中田陽造講和集『アルコール依存症者と断酒会』 

【印刷用PDF】





 1.人生は変わる
 2.(はじめに) アルコール関連問題との出会い
 3.体験談に学ぶ
 4.サケは万病のもと(アルコール関連の身体的疾患)
 5.サケは百厄の長(アルコール関連の社会的問題)
 6.アルコール依存症
 7.断酒会の意義
 8.AAと断酒会の精神的風土性
 9.断酒道
10.サケの魔力に囚われて
11.断酒会の不思議な力
12.仲間と共に
13.心の酒害空洞
14.みんな仲良く
15.捨てる
16.一二三(老子)
17.断酒家庭の回復
18.自由、平等、自立
19.断酒菩薩
20.思うがまま、あるがまま
21.作一頭水?牛去
22.日々是好日(毎日が結構である)
23.立派を指導者の真似をする
24.人間愛
25.はたらく
26.反省
27.断酒新生
28.人生は苦である
29.無害に時間を潰す
30.おかげ
31.心安らかに生きる道
32.阪神大震災と断酒会


ページトップ ホームへ









     

 
<ザゼンソウ>



「酒」
 
酒害者の家族にとってこれ程
 
恐ろしいものはない
 
辛いものはない
 
苦しいものはない
 
悲しいものはない
 
恥ずかしいものはない
 
大嫌いなものはない
 


 



1.人生は変わる(岩崎廣明 香川県断酒会々長)  





 結婚して一年半経った頃、仕事のために或る教習所に四ケ月入所した事がありました。
 
今、思うとこれを境に、酒の飲み方が大きく変わって行ったようです。
 
同室の六人は酒好きで話もはずみ、寝付かれぬ時は酒を飲むと言う、言うなれば、毎日飲む習慣か付いた訳です。
 
我が家に帰ってからも酒屋通いがしげくなり、小遣だけでは酒代が払えず、給料袋を書き替える、期末手当を内緒にして渡さない、他人の名義で金を借りると言う、どう仕様もない人間になって行きました。
 
職場でも、早くから信用を無くし、昇給はとばされ、後輩達は先を越して行く。
 
友人も一人去り二人去り、その寂しさとやり切れなさを癒すた めに、あおるような飲み方をして来ました。
 
駅前で寝たり、川の土手や学校の廊下や、どこででも寝ました。
 
無届欠勤が始まりました。
 
女房からの「酒を止めて欲しい」と言う必死の訴えも私の耳に入りません。
 
遂に給料を持って帰らなくなりました。
 
女房は「犬畜生でも、自分が生んだ子供を育てるわ!あんたは何よ、何が父親よ!子供をどうして育てる の!」。
 
「草食わせ!草食わせれば大きくなるわ!」私はどなり返す。
 
憎しみあって、もはや夫婦ではありません。
 
女房にしてみれば「このまま死ぬよりも、離婚して子供達と三人で、生きられるだけ生きて野たれ死にしても、その方がましだ」と離婚を決意していたそうです。
 
私は私で「酒を止められないのは女房のせいだ、早く死んでくれた方がせいせいするわ」そんな事を思っていました。
 
本当に、酒は人生を狂わせます。
 

 そんな時、私達は断酒会を知り、松村春繁会長と出会う事が出来ました。
 
「酒は止まります。それには、例会に出席する事です」と言う言葉を信じ、「一日断酒、例会出席」の実践が始まりました。
 
仕事を終え、飲まないで例会に出席するのはしんどい事でした。
 
でも、帰りは気持がスカッとしています。
 
すごい飲み方をしていた人、ひどい生き方をしていた人、驚いたり、あきれたり。
 
でも「酒を止めているから偉いなあ」と感心しました。
 
その内、自分も同じように、ひどい事をして来たのに気付かされました。
 
その時、ふり返ってみると、何ヶ月も酒が止まっていました。
 
びっくりしました。
 

 或る研修会で、女房の体験談のすぐあとに指名された事がありました。
 
私は発言の途中で泣けて泣けて話せなくなったのを、今も覚えています。
 
それは、子供の貯金箱を壊してまで酒を飲んで来た、だらしない父親だった私の姿と、「クリスマスの夜、サンタのおじいさんが何をプレゼントしてくれるかなあ」と言いながら枕もとに靴下を並べて寝た子供達の姿と、それを見ながら何も買ってやれなかった切ない思いの母親の姿とが重なって、おいおい泣いてしまったのです。
 
飲んでいた間だけではありません。
 
止めて行く時にも「幼い子供達を残して例会に出席するのは、辛く忍びがたい事でした。
 
本当は一緒にいてやりたい。
 
しかし、二人で出席しなければ私達の家庭に幸せが来ないとしたら、隣近所の人達から薄情者と呼ばれようと出席して来ました」と言う母親として辛い思いの女房の姿と、必死になって留守番しているあどけない子供達の寂しそうな顔が浮かんで来て、私は耐えきれずに泣きました。
 
「もう酒を飲まん」この時ほど心に固く誓った事はありませんでした。
 

 断酒を決意しても、継続は簡単ではありませんでした。
 
酒に代わるものを求めていると空しさが残るだけです。
 
仲間や家族と共に、例会に必ず出席し、研修会に参加して酒を断つ。
 
今日一日を大事に生きると、人生が変わります。
 
幸せです。
 
感謝です。
 
頑張ります。


ページトップ ホームへ






     

 
<うぐいす>
阿武山の坂に登れば ウグイスの 声のどかなり 断酒の喜び  




2.(はじめに) アルコール関連問題との出会い





 私が酒害者と初めて出会ったのは、インターンをすませ、医師免状をもらったばかりの駆け出しの新米医師として、先輩の紹介で、兵庫県尼崎の或る診療所へ夜間診療と当直のアルバイトに行った時の事であった。
 

 当時、武庫川の河川敷には、ヨセ屋(廃品回収業)さんの集落が散在していた。
 
診療所の近くにある大きな橋の下のヨセ屋集落に、通称「アル中のオッサン」が居た。
 
やがて私はカルテから、彼の名前がKさんである事を知った。
 
しかしKさんが、私の診療を受けに 来る時は、いつも酒がきれていた。
 
目玉が黄色くなり、顔や腹や手足が腫れ上がり、酒も飲めない状態であった。
 
医師に成り立ての私は、一所懸命に治療し、又、アルコールによる身体的疾患についても散々脅し、繰り返し繰り返し禁酒を指示した。
 
Kさんは「はい、わかりました」と返事していたが、又、何ヶ月も経たぬ内に、同じ状態でやって来た。
 

 Kさんに悩まされていない時は、Mさんと言うオバサンが夜中にしばしば腹痛を訴えて叩き起こしてくれた。
 
性悪にも夜中に腹痛を起こし易い胃潰瘍は「心身症」であるから、何とか精神分析療法で治療してあげようと思ったが、Mさんは何も語ってくれなかった。
 

 診療所のすぐ前に市場があった。
 
或る小学校三、四年の男の子の姿を見かけると、市場の人達は「気つけや。来よったで」と大声をあげていた。
 
聞く所によると、その子は食べ物なら何でもかっぱらって行くそうであった。
 
当時の日本は、まだ経済的復興の前で、どうにか闇物資なしに食べれるようになったばかりで、大部分の人々が貧しかった。
 

 私が診療所へ行くようになってから、かなり経った或る冬の夜中に、その男の子が私の 眠りを妨げ、暖かい布団の中から寒い夜風の中へ引きずり出した。
 
ふるえながら私は黒い 往診鞄をぶらさげ、医師になってしまった先見の明のなさを心の中で呪いつつ、男の子に ついて行った。
 
道は橋の下のヨセ屋集落へ延びていた。
 
畳一枚程度の板囲いの中でMさん がうなっていた。
 
「先生、どうぞ入って下さい」と言われても、鞄だけしか入れない。
 
丁度、診察台の回りを板で囲ったような家で、一米程の隙間が入り口となっていた。
 
仕方なく、体は家の外に居て、頭と手を家の中へ突っ込んで診察し、注射した。
 
橋の下だからと天井も屋根もない家であった。
 
一段落ついて帰ろうとした時、すぐ側の暗闇の中に、その男の子と「アル中のオッサン」ことKさんが、心配そうに立っていた。
 

 その男の子は、KさんとMさん夫婦の子供であった。
 
Mオバサンはヨセ屋で稼ぐ。
 
Kオッサンはドプロクを飲む。
 
男の子は腹を空かせて市場でかっぱらう。
 
Kオッサンが診療所 に姿を現さない時は機嫌良く飲んでいるが、Mオバサンはイライラして胃潰瘍になり診療 所へ来る。
 
酒が飲めなくなるとKさんが診療所へ来て、Mさんの胃潰瘍は治る。
 

 アルコール依存症は家庭や社会の病気である。
 
関西に断酒会のなかった当時は根治療法がなく、医師としての努力は空回りしていた。
 
やがて、私はアメリカへ行き、帰って来たら、ヨセ屋集落はなくなり、断酒会が出来ていた。
 
私は人事異動で、大学院生に集団社会医学概論を教え、集団環境的な視点からアルコール医療を研究する中で、人間性と医療の 本質もハッキリと見えるようになった。
 
この小著は、全日本断酒連盟の顧問として各地の 断酒会で講演したり機関誌に執筆したものからまとめた。
 
なお、私が尊敬する日本一の断 酒会人、岩崎廣明様から書き下し体験談を寄稿していただけた事は望外の喜びである。
 


ページトップ ホームへ






     

 
<うめ>
知らずして選びぬ人は 悲しくも 不治の病にただ浸りけり  




3.体験談に学ぶ 





症例 1:中小企業経営者(40才の男性)  酒乱
 

 夕闇せまるバーのドアを開く時、天国へ入る心地して、一杯飲むと二杯目の酔いが欲しくなり、二杯飲むと三杯目の酔いが欲しくなる。
 
二軒、三軒とハシゴして、午前五時に最後の酒場をカンバンで閉め出されて御帰館。
 
妻が文句言い出す前にポカーンと先制攻撃して、バターン、グーグー。
 
翌朝は、ひどい二日酔いと後悔に責めさいなまれ「もう二度と酒飲みません」と、畳に手ついて謝る。
 
その後、三、四日は、仕事が終わると真っ直ぐに帰宅し、パンダの様な顔の妻から浴びせられる機関銃の様な小言の攻撃にひたすら耐える。
 
やがて、パンダの顔も元へ戻り、言う事も尽きて、ホトボリが冷めた頃「一杯飲まねは、あんな鬼の様な妻の居る家へ帰れるか」「今度こそ、一杯だけ」と、時には車をわざわざ駐車禁止の場所へ置いてまで、一軒のバーへ入るのに、「一杯飲むと、一杯だけでは満足出来ず、二杯三杯と欲しくなり」結局、いつものコースで午前五時。
 
ポカーン、パンダ、ガミガミで、又、三、四日の止酒。
 
「止めようと思えば、いつでも止められる」「三ケ月位止めた事もあった」のは、突き飛ばした妻が家具の角で胸を打ち肋骨々折し、全治三ケ月。
 
「今度飲んで、暴力をふるったら」と、離婚届にサインし印をつき妻にあずけても、性懲りなく繰り返した。
 
妻は離婚届を五、六枚も溜め込んで居る。
 
たまたまパンダ顔を実家の母に見咎められると「うっかり家具で打った」とか嘘をつき、世間体を繕っていた。
 



症例 2:中小企業経営者(47才の男性)  アルコール関連身体疾患
 

 黄疸と腹水と浮腫で身体中が黄色く腫れ上り、食事はのどを通らないのに「一杯だけ」「昔は焼酎一升も飲んだが、今は一日ワンカップ二、三個だから、アル中ではない」と飲み意識を失う。
 
何回も、内科病院へ入院し「酒はほどほどに」と言われても、入院中ですら、消灯後、看護婦に隠れ、近くの食堂で飲んだり、院内で酒盛りしていた。
 
治療は、健康を回復する為に受けるのでなく「また酒を飲める体にしてもらう為」であるから、完全に治らないまま退院すると、きっそく「退院祝いや」と飲酒。
 
「酒飲んで死んで本望」と言いながら、自分の金銭を蕩尽し、命を削り、ただひたすら、政府を酒税で儲けさせ、酒造会社を儲けさせ、バーを儲けさせ、その上、最後には病院も繰り返し儲けさせていた。
 



症例 3:中堅企業専務取締役(54才)   隠れ飲みから連続飲酒へ
 

 年末年始の連休に「何もする事がないから」と飲んでは寝、飲んでは寝して、正月明けの出勤日となっても、そのリズムが止まらなくなった。
 
食物は喉を通らず、通るのは酒だけ。
 
一、二年前から、前夜の酒が切れる昼頃、手指の震え(退薬症状)に気付いた。
 
会議で黒板に字を書かねばならない前に、コッソリと会社を抜け出し、周りの目をかすめて自動販売機からコップ酒を一気呑みして手指の震えを鎮めていた。
 
何年も前から、妻は外で飲酒する事を禁止し「その代わり」毎晩三合の酒を自宅で飲ませた。
 
これ位の酒では満足出来ないから、その上、ポケット・ウイスキーを一本ずつ隠れ飲みする様になった。
 
ボトルを買っておくと、飲み過ぎてへベレケになり、妻へ隠れ飲みがバレてしまう。
 
三合の酔いでゴマカせる範囲がポケット瓶一本の追加であると体験上知ったので、それ以上は絶対飲めない様にと、毎日、ポケット瓶一本ずつ密輸する事にしたが、同じ店で一本ずつ買うのは、気がひけるので、会社から自宅までの帰り道に二十三軒の酒屋を見つけておき、順番に、毎日一本ずつ買っていた。
 
