AAの友人から


 
『神様、私たちにお与えください。自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを、
 
変えられものは変えてゆく勇気を、そして、二つのものを見分ける賢さを。』
 
12ステップによって、断酒・回復されたご自身の心の軌跡をメールにして届けてくださいます。
 
毎朝届くメールを楽しみにしています、そして励まされています。ありがとうございます(酒害者)
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 1.季節の祈り

 2.【ステップ1】
   私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを
   認めた
    【無力】【底を付く】【ステップ1】【幸福の勝利】【飲めばうまくいくのか?】

 3.【ステップ2】
   自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった
  【開かれた心】【笑いという贈り物】【目指すゴールは健康な心】【素晴らしい解放】【集合場所】

 4.【ステップ3】
   私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした
   【頑固な自我 を手放す】【ゆだねる】【将来に対する計画的な方向性】【本当の自立】
   【鍵はやる気だ】

 5.【ステップ4】
   恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行ない、それを表に作った
   【内面を見つめ】【内側を見る】【本当の兄弟愛】【人格を築く】【除くべき言葉 「非難」】

 6.【ステップ5】
   神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに
   認めた
   【ついに解放された】【一息入れる場所】【 大掃除 】【気持ちと精神を癒やす】【ゆるす】

 7.【ステップ6】
   こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った 
   【今日ベストを尽くすこと】【心の準備が完全にできた?】【長期的な希望】【双方向の道路】
   【他人のではなく私のチェックリスト】

 8.【ステップ7】
   私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に神に求めた
   【恐怖を明確にする】【永遠にのびていく自由】【プライド】【謙虚さは贈り物】【私は道具】
   【欠点が取り去られた】

 9.【ステップ8】
   私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員進んで埋め合わせを
   しようとする気持ちになった
   【一 掃】【快方に向かう】【私たちが傷つけたすべての人の…】【感情的な解放に向かって】
   【誰も傷つけなかっただろうか?】

 10.【ステップ9】
   その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに
   直接埋め合わせをした
   【感情のバランス】【心の平和】【私には責任がある】【埋め合わせをする】【傷の修復】

 11.【ステップ10】
   自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた
   【日々の調整】【他人ではなく、私をどうにかする】【厳しいテスト】【嵐のあとの静けさ】
   【真の寛容】

 12.【ステップ11】
   祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、
   神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた
   【私の意志でではなく、あなたの意志を】【落ち着くところに落ち着いた】【私たちの冒険】
   【欠くべからざる物】【日々の訓練】

 13.【ステップ12】
   これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、このメッセージを
   アルコホーリクに伝え、そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した 
   【与えることで得られるもの】【値札のついていない愛】【失敗も成功も受け入れる】
   【落ち着き】【メッセージを運ぶ】【生きる喜び】【ステップは「提案である」】】

 14. 【学びメール】
   【季節の祈り】【私なりに理解した神】【四つの絶対性】【五つのC】【気楽にやろう】
   【心の平安】






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<ザゼンソウ>



「酒」
 
酒害者の家族にとってこれ程
 
恐ろしいものはない
 
辛いものはない
 
苦しいものはない
 
悲しいものはない
 
恥ずかしいものはない
 
大嫌いなものはない
 


 



1.季節の祈り 





 『神様、私たちにお与えください。 自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを。
 
変えられものは変えてゆく勇気を そして、二つのものを見分ける賢さを。』

 

 この祈りはAAの原理に匹敵するほど、シンプルな美しさがあり、そして、その力には圧倒される。
 
 これを唱えていて立ち往生することがよくあるが。引っかかったところを、よくチェックしていくと、自分の問題に対する解答が見つかる。
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 

【ステップ0】
 
 ステップは1から12ですね。ステップ0は私個人の考えです。
 

 1999年12月に大津市民病院に入院中(勿論、アルコールが原因)に会社から一年の休職辞令が発令。
 
総務部長から手渡されて無気力感におちいりました。
 
(無力の前の無気力、それを私はステップ0と考えています)
 

 大津市民病院の婦長(看護師長)さんからセンターを紹介されて、2000年の1月17日(月)入院を致しました。
 
そのときに書いた、一行日記です。
 
『本日より滋賀県立精神保健総合センターに入院した。
 

 自分の意志による自分のための、断酒を目的とする入院である(何らかの糸に引っ張られたようだ……)第一病棟の108号室(一番奥)の窓側である。
 
断酒のための入院が始まった。』いまでも月に一度は、さつき会に参加して、センターに訪れます。
 
無気力になったときのことを確認するために行っています。
 

 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




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<イカダカズラ>
他人事と思いし断酒夢ならぬ 長きトンネルに光射し込む  



【ステップ1】

 私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなく
 
なっていたことを認めた





『私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた』
 

 完全な敗北を認めたがる人間がいるだろうか。
 
回復の第一歩は自らの無力を認めること。
 
飲まないで生きることと謙遜の密接な関係。強迫観念と身体のアレルギー。
 
AAのメンバーは、なぜ底をつく必要があるのか。
 
                               (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日、元気で 楽しく、心穏やかに おすごしください。 ありがとうございます
 




【 無 力 】

 私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。
 

 第1ステップで無力について述べているのは、単なる偶然ではない。
 
というのは、アルコールに対して自分が無力だと認めるのは、回復の基礎作りのための土台だからだ。
 

 私にはコントロールする力があると思っていたが、実は無かったことを学んだ。
 
私には他人の私に対する考えをコントロールする力もない。
 
ほんの一歩の差でバスに乗り遅れたことも無力だ。
 
ほかの仲間がステップをどう使っているか、あるいは使っていないかに対しても、無力だ。
 

 しかし、無力でないものがあることも学んだ。
 
自分がとる態度には無力ではない。
 
消極性に対しても無力ではない。
 
自分の回復の責任を負うことにも無力ではない。
 
                                (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【底をつく】

 AAの誰もが、まず底をつかなければならないのはなぜだろうか。
 

 底つき経験してからでないと、真剣にAAのプログラムをやってみようと思う人はほとんどいない、というのが答えだ。
 

 なぜなら、AAの残りの11ステップを実践することは、まだ飲んでいるアルコホーリクには夢想すらできない態度と行動を取り入れることだから。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【ステップ1】

 私たちは……。(ステップ1の最初の言葉)。
 

 飲んでいたころ、私に考えられることは「私が、私が、私が」もしくは「私に、私に、私に」だけだった。
 

 そのような自分の苦しい強迫観念、魂の病、精神的利己主義によって、人生の半分以上が酒ビンにしばられていた。。
 

 神を見つけ、今日一日神の意志を行っていくための旅立ちは、第1ステップの最初の言葉「私たち」から始まった。
 

 数には力があった。
 
数には強さがあった。
 
数には安心があった。
 
そして私のようなアルコホーリクにとって、数には生き方があった。
 もし一人だけで回復しようとしていたら、おそらく命を落としていただろう。
 

 神ともう一人のアルコホーリクと共にある自分の人生に神聖な目標ができた………神に癒やされる愛の水路に私はなった。
 
                               (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【降伏の勝利】

 この徹底的な敗北を経験したからこそ、解放と強さへ向かう第一歩が踏み出せたことが分かってくる。
 
自分が無力だと認めることが結局、幸福で生きがいのある人生を築き上げる強固な土台になるのだ。
 

 私のすべてにアルコールが影を落とし、ボトルが私のわがままや投げやりな態度の表れとなり、アルコールの力に打ち克つ方法などないことにやっと気づいた時、ほかには何も頼れるものがないことを知り、降伏した。
 

 降伏したら、勝利が見えてきた。
 
それは、自分の利己的なわがままに対する勝利であり、これまでどおりの人生でいいという頑固な抵抗に対する勝利だった。
 

 どんな人とも、どんなことについても、戦うのをやめたとき、私は、飲まない生き方、落ち着き、平和へと続く道を歩み始めていた。
 
                               (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【飲めばうまくいくのか? 】

 私たちの飲酒歴を振り返ってみれば、自分で気づいたよりもはるか以前から、すでに飲酒のコントロールがきかなくなっていたこと、自分の飲酒がただの習慣ではなくなっていたこと、それはまぎれもない死の行進の始まりだったことを説明することができた。
 

 まだ飲んでいたころ、健康的な人だったのなら、なんでもない日常的なことに、私はうまく対応することができなかった。
 
どんなささいなこともそれが引き金となり、感覚をなくすために飲まなければ、という考えが生まれた。
 

 けれども感覚をなくしたどころで何かが変わるわけではなく、だからもっと逃げるためにボトルを求めた。
 
                                 (12のステップ12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




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<イキシア>
ホームにて酒に崩れし人見れば 「あの日の己」と恥じつ呟く    



