは、人間にそういう性質あるわけではなく、依存性薬物自体がそういう性質を持っているわけで、チンパンジーでも全く同じ現象が起こります。
 
しかも薬品の種類によって強さのランクが決まっています。
 
表で+の数が多いのが、それが強いという意味です。
 

   
 

《耐性》


 
もう一つの問題は「耐性」という現象です。
 
これは「精神依存」と違って無いものも多い。
 
モルヒネ型とアルコール型にしか見られません。
 
「耐性」というのは使っているうちに段々と効果が出にくくなり量が増えてくるということです。
 
どうやらモルヒネとアルコールには、神経適応という共通の性質があって、初めてこれらの薬品を使用したときから、その人の脳のネットワークにちょっとした変化を起こすらしい。
 
アルコールでいえば、子供のときお屠蘇を飲んだ、そこが出発点です。
 
その変化は小さいけれども元には戻らない。
 
したがって次からこの系統の薬品が入るたびに、脳の変化が積み重なって進行するんだと考えてもらっていいかと思います。
 

   
 

《身体依存の完成》


 
アルコールというのは、依存性薬物であると共に実は強力な細胞毒の一種です。
 
アルコールは微生物とかバイ菌の殺菌剤です。
 
私たちの身体というのは細胞という微生物が集まってできています。
 
ですから身体にアルコールが入るといくつかの細胞が壊れます。
 
しかし全部で60兆ほどの細胞でできていますから、細胞は悲鳴を上げても人間は酔いの効果を喜ぶわけです。
 
アルコールが入るということは人体にとっては非常事態発生ということになり、肝臓は他の仕事を止めてでもアルコールを解毒しようとします。
 
長年アルコールを飲んでいると脳のネットワークの変化が進行する。
 
それがある線を越えると脳の中に通常にはない新しい回路が出来てくるのではないか、そんなことが云われています。
 
いろんな説がありますが、アセトアルデヒド一分子と人間の脳の中にあるドーパミンという一分子が統合してテトラハイドロイソキノリンという物質になるのですが、これはモルヒネのおよそ50倍くらいの強さの神経遮断作用を持った物質で、その為に「脳内麻薬物質」と呼ばれたりするのですが、こういうものを作り出す回路が、ある時期に脳の中に出来るのではないか。
 
このことを「身体依存」が完成されたと言います。
 
身体依存ができた人がアルコールを飲むと、結果として脳の中に麻薬物質が遊離してくるということになります。
 
するとこのことによっていくつかの変化が起こるようになります。
 

   
 

《身体依存が進むと》


 
@酔い方が変わる
 
普通の酔いはアルコールそのもので脳がちょっと麻痺するくらいですが、身体依存が出来るとそれに加えてモルヒネが入ったような効果がある。
 
アルコールの酔い+脳内麻薬による神経遮断がついてきて、自分だけの世界に入る、普通では得られないような効果が出てくる。
 
そのことによってまた精神依存が増し、アルコールの価値がさらに上がることになる。
 
そして別世界に行ったときの記憶が後で飛ぶようになる。
 
これをブラックアウトといいます。
 
これを生まれて初めて経験したときが身体依存のでき始めだろう。
 
多くの断酒会員は20代で経験していると思います。
 
 
A飲酒欲求の変化が起こる(病的飲酒欲求)
 