酒を飲む為なら、あらゆる工夫や算段をした。
 



症例 4:職人(38才の男性)   幻覚
 

 大酒飲んでいる内に、食事もせずサケばかり飲む連続飲酒に陥った。
 
腹一杯飲んだ後のひどい二日酔いを迎え酒で抑える。
 
初めの一杯は、サケも噴水の様に吐き出すが、しばらくすると気分が鎮まって、又、グイグイとサケを飲む。
 
これを繰り返していると、最後は衰弱しサケも飲めなくなった。
 
救急車で入院した夜「詰め所の看護婦の頭を花瓶で殴って眠剤を盗め」と言う声(退薬症状として「幻覚」)が、しつこく開こえて来た。
 



症例 5:専業主婦(54才の女性)  てんかん
 

 診察を受けに来た一般病院の待合室で昼前に「てんかん」発作を起こした。
 
数年前、結婚を反対された娘が彼と駆け落ちして行方不明になった時、心配のあまり半狂乱となり不眠に陥った。
 
それで、眠る為、手近にある酒をガプ呑みした。
 
酒の味が嫌なので、鼻をつまみ、一気に喉へ流し込んでいた。
 
その後、夫が交通事故で入院した時、心配のあまり、又、不眠が続く様になり、酒量が一段と増えた。
 
毎日、朝から、ウイスキー・ボトル一本も、隠れ飲みする様になったのは、飲酒し始めてから僅か三、四年の内だった。
 
遂に、体調を崩し、酒を飲まずに受診した病院で、退薬症状の「てんかん」が現れた。
 



症例 6:一部上場企業の元重役(48才の男性)  アルコール性痴呆
 

 旧帝大の薬学部を卒業したエリート。
 
長年、欧米へ単身赴任していた時、寂しさから、酒に親しむ様になり、だんだん物覚えが悪くなり物忘れが多くなって行った。
 
遂に、会社をクビになり、家族の顔も判らなくなり、時と場所も判らない(失見当識)まま、精神病院の鉄格子の中で、数年間おむつを当てられて、茫然と余生を送っている。
 



症例 7:土木作業員(46才の男性)  酒害の親子連鎖
 

 子供の頃、父の焼酎のタタリで、田舎に居ながら米のメシが食べられない位の貧乏だった。
 
父は酔うと大声上げて村中走り回るので、雷とアダナされた。
 
雷は野壷(人糞を溜める穴)に落ちて死んでいた。
 
自分はおとなになっても「酒を飲むまい」と決心していたのに、酒の為、職も金も妻子も、皆、失った。
 
そして近所では「雷」とアダナされている。
 



症例 8:大工(28才の男性)   酒だけは絶対約
 

 酒の為、二人の女房に逃げられた。
 
三度目の女房も別れると言ったので、仕方なく酒を止めた。
 
知人が「金を貯ると、もったいなくて酒なんか飲めなくなる」と言うので、日曜祭日もなしに、真っ黒になって働いたから、貯金通帳へどんどん貯って行った。
 
別の知人が「趣味を持たないので、酒ばかり飲むのだ」と、魚釣りを教えてくれた。
 
又、別の知人が「女遊びの方が酒よりエエ」と勧めたので、「酒さえ飲まないなら」と女房も公認のソープ・ランド通いもした。
 
酒の代わりに種々やってみたが「空しくて」どう仕様もなくなった。
 
一年経って、コップ酒を一気呑みした時、やはり「これしかない」と感じた。
 



症例 9:工員(52才の男性)  貧困
 

 大酒飲みの父が早く死んで、ウチがひどい貧乏だった。
 
破れたズック靴を履いていたので、小学校の遠足で他の子供達が楽しそうに走り回っていたのに、自分だけが出来ず、恥ずかしく惨めな思いをした。
 
中学校を卒業すると、古着屋のオジのツテで、古着屋へ丁稚奉公に行った。
 
そのオジも大酒飲みで、組合の金を飲んでしまったとかで、自分が勤めていた店のオヤジさんの命令で、オジの所へ金を取りに行かされた。
 
自分の店のオヤジさんが組合長だった。
 
しかし「男は気前よく酒を飲まなアカン」と言って有金残らず酒にするオジに金はなく、一銭も持って帰れなかった自分が、しこたま叱られた。
 
結局、オジはゴミ箱の所で、一升瓶と一緒に死んでいた。
 
父やオジの死を見ていながら、自分も十年程でアル中になった。
 
このまま飲んでいたら死んでしまうとか、家庭もバラバラになるとか恐れていたが、口先では「酒飲んで死んで本望」と言い、腹の中では「明日から止めるが今日この一杯だけ」と飲んでいた。
 



症例10:64才の女性    父も夫も養子も
 

 七人兄弟の三番目。
 
小さい頃から父の酒で苦しめられた。
 
父に言われて母がいつも一升瓶を置いていたが、すぐになくなってしまう。
 
酔った父が暴れるので、母子八人が外へ逃げ出さねばならなかった。
 
いつも「私が父の寝込むのを覗きに行って」から、昔がそろっと家へ入って、そこらを片付けて寝る。
 
小学校一年の頃、「私が毎晩、酒を買って来るから」と言って、二十銭持って買いに行った。
 
一升瓶では飲み過ぎてしまうので、毎晩々々買いに行ったから、酒屋はまけてくれる様になった。
 
しかし、余分にもらうと、家族が余計に苦しめられる事になるので、困って、結局、途中で酒を溝へ捨てる事にした。
 
父は「お前が買って来る酒は高いなあ」と、ぼやいていた。
 
小学校を卒業すると働きに行って、家へ送金したが、その金も、結局、父の酒代を増しただけだった。
 

 二十才で結婚した。
 
交際していた時は「酒を一滴も飲まない」と言っていたのに、結婚してみると、大酒飲みで、然も、父と同じ酒乱。
 
子供四人と毎晩々々外へ逃げ出し、夜中までウロウロしていた。
 
夫が死んだ後、姑に頼まれてイヤイヤながら再婚した。
 

 二度目の夫もアル中で、その上、麻薬中毒。
 
私が働き、苦労して、やっと育て上げたその夫の連れ子もアル中になり、又々、苦労させられた。
 

 小さい頃から働き続けて一家を支え、片時も心の安まる時のない辛い人生だったが、連れ子の為に、断酒会へ参加する様になったおかげで、今、ようやく私が救われた。
 



症例 11:44才の女性   父も前夫も再婚した夫も
 

 父の酒で散々苦労したので、「酒を飲まない」事だけを絶対的条件として結婚した。
 
気の弱い夫は、付き合い酒から、段々と酒量が増え、結婚して十年経つと、精神病院へ入退院する様になった。
 
とうとう精神病院へぶち込んだ隙に、九州を逃げ出したら夫は首を吊った。
 
その後、関西へ来て今の夫と知り合い一緒になった。
 
酒を一滴も飲まない、よく働く人だった。
 
やがて夫はトビの請負仕事をする様になった。
 
所が、一緒になって十年経つ頃には、六、七十万円も集金したら、必ず、一週間位蒸発する様になっていた。
 
あちこち気前よく飲み歩き、最後の支払が出来なくなってウチへ「どこそこまで何万円持って迎えに来てくれ」と電話して来る。
 
十万円そこそこしか入らない月は「かあちゃん、かんにんな。これだけしかないねん」と渡してくれる。
 
その後は一滴も酒を飲まずに働く。
 
ところが、二、三カ月に一回位、大金が入ると、また、蒸発し、借金を作るまで酒を飲み歩く。
 
これがアル中とは知らなかった。
 
二度目の夫も気の弱い人で「私が付いていないと生きていけないだろうが、どうして私は、こんなに苦労ばかりさせられるのか」。
 



症例 12:アルコール依存症の子弟  断酒会での心理的回復
 

 物心ついた頃から、毎日、父は仕事もせず、自分の夢をかなえてくれなかったと祖父母や世間への恨みつらみを肴にして酒を飲み、家業を支えて一所懸命に働いていた母や罪もない子供たちを革バンドで殴った。
 
学校の教師にも殴られたが、自分に非があったから仕方ないが、父は理不尽に殴り、無意味に殴るので、やりきれなかった。
 
いつも、何故こんな家に生まれたのか、何故殴られなければならないのかと、親を怨み、自分の運命を呪っていた。
 
それ以外の事を、全く、考えなかった。
 

 幼稚園へ行く頃、新しくできた友達に酔った父を見られるのが、たまらなく嫌だった。
 
小学校の頃、父の酒は増々ひどくなった。
 
友達の家では家族揃って和やかに話し合いながら食事を楽しんでいるのに、自分の家では、お膳がひっくり返る前に五分位でかっ込んでビクビクして服のままで寝ていた。
 
そして夜中に父が暴れると、裸足で逃げ出して、近所の家で泊めてもらった。
 
間に合わないと、二階の窓から屋根の上へ逃げて、震えながら夜を明かした。
 
翌朝、父が寝込ん入る隙にコッソリとカバンをとって、学校へ行った。
 

 学校は安全な逃げ場だったから、絶対に休まなかった。
 
それで成績は良かった。
 
普通の子供にとって、家が何処よりも安心出来る筈なのに、自分にとっては、そうでなかった。
 
だから、家へ帰りたくないので、いつも教師に学校から追い出されるまで居残っていた。
 
そして、普通の子を見るとシャクにさわり、弱い子を殴ってウサを晴らしていた。
 

 成績は良いのに、高校と大学を卒業した時、いつもツマズキがあり、次のステップを踏み出すのがオックウになり、受験しないでグズグズしていた。
 
大学を卒業しても、何故か判らないが、社会へ出られない。
 
早く家を出た姉は、逆に、夜中にパン屋で働き、朝から会社で働いていたが、自分は就職せず、やがて、ウチを改装して喫茶店を開業したが、酔っ払った父が出入りするので、次第に客が来なくなり、閉めざるを得なくなった。
 

 「男が稼ぐ必要はない。男が主夫をして女が稼いでもエ工やないか」と思い、喫茶店を手伝ってくれた妻に働かせ、自分は父から受けた酒害を肴に酒を飲んでいた。
 
妻の父も大酒飲みだったので、その様な生活に慣れていたのか、妻は抵抗もなく稼ぎ手となった。
 

 自分もこの三十数年間、父への恨み辛みを宝物の様に心の中へ抱え込んで、毎日々々、 その宝箱の蓋を開けて見つめていた。
 
父と共に断酒会や酒害者子弟会へ通って自分を語る内に、自分も結局、父と全く同じ様に、親や酒に囚われて自分を見失っていた事に気付くと共に、後生大事に持っていた恨み辛みを、少しずつ捨てて行ける様になった。
 
又、父もつまらないものを心の中へ抱え込んで、何十年も眺めていたんやなあと気付いて、父も自分も一緒やと思うと、父を憎む気持ちが少しずつ薄れて行った。
 
そして、本当の自分を取り戻せる様になった。
 
自分達は結婚する時、子供を作らない約束をしていた。
 
しかし断酒会や子弟会へ通う中で気が変った。
 
結婚八年してから、やっと作れた赤ん坊の寝顔を見て「可愛いこの子を、自分と同じ目に合わせてはいけない」と心に堅く誓っている
 


ページトップ ホームへ






     

 
<イカダカズラ>
他人事と思いし断酒夢ならぬ 長きトンネルに光射し込む  





4.サケは万病のもと(アルコール関連の身体的疾患)  





 サリンや農薬のような化学物質により身体的健康を傷害された疾患を医学では「中毒」と言う。
 
アルコール(エタノール)も毒物である。
 
注射の際、アルコール綿で局所を消毒されるが、消毒とはバイ菌を殺す事である。
 
生物であるバイ菌を殺す物質は、当然、生物である人間にも毒となり、エタノールやその生体内代謝によるアセトアルデヒドやNADH過剰が身体的健康を著しく傷害し「アルコール中毒」と言う疾患が起こる。
 
平成6年3月24 日、神戸地裁は「アルコール関連身体疾患」の患者に対する医師の禁酒指導が不十分であったから死を招いたとの判断を下し、遺族への890万円の損害賠償を判決した。
 
現在、300万人と推計される「アルコール依存症(後述)」患者は、節度ある飲酒が出来ない精神的障害(不治)のため、一口飲むと必ず飲み過ぎてアルコール中毒となり、死に至る。
 