【ステップ2】

自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれる
 
と信じるようになった





 何を信じたらよいのか。
 

 AAは何かを信じることを要求しない。12のステップは提案にすぎない。
 
広い心を持つことが大切。信仰への道の多様性。
 
AAを「ハイヤー・パワー」の代わりにすること。
 

 幻滅に陥った人の状態。無関心と偏見という障害。失われた信仰をAAで再発見すること。
 

 知性とうぬぼれの問題。消極的な考えと積極的な考え。ひとりよがり。
 
反抗はアルコホーリクのきわだった特徴。ステップ2は、健康な心への集中点。
 

 神との正しい関係。
 
                            (12のステップ12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【開かれた心】

 本当の謙遜と開かれた心は、私たちを信仰に導くことができる。
 アル中的な考えで、自分の酒ぐらい自分でコントロールできるとずっと考えていたが、結局できなかった。
 

 AAにやってきたとき、神がグループを通じて私に話しかけてくれていることに気づいた。
 

 私の心は、神の助けが必要なことがわかる程度には開かれていたのだが、AAを心から正直に受け入れるにはもう少し時間が必要だった。
 

 けれどもそれができるようになったら、謙虚さも身についた。自分がどれほど狂気だったかがわかり、そして健康な心が戻り、飲まないで生きるアルコホーリクになれたことに、心の底から感謝している。
 

 新しくなった飲まない私は、AAを知らなかったころのどの自分よりもずっと良い自分なっていると思う。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【笑いという贈り物】

 こんなときその人のAAのスポンサーは、たいてい笑い出す。
 

 アルコホリズムからの回復に向かう以前は、私にとって笑い声というのはもっとも耳ざわりな音だった。
 

 私は絶対に笑わなかったし、誰かが笑うとそれはすべて自分に向けられたものだと考えた。
 
自己憐憫や怒りのために、ほんの些細な喜びも、軽やかな気持ちもすべて打ち消された。
 
飲んでいた最終段階のころには、あの酔いの苦笑いさえできなくなっていた。
 

 スポンサーがついに笑いながら、私の自己憐憫やエゴむき出しのごまかしを指摘したとき、私は戸惑い、傷ついた。
 

 けれども同時に、気持ちを楽にして自分の回復に目を向けることも教えられた。
 

 やがて、自分のことを笑えるようになり、ついには、私がスポンサーをしている相手にも、笑えるようになった。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【目指すゴールは健康な心】

 「……ステップ2が私の人生にゆっくりと静かに入ってきたのです。
 
私がいつから自分より偉大な力の存在を信じるようになったのかは分かりません。
 
しかしいまは確かにそれを信じています。」 「信じるようになった !」
 

 以前の私はそのように感じたとき、またそう言ったほうが格好つくように思えた時、そう言いまくっていた。
 
本当は神など信じていなかった。
 
神が私のことまで気にかけてくれるとは考えられなかった。
 
変えられないものを変えようといつもしゃかりきになっていた。
 

 だがそんな自分にだんだんうんざりしてきて、少しずつだがゆだねることを始めるようになった。
 
私の祈りはこんなものだった。
 

「神さま、あなたは全知全能なのだから、どうか面倒をみてください」するとそのようにしてくださった。
 
私の最奥の問題に対する答えがやってきた。
 

 車で仕事に向かっているとき、お昼を食べているとき、ぐっすりと、眠っているとき、といった、思いもよらないときに答えが与えられた。
 

 自分より偉大な力がその方法を与えてくれた。
 
私は信じるようになった。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 

 感動しました。
 スケートジャンプのレジェンド、葛西選手からの教え。
 
目標を持ち続ける事の大切さ。『まだまだ金メダルを得るまで、目標を持ち続けます。』
 

 アイススケートの羽生選手からの教え。
 
『「自分自身のためにプレーをしなさい」との教えに気づき、ゴールドメダルを取った今がスタートである。少しでも人に希望を与えていくことが、私の使命。』
 

 両選手の言葉に感動を受けました。
 
目標を持ち続けることの大切さと、意欲と謙虚の大切さ、戦いは他の人にでは無い。
 
(自分自身である)多くの東北大震災の人々のみならず、多くの日本人が感動(教えられた)させていただいたことに感謝。
 




【素晴らしい解放】

 議論をするのをやめたとたんに、私は見たり感じたりすることができるようになりました。
 
ちょうどそこで、ステップ2が私の人生にゆっくりと静かに入ってきたのです。
 
私がいつから自分より偉大な力の存在を信じるようになったのかは分かりません。
 
しかしいまは確かにそれを信じています。
 
そうなるには、ただ戦うことをやめて、あとはAAプログラムをできるだけ熱心にやってみるだけでよかったのです。
 

 「自我の暴走」に走っていた何年間のあとに、いつも一人ぼっちだった自分が解放されたのは、輝かしいステップ2のおかげだった。
 
あのころに比べれば、現在の苦しみや困難など、ものの数ではない。
 

 誰かがいつもここにいて、生きることの重荷を分かち合ってくれるからだ。
 
ステップ2は、神とのつながりをさらに強いものにしてくれる。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【集合場所】

  ……というわけで、ステップ2は、私たちみんなのための集合場所である。
 

 不可知論者であるか無神論者であるか元信者であるかを問わず、私たちはこのステップにおいて一緒にいることができる。
 

 AAとは、神の啓示を受けたプログラムだと思う。
 
そして、神はどのミーティング場にも存在しているような気がする。
 
AAは効き目があることを、私は目にし、信じ、そして理解できるようになった。
 
なぜなら今日一日飲まないでいられるからだ。
 

 私はAAミーティングに出ることで、自分の命をAAに、そして神にゆだねている。
 
神が私の心のなかにも、みんなの心のなかにも、存在するのなら、私だけが特別なのではなく、全体のなかのほんの一部なのだ。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




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<イチハツ>
入院の十月4日を切りにして 断酒で迎える今日十月4日    



【ステップ3】

私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮に
 
ゆだねる決心をした





 ステップ3は、閉ざされた扉を開けるようなもの。どうやって生き方を神にゆだねるのか。やる気こそ鍵だ。
 

 自立の手段としての依存。自己満足の危険。意志を神にゆだねるとは。意志力の誤用。
 

 神の意志に合わせる持続的な努力が必要。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【頑固な自我を手放す】

私たちの意志と生きかたを、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした。
 

どれほど努力しようという思いがあったとしても、どのようにすればその人がいると思っている神の配慮にゆだねることができるのだろうか。
 

この疑問に対する答えを探っていくなかで、私はそこに書かれた知恵に気づいた。
 

このステップは二つの内容を言っているのだ。
 
昔の生き方のなかで私には、命を落としても当然の出来事や、大けがをしてもやむを得なかったという出来事が何度もあった。
 
それでも一度もそうならなかったのは、誰かが、または、何かが私を守ってくれていたからだ。
 
私の命はいつも神の配慮のもとで守られていたのだと信じようと思った。
 
肉体的な死がもたらされるその日まで、私に与えられた日々をコントロールできるのは神しかない。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【ゆだねる】

AAに入って、やり通そうとしている人たちは誰でも、知らないうちにステップ3をやり始めている。
 

 この人たちは、ことアルコホーリクス・アノニマスの助けと保護と導きにまかせようと決めたではないか。
 

 ……やる気のある新しい仲間は、AAこそ浸水した難破船のための安全な港であることを確信している。
 
このことこそ、新しく見つけた神の摂理に意志と生き方をゆだねることに他ならない。
 

 神に従うことは私の回復の第一歩だった。
 
このAAという集まりは、神の新たなつながりに向けた霊性を求めるところだと私は信じている。
 

 ステップの道に従って歩もうとするとき、私は自由を感じる。
 
                            (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【将来に対する計画的な方向性】

 私たちは、自身の意志を神の意志に従わせる時、はじめてそれを正しく使うことができる。
 

 このことは私たちみんなにとって実に素晴らしい啓示だった。
 
私たちのすべての問題が、意志の力の誤用だった。
 
私たちに対する神の意向に合わせようとはしないで、自分の意志によって問題を解決しようと努めていたのだ。
 

 自分の意志を神の意向にだんだんと合わせられるようにするのがAAの12のステップの目的であり、そのとびらを開くのがステップ3である。
 

 導きを求めて神に祈るなら、どのようなことが起ころうと、それは起こりうるもののなかでは最高の出来事なのであり、たとえそれが私の望むことではなかったとしても、起こるべくして起こったことだと理解できる。
 

 一人ではできないことも、神におまかせするなら、神は私のためにしてくださる。
 
                           (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【本当の自立】

 ハイヤー・パワーへの依存が、むしろ私たちを自立させる………。
 

 神を信じようとする気持ちがわずかしかないところから私はスタートしたが、神はその気持ちを大きく育ててくれた。
 
その気持ちが大きくなるにつれ、信仰心も大きくなり、信仰心が強まるにつれ、さらにその気持ちも強くなった。
 

 神への信仰が強まること、神への依存も大きくなる。
 
そのような気持ちがまだなかったころの私は、何につけても頼りにできるのは自分自身しかなく、しかし自分自身の不完全さのためにいつも壁にはばまれていた。
 

 ハイヤー・パワー(私は神と呼んでいるが)に依存しようという気持ちを持ったら、私に必要なものはすべてあのかたが与えてくださるようになった。
 
                           (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【鍵はやる気だ】

 まず私たちは、やる気の鍵を使ってドアを少しだけ開けた。
 
すると、いつでも、もっと広く開けられることがわかった。
 

 自分のプライドや強情さを捨て、自分より偉大な力にゆだねようとする意欲こそが、今の私のあらゆる問題を解決するためには絶対必要で、唯一の要素であることが証明されている。
 