結論的に言うと飲んではいけない時に飲んでしまう。
 
身体依存が出来てない間は、飲んで+10いい気持ちになったとするとしても、マイナス10のしんどく辛い状態からは上手くいってもプラスマイナスゼロ。
 
ところが脳内麻薬物質の凄さというのはゼロからプラス50に行けるとしたらマイナス50からプラス50に行ける。
 
するとゼロからプラス50よりもマイナス50からプラス50に行った方が落差が大きく効果が大きい。
 
そういう時の方が飲みたくなってしまうのです。
 
「子供が交通事故に遭ってしまって」とか「かみさんが入院してしまいまして」・・それで飲んでしまいました、という患者さんは沢山居ます。
 
でも考え見てください。
 
そんなときは飲むどころではない。
 
飲むことを思いつけないのが普通です。
 
でも身体依存ができているとそういうときこそ飲みたくなる。
 
周りから見ると今こそ飲んではいけない時に飲むように見える。
 
それで人間性の問題という誤解を受けるようになるのです。
 
 
B飲酒のコントロール障害が起きる
 
 飲み過ぎるのは意志が弱いからだ、という誤解が一番多い。
 
しかし、普通の人が、飲み過ぎないように必死に我慢して晩酌をしているわけではない。
 
普通の人は満足して要らなくなるから止まるだけのことです。
 
ある程度飲んで満足するとそれ以上は要らなくなるし、無理に飲まされたら吐いてしまう。
 
ところが身体依存が完成されていると、最初の一杯が原料みたいになって脳の中に麻薬物質が出てくる。
 
この麻薬物質から来る病的な飲酒欲求が出て二杯目が最初よりもっと飲みたくなり当然二杯目を飲む。
 
すると原料が増えるので麻薬物質がさらに増えてくる。
 
三杯目がもっと飲みたくなる。
 
こういう繰り返しが起こるようになります。
 

 

《飲み続けると・・》


 
飲み続けていくと最終的には脳の中に麻薬物質がいっぱいになる。
 
そこで酒が切れてくるとこの物質も分解されるので脳の中では麻薬が切れるという状況になる。
 
すると離脱症状が出て苦しい。
 
そこで酒を飲むと、切れかかった麻薬物質が元に戻って離脱症状が取れて楽になる。
 
ああ良かったということでさらにアルコールの価値が上がる。
 
最終的には脳の中に麻薬物質が多すぎても切れてもいけない状態になって、飲み方に個性がなくなってワンパターンになります。
 
どういう風にするか、早く脳内麻薬物質を一杯にしなければいけないから、最初の一杯は水みたいに一息に飲む(貪欲飲酒)。
 
後は麻薬物質の分解速度に見合った補給をしなければならないので少量ずつ小分けにして飲まなければならない。
 
これを連続飲酒という。

 


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二 依存症の診断基準



 (以下のうち3項目を満たすこと)国際疾病分類ICD-10
 

 ■飲酒したいという強烈な欲求、脅迫感(渇望)
 
 ■節酒の不能(抑制喪失)
 
 ■離脱症状
 
 ■耐性の増大
 
 ■飲酒やそれらの回復に、一日の大部分の時間を費やしてしまう。
 
  飲酒以外の娯楽を無視(飲酒中心の生活)

 
 ■精神的身体的問題が悪化しているにもかかわらず断酒しない(負の強化への抵抗)
 


三 依存を進めやすい条件



 アルコールは依存性薬物です。
 
 飲む人は誰でもアルコール依存症になる可能性があります。
 
 しかし飲む人すべてがなるわけではありません。
 
 アルコールのグループとモルヒネとかヘロイン、アヘンの違いは身体依存のできる速さの違いです。
 
 モルヒネとかヘロイン、アヘンは誰でも半年以内に身体依存が出来る、だから麻薬扱いとなります。
 
 アルコールグループは通常では変化が遅く、多くの人は身体依存が出来るまでに寿命が尽きる。
 
 生きている間には身体依存が出来ない人が多いので麻薬扱いにはなっていないのです。
 
 では一部の人は、なぜ早く身体依存が進むかというと次のような条件があげられる。
 

 ■依存を獲得しやすい素質、飲める体質
 
 ■若年からの飲酒
 
 ■日常的な飲酒
 
 ■先行、並行する他の依存性薬物の乱用
 
 ■胃の切除
 
 ■女性は男性より依存が形成されやすい
 
 ■環境・文化・神経症・気分障害など
 


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   断酒会「松村語録」より

   他力による断酒ではなく、自力、自覚の上に立つ断酒であること。

     断酒会員には普通の人より何か優れたところがある。 

                        *松村春繁 全日本断酒連盟初代会長(S38.11設立) 
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