しかし、その酒害を反省している間は、一滴も飲まずにおれる。
 
従って、下記の様なアルコール関連疾患を繰り返す患者に対する保健指導は、節酒でなく「断酒」である。
 


1.外傷
 
 酩酊(手元が狂い足元が乱れる)状態での転倒では、手で支える事が出来ず、頭から突っ込んで行くから頭や顔面に大怪我をする。
 
酒乱者のケンカでは殺人も起こる。
 

2.骨粗しょう症、骨壊死(特に大腿骨頭壊死)、齲歯(うし:むし歯)
 
 大量飲酒で骨や歯がボロボロになり、骨折し易いし、三十才代で入れ歯を始める。
 

3.発癌
 
  喫煙と重なり、舌癌、食道癌、胃癌、膵臓癌、肝臓癌、肺癌等が四、五倍好発する。
 

4.高血圧
 
 飲み初めは血圧が下がる。末梢血管の拡張や排尿増加等が原因である。
 
しかし、長年月サケを飲み続けると高血圧になり、脳出血を起こし、半身不随や寝たきりになり易い。
 
高血圧はアセトアルデヒドと飲酒に伴う塩辛好みによるので、断酒するだけで正常化する事が多い。
 
極めて大量に飲酒すると、逆に、血圧が急激に低下してショックを起こし、胸が苦しくなり、暗闇の中へ沈み込むように気が遠くなって、頓死する。
 

5.心臓疾患
 
 拡張型心筋症になっていて、大酒した時、心臓麻痺で頓死する事も少なくない。
 
特に、過量喫煙と重なると、心筋梗塞で心臓が破裂し、苦しみまくって命を失う。
 
アルコール中毒では、三人に一人が心臓死する。
 

6.胃腸疾患
 
 胃潰瘍、十二指腸潰瘍の腹痛、吐血や、腸過敏症、消化吸収不良の下痢に苦しむ。
 
激しい嘔吐で胃が裂けるマロリー・ワイス症候群ではひどい吐血を起こす。
 
胃を切除されると、飲酒したアルコールは小腸へ直行し、吸収が極めて急速になるので「サケが美味くなり、アル中が進行する」。
 
自律神経失調による腸過敏症で、腹がゴロゴロ鳴り、腹痛や下痢を繰り返し、飲酒に伴う摂食不能と重なって、栄養失調に陥り、ガリガリに痩せてしまう。
 

7.肝臓疾患
 
 常習飲酒者では、エタノールを分解する為に、肝細胞ミクロソームの「薬物代謝系」が誘導形成される。
 
そこで、常習飲酒者が止酒する時は、機能昂進した薬物代謝系により他の投与薬物は速やかに分解され、薬効を失う。
 
逆に、飲酒状態では、エタノール分解の圧倒的優勢により他の投与薬物の分解は著しく遷延し、薬が効き過ぎる危険性を生じる。
 
従って如何なる薬物の効果も、止酒時と飲酒時とで著しく変動する。
 
肝臓は腸から吸収したサケを解毒しようとするが、分解をまぬがれたサケだけが脳へ行って酔いを起こす。
 
大酒を続けていると、肝臓は解毒力を強めてサケの分解が早くなり、脳へ到達するサケの量が少なくなるから中々酔えなくなり、酔う為に大酒せねばならない。
 
サケに強くなる事は、結局、経済的損失が大になるだけ。
 
その上、サケは肝細胞も損傷する。
 
脂肪肝、肝炎では腫れるが、末期の肝硬変では逆に縮む。
 
肝臓内の血流が妨げられる為、回り道として食道静脈瘤、痔核、腹壁静脈瘤が出来て吐血(死)や脱肛したり、栄養同化、解毒が出来なくて栄費失調や昏睡(死)に陥る。
 
三人に一人は肝臓病で死亡するが、その前には飲めなくて酒量が著しく減少している。
 

8.膵臓・代謝疾患
 
 サケは膵液や胆汁の出口を閉じさせるので消化不良が起こる。
 
膵液(消化液)が逆流して膵臓自体が消化されると膵臓壊死(えし:腐る事)になり激しい腹痛が起こり、ひどいと、膵臓が破裂して胃腸もボロボロに腐り、腹膜炎で死亡する。
 
三人に一人は糖尿病となっている。
 
多発神経炎の為にあちこち麻痺したり激痛が起こる。
 
又、動脈硬化が進行し易く心筋梗塞、脳卒中、足の壊痕(えそ:腐る事)等が起こったり、尿毒症も起こる。
 
突然、盲目になる場合もある。
 
免疫抵抗力が低下してバイ菌に犯され易い。
 
歯槽膿漏で歯抜けになったり、皮膚病にもなり易い。
 

9.結核
 
 栄養失調の為、十人に一人は肺結核となり治療を要する。
 
今も喀血死した人がある。
 

10.皮膚病
 
 栄養失調と不潔の為、ペラグラ等で汚く惨めになる。
 
断酒後、ニキビが好発する。
 

11.痛風
 
 四人に一人は代謝失調で尿酸が血中に蓄積し、あちこちに結石して激痛に苦しむ。
 
腎臓結石や、足の第一趾基関節(おやゆぴのつけね)が赤く腫れて痛む事で気付く。
 

12.血液疾患
 
 断酒後も白血球増多症の続く人が多く、貧血症と重なると、白血病と誤診され易い。
 
Mg低下で下腿筋肉のケイレン、Ca低下で手指のテタニー(ひきつり)が起こり易い。
 

13.脳萎縮
 
 サケを飲むと、先ず気分が「発揚」して矢でも鉄砲でも持って来いとなる。
 
更に飲み続けると「酩酊」して手元が狂い足元が乱れる。
 
酒害者の酔いは更に深い「泥酔」でグニャグニャの軟体動物(古い中国語の泥)の様に意識を失う(ブラックアウト)。
 
酔いとは、脳の正常な働きが抑制された状態である。
 
当然、長年の飲酒は脳の働きを低下させて行く。
 
栄養失調も加わり、脳細胞が損傷されて行くが、脳細胞は再生しないので不可逆的に機能も障害される。
 
もの覚えが悪くなり、もの忘れがひどくなる。
 
酒がきれると、イライラしたり油汗かいたり眠れなかったり手指が震えたりテンカンで倒れたり幻覚に怯えたり譫妄(せんもう)で狂ったりする離脱症状に苦しめられ、サケなしでは生きられず(身体依存)、酒びたりになる。
 
断酒後も、小脳萎縮症では運動失調でふらつき日常生活に支障を来し、大脳萎縮症では痴呆で廃人になる。
 


ページトップ ホームへ






     

 
<イキシア>
ホームにて酒に崩れし人見れば 「あの日の己」と恥じつ呟く    





5.サケは百厄の長(アルコール関連の社会的問題) 





1.仕事に支障を来す
 
 アルコール依存者にとって、仕事は社会的役割を果たす為でなく、酒代を稼ぐ為にするのである。
 
当然、二日酔いで仕事をサボったり、酒による病気で欠勤する。
 
酒を飲みたくて心ここにあらずであったり、飲酒酩酊して、ミスや事故を起こす。
 
結局、酒が原因で、二十才代から転職を繰り返し、失職して生活保護を受ける。
 

2.経済的ピンチに陥る
 
 アルコール依存者にとって、酒を飲む為の金は全く惜しくないのである。
 
ポケットに百円コイン一つしかなくても、パンを買うより焼酎の立ち飲みを選ぶ。
 
財産を失い、医療機関へ姿を現す時には、五割以上の患者が生活保護を受けている。
 

3.人間関係をまずくする
 
 家族が飲酒を嫌がる。
 
友人が一緒に飲むのを避ける。
 
上司に深酒を注意される。
 
家族が別居や離婚する。
 
二割のアルコール依存者は始めから結婚していないが、結婚しても、結局、その六割は離婚されてしまう。
 
親類友人は勿論、親兄弟からも出入りを差し止められて、最後は一人ぼっちになる。
 

4.家族を病気にする
 
 アコール依存者にとって、家族は安心してサケを飲む為に必要なのである。
 
酔いの覚めたアルコール依存者は「シマッタ。
 
又、失敗した」と後悔し小さくなっている。
 
他方、何とか禁酒しようと躍起になる家族は、酔いの覚めた時、ここぞとばかりにガミガミ文句を言う。
 
そうなると、二重に辛いアルコール依存者は、又、サケへ逃げ込まざるを得ない。
 
この反面、泥酔した時、家族は至れり尽せりの介護をする。
 
不始末の尻拭いもしてくれるし、欠勤する為の嘘の電話もしてくれる。
 
つまり、安心してサケが飲める様にしている。
 
この様な家族の誤った対応が飲酒に協力する事となり、アルコール問題を進行させ、悪化させる。
 
離婚しない夫婦の場合、実家へも隠す様なスザマシイ酒害地獄にもかかわらず「私が居ないと、あの人はタメになる」と無意識的に確信しているから「よう捨てない」のである。
 
こうなると、配偶者は、見かけ上の苦を無意識的な生き甲斐としている。
 
なお、この様な心理的関係(過保護と依存)は、結婚当初から認められる場合も少なくない。
 
過保護な人間は、相手を自立できない依存にしてしまう。
 
アルコール依存者がアルコールに囚われ、その配偶者がアルコール依存者に囚われていると、子供がその様な両親に囚われてしまい、結局、家族全員が自分を見失う。
 
かくて、アルコール依存者が傷害や殺人を犯したり、逆に、家族によって殺害されたりする様な、怒りの渦巻くアルコール地獄の家庭となる。
 
そして、家族が心身症となったり、子供が不登校や非行(問題行動)に走ったりもする。
 
逆に、極端に学業成績を上げる子供(Superkid)も現れる。
 
この様な家庭に育った子供が、又、アルコール依存症となったり、アルコール依存者の配偶者となる事も少なくない。
 
これは、発達過程に於ける心理的な傷害による。
 
対策は、まず酒害者の家族も酒害に巻き込まれて自分の力ではどうにもならなかった事を自覚し、酒害者と共に断酒会へ必ず参加し、その中で酒害を病気と理解し、家族自身も過去の誤った行動を反省する必要がある。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<イチハツ>
入院の十月4日を切りにして 断酒で迎える今日十月4日    





6.アルコール依存症 





【心理行動科学的アルコール依存テスト】
 
1.酒を止めようと思えば、いつでも止められたが、やがて「一杯ぐらいイイだろう」と言う
  気持ちが起こり、 結局、元の木阿弥になってしまった。
 
2.酒を一杯のむと(一杯だけでは満足出来ず)二杯、三杯…と、欲しくなる。
 
3.「一杯だけ」が、結局、腹一杯になり、その間の出来事を覚えていない時もある。
 
4.物事(例:嫌な思い、面倒な事、一日と言う時間の流れ)を打ち切る為、つい酒。
 
5.何か(例:雪月花、嬉しい、悲しい)につけて、つい酒。
 
6.何もすること無いと(例:休日)、つい酒。
 
7.酒の為に体を いためた事があった。
 
8.酒の為に人間関係を、まずくした事があった。>
 
9.酒の為に仕事に支障を来した事があった。
 
10.「アル中である筈はない」と考えた事があった。
 
11.嘘をついても酒を飲んだ。>
 
12.ホッとした安らぎを求めて、一人でも酒を飲んだ。
 
13.酒だけが心の杖であり柱であり、酒さえあれば何も要らないと思っていた。
 
14.酒の事がいつも頭にあり、酒を飲む為にあらゆる工夫や算段をした。
 
15.「今度こそ上手に飲んでやろう」と努力して来たが、後悔しなければならない事が多いから
   「明日からでも止めたいが、今日この一杯だけは飲みたい」。
 
 ★ ○印一つの人は問題飲酒者.
 
 ★ ○印二つ以上の人はアルコール依存者(酒害者).
 
 ★ 断酒者で、過去の酒害体験として○印11以下の人は、酒害に対する洞察が浅く、
   再飲酒の危険性がある。
 

【アルコール依存症治療の原則】
 
T.家族の回復
 
 a)不可能な事を避け、それに挑戦しない。← 自分の過去の体験
 
  酒害者を変える事(禁酒させる、節酒させる、性格を変えさせる、生きざまを変えさせる等)
  は出来なかったから、今から止める。
 

 b)可能な事を、今日、実践する。 ⇒ 断酒新生
 
  自分の行動を変える。
 
  (家族が過去のままならば、飲酒者とマッチしても、断酒者とマッチしない)
 
   ロにチャックし、あせらないで待つ。
 
   断酒会中心の生活に(例会、大会、研修会、断酒学校等に参加)する。
 
   洒害者が今日一日断酒してくれた事だけを喜ぶ。← 酒害地獄を忘れない!
 

U.酒害者の回復
 
 a)不可能な事を避け、それに挑戦しない。← 自分の過去の体験
 
   節酒は出来なかった。依存性物質をほどほどに愛用する事は、本来、不可能!
 
   飲酒社会の中で一人する断酒は、続かなかった。
 

 b)可能な事を、今日、実践する。⇒断酒新生
 
   自分の行動を変える。
 
   何事があっても、それと酒とを別にする。
 
   断酒会中心の生活に(例会、大会、研修会、断酒学校等に必ず参加)して、仲間と共に、
   今日一日断酒出来た事だけを喜ぶ。← 酒害地獄を忘れない!
 