 その意欲がたとえわずかしかなかったとしても、それが偽らないものであるなら、そこには充分に神の入る余地があり、私の問題や、苦しみや、さらには強迫観念についても神に采配を振るってもらうことができる。
 

 私にとっての心地よさは、どんなときにも強情さを捨て、神の意志が現されるようにと願う私の意欲の程度と直接関連がある。
 

 やる気という鍵があるから、私の悩みも不安も、心の落ち着きへと、力強く変えられていく。
 
                           (12のステップ と12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




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<オウトウ>
真剣に断酒に取り組む先輩の 真似して歩きて一年断酒    



【ステップ4】

恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行ない、それを表に作った





 本能はその本来の機能を逸脱することがある。
 

 テップ4は私たちの負債を見つける作業。
 

 極端に走る本能の衝動。誤った棚卸しは罪悪感や誇張や他人への非難を招く。負債と一緒に資産も記入する。自己正当化の危険性。
 

 棚卸しをやる気になった時、光と新たな信頼がもたらされる。
 

 ステップ4は生涯の実践の始まり。
 

 心配、怒り、自己憐憫、意気消沈は情緒不安定の共通の徴候。棚卸しは人間関係の見直し。徹底することの大切さ。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【内面を見つめ】

 恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行い、それを表に作った。
 

 第4ステップは、私たちそれぞれの負債がかつてどのようであって、いまどのようであるかを見つけだしていく、猛烈に苦痛を伴う作業である。
 

 私の本来の欲求が、いつ、どこで、どのようにゆがめられたのかをはっきり見つけだしたいと思う。
 

 自分自身のことも、まわりの人たちのことも不幸にした原因を真正面から見すえてゆきたい。
 

 自分の感情的なゆがみが見つけだせれば、それを修正する方向に進んでいける。そのための積極的でたゆみない努力をしなければ、ソブラエティ(飲まない生き方)や充足感を手に入れることはできないだろう。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【内側を見る】

 私たちはこの自然の欲求が、正確にいつどこで、どのように私たちを狂わせたか知りたい。
 
そのために他の人びとや私たち自身に降りかかった不幸に真正面から向き合いたい。
 

 私たちは、自分の感情的ゆがみを見つけることによって、それをなおす方向に進むことができるのだ。
 

 今の私はもうアルコールの奴隷ではないが、それでもまだアルコール以外の多くのものにとらわれそうになる。
 
たとえば自分自身のこと、自分の望み、そして夢にさえも。
 

 ただ、夢がなかったら私は生きていけない。
 
夢がなかったら、私を前進させるものがなくなるからだ。
 

 自分を解放するには、自分の内側を見つめなければならない。
 
神の力を借り、自分でもっとも恐れている人物に向き合わなければならない。
 

 その人物こそ、本当の自分、神につくられたあるがままの自分だ。
 
それをするまでは、いつまでも走り続けなければならず、本当の解放を手にすることもできないだろう。
 

 私は毎日神に対し、そのような解放を示してくださるよう祈っている。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【本当の兄弟愛】

 私たちは家族や友人や同僚たちに一度も溶け込もとしなかったし、社会の有用な一員になろうとしたこともなかった。
 
いつも集団のトップになろうとするか、でなければ集団の陰に隠れようとしていた。
 
この自己中心的な行動のせいで私たちは周囲の誰とも協力関係を築くことができなかった。
 
本当の兄弟愛がほとんどわかっていなかった。
 

 第4ステップに書かれているこの一節は、私の耳に初めてはっきりと届けられたメッセージだった。
 
自分自身がこれほど明確に書き表されているものをこれまで見たことがなかった。
 
AAにくる前は、どうやったらみんなの仲間の一員になれるのか、知るすべがなかった。
 
初めて行ったミーティングのときから、それを難なくやっている人たちに出会った。
 
そして私も彼らのようになりたいと思った。
 

 いま私が幸せで、ソーバー(飲まなくなってからの期間)なアルコホーリクである一つの理由は、これをもっとも大切な教えとして学んでいるからだ。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【人格を築く】

 他の人に過剰な親切や保護や愛情を求めると、その人に支配されてしまうか、保護者にすら嫌われてしまう…………。
 

 第4ステップで人から認められたいという自分の欲求に目を向けたが、私はそれが性格上の欠点に位置付けられるものとは思わなかった。
 
けれども、このような「欲求」がゆがんだものだとわかるのにそれほど時間はかからなかった。
 

 今も依然として、人から認められると嬉しくなるが、だからといって、昔のように代償を払ってまでそれを得ようという気持ちはない。
 

 他の人たちによく思ってもらうために、無理やり自分を変えるつもりもない。
 
人から認められたなら、それはそれでよい。
 
でも認められなくても、私は生き続ける。
 
ほかの人たちはきっとこういう話しが聞きたいだろうという思い込みで話をするのではなく、自分で真実だと感じ取ったことを話す責任が私にはある。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【除くべき言葉 「非難」】

 不安定な感情がどれほど私たちを苦しめたかを知るまでには、長い時間がかかった。
 

 他の人の不安定さはすぐ気がつくが、自分のことになるとなかなか分からない。
 
私たちは何よりもまず、たとえそれを明らかにすることが苦痛と屈辱であったしても、自分がこのような欠点をたくさん持っていることを認めなければならなかった。
 
他の人びとが関係するところでは、私たちの話や考えの中から「非難する」という言葉を取り除かなければならなかった。
 

 ビッグブックに書かれた指示通りにステップ4をやったら、恨みのリストがひがみや、他の人の非難でいっぱいになった。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
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<オウバイ>
信楽の一周年に頂きし 花瓶に生ける断酒の喜び    



【ステップ5】

神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、
 
自分の過ちの本質をありのままに認めた





 12のステップは自我を収縮させる。
 
ステップ5は難しいが、飲まない生き方と心の平和のために必要。自分の誤りを告白することは、古くからある。
 
恐れることなく自分の欠点を認めなければ、飲まない生き方は続かない。
 

 ステップ5から何を得るか。
 
人間と神との本当のふれあいの始まり。
 
孤独感をなくし、ゆるしを受け、そして与える。
 
謙遜を学ぶ。
 
正直にありのままの自分を認める。
 
完全な正直さこそ必要。
 
理由づけは危険。
 
信頼できる告白の相手の選び方。
 

このステップの結果、心の平静さと神の意識が芽生えてくる。

神との一致が次のステップへと導いてくれる。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
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【ついに解放された】

 自分の欠点を第三者に打ち明けることで期待できるもう一つの大きな報酬は、――しばしば誤解されている言葉だが――謙遜である。
 

 ……謙遜とは、自分が誰であり何であるかをはっきり知ることにほかならない。
 
それなしには人格的な成長をめざすことはできない。
 
喜びにあふれ、幸福で、自由な自分になりたいのなら、自分の過去の生きざまを誰かと分かち合わなければならないことが、心の奥底から理解できた。
 

 そしてそれをしたあとに味わった喜びや安心感は、言葉では言い尽くせないほどのものだった。
 

 第5ステップを終えた瞬間に、自分自身の束縛が解かれ、アルコールの束縛が解かれた。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【一息入れる場所】

 AAの12のステップは全て、人間の自然な欲求に逆らうことを私たちに求めている。
 

 どのステップも私たちの自我をくじくのだ。
 
自我をくじくという点で、ステップ5ほど厳しいステップはない。
 

 しかし、永続的な飲まない生き方と心の平和のためには、これほど必要なステップもまずない。
 

 自分の性格上の欠点を書き上げたものの、そのことを話す気にはなれなかった。
 
しかしもうこのような重荷を一人で負うのはやめる時期が来たと心に決めた。
 
私はこれらの欠点を誰か他の人に話さなければならなかった。
 
それをしないと飲まない生き方を続けられないと書いてあったし、実際そう言われもした。
 
そして毎日の暮らしの中でステップ5を実践したとき、謙虚や心の落ち着きとともに所属感を味わうことができるようになった。
 

 大事なことは、ステップ5に表されている順番で、つまり「神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対し、」、自分の性格上欠点を認めることだった。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【 大掃除 】

 どういうわけか神と一緒にいるのは、他の人と向かい合っているときほど堅苦しいものではない。
 
だから実際に一人の人間の前に座り、長い間の隠し事を声に出して話すまでは、大掃除の意欲もまだまだ絵に書いた餅にすぎない。
 

 神や自分自身に対してなら、自分の性格上の欠点を話すことも特に大変なことではなかったが、誰かほかの人と向き合い、顔と顔を合わせ、腰を落ち着けて、このような内密なことを口に出すのは、非常に難しいことだった。
 
けれども、それをしたら、自分が初めてアルコホーリクだと認めたときのようなほっとする安心感があった。
 
このプログラムの霊的な意義を認め、さらには、このステップは、あと残りの7つのステップの始まりにすぎないことも、心の底から真剣に認めることができた。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【気持ちと精神を癒やす】

