知らずして選びぬ人は悲しくも不治の病にただ浸りけり
楽しみの趣味もつゆとりなかりけり主人の酒に心はなれず
テレビのみ笑う種なき我が家は既に死におり家庭であらず
咎めれば咎める我が惨めなり隠れ酒見るも口には出さず
正月の来るを悲しむ幼子はまだあどけなき満五才なり
母なりて父にもなりて柱にも代わりぬ我は誰にもたれん
テレビにて酒の事件を報じれば次は我が家と覚悟でふるえり
勤め終え重き心を引きずりて家路に着けば酒の夜始まる
こんなにも痩せて細き ウエストに九号のスカートゆるゆる回る
「もう止めた」流しに捨てしビンの酒 いつものパターンに心躍らず
なぐられる母を庇いて前に立ち父に向かいぬ娘は小五
夏の日に長袖通しぬ両腕に昨夜殴らるアザの残れり
夢にまで飲みて我を悲します目覚めば頬に涙つめたし
憂きし日は心あざむき尚さらに濃い目に紅を引きて出勤す
暴れ狂う昨夜の悲しみ抱きつも仕事に入れば顔には出さず
「這ってでも出勤せよ」と呼びに来し上司にそむく御用始めの朝
気に病みし事済まずして五月雨降りて憂うつな午後
いつ何時酔って帰りぬ君の為錠をはずして「お帰り」と待つ
今頃はどこで何をしてるやら編み物止めて時計見上げる
しんしんと更け行く夜に聞こえ来る胸高鳴りぬ救急車の音
また一つ近所の灯り消されゆく帰らぬ君に今夜も寝れず
遠くより聞こえる車に耳澄ませ急ぎ立ちても無常に去りぬ
いくたびも時計見上げて案じ待つ雪降る夜更けはいと心細き
ふっくらと肥えて笑顔の親友に我にはつかめぬ幸せ羨む
クラブ終え疲れて帰る息子(こ)の耳にくだ巻く父の荒声かなし
「楽しくもなくていいから普通の家庭欲しい」と息子呟きにけり
横道にそれし子に泣く親もあるも親に泣かさる子等は悲しや
「疲れた」と遺して逝きたき 我の苦を君は知らずや今日も飲み行く
真心を持ちて当たるも届かなき酒に曲がりぬ心悲しや
酔う父を見る目は辛く悲しそう子等は黙りて二階へ上がる
節酒など出来る筈ない病とは知らずに節酒を泣いて頼みぬ
職場にて銀婚式を祝わるも我が結婚は長くも浅し
「酒飲むな」「ハイ、飲みません」といかぬ故二十五年をもがき苦しむ
「もうイヤ」と大きな声で叫びたき我の苦しみ君は知るかや
家という建物あるも家庭なき中に育つも子等は曲がらず
深き雪 耐えて芽を出す春を待ついじらし花に我重なりぬ
いくたびも賭けし主人に背かれて二十五年をむなしく流さる
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