 




 
ページトップ ホームへ






     

 
<オウトウ>
真剣に断酒に取り組む先輩の 真似して歩きて一年断酒    





7.断酒会の意義 





 【断酒会治療の原理】
 
(1)これ以上、後へさがれない所に居るのを「自覚(どん底体験)」すること。
 
   動物が行動を変容するのは、崖ぶちに立つ時しかない。
 

  但し、その崖ぶちは何段もあるので、賢明なれば傷が浅く、愚かなれば傷が深い。
 
   なお、遅過ぎると死んでしまう。
 

(2)手をのはすと、とどく所(今日一日の断酒)に目標を置くこと。
 
  一生とか一ケ月とか、高い目標を立てると、しんどくて、やる気が起こらない。
 

  明日に腹一杯飲めばよいと思う。
 
  一晩寝て翌朝になれば、又、「今日」一日だけ、一滴も飲まない。
 
  何事があっても、それと酒とを別にする「一日断酒」は辛抱である。
 

  しかし、此の世を「しゃば」と言うが、この語はSaha(古代インド・サンスクリット語)の
 
  音写である娑婆(中国語)に由来し、「忍耐なしには居れない所」と言う意味がある。
 
  つまり、一日断酒の精進が、此の世を生き抜く力を付けてくれる。
 

  仕事や家庭での辛抱も今日一日だけすればよいと思うと楽になる。
 
  人生とは、結局、今日一日のこと(マルクス・アウレリウス)であり、一日断酒の継続が、
 
  やらねはならぬことで、且つ、やれることを、今日やる生きざまに発展する。
 

(3)断酒会へ必ず出席すること。
 
  断酒継続している先輩の酒害体験を聞き姿を見ると、「希望の灯」が見える。
 
  論より証拠。
 

  ひとの体験談は目で聞くものであり、自分の体験談は足で語るものである。
 
  何よりも、例会出席すると、仲間と共に、今日一日の断酒が喜びとなる。
 

  辛抱だけで喜びのないことは、継続できない。
 

(4)価値観が変わること。
 
  断酒例会で体験談を語り、自分の酒害地獄を忘れないと、今日一日の断酒だけで
 
  「日々是好日」と感じられる。
 

   又、オーム真理教に身を置くと医師でも殺人が良いと思うように、身を置く集団環境
 
  次第で心はコロコロ変わるので断酒会に出席して「席を暖めて来る」と「今日一日の断酒が
 
  良いことだ」と、マインド(心)・コントロールできる(断酒新生)。
 

  断酒とは、人生を主体的に生きることであり、まわりは、それを支援するに過ぎない。
 
  断酒会は集団精神療法で、自己洞察を深め、情緒を安定させ社会適応性を改善、
 
  するので一回多く断酒会へ参加すると、一日早く社会復帰できるし家庭も平和になる。
 


【医療者や断酒会々員の酒害者に対する態度は「断酒に協力」するだけ 】
 
  原因が過量飲酒にあるアルコール依存者への第一の対処は、過量飲酒問題の解決を
 
  支援する事に尽きる。
 

  サケを嫌いにする薬はない。
 
  病院へ入院させても、入院中は飲酒できないので、体は回復し「また飲める体に
 
  してくれて」退院。
 
  サケを飲み始めれば、又、体が悪くなって入院。
 
  つまり、サケを飲めるようにしてくれるのが病院で、サケを止めさせてくれるのがサケ。
 

  この様なサイクルの継続を支援するのが医療や断酒会ではない筈。
 
  米国が禁酒法を制定した国家的実験の失敗をみても、医療者や断酒会先輩による
 
  酒害者の禁酒が失敗するのは明白である。
 

  特に、まわりの過保護な態度は依存を助長する。
 
  アルコールは違法な飲み物ではないし、自殺も違法ではない。
 
  成人は、社会に迷惑をかけないかぎり、自分の価値観(何が良いかの判断)
 
  に従って生き死ぬ権利があるから、当人が崖ぷちを自覚し、自ら断酒を決意するまで
 
  「あせらないで待つ」ことが早道。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<オウバイ>
信楽の一周年に頂きし 花瓶に生ける断酒の喜び    





8.AAと断酒会の精神的風土性 





 1934年にアメリカで発足したAA(AIcoholics Anonymous)の「回復の為の12steps」では「Made a decision to turn our will and our lives over to the care of God,aswe understood Him」(Step 3)つまり「”神(ユダヤ教のヤハウェイでもキリスト教のイエスでもイスラム教のアッラーでもよいが)”に身も心もおまかせします」と言う誓いの言葉がある。
 
本当の信仰とは、「お賽銭をあげますから」と「病気を治して」「商売を繁盛させて」「東大に入学させて」等と取引きするものではなく、心身を神に委ねるものである。
 
そこで窮地に落ちた白雪姫は「心配を神様におまかせしてグウグウ寝てしまう」(グリム童話)ことができた。
 
つまり、神に全てを委ねてしまうと、災難も病気も死すらも、心安らかに受容でき、酒へ逃げる必要がないので、AAの大事はStep3に尽きる。
 

 従って、AAの会合は神の館である教会で開催される。。
 
神の前での平等から、人の上に人を置くような会長や支部長はない。
 
神の子羊には、Family NameがないからAnonymous(無名)でありNick−Nameで呼び合う。
 
又、これ以上の特別なスローガンも要らない。
 
何千年もの一神教信仰の歴史を持つ西洋では、AAは見事にアルコール依存症の医療として機能している。
 
そもそも人類の歴史をみると、宗教と医療は同じルーツ(根)を持っていた。
 

仏教の伝統を持つ日本では、断酒会がアルコール依存症の医寮として機能している。
 
因みに、仏教とは仏(ゴータマ・ブッタ、おしゃかさま)の教えと言う意味であり、仏道修行の大事は「南無三宝」で、南無とは全てを委ねますと言う誓いの言葉で、三つの宝とは仏法僧である。
 
仏(ほとけ)とは、古代インド・サンスクリット語のBuddha(真理を覚った人)を音写して漢字化した仏陀から由来した日本語であり、法Dharmaとは、真理を意味し、僧(学人)は僧団Samghaから由来している。
 
つまり、真理(法)を覚り体現している先達(仏)を真似て仲間(僧)と共に努力(精進)し、自分もダルマを覚りブッダとなる(成仏)修行法である。
 

 断酒会精進が、正に南無三宝で、「一日断酒・例会出席」(法:真理スローガン)を体現している「会長や支部長や先輩」(仏:先達)を真似て、断酒会同志(僧:仲間)と共にがんばること(南無断酒会)である。
 
従って、日本では会長や支部長の優劣が当該断酒会の発展性を左右している。
 

 尤も、仏道修行でも「病は、一師一友の処にあり」と言われ、積極的に諸国を行脚して名師を訪ねるように、断酒会精進でも、地域支部の日常例会だけに甘んじないで、各地の研修会や断酒学校へも参加するような個人的努力が「断酒幸福」への早道となる。
 

 「自己こそ自分の主である。他の如何なるものも、どうして自分の主であろうか。
 
自己は実に制御し難いが、自己をよく整えたならば、得難き主を得る」(フッタの真理のことば)とあるように、仏教では、本来、人間の外に「神のような絶対的存在」を説いていない。
 
自己を制御するとは、心の三毒である欲と怒りと愚かさを捨てることである。
 
「仏道修行とは自己を知ることである。
 
自己を知るとは自己を捨てることである」(道元)と説かれている。
 

 断酒会で「一日断酒」により命より大事な酒を捨て「例会出席」により貴重な時間を捨てる実践の中で、欲が捨てられる。
 
「体験談」を語り自己を反省し続ける中で悪逆非道な私に気付き、怒りが捨てられる。
 
また「断酒会精進」の中で「思うがままには生きられなかったが、あるがままで生きている」有り難さに気付き、愚かさが捨てられ「生は無常、死は自然」(義朝)と人生の真理も覚り、受容できるようになる。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<オオアラセイトウ>
比べれば断酒の日々は浅けれど 地獄知りたる我には眩し  





9.断酒道 





 アルコール依存症は慢性の障害で、一生涯治らない。
 
職場を変わろうが、妻や夫を替えようが、他の土地へ逃げて行こうが、一旦とりつかれたアルコール依存症は治らない。
 

 しかし、アルコール依存症であっても、再飲酒し中毒症状としての身体的疾患や社会的 問題を再発しなければ、何の支障もなく生きて行ける。
 
その為の大事は、断酒会に入り、例会に必ず出席し、自分の酒害体験を繰り返し語り、仲間と共に今日一日の断酒を喜び合う事に尽きる。
 
目をつぶってでも、這ってでも、とにかく例会へ通い続けた人だけが救われる。
 
大ざっぱな統計では、百人の酒害者の中で天寿を全う出来るのは一人に過ぎないのである。
 
残り九十九人はサケと心中して天寿を全う出来ない。
 

 断酒会を離れると、当然、断酒を忘れる。
 
そして節酒に挑戦する。
 
節酒とは、自分と周りを傷つけない節度あるサケ。
 
これに反し、アルコール依存症のサケとは、自分と周りを傷つけるサケ。
 
西洋の古い諺にある様に、過去の体験を忘れると、繰り返し過去を再現させられる。
 
サケが原因で、自分の体をいためた事はなかったか。
 
サケが原因で、家庭を破壊し親兄弟、親類縁者や友人から疎外され世間を狭くした事はなかったか、サケが原因で、仕事をサボったり失ったりした事はなかったか。
 
しかも、サケが原因と判り、後悔もしながら、二度三度と繰り返し、それでも、なお、何や彼やと自分に言い訳して「まだ飲める筈」と、サケ一つに執念を燃やし続け、サケを止めようとしなかったなら、それが即ち、アルコールに中毒した精神的障害「アルコール依存症」の最も確実を証拠であり、節酒の出来なかった証拠である。
 
後は、断酒か破滅か。
 
二つに一つ。
 

 一杯のサケが「矢でも鉄砲でも持って来い」「サケ飲んで死んで本望」と、怖いもの知らずにさせ、腹一杯まで飲ませ、サケの中を破滅の方向へ迷走させる。
 
サケを飲む金は少しも惜しくない。
 
二日酔いや入院して仕事をサボっても、家族を苦しめ離婚されても、何よりも大切な筈の健康を傷害してまでも、サケの中へ自分を呑み込ませようとする。
 
サケは麻薬や煙草と同様、依存性物質で、脳の働きを支配するので、サケが考えさせ、自分を失わせる。
 
とにかくサケをピタリと断たねば、人間としてのマトモな判断が出来ない。
 

 断酒会に入り、例会に必ず出席し、今日一日だけは一滴も飲まないと一日断酒した頭で冷静に、生か死かを選択する事。
 
サケを止めるか、人間を止めるか。
 
サケ飲んで一番損したのは、誰か。
 
サケを造る会社は儲けた。
 
サケを売る店も儲けた。 政府も税金で儲けた。
 
病院も儲けた。
 
後は、葬儀屋と坊主が待っている。
 
誰の為にサケを止めるのか。
 
サケ止めねば、家族は離婚して逃げ出すだけ。
 
親兄弟、親類縁者も義絶するだけ。
 
友達も絶交するだけ。
 
つまり、サケ止めなくても、周りの誰も困らない。
 
だったら、一体、誰の為にサケを止めるのか。
 

 家族の為にサケを止めてやっていると言う尊大な態度のドライ・ドランク(サケの入っ ていない酔っぱらい)が居る。
 
家族もお気の毒だが、当人が一番可哀そう。
 
自分をOKとしてないから、突っ張っている。
 
穂の中に実が詰って来ると、稲は自然に頭を下げるものである。
 
自信ある心に虚勢は要らない。
 
自分を大切にする者だけが他人も大切に出来る。
 
素面ではNOと言えず、ウサまみれの心をサケの中へ呑み込ませ、逃げてばかりいた生きざまから、飲酒にNOと言い、酒害体験談を吐き出す為、例会出席する生活へ転換する事から断酒の道が始まる。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<オオイヌノフグリ>
「もう飲まぬ」誓いて十日もたぬ君 「飲みたい」言いつつ四年に向う    





10.サケの魔力に囚われて 





 ― 酒の魔力にとらわれ 酒害に巻きこまれて
 
                 自分の力だけでは どうにもならなかった事を認めよう ―
 

○酒の魔力にとらわれて自分の力だけではどうにもならない
 
  アルコールは「依存性物質」と言われるものです。
 
 依存性物質には、モルヒネ、ヘロイン、コカイン、大麻、覚醒剤のような非合法なものと、アルコール、ニコチン(煙草)のような市販されているものとありますが、脳に依存性をつくる恐ろしさは同様です。
 
 依存性とは、習慣的に使用していると、脳がその物質を欲しくてたまらなくなり、得られないと脳が正常に働かなくなる事です。
 
 脳が正常に働くから、夜は眠れ、畳は起きて食べたり大小便したり人と普通につきあったり社会的役割をはたしたり出来るのです。
 

  所が、依存症になると、その物質が脳に働いていない時には、夜は眠れず、昼は起きれず食欲がなくて食べられず下痢したり大小便たれ流したり社会的役割をはたせなくなります。
 