 神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた。
 

 誰かを通じて神さまが私のもとへ降りてこられるというのが真実なら、他の人を遠ざければ、神をも遠ざけることになる。
 
神さまは私が考えているよりもずっと身近におられる。
 
そして、私が人を愛し、人からも愛されることで神を実感できる。
 
けれども自分の秘密で道をふさぐなら、愛することも、愛されることもできない。
 

 自分の秘密を明らかにし、それによって罪悪感から解放されることで、実際に自分の考えを変えることで、自分自身も変わることができる。
 
自分の考えしだいで未来も変わる。
 
明日私がどうなるかは、今日私が何を考えるかによって決まっていく。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
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【ゆるす】

 スポンサーか宗教的な助言者と一緒にこのステップをやっている時に初めて、自分にどんなにひどいことをした人でもゆるすことができる、という感じをつかんだ。
 

 私たちは棚卸しによって完全なゆるしを求めるべきだと知った。
 

 しかし実際にゆるされることや、ゆるすことができると本当に「わかった」のは、断固としてステップ5に取り組んだ時だった。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
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<オオアラセイトウ>
比べれば断酒の日々は浅けれど 地獄知りたる我には眩し  



【ステップ6】

こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った  





『こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った』
 

ステップは霊的成長のために必要。一生涯の仕事の始まり。
 

目標に向かって努力することと完全さとの違いを知ること。
 

努力し続けることがなぜ必要か?「用意がある」ことが肝要。
 

行動することの必要性。遅延するのは危険。反抗は致命的。
 

偏狭な目標を捨て、神の意志の方へ向かう地点。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【今日ベストを尽くすこと】

 ここで掲げた原理は成長への道標だ。私たちは霊的な完成をではなく、霊的な成長を求めているのである。
 

 アルコールコホーリクス・アノニマスでは、自分自身の生き方に好結果がもたらされるように12のステップを使っていく。
 
人生の難題にぶつかっても、やらなければならないことがどれほどあっても、私は屈することはない。
 

 私の人生はハイヤー・パワーの手の中にあると考えて自分を楽にしている。
 
それによって「今日一日、自分がベストを尽くすことで、神に求められていることをしている」ことがわかり、私は充実した気持ちになる。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
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【心の準備が完全にできた?】

 「これは大人と子どもを分けるステップです」……「子どもと大人」の違いは、自分で決めた目的のために努力するか、神の与えた完全な目的のために努力するかの違いである。
 

 ……私たちは完全さを目指し、心からやる気を持つようにと勧められている。
 

 ……「いいえ、できません」と言う瞬間に、私たちの心は神の恵みに対して閉ざされる。
 

 ……だからこそ私たちは、自分で自分の目的を限定せず、神の意志の方へ歩み寄っていかなければならないのだ。
 

 これらの性格上の欠点を神に取り除いてもらう心の準備が完全にできただろうか。
 
そう、やはり自分ではできないことが信じられるようになった。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【長期的な希望】

 私たちはみな、自然の欲望をたくさん持って生まれてきた。
 
だから欲望が、しばしばその本来の目的からそれたとしても不思議ではない。
 
その欲望によってやみくもに突き動かされる時、あるいは度を越した満足や快楽を求める時、私たちは神が望んだこの世における完全性から遠ざかる。
 
このことが私たちの性格上の欠点であり、それはいってみれば、「罪」をはかる尺度でもある。
 

 AAは、長期的な希望が生まれ、私の病気の本質や回復の道についての将来の見通しが得られる場所である。
 
AAの素晴らしさは、神の助けを受けて私の人生は良い方向に進むと知ることにある。
 
AAの旅路はより豊かなものになり、理解が真実に変わり、夢が現実となり――そして今日の日が永遠になる。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
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【双方向の道路】

 神は確かに、私たちが願えば、欠点を許してくれる。
 
しかし、どんな場合でも、私たちが協力しない限りは、神が私たちを雪のように潔白にしてくれることはない。
 

 かつて私が祈るとき、自分にゆるしが必要な事柄をかなり除外して祈っていた。
 
私が口に出さなければ、神は気づかないと思っていた。
 
私は知らなかったのだ。
 
過去に自分がやってしまったことで自分をゆるすなら、神も私をゆるしてくださるということを。
 

 いつでも人生の旅立ちができるよう、常に準備をしておくようにと教えられていた。
 
しかし、人生そのものが旅立ちであることを私はまったく知らなかった。
 
それに気づいたのは、AAに来て、ゆるされることやゆるすことを教わりたいという正直な気持ちを持つようになってからのことだった。
 

 人生の旅立ちは、変わろうとする気持ちと、責任を自ら引き受けようという気持ちがあるかぎり、非常に幸福なものになる。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
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【他人のではなく私のチェックリスト】

 怒りのとげを隠したかげぐちは、上品な装いをこらした暗殺のようなものだ。
 

 これも私たちを満足させる。
 
私たちには非難の的となっている相手をその場でかばう気持ちはない。
 
自分の主張が正しいことを示そうとするだけだ。
 
うわさ話をするというような性格上の欠点は、回復の12のステップを使って生きていこうという限りない努力を怠ったとき、ふとしのび寄ってくる。
 

 私の個性というのは、私の存在の恵みであること、それは人生の旅の中で私が出会うどの人にも同じようにあてはまること。
 
このことを私はいつも忘れてはならない。
 

 今日、私がすべき棚卸しは、自分自身についてのことだけである。
 
他の人のことについては、「最高裁判所」つまり神の判断に任せていこう。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
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<オオイヌノフグリ>
「もう飲まぬ」誓いて十日もたぬ君 「飲みたい」言いつつ四年に向う    



【ステップ7】

私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に神に求めた





 謙遜とは何か。私たちにとってそれは何を意味するのか。
 

 人間精神の真の自由への道。生き残るために必要な助け。
 

 自我をパンクさせることの価値。失敗も苦悩も謙遜によって変貌する。
 

 弱さから出る力。
 
苦しみは新たな人生への入場券。
 
自己中心的な心配こそ欠点の元凶。
 

 ステップ7は私たちが自分自身から出て神に向かうことを可能にする態度の変化
 
                               (12のステップと12の伝統)
 
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【恐怖を明確にする 】

 私たちの欠点を増大させていたものは、自己中心的な恐怖…だった。
 

 どうしても落ち着かなかったり、イライラしたり、落ち込んでいるときの私は、自分から恐怖を待ち受けているときだ。
 
この「心にくいこむ災いの糸」が私の苦しみの根源になっている。
 
つまり、失敗の恐怖、他の人たちの意見に対する恐怖、傷つくことの恐怖、その他もろもろの恐怖。
 
ハイヤー・パワーは私が恐怖の中で生きることを決して喜ばないことに気づいたとき、自分の生き方の中でのAAの経験が、自由と喜びに変わった。
 
私はもう、飲んでいた頃の生き方を象徴するような、性格上の欠点だらけの山に埋もれて生きたいとは思わない。
 

 ステップ7はこれらの欠点から解放される道具だといえる。
 
その欠点の底に流れる恐怖を明確にできるよう、どうか力を貸してくださいと私は祈っている。
 
                               (12のステップと12の伝統)
 
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【永遠にのびていく自由】

 ステップ7は、私たちが態度を変える場所である。
 
私たちはそこで謙遜を身につけ、自分自身の殻から出て、他者へ、そして神へと向かう。
 
神や霊の陽光から私をへだてるものを取り除いてください、とついに神に求めたとき、想像していたよりもはるかに輝かしい旅立ちができた。
 
自分を堅い殻に閉じ込めていた自分の性格からも解放された。
 
この謙遜のステップのおかげで、心が洗われたような気分になった。
 

 特にこのステップを私が意識するのは、神に対しても仲間に対しても役立つことができる自分になれたからだ。
 
神の命ずるままにしたがう力が私に与えられたこと、今日私が歩む道に現れる人やものはすべて、神が私のために用意してくださったものであることを、私は知っている。
 
私はまさに神の手の中にあり、今日も私が役立つことができる喜びに感謝している。
 
                               (12のステップと12の伝統)
 
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【プライド】

 私たちは幾千年にもわたり、自分の割り当て以上の安全と富とロマンスを要求してきた。
 
それがうまくいっているように見えた時はもっと大きな夢を見るために飲んだ。
 
それが少しでも挫折した時には忘れようとして飲んだ。
 
これで十分だということは決してなかった。
 

 何度も第7ステップに取りかかろうととしたが、そのたびにたじろいで、もう一度立て直しをはからなければならなかった。
 
何か見逃しているものがあり、ステップの輝きも消えそうになった。
 
何を見落としたのだろう。
 
それはただ一言。
 
読んでいたのだが無視していたもの、あらゆるステップの、そして実際にアルコホーリクス・アノニマスのプログラム全体の基礎をなすもの。
 
その一言とは「謙虚に」だった。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【謙虚さは贈り物】

 自分自身を頼りにしている間は、ハイヤー・パワーへの信頼など考えられないことだった。
 
神の意志を知り、それに従いたいという気持ち、あらゆる謙虚さの基礎にあるこの気持ちが欠けていたのだ。
 

 初めてAAに来たとき、謙虚と呼ばれるつかみどころのないものがなんなのか知りたいと思った。
 
じつはそのときの自分は気づいていなかったが、私が謙虚を求めたのは、謙虚を持てば自分の望むものが手に入り、他の人のために何かをすれば神からごほうびが出ると考えていたからだった。
 