 その上、体が苦しくて手がふるえたり脚がひきつったり幻覚がでたりテンカンが起こったりもするのです(退薬症状、離脱症状、禁断症状)。
 

  このような苦しみは、その依存性物質を使用すると嘘のように治るので、アルコール依存症の場合は迎え酒をおぼえて、「酒は百薬の長」と誉めたたえ「酒を飲んで死んでも本望」とまで思うようになりますが、「酒は百厄の長」なので、金を失い仕事を失い家庭を失い健康を失って行きます。
 
 こうなると、死ぬほど飲みたい酒を、死ぬほど止めたくなるのですが、神仏に願をかけても、新興宗教に入信しても、一般病院から精神病院、刑務所に何回入っても、やがて「一杯ぐらい」いいだろうと言う気が起こり、元の木阿弥になります。
 

○酒害に巻き込まれて 自分の力だけでは どうにもならない
 
  息子や娘が酒の魔力にとらわれてくると、親は何とかして節度ある飲酒をさせようと、説教したり哀願したり脅迫したり修養会へ送ったりしますが、どうにもならないと、「結婚させたら」まともになるだろうと、配偶者にバトン・タッチします。
 
 配偶者も、又々、哀願したり家に酒を置かない実力行使したり別居や離婚で脅迫したりしますが、どうにもならないと、「子供が出来たら」まともになるだろうと、子供にバトン・タッチします。
 
 配偶者に見捨てられた酒害者を、子供は何とかしようと必死に努力します。
 
 いつも親の 顔色を見て、おこって酒を飲まないようにと良い子になり学業成額を上げたり家事の手伝 をしたり、酔った親の介抱をしたり、両親が別居や離婚をしないように心をくだいて仲を取りなしたり、時には、暴力で止めようともします。
 

  家族がどのように努力しても、アルコール依存症は進行性の病気ですから、酒害者の飲酒はひどくなる一方です。
 
 酒害の渦に巻きこまれた家族は理性を失い、飲酒の尻拭いをすることにより安心して酒を飲めるようにしてやったり、逆に、酒が切れて心身の苦痛にうめいている時に鋭教したり文句言ったり脅迫したりして苦しめて「一杯飲まんと」やっていけんようにしたり、種々、飲酒に協力するようになり、アルコール依存症の進行を加速させます。
 
 心身ともに疲れはてた家族は、新興宗教に入信したり、心身症や神経症になったりもします。
 

○酒害者も家族も「どん底」を自覚する時、行動を変えることが出来る
 
  自分の力だけでは、どうにもならなかった(体験)のだから断酒会に頼りましょう。
 
 断酒会の不思議なカによって立ち直り、向上できることを信じよう
 




ページトップ ホームへ






     

 
<オオキバナカタバミ>
「納得の断酒してる」と言う君の 強き背中は少し淋しき  





11.断酒会の不思議な力 





― 断酒会の不思議な力によって立直り、向上できることを信じよう ―
 

○信じることから物事は始まる
 
 私達は、電車を信じて新幹線を利用することにより、東海道五十三次の道のりも僅か二時間半で旅行できるし、医師を信じて手術を受けることにより、虫垂炎(もうちょう)か 腹膜炎になって死ぬこともない訳です。
 
しかし、ノイローゼの病人さんには、電車の安全性を信じることができず、電車に乗れないので、遠くへ行けない人もいます。
 

 しかし、どれほど疑い深い人でも、赤ん坊の時には与えられたミルクを飲んでいたから育つことができたのです。
 
母乳が出れば母乳を飲み、人工ミルクを与えられたら人工ミルクを飲むと言う、選り好みしない「素直な心」が、即ち、信じる心であります。
 

 しかし知恵がついてきた時、親が子供を受容的に愛育すると、子供の心に周りに対する信頼感が芽生えます。
 
受容とは、全ての不都合をOKしてやることです。
 
夜中にミルクを欲しがって泣きわめいても、おむつを替えたばかりなのに直ぐ又よごして泣きわめいても、嫌がらないで面倒をみてやるような態度が「受容」です。
 
このようにして「信頼感」を持った人は素直な心で周りの「おかげ」を受けいれて、楽な日暮らしができます。
 

○心の発達障害
 
 所で、子供は生活体験がないので、おとなの目から見ると不都合だらけです。
 
そこで、厳しく躾ようと叱りまくると、子供の心は、周りへの不信頼だけでなく、自分すら信じられない劣等感のかたまりになってしまいます。
 
逆に、頼まれもせんのに先手々々と打って出ると、子供は自分の力で何もしない依存的人間になってしまいます。
 
このように心の発達が障害されると、自立したおとなになりきれず、世の中への適応不全がおこります。
 

 おとなになってからでも、まわりの人々が、このような態度をとり続けると、それに応じた人格に変わって行くのです。
 
それは、人間の心が環境によって作られるからです。
 
そこで、酒害者がアルコールに囚われて自分中心主義になる時、家族も叱ったり尻ぬぐいをしたりして、酒害者の人格を、共同して、更に非社会的なものへと壊して行きます。
 
従って酒害からの回復には、酒害者の反省だけでは不十分で、家族の反省も必要なのです。
 
怖いのは、もし、両親の反省がないと、妥当でない養育態度により、子供の人格発達を損ねると言うおまけまでついて来ます。
 
だから、家族そろって断酒会精進するのが大事です。
 

○断酒会の不思議な力
 
 幸運に見離されないひとは、断酒会と出会えます。
 
とにかく家族そろって断酒会へ参加しましょう。
 
全日本断酒連盟を作った松村春繁会長は常に「酒は止められます。それには断酒会へ出席することです」と言われていましたが、論より証拠、酒に飲まれて泥酔した姿が良いか、断酒した先輩の姿が良いか、自分の目で確かめてみて、決断することです。
 

 行動は心次第で決まるのですが、その心は集団環境次第で決まるものです。
 
これがマインド・コントロールの原理で、心をコントロールするには、然るべき集団環境を用意すればよい訳です。
 
だから、ひとを助けるべき医師ですら、オウム真理教の集団環境の中に身を置くと平気で人殺しをするのです。
 
又、虫も殺せない人でも、殺人集団である軍隊の中では恨みもない他人を殺して勲章をもらえるのです。
 

 この世は飲酒社会なので「一杯ぐらいエエやろう」と言う心になり、断酒会に入ると「今日一日の断酒を守ろう」と言う心になる訳ですが、断酒会を離れると飲酒社会の仲間にもどって、元の木阿弥になるのです。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<オキザリス>
命より大事な宝投げ捨てて 新たに生きて断酒十年  





12.仲間と共に 





― 宗教や思想に関係なく 断酒会の仲間として 助けあおう ―
 

○AAと断酒会の違い
 
 AAには「回復の為の十二のステップス」があり、その第三に「Made a decision to turn our will and our lives over to the care of God,as we understood Him」と明記されています。
 
日本語に翻訳すると「神に身も心も おまかせします」と言う誓であります。
 
その唯一絶対的な神(Him)は、ヤハウェ(ユダヤ教)でもイエス(キリスト教)でもアッラア(イスラム教)でもよろしいが、そう言う誓をたてることが回復の大事であるとしています。
 

 西洋では、五千年ものユダヤ教の歴史があり、そのユダヤ教からキリスト教やイスラム教が別れました。
 
三宗教の共通聖典「旧約聖書」の「ヨブ記」に、神をほめたたえるヨブが、家族を失い、財産を失い、病気だらけのコジキになっても、神をほめたたえていたと言う話があります。
 
これが、神に身も心もおまかせしますと言う「信仰」で、そうなると、いろいろな出来事に、一々、良い悪いだの幸不幸だのと、レッテルを張りつけて一喜一憂し,酒を飲む必要もなくなります。
 
いつも心が平静なのです。
 

○群集心理
 
 所が、多くの日本人には「神に身も心も おまかせします」と言う信仰がありません。
 
わずか百円ばかりのお賽銭で、無病息災や家内平穏や立身出世や東大入学やと厚かましい 要求をかなえてくれと取引するのが、信心深いひとだと思っています。
 
仮に神がいても欲深さにあきれて、逆に、罰を与えることでしょう。
 
とにかく、多くの日本人には、AAの大事も奏効しません。
 
日本人に奏効する大事が「仲間」なのです。
 
断酒会は、そのような信仰をもった人も、もっていない人も、資本主義者も、社会主義者も、カタブツも、ヤーサンも、すべてOKで、とにかく「サケで苦しみ、今、サケを断ち切ろう」と一念発起した「仲間」として「助け合う」ことだけを大事とする自助集団なのです。
 
「神」にまかせるのでなく、「仲間」同志の無意識的な支え合いの中で安心を自覚する生き方です。
 

 動物には無意識的な「群集心理」があり、特に、弱い動物は「群れ」の中に安住するものです。
 
だから、鰯は鰯の群れの中で、鹿は鹿の群れの中で、猿は猿の群れの中で安住しています。
 
人間も無力な動物です。
 
そこで「赤信号 みんなで渡れば こわくない」と言う群集心理をもっています。
 
この世は「飲酒社会」で、サケは売られており、みんな飲んでいる所です。
 
そこで、自分の過去の体験を反省すれば、一杯飲むことが、結局、腹一杯まで止まらないから、その一杯飲むことが赤信号であると、よくわかっていても、みんなと一緒になろうと言う「群集心理」が「一杯ぐらい いいだろう」と飲ませる訳です。
 
一人だけで断酒継続できない理由です。
 
酒席へ出ることが断酒の危機を招く理由です。
 

 アルコール依存症とは、死ぬまで、無意識の中に飲酒欲求が居座っていることです。
 
勿論、無意識ですから気付いていません。
 
そこで断酒会に参加して、繰り返し、繰り返し、過去の体験を反省し、一杯から腹一杯に至ったことを忘れないのが大事です。
 
さあ、そう言うことなら、人間らしく理性を使って「群集心理」を自分を助けるように活用する努力が大事です。
 
所が、サケは理性を麻痺させる依存性物質ですから、長年月の連用が理性を消滅させ、何が良くて何が悪いのかと正しく判断できなくさせます。
 
だから、理性を失う前に、断酒会と言う「仲間」の中に安住することが賢明です。
 
断酒会の群集心理は「今日一日断酒を守ろう」と言うことだから、断酒が無事に継続できる訳です。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<ガクアジサイ>
あのチャンス あのタイミングが合えばこそ 断酒の君が今ここにあり  





13.心の酒害空洞 





○サケだけは絶対的
 
 サケを飲む金は少しも惜しくなかったし、妻子の文句や疎外に対抗しても飲んだ。
 
二日 酔いで出勤出来なくなるとわかっていても飲んだし、繰り返し体をいためて仕事を休んで も飲んだ。
 
何につけてもサケ、サケ、サケ。
 
サケなしには生きられない心になっていた。
 
これが「アルコール依存症」と言う精神障害である。
 

○心の空洞
 
 遂に、日常生活の上で、ニッチもサッチも行かなくなり、渋々、サケを断つ事にした。
 
すると、サケのない心には、ポッカリと大きな空洞が開いてしまった。
 
その為、人生が空しく元気も食欲もなくなったり、胃潰瘍や喘息、尋麻疹、ニキビの様な病気(心身症)になったり、訳もなくイライラしたり、心ここにあらずで事故を起こしたりする。
 
又、飲酒する夢をよくみる事からも判る様に、心の空洞がサケを呼び込もうとしている。
 
「一杯飲んだらシャッキリするのに」と思う。
 
食欲がなく空腹にすると「サケが美味く飲める」のである。
 
断酒会を知っていると「飲んだらいかん」と言う意識があるので、飲酒欲求との間で心の葛藤が起こり、注意散漫になったり病気にもなるのである。
 

○断酒会と言う蓋
 
 金も仕事も家庭も自分の健康までも、全て、サケに負けてしまった酒害体験があるのだ から、心の空洞の蓋となるのは「断酒会」しかない。
 
丁度、医師になるには、医学部へ入らねばならないのと同じ事である。
 
一人で勉強しても文学部や工学部へ行っても医師には 、なれない。
 
しかし、医学部へ入った者が、皆、無条件に医師になれるとは限らない。
 
努力しないと医師国家試験に合格せず、当然、医師となれない。
 
同様に、断酒会へ入っても、地域の例会に必ず出席し続けて、日々、精進し、真剣に今日一日の断酒を守らねば、いつの日か飲酒欲求に負けてしまう。
 
心コロコロと言う様に、心はコロコロと変わるもので、酒害空洞の蓋もドライ・アイスの様に長持ちしない。
 
慢心し油断すると、いつの間にか蓋がなくなっており、サケが流れ込んでいる。
 
例会には「必ず」出席しよう。
 

○家庭の回復
 
 もし、配偶者の心と行動が結婚以前と全く変わらなかったら、とてもアル中的なサケと共存出来ず、離婚して行くであろう。
 
事実、六割以上の家庭は離婚している。
 
しかし、離婚していない家庭では、酒害者とサケと家族の三者が共存していた。
 
つまり、この三者を含めた心理的バランスが成立し、酒害者はサケに囚われ、配偶者は酒害者に囚われ、子供はその様な親に囚われ、みんなが自分を見失っていた。
 
反面、酒害者は飲酒に、配偶者は酒害者を支える事に、子供はその様な親を支える事に生き甲斐を見出していた。
 

 そこで酒害者と家族が、いよいよ「どん底」を感じて、サケが抜けた時、家庭内にも大きな空洞が開いて、バランスがとれなくなる。
 
つまり、慢性アルコール中毒は「家庭の病気」をも起こし、家族全員の心身に傷害を与え、全ての人々に自分自身を見失わせる。
 
そして、全員が「愚か(過去の体験を今日に活かせない事)」「貪り(むさぼり:百パーセントを求める欲望)」「怒り(自分だけが正しいと他罰的になる事)」と言った”毒“に心をむしばまれている。
 