 いま私は、日常私が出会う人々より私のほうが神に近いというわけではないことを、常に忘れないようにしている。今日一日の神の意志を知るために私は祈る必要がある。
 

 そして希望や痛みをともなった私の経験が、どれほど他の人たちの役に立つかに気づいていく。それができれば、私が謙虚を探し求める必要はない。
 

 謙虚のほうで私をつかまえてくれるからだ。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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【 私は道具 】

 私たちの短所を取り除いてくださいと、謙虚に神に求めた。
 

 謙虚というテーマは難しい。
 
謙虚とは、自分を過小評価することではない。
 
それは自分にできたことはきちんと認めることである。
 

 神は私を通してできることだけを、私のためにしてくださる。
 
謙虚とは、実行者は神であって、私ではないことを知った結果生まれてくる。
 
このように気づいてくると、それでは自分が達成したことについての誇りはどうなるのだろう。
 
しかし私は道具であり、自分でやったように見えることでも、それはすべて私を通じて神がしてくださったことなのである。
 

 私は毎日、私の短所取り除いてくださいと、神にもとめている。
 
                              (12のステップと12の伝統)
 
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【欠点が取り去られた】

 しかしいま、「私自身は何ものでもない。何もかも父なる神がしてくださる」という言葉が、
 
素晴らしい約束と意味をもち始めた。
 

 第7ステップを行動に移すとき忘れてならないのは、ステップ7の簡潔さである。
 
「私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に神に求めた」とあるだけである。
 
ただ謙虚に求めさえすればよいのであって、それ以外の余分なことは何も必要とされていない。
 
これまで何年もの間、私は自分の力でなんとか答えを出そうとしてきた。
 
「助けて欲しい」「勇気を与えてください」「力をお与えください」などと口では言いながらも、実は自分でやろうとしていたのだ。
 
このステップではごく簡単に、神が短所を取り除いてくださると言っている。
 

 私が足を使ってしなければならないのは、「謙虚に求める」ことだけである。
 
それは、自分は何ものでもなく、内なる神が「してくださる」ことを頭において求めることを意味するものである。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
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<オオキバナカタバミ>
「納得の断酒してる」と言う君の 強き背中は少し淋しき  



【ステップ8】

私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員進んで
 
埋め合わせをしようとする気持ちになった  






 このステップと後の2つのステップは人間関係にかかわる。
 

 他の人びとと共に生きることを学ぶのは魅力的な冒険。
 

 障害になるのは、ゆるしをしぶること、他の人の誤りを容赦しないこと、悪意に満ちた忘却。
 

 過去の徹底的な調査の必要性。徹底することで洞察が深められる。
 

 他の人に与えた傷の種類。極端な判断を避ける。客観的な見方をする。
 

 ステップ8は孤独の終焉の始まり。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【 一 掃 】

 こうして過去の破壊の跡を片づけ、自分自身を改めて見直し、関わりのあるあらゆる人たちとの最良の関係をどのように発展させたらよいかを考えるのである。
 

 第8ステップに向き合ったとき、1から7までのステップをきちんと終わらせるのに必要な、勇気、正直、誠実、意欲、徹底といったものが、すべて見えてきた。
 
最初はこの作業に必要な力を奮い起こすことができなかった。
 
だからこそこのステップは、「……する気持ちになった」となっているのだろう。
 

 ともかくやってみる勇気を身に付けなければならなかった。
 
そして、どこで自分が間違ったかに目を向ける正直さも、物事をきちんとしようとする誠実な願望も、リストを作ろうという徹底的な心構えも、本物の謙虚を身に付けるのに必要な行動なら覚悟の上ですべて負っていこうという意欲も必要だった。
 
これらのものを高めるのに、私は自分のハイヤー・パワーの助けを借りてステップを終えた後も、さらに霊的な成長を求めて歩みを進めている。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
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(私個人の考え)
 
 アルコール中毒= アルコホーリク先ずは病気だとご理解して下さい。
 
 そして【心の病】WHOで健康とはT. 精神的に T.肉体的に T.社会的に T.霊的に健康とのこと。
 
 私はより霊的な健康を求めています 「正気」=「精神の健康」と定義されています。
 
 叉、アルコールはどの依存よりも強いと、今の医学では不治の病とも言われています。
 

 あゆみ(キン)は私のニックネームです。
 
 ステップはより善く生きるための道具(ツール)。使う、使わないは個人の自由です。
 
 自由だからこそ、私は使っています。
 
 長々となりますのでこの辺にて……。
 




【快方に向かう】

 非常に深い、ときには忘れてしまった、傷ついた感情の葛藤が意識下にはまだ残っているのだ。
 

 積極的な行動を取らなければ、アルコールによってもたらされた罪悪感や恥の残像を取り除くことはできないだろう。
 

 私はいろいろな人たちを傷つけたが、私の魂もまた、自分の行動のために非常に傷を受けていた。
 

 ステップ8によって、自分自身をゆるす方法が与えられた。
 
私が傷つけた人たちのリストを作ったとき、隠れた傷の多くが多少とも軽くなった。
 
埋め合わせを続けていけば、重荷から解放され、それによってやがて自分も癒されるだろう。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【私たちが傷つけたすべての人の……】

  ……その人たち全員に進んで埋め合わせをしようとする気持ちになった。
 

 ステップ8のキーワードの一つは全員という言葉だ。
 
そのリストに書き入れる名前を何人かだけ選び、それ以外の人たちは無視するというわけにはいかない。
 
これは、私が傷つけた全員の人たちのリストだからだ。
 

 このステップはゆるしをともなうものだということがすぐにわかった。
 
私に誰かをゆるそうという気持ちがなかったら、その人の名前を書く気にならないだろう。
 

 リストに最初の名前を書き入れるとき、私はこう祈った。
 
「たとえどんな状況だったとしても、私を傷つけたすべての人を私はゆるします」と。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
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(あゆみ)
 参考に,リストとは、ステップ4で自分が傷つけた人全員に何で傷つけたか(妬み,恨み,怒り,嫉妬,自己憐憫,等)を一覧表に作成して次のステップで自分が信頼できる人(もう一人の人とはスポンサーであり、叉は包み隠さずに話せる信頼ができる人)に正直に話すことと私は思います。
 
スポンサーとは、プログラム(ステップ)を手渡し、導いてくれる人と思いますが… 金銭面の援助者では有りません!



【感情的な解放に向かって】

 人間関係のまずさが、いつも私たちの苦しみの、そしてアルコホリズムという不幸の直接の原因だったのだから、そこをよく吟味しないかぎり、確実な価値のある結果がもたらされることはない。
 

 やる気というのは、最初はまず意識して起こすものだが、時間がたつにつれて、何か行動を起こしたいという、じっとしていられない気持ちが自然に生まれるようになる。
 
そしてそれは、私にとって特別な感情である。
 

 第8ステップを振り返ってみると、私の場合、自分のことでもほかの人のことでも、ともかくゆるされたいという願望から、ほかの人たちに埋め合わせをするやる気が生まれた。
 
私がほかの人に対してゆるす気持ちを持てたのは、人との関係を難しくしている自分の側の問題に気づいたからだった。
 

 あのプログラムの希望として書かれた心の平和や落ち着きが、私も欲しかった。
 
最初の7つのステップを実行してみてはじめて、私が誰を傷つけたかに気づき、そして自分自身の最大の敵は自分だったことを知った。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【誰も傷つけなかっただろうか?】

 しかし、まったく違った障害につまずいたこともあった。
 
飲んでいた時、自分以外の人のことは誰も傷つけたことはないと言い張ったことだ。
 

 最初、このステップはまるで簡単に見えた。
 
私が傷つけた何人かの人たちが明らかになったが、彼らはもういなかった。
 
それにもかかわらず、このステップについて気楽になれず、これに関連する話題は意識的に避けていた。
 

 やがて私は、12のステップと私の生きづらさを点検することを学んだ。
 
さがし求めた結果明らかになったのは、まず両親だった。
 
私のほうから彼らを完全にシャットアウトしたことで両親はとても深く傷ついていた。
 

 次に上司。
 
私の欠勤、記憶の欠落、突然の怒りにいつも頭を痛めていた。
 

 そして友人たち。
 
なんの説明もせずに私は彼らを遠ざけていた。
 

 自分が与えた傷の現実と向き合ったとき、ステップ8は新しい意味を持った。
 
もう気づまりは消え、すがすがしい気分が生まれた。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




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<オキザリス>
命より大事な宝投げ捨てて 新たに生きて断酒十年  



【ステップ9】

その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、
 
その人たちに直接埋め合わせをした  





 正しい判断のためにまず必要なのは平静な心。
 

 埋め合わせをするにはタイミングが大切。
 

 勇気とは何か?
 

 賢明さとは適切なチャンスを逃がさないこと。
 

 埋め合わせは私たちがAAに入った時から始まる。
 

 他人の費用で心の平和は買えない。思慮分別が必要。
 

 自分の過去の結果を受け入れ、他の人の幸福のための責任を引き受ける用意があることが ステップ9の精神。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【感情のバランス】

 機会あるたびに、その人たちに直接埋め合わせをした。
 

 飲んでいたころのことを点検していくと、なにげなく影響を及ぼしてしまった多くの人たちのことが心に浮かぶ。
 
けれどもあのころは、自分の当てこすりや怒りに自分でも苦しんでいた。
 

 これらの人たちがいまどこにいるかわからない人たちに私が唯一の埋め合わせとは、つまり、私が提供できる唯一の「改善策」とは、これからの人生のなかで触れ合う人たちに対して行う間接的な埋め合わせである。
 

 常に優しさをもって、心を尽くしていけば、感情的なバランスが保たれ、平和な気持ちで生きていけるだろう。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【 心の平和 】

 それとも、どんな代償を払おうとも、明らかになったことについては正しく実行しようとの決意で、神の助けや導きを心から求め、スポンサーや宗教的な助言者と当面の問題を相談するか。
 

 ステップ9を実践するには、ハイヤー・パワーへの信頼が何よりも欠かせない。
 
さらに、ゆるし、タイミング、正しい考え方も必要な要素だろう。
 

 ステップをやってみようという意欲は、自分が傷つけた人たちとの新しい、正直な関係につながる扉を開ける成長の経験である。
 

 責任ある行動をとることで、このプログラムの愛とサービスという霊的原理に、より近づくことができる。
 

 心の平和、落ち着き、さらに強い信仰は確実にやってくる。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【私には責任がある】

 過去の自分の行いの結果をすべて受け入れ、同時に他の人たちが幸福になることにも責任を持つ心構えこそ、まさにステップ9の精神なのだ。
 

 私は何よりも自由をいちばん恐れていたことが、回復のなかで、そしてアルコホーリクス・アノニマスに助けられて、やっとわかってきた。
 
それは、何に対しても、責任を負うという段になるとひるんでしまう私の性癖からきているものだった。
 

 ともかく、否定し、無視し、非難し、避けてしまう。
 
でもやがてある日、私は目を開き、認め、受け入れていく。
 
私が経験できる自由、癒し、回復は、目を開いて見つめ、認め、受け入れることから始まっていく。
 

 私はこう言えるよう学んでいる。
 
「はい。私には責任があります」と。
 
正直さとまごころをもって私がこう言えるようになったとき、私は解放されるだろう。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【埋め合わせをする】

 何よりも必要なのは、勇気のなさから引き延ばしをするという態度は決して取らないという断固たる決意である。
 

 回復によって、臆病さが消え、勇気が持てるようになったのは、何よりの贈り物だ。
 
その贈り物のおかげで、私は助けを求めることができ、尊厳と謙虚さをもって埋め合わせへと進むことができる。
 

 埋め合わせをするには、ある程度の正直さが必要なのだろうが、私にはそれが欠けているように思える。
 
それでも、神の助けと他の人たちの知恵を借りながら、自分の内面を見つめ、そのなかに行動する力を見つけだしていく。
 

 自分の埋め合わせが常に受け入れられるとは限らないが、それでも、埋め合わせを済ませたときには、解放感を得て歩みを進めることができ、そして今日一日、私の責任に気づいていける。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【 傷の修復 】

 ステップ9を実行する時に必要なのは、健全な判断、良い時機を慎重に見計らう分別、勇気、そして賢明さである。
 

 埋め合わせには、二つの方法があるだろう。
 

 一つ目は、こわしたものを修復する方法だ。
 
もしとなりの家の垣根を壊してしまったのなら、私はそれを「修理」しなければならない。
 
これが直接行う埋め合わせである。
 

 二つ目は、自分のやり方を修正すること。
 
もし私の行動が誰かを傷つけているなら、もうこれ以上傷つけることがないよう、日ごろから努力していかなければならない。
 
「自分のやり方を修正する」ことが間接的な埋め合わせである。
 

 どちらの方法が良いのだろうか。
 
埋め合わせでさらに傷つけることをしないかぎり、唯一良い方法とは、両方することである。
 
傷つけたなら、「自分のやり方を修正」すればよい。
 
このような方法で行動することで、正直な埋め合わせをしているという自信がついてくる。
 
                          (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




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<ガクアジサイ>
あのチャンス あのタイミングが合えばこそ 断酒の君が今ここにあり  



【ステップ10】

自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた  





 私たちはどんな条件の下でも飲まない生き方を守り、感情のバランスを保てれるだろうか。
 

 自己吟味を規則的な習慣に。
 

 欠点を認め、受け入れ、辛抱強く直してゆくこと。感情の二日酔い。
 

 過去の整理ができた時、現在へのチャレンジが可能になる。棚卸しのいろいろなやり方。
 

 怒り、恨み、ねたみ、羨望、自己れんびん、傷ついた誇りなど、すべてボトルにつながる。
 

 最初の目標としての自制。自分を偉く見せることをやめる。
 
負債と同様に資産も見よう。真意を考察。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【日々の調整】

 自分自身の棚卸しを続け………
 

 第10ステップのところに、霊的な原則が引用されている。
 

 ――「私たちが平静さをかき乱されている時というのは、その原因がなんであれ、自己の側に何か誤りがある」と。
 
さらに、この原則には例外がないとも書かれている。
 

 他の人たちのほうがどれほど理不尽に思えても、それに対して否定的な行動を取らないという責任は、私の側にある。
 
周囲で何が起ころうとも、自分の内面から生じてきたものを選ぶ特権と責任は常に私の側にある。
 

 私の現実は私が作り出すものである。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【他人ではなく、私をどうにかする】

 誰かに傷つけられ、心を痛めたとしても、やはり私たちが間違っている。
 
この一節が私に示されたとき、なんとも言えない解放感があった。
 

 自分の怒りに対して私はどうにかできること、そして相手をどうにかしようとする代わりに、私をどうにかすればよいこと、これらのことに突然気づいた。
 
その法則に例外はないと私は強く信じている。
 

 腹を立てるとき、その怒りというのはいつも自己中心的なものである。
 
私が常に忘れてならないことは、私は人間であること、そしてたとえ結果がおそまつだったとしても、自分にできることを常に最善を尽くして行うことである。
 

 だから私は神に祈る。
 
怒りを取り除き、どうか本当に自由にさせてください、と。
 
                          (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【厳しいテスト】

 はじめの9つのステップをやりながら、私たちは新たな人生に乗り出す準備をする。
 

 しかしステップ10にはいると、現実の生活のなかで――くる日もくる日も、たとえどのような日であろうとも――AAの生き方を実践し始めるのである。
 

 そこには厳しい試練が待ち受けている。
 
はたしてどんな条件のもとでも、飲まないで、感情のバランスを保ち、うまく生きていけるかどうかという試練だ。
 
プログラムの希望が私の人生のなかで満たされていくのがわかる。
 

 しかしステップ10を日常の暮らしのなかに当てはめながら、さらに多くのものが実現することを希望している。
 
私が混乱するとき、それは私の側に何か誤りがあるからだということをこのステップから教えられた。
 
他の人にも誤りがあるかもしれないが、自分の感情をどうにかできるのは自分だけである。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【嵐のあとの静けさ】

 ある人がこのように言っていた。「痛みはあらゆる霊的進歩の基準となるものだ」と。
 
私たちAAの人間はこの言葉に心から共感できる。
 

 感情的混乱のジェットコースターに乗り込んでしまったとき、私が思い出そうとするのは、成長とは痛みがともなうことが多いということだ。
 

 AAのプログラムを続けるなかで、たとえどれほど苦しくても、自分が内面から変わらなければならないことを教えられた。
 
それによって、自己中心主義からその反対の方向へ導かれていく。
 

 心の落ち着きを得たいと思うのなら、過去の感情的混乱とそれに続く感情の二日酔いについてステップを使い、霊的な成長を続けていけることに感謝しなければならない。
 
                           (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 

 私見:十四年前にセンターに入院時に一行日記を書いていました。 日記=日々の棚卸しだと思います。
 




【 真の寛容 】

 そしてやっと私たちも理解ができるようになる。
 
私たちを含めて人間は誰でも、たびたび間違いを犯すし、ある程度までは感情的に病んでいるのだということを。
 
そこではじめて私たちも真の寛容さに近づき、仲間に対する本当の愛が分かってくるのだ。
 

 すべての人がある程度は感情的に病んでいるということを思い出した。
 
そうでない人がいるだろうか。
 
霊的に完璧な人間がいるだろうか。
 
肉体が完璧な人間がいるだろうか。
 
感情的に完璧な人間がいるだろうか。
 
だからこそ、お互いをゆるし、自分がそうされたいと思うように相手にも接していくのだ。
 
これが本当の愛のありかただ。
 
                          (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 
 【ご案内】 4月13日(日)にAAバースデー・ミーティングを、唐崎メリノール・ハウスで行います。
 