ウッカリすると、それによって出来た家庭の空洞へ、断酒後に子供の不登校や非行が入って来たり、又、サケが入って来たりして、バランスをとる。
 

○あせらない
 
 誰も他人の病気を治す事は出来ない。
 
病気は、本来、自ら治るものである。
 
ルネッサンス期の名外科医アンプロアズ・パレは「外科医が包帯を巻き、神これを治したまう」と言ったが、如何なる名外科医も、死体の傷を縫い合わせて治す事は出来ない。
 
外科医が縫い合わせても、傷口をくっつけて治すのは、結局、自分の生命力である。
 
ただ、パックリと開いた傷口を縫い合わせる手術は必要で、酒害治療の場合、それが断酒会参加である。
 

 そこで、この家庭の空洞を治すにも断酒会と言う包帯を巻き、あせらないで待たねばな らない。
 
つまり、酒害者も家族も共に、例会へ出席して自分の体験談を繰り返し、自分を反省し、自分の心の毒を捨てる精進の中でのみ回復して行けるものである。
 
特に、酒害者の妻は、長年の支配的な姿勢を改め「口にチャックして、あせらないで待つ」姿勢が肝要と言える。
 
断酒会の中のトラブルは、先輩家族の口害に端を発する事が少なくない。
 

 断酒会の先輩は新人が例会へ参加し易い様に、いつも暖かく迎え入れるだけでよい。
 
新人のオカシナ言動を咎めるのでなく、むしろ、そこに自分の過去を認めて反省する心得が大事である。
 
すると、新人も断酒会へ参加する中で、自分と同様、必ず回復する事を確信出来る。
 
これに反し、薬の使い過ぎによる薬害が病気を起こす様に、説教する先輩の口害が新人を断酒会から離脱させ破滅させる。
 
            (第41回松村断酒学校での講演要旨「断酒みどりの友」昭和61年1月号)
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<カノコユリ>
断酒など まさかまさかの坂を越え 奇跡に似たり断酒十二年  





14.みんな仲良く 





 酒害者も家族も、断酒会の例会出席を嫌がる人が多い。
 
サケを止め始めの人は勿論。
 
半年、一年と断酒継続出来た人も同様である。
 
断酒会を離れると再飲酒すると知らされていても「自分だけは例外だ」と思うらしい。
 
しかし、例外はない。
 
必ず、その内に「一杯位いいだろう」となる。
 
左様、一杯なら、よろしいが、アルコール依存症と言う精神障害になると、一杯は一杯でも「腹一杯」飲んでしまう。
 
喉もと過ぎても熱さを忘れない為に、自分にとって、一杯とは腹一杯であった体験談を例会の中で繰り返し「だから、一杯飲んではいかん」と日々自らを戒めるのが大事である。
 

 例会での体験談は自分の為にするものである。
 
人間は、誰でも、他人からの説教を聞く耳を持たない。
 
だから、長年の間サケを止めなかった訳である。
 
もう一つ例を挙げると、何か決断に迷う時、あの人に相談し、この人の話を聞きに行く。
 
そして「あの人は立派な人だと思ったのに、つまらん事しか言わない」「この人は、いい事を教えてくれたから、その意見に従おう」となるが、よく反省すると、結局、自分の腹にあったものと一致した意見を採用したに過ぎない。
 
つまり、人間は他人の意見を開く耳を持たない。
 
種々な他人の話を聞く事は、自分を探る道しるべとするだけで、他人を介して自分を覚るのである。
 
だから、他人の体験談を開いて、それを道しるべとして自分の体験談を語り、そこから人生の教訓を覚るのが大事で、失敗を繰り返さねば、その分だけ自分が無事である。
 

 この様に自分を反省すると、他人の説教を聞く耳がなかった事も覚る筈だから、断酒会 で他人(後輩や酒害者)を教育しようとする事の無駄も明白である。
 
「蓼食う虫も好き好き」と言う様に、人間の価値観は極めて多様であり、当然、意見には、必ず異見がある。
 
従って、意見する事は、ケンカの種を撒く事に他ならず、引いては、断酒会と言う組織から脱落させる原因ともなる。
 
これに反し、自分の酒害体験談は、誰からも文句の付けようのない、その人の絶対的なものであり、例会が「体験談に始まり、体験談に終わる」ならば、ケンカのしようもない。
 

 聖徳太子は「和を以って尊し」とした。
 
又、日本は昔「大和(やまと)」の国とも言ったし、日本精神を「大和魂(やまとだましい)」とも言う。
 
日本は小さな島国であり、その中で多くの人々が暮らすには、何より人々の「和」が大事であった。
 
断酒会と言う組織を維持するにも「和」が大事で、みんな仲良くして、仲間割れしない事が肝要である。
 

 ケンカしない為に大事な、もう一つの心得は、他人の悪い所に目を閉じて良い所だけ見 ようとする事である。
 
他人のアラ探しばかりするのは劣等感と言う「心の病気」であり、又、酒害の後遺症でもある。
 
自分に自信がないと、他人の欠点を探し出して、自分を慰める。
 
酒害者は周りの非を肴にサケを飲んだ。
 
家族は酒害者の不始末を非難攻撃し続けた。
 
周りが自分にしたマイナスの事と、自分が周りにしたプラスの事だけを、しっかりと意識 し、逆に、自分が周りにしたマイナスの事と、周りが自分にしてくれたプラスの事は棚上げして来た。
 
だから、自分はいつも正当であるのに被害者になっており、相手は悪いのに加害者になっていると、酒害者も家族も信じ、どちらも「自分中心主義」に陥って、相手を恨み憎み、自分は苦まみれとなっていた。
 
酒害者はサケに囚われ、配偶者は酒害者に囚われ、そして子供はその様な両親に囚われ、結局、誰も彼も自分を見失い、人間不信から世間を狭くして行った。
 
サケを止めただけでは、この様な心の病気は治らない。
 
そこで、断酒会の中でも、誰彼の不完全な所ばかりに目を向けて、良い所を見ようとしない。
 
このテの人が断酒会の役員やその家族であると、組織の和が保てない。
 
そこで、仮に、他人の非を認めても「口にチャックし、あせらないで待つ」事が肝要である。
 

 水が「コップに半分入っている」と見るか「半分入っていない」とみるか。
 
同じ事態でも心への受け止め方は人により違う。
 
前者の場合は満足感が得られるけれど、後者の場合は不満感に陥る。
 
人間関係も同様である。
 
この様な心の病気を治すには、例会出席し心の棚卸しするクセをつける事である。
 
自分の不完全さに直面すると、次第に他人の不完全さも受容出来る様になる。
 
此の世は何も彼も半分で当り前。
 
昼が半分、夜が半分。天気の良い日が半分、悪い日が半分。不完全さを持ったままの自分も他人も、そのままでOKすれば、ケンカする必要もない。
 
家族も、酒害地獄での自分の辛かった体験や愚かだった体験を語るのが大事で、決して「他人である酒害者の体験談(行状)の代弁をしない」のが肝要である。
 
酒害者の体験談を家族が代弁すると「オレの恥をさらしたからもう断酒会へ行かない」となる。
 
酒害者も家族も、自分の酒害体験を繰り返し語る事により、それと比較して、断酒継続出来ている日々の幸せ(日々是好日)が確認出来る。
 

 辛抱やガマンは続かない。
 
飲酒社会では一日断酒の意義や喜びを判ってもらえない。
 
断酒会の中でこそ「今日一日断酒しました」だけでも、立派な体験談として、仲間からの拍手と握手で喜び合えるから、断酒が喜びとなり継続する。
 
しかし断酒会は安易な社交場ではない。
 
社交場なら、雰囲気が嫌だからとか、嫌な奴が居るから行かないでもよいが、アルコール依存症と言う精神障害の治療の場が断酒会だ。
 

 孔子は「三人で居ると、人生の勉強が出来る」と言われた。
 
自分以外の二人の間に優劣がある筈だから、優れた方を見習い、劣った方を反面教師として自らを戒める。
 
断酒会にも、沢山の立派な人と立派でない人が居るから良い。
 
此の世には五十億の人間が居るらしいけれど、たった一人だけ顔の見えない奴が居る。
 
それが「自分」である。
 
その自分の顔を見るには鏡が要る。
 
断酒会は自分の心を見る為の鏡である。
 
先輩がサケを止めて普通の人並みに立ち直っている姿、新人がサケに溺れてヨレヨレになっている姿を、共に見る事が大事で、論より証拠、例会の体験談は「目で聞く」ものである。
 
と言う訳で、一番大切な酒害対策活動は、みんな仲良く「例会に必ず出席しよう」と言う事に尽きる。
 
   (呉断酒みどり会誌:昭和五十九年七月号、静岡県断酒会誌:昭和五十九年十二月号)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<カミツレ>
どん底を這い上がらんと真剣に 救い求めば道は開けり  





15.捨てる 





 長年にわたり大酒し、サケだけが生き甲斐となった精神障害が「アルコール依存症」である。
 
こうなると、ほどほどの飲酒が出来ないだけでなく、酒害者も家族も心に「酒害三毒」がたまって、ただ止酒しただけでは、辛くて生きられない。
 
そこで、例会に必ず出席し、酒瓶と共に心の酒害三毒も捨てる精進が、心安らかに生きる道(断酒道)となる。
 


○貪りを捨てる
 
 一杯飲むと、二杯三杯と欲しくなり、結局、腹一杯まで求め続けた酒。
 
この様な大酒の習慣は、何事につけ百パーセント求める心を作り易い。
 
そこで、酒害者は酒を止めると仕事々々とあせり、メチャクチャに働きまくり、心身共に疲れはて、気が付くと、働いて貯えた金を使って再飲酒している。
 
例会に「必ず」出席する実践が、断酒継続に何よりも大事な理由は、飲酒欲求を抑えて断酒意欲を高める直接的効果の他に、仕事を午後五時に終わらせて働き過ぎを抑え、心身の過労を防ぐと共に金を稼ぎ過ぎない様にしてくれる事にもある。
 
家族も、例会へ出席しないと飲酒時代の辛さを忘れ、欲を出し、断酒者に対して次々と求める様になり、求めても得られないと言う「苦」に陥る。
 

 人間が幸せに生きる為に一番大切なものは「心の安らぎ」であるのに、それを生活の安定と取り違えて、一円でも多くの収入や資産を求めたり、良い地位、良い会社、良い学校と求めると、この様な物事には限りなく上があるので、もっともっとと貪(むさぼ)る心が餓鬼(がき)の苦しみに落とす。
 
「求める事が苦の始まり(釈尊)」で、事物から幸せは得られない。
 
私が中学生の頃は敗戦直後で、大阪は焼け野原。
 
校舎も爆撃を受けたので碌に勉強もせず、毎日、近くの焼跡を耕して畠作りしていた。
 
時たま雑草で作ったダンゴを給食として食べさせてもらったが、飢えた口にまずいものなし。
 
この体験から、世の中に、おいしいものナンテない。
 
おいしさは食べる人の心にある事を知った。
 

○怒りを捨てる
 
 酒害者も家族も、実に怒りっぽい。
 
過去の出来事をいつまでも恨みに思い、怒りだけを肴に酒飲む人や。
 
せっかく断酒会へ入っても、そっぽ向き続ける家族や、随分お世話になった上司や断酒会の先輩等の些細な言動を誤解して鬼の様に怒り狂う人や。
 
怒りは、犬の ウンコのようなものである。
 
怒りを心の中に抱き締めているのは、あたかも、犬のウンコを後生大事にポケットの中にしまい込み、時々、ポケットを覗き込んでは「クサイ、クサイ」とボヤいている様なものと心得て、サッサと犬のウンコを捨てるとサッパリする。
 

 昔、二人の坊様が旅をしていた。
 
ある川にさしかかった時、大雨で橋が流された後で、若い娘が一人困っていた。
 
一人の坊様は、サッサと娘を抱き上げ、ザブサブと川を渡してあげた。
 
向こう岸で娘を降ろすと、又、坊様二人はスタスタと旅を続けた。
 
その日も終わろうとする時、他方の坊様が「出家の身で女を抱いてもよかったのだろうか」と問いかけた。
 
娘を抱いて川を渡してあげた坊様は「ナント、貴僧はあの女性をまだ抱いていたのかね。拙僧はあの岸辺で降ろして来たのに」。
 
過去に囚(とら)われない事が肝要である。
 

 又、怒りは、本来、自分だけが正しいとする身屓きから生じるものである。
 
酒害者も家族も例会へ出席を続け、自分の体験談を繰り返し、自分と言う人間の本当の姿と冷静に直 面するなら、自分の不完全さを知る様になり、自然に、他人の不完全さも受容出来る心が育つ。
 