       12〜13時 (私の十四年のバースデーです)



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<カノコユリ>
断酒など まさかまさかの坂を越え 奇跡に似たり断酒十二年  



【ステップ11】

祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、
 
神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた  





 祈りと黙想は「ハイヤー・パワー」へ通じる重要な道。
 

 自己吟味と祈りと黙想の結びつき。人生のゆるぎない基礎。
 

 どのように黙想するか。黙想に限界はない。
 

 個人的冒険。最初の実りは感情のバランス。
 

 祈りについては? 神の意志を知り、それを行う恵みを日々祈り求める。
 

 祈りの効果に疑問の余地はない。祈りと黙想によって報われること。
 

 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【私の意志でではなく、あなたの意志を】

 特定の願いをするときには、「それがあなたの意志であるなら……」という言葉を加えるとよい。
 

 私が願うことは、ただその日一日私に与えられた神の意志をよく理解し、それを行う恵みが与えられますようにということである。
 
一日の途中で、向き合わなければならない状況や、決めなければならない決断が目の前に示されたとき、そこで私は立ち止まり、あのシンプルな願いをもう一度新たにする。
 
「私の意志ではなく、あなたの意志が行われますように」と。
 

 どのような状況であれ、そのなかで精一杯の努力をはらう責任が私にはあること、しかしその結果については神が引き受けてくださることを、私は常に忘れてはならない。
 
「私の意志ではなく、あなたの意志が行われますように」と繰り返し謙虚に唱えることで、私は自分の手を放し、神にゆだねていく。
 
私のための神の意志を求めようとする粘り強さと忍耐があれば、自己中心的な思い込みから生まれた痛みも消えていくだろう。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【落ち着くところに落ち着いた】

 おそらく黙想と祈りから得られる最も大きな報いは、「自分の居場所」を見つけることができたという感じである。
 

 まさに、そのとおり。
 
黙想のあとで私があじわうとてもくつろいだ感じは「落ち着くとこに落ち着いた感じ」なのだ。
 
心のなかはとても穏やかになり、ささいな苛立ちなど捨ててしまうという気持ちになる。
 
自分にユーモアのセンスがあることが嬉しく思える。
 
神が作られたもののなかに自分の居場所があるのだと感じられることは大きな喜びである。
 

 われわれにとって、祈りと黙想がわれわれのAAの生き方のなかに書かれていることはなんという幸せなのだろう。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【私たちの冒険】

 黙想は常にどこまでも深められる。
 
その広さにも深さにも限界はない。
 
それは手引きや実例を見つけながら、その助けを借りてする本質的に個人的な体験であり、それぞれが自分のやり方で実行していくものだ。
 

 私の霊的成長は私の理解する神と共にある。
 
神と共に私は心のなかの本当の自分を見つけることができる。
 
毎日、黙想し祈ることで、私の幸せは確かなものになる。
 

 神と共にあるなら、自分の歩んでいる道は神が望んでいるものだという安心を私はさらに深めることができ、神と出会えたことに対する感謝の念がわきあがってくる。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【欠くべからざる物】

 祈ることを習慣として身につけた人たちにとって、祈りを拒否することは、空気や食料や日光を拒否することと同じだという。
 
空気や光や食料を拒否すれば、身体がわずらう。
 
黙想や祈りに背を向けるなら、心や感情や直感力は重要な支えを失う。
 
ステップ11に恐れをなす必要はない。
 

 神との意識的な触れ合いはほかの人と触れ合いと同じだ。
 
簡単でもあり、奥の深いものでもある。
 

 神との触れ合いのなかで、私はほほ笑むことも、耳を傾けることも、自分ゆるすこともできる。
 

 ほかの人と出会うときは、いつだって祈る良い機会であり、また自分のなかに神がいることを知るための良い機会でもある。
 
今日、私は自分のハイヤー・パワーに少し近づくことができる。
 
ほかの人にした神のわざの素晴らしさを探そうとすればするほど、神の存在が確かなものに思えてくる。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【日々の訓練】

 自己吟味と黙想と祈りが必然的に結びつけられ、混ざり合ったとき、そこから人生の揺るぎない基盤が築かれる。
 

 プログラムの最後の三つのステップは私のわがままな性格を神に変えてもらうものである。
 
もし毎晩ほんのわずかな時でも自分の一日の出来事を振り返るなら、自分にとって決して愉快ではなかったことも受け入れることができるようになる。
 
また自分のたどってきた道筋をよく理解することもできる。
 
そうすることが本当の自分を見つけるために欠かせないものなのである。
 
自分が成長していたか、いなかったかもわかるし、私を苦しめるまだ残っている欠点もわかり、その欠点を取り除いてほしいと祈りと黙想で求めることもできる。
 

 毎日祈りと黙想をして自分を変えていこうと努力することで霊的に良い状態が保たれ、どんなことが起ころうとも、飲むなどという考えを持たずに立ち向かうことができるようになる。
 
                             (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 

【思い出話し】
 
1999年の元旦に建部大社さんに酒を飲みながら、明日から酒が止められますようにと祈りました……。
 
今 でしょ ! 本当に昨日のように思い出します。



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<カミツレ>
どん底を這い上がらんと真剣に 救い求めば道は開けり  



【ステップ12】

これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、
 
このメッセージをアルコホーリクに伝え、
 
そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した  





 生きているという喜び、これがステップ12の主題だ。
 
行動こそキーワード。
 
無償で与える。
 
値札のない愛。
 

 霊的目覚めとは ?
 
新しい生命と意識の状態は無償の贈り物として受けたもの。
 
贈り物を受け取る用意は12のステップの実践にある。
 
私たちの問題の答えは霊的成長だ。
 
霊的成長を第一にすること。
 

 支配と過度の依存。
 
「ギブ・アンド・テーク」を人生の基盤にする。
 
神への依存は、アルコホーリクの回復に不可欠。
 
「私たちのすべてのことにこの原理を実行しよう」
 

 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【与えることで得られるもの】

 この行為はまさに、何も求めずに与えることである。
 
苦しんでいるその仲間が報酬を支払ってくれることなど期待しないし、ましてや好かれようとも思っていない。
 
だがその人は、与えるという聖なる逆説によって、自分自身が報いを受けていることに気づく。
 
その際、その苦しんでいる仲間が何かを受けたかどうかは問題ではない。
 

 12ステップ活動の経験を通して、何も見返りを求めずに与えることで得られる報いというものが理解できるようになった。
 

 初めは人が回復することを期待していたのだが、すぐにそうではないのだと知った。
 
メッセージを運んだからといって、すべてがうまくいくとはかぎらないという事実を謙虚に受け入れられるようになったら、自分のことを考えずに与えることの報いを手にすることができるようになった。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【値札のついていない愛】

 12番目のステップが意味することを十分にくみ取ろうとするなら、それはまさに値札のない愛を語っていることが分かる。
 

 12番目のステップ活動を始めるためには、もっと誠実で正直になり、謙虚に行動することを学ばねばならなかった。
 

 どんなに飲まない期間が長くなろうと、メッセージを運ぶことで私は自分自身を与えていく。
 
私も人の役に立てるという夢は実現することができるのだ。
 
無償で受け取ったものを分かち合うことによって自分のソブラエティは確かなものになる。
 

 回復を始めたばかりのときにも、希望の種があった。
 
それは自分にも、ほかの酔っぱらいがアルコールの泥沼から抜け出す手伝いができるという希望だった。
 
私が霊的に健康でいられるのは、ほかの酔っぱらいを手助けするという望みを持ち続けているからだ。
 

 しかし神が私を通して振る舞うということを私は決して忘れない。
 
私は単に神の道具なのである。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【失敗も成功も受け入れる】

 第1ステップはなぜ、アルコールに対する無力と、思いどおりに生きていけなくなったとの二つの部分からできているのか。
 
このことがわかるのに、AAに来て飲まなくなってからもずいぶんと時間がかかった。
 

 また12のステップに沿って生きるのは、「このメッセージをアルコホーリクに運ぶ」だけで充分だと長いあいだ思いこんでいた。
 
しかしそれは甘い考えというものだった。
 
12のステップは12そろって初めて一つのものなのだということ、12番目のステップだけとっても一つの部分だけではないのだということを忘れていたのだ。
 

 結局私は、自分のすべてのことにこの原理を実行する必要があることを学んだ。
 
すべてのステップを徹底的に使うことで、私のソーバーが保たれ、ほかの人がソブラエティを手にする手助けができる。
 
そしてそれだけでなく、生きるうえでの苦しさを喜びに変えることもできるのだ。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【 落ち着き 】

 これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、………。
 

 ミーティングに出続け、ステップを使い続けているうちに、何かが私に起こった。
 
いったいそれがなんなのかわからず、とまどってしまったが、しばらくすると、これが落ち着きというものだということがわかってきた。
 

 とても良い気分なのだが、どうしてそう感じられるようになったのか考えてみると、「これらのステップを経た結果」なのだということに気がついた。
 
プログラムをやっていくことはいつもたやすいことばかりではないが、私の落ち着きはステップを使ったからやってきたのだということは認めざるをえない。
 
自分がするすべてのことにステップを使い、自分のあらゆることにこの原理を実践するうちに、神のことも、ほかの人のことも、自分自身のことも、はっきりと意識できるようになっていた。
 