私も若い頃は自分の事を棚にあげて、周りの仕打ちを怒り、結局、自分が一番苦しんで来たが、断酒会とお付き合いする内に怒りの本質を覚る様になり、自分が救われた。
 

○愚かさを捨てる
 
 人間は他の動物より賢明だから、人類千四百万年の歴史を無駄にせず今日の文明を築きあげた。
 
つまり、人間は自分の体験だけでなく、他人の体験も文化として有意義に活用出来るので、他の動物の様に愚かでない。
 
科学や医学の進歩も、過去の失敗を反省して無駄な体験としなかった事による。
 
酒害者も家族も、例会の中で自分の過去の行動を冷静に反省し、誤りを二度と繰り返さない事により、安らかに生きられる。
 
酒害者は一杯のサケに無力であり、金銭、仕事、家庭、健康等を次々と失って行った事実を認め、家族は酒害者を禁酒させる事に無力であった事実を認めると、自然に、断酒と断酒に協力する姿勢がとれる。
 
更に、過去に稼いだ金が、結局、酒代へ消えて行った事実を反省すると、気楽に断酒する方法は金を稼ぎ過ぎない事であり、たまった金はあちこちの記念大会や研修会や断酒学校へ参加して消耗しておく事であるとも覚る。
 

カメラのレンズが埃まみれに汚れていると良い写真をとれない。
 
レンズを磨く事が正しく映す第一のコツである。
 
同様に、酒害者と家族は例会へ自分の心のゴミを捨てに行くのである。
 
自分の体験談を繰り返す中で酒害三毒を捨てた心には真実が映る。
 
二時間の貴重な体験談には、人生のあらゆる面で応用の効く真理が含まれているが、それを自分で覚り愚かさを捨て智慧を体得するのが精進である。
 
だから断酒会は、私の様な門外漢にとっても人生の勉強になる。
 
長年月、リンゴは木から落ち続けていたが、ニュートンが初めてそこに万有引力を見た。
 
目がふし穴であれば何も見えない訳で、断酒会を無意味な時間潰しと言う人は、リンゴが落ちるのを見ながら何も覚らない愚かな人と言える。
 

○時間を捨てる
 
 例会を時間潰しに過ぎないと文句言う人も、そのままで例会出席を続けると断酒も継続出来て、当然、この世に生き続けられている事に気付く筈である。
 
「心ころころ」と言われる。
 
学校でも遊び仲間に入ると勉強しないが、全寮制の予備校へ入ると勉強する。
 
殺人集団である軍隊へ入ると、世間で虫も殺せない人でも平気で敵兵を撃ち殺したり原爆を市民の上に落としたりする。
 
飲酒社会の中に独り居ると「一杯ぐらい」と飲酒するが、断酒会々員になると「今日一日は断酒しよう」となる。
 
即ち、環境が心を支配する。
 

 「人生は、本来、苦である(釈尊)」。
 
この長く辛い時間を、酒害者はサケの中へ呑み込ませ捨てて来た。
 
サケに酔い痴れていると、十年二十年と言う間がアッと言う間に過ぎ去った。
 
お伽噺の龍宮城が佳かったのも、浦島太郎の時間をアッと言う間の煙にしてくれたからである。
 
動物は無意識的に時間を潰す事を望んでいる。
 
従って、眠りが快いのである。
 
だから、サケで時間を潰すコツを覚った時、アルコール依存症となる。
 
時間を潰すには、生酔いではタメで、トコトン泥酔(ブラック・アウト)しなければならない。
 
これが普通の人の飲酒と洒害者の飲酒との哲学的な違いである。
 
しかし、時間を潰すに有効であったサケも有害であった。
 
そこで無害に時間を捨てる心得で断酒会へ必ず参加していると、心安らかに人生が送れる。
 
        (神戸協同断酒会一泊研修会での講和より)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<カンザキアヤメ>
見舞来て一人登りしこの坂を 断酒の君と「きずな」に向かう  





16.一二三(老子) 





 酒害者が元気よく断酒を継続するには、「断酒新生」と言われる如く、新しく生まれた様に、人生の価値観を根本的に変えねばならない。
 
以前の如く世俗的な物事へ価値を置いている限り、再飲酒は避けられない。
 
これに反し、「一日断酒と例会出席」だけを第一の価値(人生目標)として精進していると、心安らかな日暮らしが出来るだけでなく、一の次には自然に、二や三の身体的健康や家庭の平和、仕事等も順調に回復する。
 

 その理由は、酒害体験を反省すると、当然の事として判る筈である。
 
飲酒時代も最初の内は、健康で、仕事も金も家族の団らんも付き合いも得られていたであろうが、次第に、サケがそれ等を呑み込んで行った。
 
サケを飲む金は少しも惜しくなかった。
 
二日酔いやサケによる病気で仕事をサボらねばならなくなると判っていても、サケを飲んだ。
 
親類や知人友人との付き合いも、サケを飲み過ぎるので出来なくなった。
 
親に泣かれ、妻に小言を言われ、子供にソッポ向かれ、増々サケを飲んだ。
 
結局、一人ボッチになり、サケだけが心の杖となり柱となった。
 
つまり、どの様な世俗的な物事よりも、サケの方が遥かに強力であった。
 
上手にサケを飲もうと、繰り返し繰り返し挑戦しても、結果は同じ事。事態は進行性に悪化して行くばかり。
 
ニッ(二)チもサッ(三)チも行かなくなるのは、一をとばし、二や三を追い求めたから。
 
渋々、断酒会へ入り、第一にすべき一日断酒と例会出席をし、チト世間並みの生活が送れる様になると、仕事々々と精を出し、損を取り戻そうと金を貯め、親類知人友人の冠婚葬祭に走り回る。
 
当然、断酒会の例会出席を疎かにし、記念大会や研修会等には参加しない。
 
断酒会と仕事とを同列に考え「仕事と断酒会の両立に悩む」ようになる。
 
皆さんがこの様な先輩を見たら、その姿を反面教師とするがよい。
 

 西洋の古諺に「天は、過去を忘れる愚か者に、罰として過去を繰り返し体験させる」と言うのがある。
 
酒害地獄は、仕事も金も家庭も健康も皆、サケに負けて呑み込まれてしまった結果である。
 
その当時、仕事は飲み代を稼ぐ為であり、冠婚葬祭も飲酒の口実にしていた。
 
そこで、この様な物事を断酒会より優先させていると、ふとしたキッカケでサケが侵入し、アッと言う間に、元の木阿弥になってしまう。
 
断酒会へ通い続けていると、その様にして消えて行った人々を数限りなく見る事が出来る。
 
そこまで落ちなくても、酒害者にとって、仕事も金も人付き合いも健康も皆、サケに負けていたのだから、サケなしに、仕事して金を稼ぎ親類付き合いしても心の中は空しい限りで、何の喜びも感じられない。
 
この様に愚かを人々の仲間入りしない為の大事は「例会出席」に尽きる。
 
新人も先輩達も「一日断酒、例会出席」と大書して便所の壁に張っておき、寝床へ入る前に「今日」「自分は」第一にすべき事を実践出来た、だから「これでエエんや」「百点や」と、自分を誉める練習をするとよい。
 
そうすれば極めて容易に、心安らかに眠れ、元気な明日を迎えられる。
 
心の安らぎは、決して金では買えない。
 
逆に、二や三である世俗的な全ての物事への欲を捨て去った時、心の安らぎが得られる。
 
その事を酒害者は無意識的に覚っていたので 、飲酒時代に世俗的な全ての物事をサケの中へ呑み込ませていたのである。
 
断酒を継続するコツは、意識的に、世俗的な欲望を捨て去る事であり、それには、先ず、残業して余分な金を稼ぎ、会社に良く思われたいと言う欲を捨てる為、例会に「必ず」出席する実践が大事となる。
 
実際、余分な金がなければ飲めないし、例会へ出席する為、働き過ぎないと体も楽である。
 
      (長崎県断酒連合会誌「断酒長崎」平成二年八月号より)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<カンザクラ>
親元に帰るが如く安らぎて 「きづな」に集いて断友(とも)と語らん  





17.酒害家庭の回復





 私が医師となった当初の昭和三十年代には阪神地方に断酒会がなく、アルバイトで勤務した診療所において、肝臓を病むアルコール依存症の男性患者さんと、心身症である胃潰瘍を病む奥さんと、問題行動である常習的かっぱらいの子息との一家に悩まされていた。
 

 現在も、私が医師として、このような家庭状況に直面させられる事は少なくない。
 
酒害者の妻が胃潰瘍や常習下痢、喘息、動悸のような心身症を病んでいたり、子供が不登校や非行、暴力、シンナーのような問題行動を起こしてくる。
 
いずれも心因性障害と言うもので、原因は心にある。
 
つまり、家庭に酒害が発生すると、当事者だけでなく、家族全員の心が病んでくる。
 
酒害者がアルコールに囚われて行く問に、妻は夫の飲酒に囚われて子供に当り散らしたり、逆に、酒害者を敵視して子供と密着した生活をするようになり、次第に子供も親に囚われ、全員が本当の自分の心を見失って右往左往し、今、ここで、自分がするべき事をしないで、余計な事ばかりしている。
 
これがアルコール地獄である。
 

 このように千々に乱れた状況を改善するための治療方針は、やはり根治療法が第一で、酒害者の一日断酒と、夫婦一緒に断酒会(例会、記念大会、研修会)参加する事である。
 
人生の道は、いつも「一二三(老子)」で、第一にするべき事を今すぐ実践するだけでよい。
 
に(二)っちも、さ(三)っちも、いかなくなるのは、二や三ばかり求めて、肝腎の「一」をサボっているからである。
 
どうしようもなくなったら、「今、ここで、自分にとっての”一“は何であるか」と考え、他の事は横におき、その”一“だけを実践するとよい。
 
やがて、必ず、二、三と実現して行き、家族全員がOKとなり、自立出来る。
 

 家庭の基礎は夫婦であるから、家庭環境改善の第一歩は夫婦関係の改善である。
 
先ず、酒害者は今日一日だけ一滴も飲まない。
 
一杯は必ず腹一杯にまでなるからである。
 
妻は酒害者が飲酒したら尻ぬぐいせず放っておき、素面の時には「口にチャック」して小言を言わず至れり尽せりのサービスをする。
 
妻が飲酒の後始末してくれると、安心して飲める。
 
素面になって後悔している上に、妻から責められると、辛くて辛くて、一杯飲まずにおれなくなる。
 
つまり、洒害者は「一日断酒」、妻は「飲酒に協力しない」事の実践により、酒害地獄の火は消える。
 
断酒生活の道の上に立ったら、次に、夫婦一緒に歩いて行くのが「例会出席」である。
 
繰り返し一緒に行動する事により夫婦の絆が回復する。
 
断酒会と言う共通の話題を持つ事により夫婦の会話が回復する。
 
妻が例会で「夫が今日一日断酒してくれて有難うございます。
 
夫が飲酒していた時、私は」如何に辛かったか悲しかったか、そして愚かな事をしてきたかと、自分の体験を反省する時、今日一日の断酒だけで幸せを感じるようになり、当然、酒害者を優しい目で見るようになる。
 
妻の喜ぶ姿が酒害者に「やる気」を起こさせ、断酒が継続して行く。
 
このようにして、春風が家門に入ってくる。
 

 所が、断酒生活が軌道に乗った頃、酒害地獄の中で良い子だった酒害者子弟に問題が起こってくる事もある。
 
酒害地獄の中で「種」が蒔かれているけれど、冬の嵐の中で芽は出ない。
 
断酒生活になり、春の陽気となってから、蒔かれた種は自立障害と言う「芽」を出す。
 
勉強しない、宿題しない、成顔が下がる、学校をサボる、等から、親がガミガミ言うと増々自分を見失って、反抗的になり、暴力的になり、一人立ちできないので夜遊びの仲間に入り、非行の仲間に入り、シンナーの仲間に入り、とエスカレートしたり、逆に、落ち込んで、ノイローゼになったり、自殺をはかったりもする。
 
特に、酒害者を敵視するグチを聞かせたり、母子密着した生活をして子離れできなかった場合、断酒会生活で両親が 密着した態度へ急変すると、親離れできない子供は裏切られ見捨てられたと感じる。
 

 親類や知人、学校教師が訳知り顔で「サケ飲んでいた時に子供を放っておき、サケ止めるからと言って夫婦で断酒会々々々と子供を放っておいたから、こうなってしまった」と非難する。
 