 ステップを使った結果として私が得た霊的な目覚めとは、私はもはや一人ではないのだという気づきである。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【メッセージを運ぶ】

 それでは12番目のステップの残りの部分を見ていこう。
 
そこから放たれる驚きべきエネルギーと、いま苦しんでいるアルコホーリクにメッセージを運び12のステップをあらゆることの中で実践していこうという熱心な行動は、アルコホーリクス・アノニマスの成果であり、最高の現実である。
 

 アルコールから解放されたからといって、アルコホーリクとかかわりをもたなくなるのではない。
 
自分が愛し誇りに思う原理に基づいて行動し、そして、私ができたように、いま苦しんでいる人たちも落ち着きを取り戻せるように、私は行動するのである。
 

 本当にこの目的に専念していれば、何を着ていようが、どんなふうに生計を立てていようが、そんなことは問題ではない。
 
私のやるべきことは、メッセージを運ぶことであり、押しつけるのではなく模範を示すことによって導いていくことなのである。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【生きる喜び】

 よく生きることの喜びが;AAの12番目のステップの主題なのだ。
 

 AAは喜びにみちたプログラムだ。
 
そう言っても、ときには前進するのに必要なステップを目の前にして足がすくむこともあるし、自分が望む喜びをもたらしてくれるはずの行動をすることに抵抗することもある。
 

 抵抗するというのは、これらの行動が自分の人生の傷つきやすい部分に触れるからで、この部分は希望と充足を必要としているのだ。
 

 喜びに触れるたびにエゴの硬い殻がやわらいでくる。
 
そうすることで、AAのすべてのメンバーを助ける喜びの力がみなぎってくる。
 
                            (12のステップと12の伝統)
 
 今日一日  元気で 楽しく 心穏やかに おすごしください  ありがとうございます。
 




【ステップは「提案である」】

 この12番目のステップではまた、すべてのステップを実践した結果として、霊的な目覚めと呼ばれるものを経験したともいっている……。
 
AAメンバーが自ら進んで贈り物を受ける気持ちになったのは、AAのプログラムの12のステップを実践したからである。
 

昔私はスポンサーに「ステップは『提案』なんでしょ?」と言ったことがある。
 

 そのときのスポンサーの返事は「ステップが『提案』だというのは、飛行機からパラシュートをつけて飛び降りるときに、助かるためにパラシュートのひもを引くことを『提案』されたというのと同じ意味だ」と 助かりたければ12のステップを実践することが、そういう意味で「提案」されているのだと。
 

 だから、私には12の「提案された」ステップに基づく回復のプログラムを毎日忘れないようにしている。
 
これでステップ学びメールを終わりといたします。
 
ありがとうございました 。
 

 今日の一日 ど 真剣に生きれば 明日が見える。
 




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<カンザキアヤメ>
見舞来て一人登りしこの坂を 断酒の君と「きずな」に向かう  



【学びメール】

 




【 季節の祈り 】

神様 私たちにお与え下さい
 
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
 
変えられるものは変えてゆく勇気を、そして二つのもを見わける賢さを

 

 この祈りはAAの原理に匹敵するほどのシンプルな美しさがあり、その力には圧倒される。
 
これを唱えていて立ち往生することがよくあるが、ひっかかったところをよくチェックしていくと、自分の問題に対する解答が見つかる。
 

 初めて立ち往生したときには不安になったが、いまは大事なはかりとして利用している。 あるがままの生き方を受け入れるなら、心の落ち着きが得られる。
 
実行に移すことで勇気が得られ、手を放しお任せしなければならないものと、自分でどうにかできるものとを、見分ける力を与えてくれる神に感謝ができる。
 

 いま私にあるすべてのものは、神からの贈り物である。
 

 心穏やかな日々でありますようにとお祈りしつつ  ありがとうございます
 




【 私なりに理解した神】 God(神)とGood(善)

 今日一日のお勤めお疲れ様でした。気づきメール?
 

「ここタイ国でも、AAグループをスタートさせようと、長い間苦労を重ねてきた。
 
英語にも堪能なタイ人が加わった。
 
彼の場合、まったくひどいアルコホリズムで、死に物狂いに良くなりたいと願った。」
 

 その後、彼はサービスを続けて、
 
「私たちはAAの12のステップをこの地方最大の仏教の僧院に紹介に行った。
 
そこで最も位の高い僧に12のステップを読んでもらったところ、
 

 彼は『何ということだ。実にすばらしい!
 
しかし、仏教徒であるわれわれとしては、あなた方のようには神を理解することができない。
 
そこでステップの中の[神(ゴッド)]を[善(グッド)]と変えると、もう少し取りつきやすくなると思う。
 
しかし、ステップでは【自分なりに理解する】神と書かれている。
 
それでわれわれにとって問題は解決する。
 
AAの12のステップこの国の仏教徒にも受け入れるだろう』」
 

 12のステップの「神」を「善」に置き換えるアイデアは、AAメッセージを希薄になると感じる人がいるかもしれない。
 
けれどもここで私たちが忘れてならないことは、AAのステップとは単なる提案にしかすぎない。
 
ステップを、書かれたとおりに信じることは、私たちがメンバーになる条件ではない。
 
             アルコホーリクス・アノニマス 成年に達するP122,123より。
 

 今日の一日 ど真剣に生きれば  明日が見える  ありがとうございます。
 




 【四つの絶対性】

 (ドクター・ボブは「十二のステップ」が成立する以前のアルコホーリクス・アノニマスにとって、これらの絶対性が「唯一の物差し」であると1948年に語っている。
 
 さらにボブは、この物差しは良いものであり、正しい行いを望みながら、どうしていいのかわからないときに、きわめて役に立ったとも述べている。
 

 そして「絶対的な正直、絶対的な無私、絶対的な潔白、絶対的な愛という尺度で、私自身の決定を注意ぶかく吟味すれば、私の解答が道を大きく外れることはまずない」とも述べている。)
 
                           ドクター・ボブと素敵な仲間達
 

 今日の一日 ど真剣に生きれば  明日が見える  ありがとうございます。
 
追伸,猛暑日が続いています。御身には充分に行動には十分におすごしくださいませ。



【五つのC】

 @信頼(confidence)
 
 A告白(confession)
 
 B信念(conviction
 
 C回心(conversion)
 
 D継続(continuance)であり、
 

 五つの道は、神への降伏、神の説示への傾聴、神の導きの吟味、埋め合わせ、証しと告白の分かち合い、である。
 

 「本ではなく、人に学ぼう」「論争に勝てば、友を失う」「意見ではなく、事実を伝えよう」などの標語もあった。
 
                           ドクター・ボブと素敵な仲間達
 

 今日の一日 ど真剣に生きれば  明日が見える  ありがとうございます。
 




【気楽にやろう】

 「ドクター(ボブ)は、『いいかい?ダン』と切り出してから、言いました。
 

 『AAに来る人たちの多くが気楽にやろう≠フ意味を取り違えているようだが、君は間違えないように!この言葉の意味は、家でぐずぐずしていて、ミーティングに行かなかったり、君の代わりにだれかにプログラムを実行してもらったりすることではないのだ。
 

 つまり、たんに飲まないだけで安易な人生を生きるという意味ではない。
 
今日一日を引き受けて生きる、これが気楽にやろう≠ニいうことなのだよ』と」
 
 「そして、ドクター・ボブや私のスポンサーや、ほかの人にたいして正直になるまえに、まずは『ガラスのなかのそいつにたいして正直にならなけばならない』と言われました」
 

 「私には『ガラスのなかの、あの野郎』の意味がわからなかったのですがドクターが、その正体を教えてくれました。
 
『明日、ひげを剃るとき、鏡の中から君を見つめている、その男にたいして正直になりなさいとドクターは言ったのです」
 
                           ドクター・ボブと素敵な仲間達
 

 今日の一日 ど真剣に生きれば  明日が見える  ありがとうございます。
 




【心の平安】

 「私たちは全て同じものを追いかけている。それは幸福であり心の平安である。
 
私たちアルコホーリクが厄介いなのは、この世の幸福と心の平安を私にあたえてくださいと願うとき、それを自分が望む特定の方法、つまりアルコールという手段を使ったからであった。
 
そして私たちは、結局、うまくいかなかったのだ。
 

 しかし、時間をかけて、スピリチュアリティの法則を探し出し、それらを身につけ、そして実践に移してみると、私たちは幸福と心の平安を獲得することができる。
 
私たちには従うべき規則がいくつかあるようだが、幸福と心の平安は、いつでもここにあり、それは、誰にたいしても自由に開かれている。
 
                           ドクター・ボブと素敵な仲間達
 

 今日の一日 ど真剣に生きれば  明日が見える  ありがとうございます。
 




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<カンザクラ>
親元に帰るが如く安らぎて 「きづな」に集いて断友(とも)と語らん  


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