親も、勿論、子供のそばに居て監視しようと、断酒会をサボるようになる。
 

 断酒会をサボると、酒害者の飲酒欲求は増大してきて、イライラがひどくなり、当り散らすようになる。
 
妻は酒害地獄を忘れてきて、断酒に対する感謝がなくなり、酒害者を普通の人々と比較して注文を次々と突きつけるようになる。
 
「サケを止めたなら」あの性格も直してほしい、家事の手伝いもしてほしい、早く仕事についてほしい、今までの損を取り戻すために残業して稼いでほしい等々。
 
欲を出して求め続ける。
 
求められる酒害者は気の毒で、遂に、サケの中へ追い込まれてしまうが、欲を出して求め続ける妻も気の毒で、結局、求めても得られないと言う苦しみだけを得る事になる。
 
又、子供のそばに居ると、大体、親は「あゝしなさい」「こうしてはタメ」等々ゴチャゴチャと説教をしてしまう。
 
自分の子供の頃を思い出すとわかるはずであるが、親の説教はうっとおしい。
 
又、子供でも悪いとわかっており改めようと思っていても、親から言われると反発して、逆に悪い事をしてしまう。
 
その上、家の中をうっとおしくすると、子供を家の外へ押し出すようになる。
 
外で待っているのは、非行仲間である。或るいは、自殺に追い込む。
 

 どうすれば良いか。第一にするべき事を第一にする。
 
つまり、一日断酒と例会出席を体で実践する。夫婦関係が改善され、当然、家庭環境が改善されるはずである。
 
子供に問題の起こった事例を深く検討すると、実は、この原則から外れている。
 
一日断酒とは、命より大事なサケを捨てる事である。
 
それが本当に出来ると、命より重みの軽い「怒り」も捨てられる。
 
例会出席で、貴重を時間と金を捨て続けると、いつしか「欲」も捨てられる。
 
体験談を真剣に繰り返す中で、夫婦の間の恨み辛みが感謝と変わり、家庭環境が改善される。
 
次に、問題ある子供に対しては、親の方から「おはよう」「行ってらっしゃい」「行ってきます」「おかえり」「たゞいま」「おやすみ」のような挨拶はする。
 
話かけられたり、たずねられたら、何はさておき、聞いたり答えたりする。
 
出来ない事は、ハッキリ断り、軽々しく約束しないが、一旦、約束した事は厳守する。
 
口にチャックして親の側から話しかけない。
 
話かけているうちに、必ず、小言や説教になってしまうからである。
 
本当は断酒当初から子供も断酒会へ連れて行くと、酒害地獄が病気の症状であり、道徳的に避難すべき罪悪でなかった事がわかるようになり、両親への恨みが薄らぐ。
 
問題が起こってからは、子供が断酒会へ行かなくても、両親が断酒会へ行って不在にすると、少なくとも子供を家の外へ押し出す事はない。
 
後は「あせらないで待つ」と、自然に問題は鎮まる。
 

 動物の子育ては本能である。
 
子育ての第一歩は雄による巣作りで、第一の本能で同種の 動物を排斥し、縄張りを守る。
 
この際、雄は雌を攻撃できないと言う第二の本能の為、巣の中の雌の存在に苛立つ雄は、近付く外敵に怒りを爆発させて敢然と攻撃し、結果として巣と雌を守る。体が円く毛の質も鳴き声もオトナと違う子供を親は攻撃できないと言う第三の本能の為、巣の中の子供の存在に苛立つ親は、近付く外敵に怒りを爆発させ、結果、巣と子供を守る。
 
しかし、子供が成長し、オトナと姿も声も変わらなくなれば、第一の本能によって、子供に餌を与えなくなり、空腹に耐えかねて子供は巣立ちする。
 
それでも出て行かない場合、親は第一の本能によって子供を攻撃して巣離れさせるのである。
 




ページトップ ホームへ






     

 
<カンナ>
たわいなき会話の中に結ばれし断友(とも)との絆 名を知らずとも  





18.自由、平等、自立 





 如何なるものの奴隷とならない(自由)
 
 如何なるものも奴隷としない(平等)
 
 本当の“自己”に目覚め、自分の主とする(自立)
 

○酒害者は「一日断酒を例会出席して喜ぶ」
 
 酒害地獄は、酒害者が腹一杯サケを飲んだから起こったのです。
 
酒害者は、一杯のサケを体に入れると、そのサケの奴隷となってしまうのです。
 
奴隷とは、主人の命令に対して NOと言えない存在です。
 
このアルコール依存症と言う精神的障害は、死ぬまで治りません。
 
しかし、最初の一杯さえ飲まないと、無事な訳です。
 

 私は、以前、ヴィルス学を研究していましたが、ヴイルスと言う電子顕微鏡でしか見えないバイキンは「宿主となる細胞の中へ侵入すると宿主細胞を狂わせ、宿主細胞に敵であるヴイルスを作らせ、宿主細胞を自滅させる」ようにしむけます。
 
つまり、一旦、ヴィルスの侵入を許すと、宿主細胞はヴイルスの奴隷となり自滅するのです。
 
このようなヴィルス病を防ぐには、そのヴイルスの侵入を防げばよいので、予防注射が大事であります。
 

 断酒体験を反省すると、自分一人の力だけでは継続できなかった事実がわかります。
 
つまり、今日一日の断酒を継続するにも、断酒会の例会出席と言う予防注射が必要です。
 

 例会に出席すると、先輩が酒害地獄の体験を語ってくれます。
 
その話を道しるべとして 「そう言えば自分も」と自分自身を反省できます。
 
自分の酒害に気付いた時「今日一日は断酒しよう」と言う気になります。
 
しかし、人間は過去の辛さをすぐに忘れる愚かな存在ですから、例会出席をサボり、反省を止めると「一杯ぐらい」と言う気になります。
 
心はコロコロ変わるものです。
 
だから、良い方へ向ける日々の精進が大事です。
 

 例会に出席し、自分自身の酒害地獄を語ると、一日断酒した今日は、その地獄の中に居ない事に気付きます。
 
それだけで「これでエエんや」「100点や」と満足できます。
 
当然、安心して、ぐっすり眠れる筈です。不眠の最大の原因は、不安にあるからです。
 

 所で例会出席の一大事は、貴重な時間を捨てる実践にあります。
 
反省するとわかりますが、サケのよさは何もかも「捨てさせてくれる」所にあるのです。
 
あっと言う間に何年もの時間を呑み込まれ、家を何軒も買えた位の金を呑み込まれ、家庭の平和を呑み込まれ、自分の健康すら呑み込まれたサケのよさは、この「捨てる」事により、人生の苦しみから逃れられると言う”真理“の無意識的実践にあったのです。
 
古来、求める事が苦の始まり(釈尊)と言われています。
 

 そこで「自分からサケを取ったら、何も残らない」「サケ飲んで、死んでも本望」とまで信じこみ、命より大事にしていた「サケを捨てる一日断酒」と、貴重な「お金や時間を捨てる例会出席」の実践とが、如何なるものにも囚われず奴隷とならない自由人としての心の安らぎを保証してくれます。
 
幸せには「心の安らぎ」が何よりも大事なのです。
 

○家族は「口にチャックして、飲酒に協力しない」
 
 酒害地獄の半分は、飲酒に協力する家族が作るものです。
 
先ず、会社へ飲酒で欠勤する為に嘘のことわり電話をしてやったり、飲酒の借金を支払ってやったり、外で泥酔しているのを連れて帰り、服を脱がせ体を拭き布団に寝かせてやったり、暴れて壊したガラスや 茶椀を掃除して家の中をきれいに片付けて「飲酒の尻拭い」をすると言う点で、家族は酒害者の奴隷となっていました。
 
これこそ「小さな親切、大きなお世話」で「酒害者が安心してサケを飲めるように」と、一所懸命、飲酒に協力して来た訳です。
 
次に、シラフになった酒害者に小言をあびせ痛めつけ、家族が良いと信じる価値観を押しつけ、又、一家の大事を酒害者をつんぼさじきに置いて家族が決めてしまうように、酒害者を奴隷あつかい にしていました。
 
飲酒すると、至上の境地になれた上、家族からも至れり尽せりのサービスが得られる。
 
逆に、酔いが覚めると、後悔の山に押し潰された上、家族からもグサリグサリといじめられる。
 
これでは、サケを飲まざるを得ない訳です。
 
家族が賢明になり、このような飲酒に協力する行為を止めるのが、酒害地獄から逃れる第一歩となります。
 

 サケは合法的な飲み物ですから、「飲む飲まんは、酒害者の自由」です。
 
家族が酒害者からサケを取り上げる「禁酒」は酒害者をNOと言えない奴隷とする事になります。
 
しかし、同時に、洒害者の飲酒に囚われて一喜一憂し尻拭いさせられる家族も、酒害者の奴隷となっているのです。
 
家族が酒害者の飲酒を好まないなら、飲酒の尻拭いを一切止めましょう。
 
そして、シラフの時は口にチャックして小言を言わず、素直に喜びを現して至れり尽せりのサービスをしましょう。
 
そうなると、酒害者は、安心して飲めなくなり、逆に、シラフの喜びを感じるようになり、サケを止める気が起こって来ます。
 

 それでも、酒害者が飲酒を止めず、家族が耐え難ければ「飲む飲まんは酒害者の自由だが、飲酒する酒害者と一緒に住む住まないは家族の自由てある」と言って、別居しても構いません。
 
「一緒に住む条件は、酒害者が断酒会に参加して断酒する」事であると言う態度を貫き、あせらないで待つのが肝要です。
 
家族も自分主体の人生を取り戻しましょう。
 

 家族の幸せは、やはり、断酒会の例会に必ず出席する事です。
 
先ず、私だけでなかったと安堵できます。
 
次に、「うちの酒害者が飲酒していた時、私は」と、辛く悲しく愚かであった体験を語り続ける事により、今日一日の断酒だけで幸せと感じるようになります。
 

 酒害地獄の中で子供を顧みなかったのに、断酒生活でも子供に留守番させて両親が例会 参加するのは悪いと言う意見もありますが、それなら、子供達も断酒会へ連れて行くとよ ろしい。
 
「自分の親だけでなかった」と知り親の酒害を恨む気持ちが薄らぎ、病気として理解するようになります。
 
又、たとえ子供が断酒会へ参加しなくても、両親は断酒会へ参加する必要があります。
 
物事の順番は「一二三」で、二や三を求めず、第一にすべき事を第一に実践するのか大事です。
 
家庭の中心は夫婦ですから、この夫婦関係の改善が家庭環境改善の第一歩であります。
 
そして夫婦関係の改善に、夫婦そろっての断酒会参加は欠かせません。
 
酒害者だけの断酒会参加では、再飲酒が多く、又、夫婦関係の改善も良くありません。
 
夫婦関係が良くないと、親は子供を過保護にしたり、逆に、厳格に扱うので、子供が自立障害や情緒不安に陥り、どちらかの親に過度に癒着したり、反家庭的態度を示したり、非行に走ったり、自殺を図ったりして、親を振り回し、親を子供の奴隷にします。
 酒害地獄の中で、酒害者はサケに囚われ、家族は酒害者の飲酒に囚れ、子供は親に囚われて、全員が自分を見失っていました。
 
断酒生活では、子供も自立させねばならないのです。
 
その為には、夫婦関係を改善して暖かい家庭環境を作り、親の価値観を子供に押しつけて子供を親の奴隷としないように、親は口にチャックして、子供の話を聞いてやり、不都合もOK(受容)してやり、人間に対する不信を信頼へ転換させると、時間はかかっても、子供は社会の中へ独力で恐れず入って行けるように成長するものです。
 
                                 (和歌山県断酒会)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<キク>
それぞれの思いを抱きて登り来る阿武山の坂 今日も静かや   





19.断酒菩薩 





 人間は視覚動物と言う様に、他人の意見を聞く耳は持っていないが、目で見る事により情報を得ている。
 
そこで「出会い」と言う事が、古来、真実を悟るのに大きな役割を果たしていた。
 
例えば、ユダヤの大学者サウロはイエスに出会い、その神々しい姿に打たれてキリスト教徒パウロとなり、古代ローマ世界へキリスト教を布教する大事業に乗り出す事 となったし、又、バラモンの大学者シャーリープトラ(舎利子)は、ゴータマ・ブッダ(釈尊)の清々しい姿に出合って、仏陀の教えを受ける気になったと伝えられている。
 

 断酒についても、新人が初めて参加する例会の中で、断酒している先輩達の幸せそうな 姿と出会う事により「希望の灯」を見出して断酒を動機付けられる。
 
正に、一見は百聞より勝るのである。
 
そこで、今夜来るかもしれない新人に断酒の喜びを伝える為、今夜行かなくても断酒できる先輩も一日断酒した姿で例会へ必ず出席する事が絶対必要となる。
 

 以前、自分がその様な先輩の姿に、断酒して生きる希望の灯を見て救われた「おかげ」を忘れ、チョット断酒出来た事に慢心し、断酒会より仕事中心の生活に走る様では「今までの自分中心主義を捨て、社会の為に尽くそう」と言う心の誓(旧)が泣いている。
 

 私は、以前、天理市の天理教本部の講堂で開催された奈良県断酒会の記念大会へ参加した時、「ひとを助けて、わが身助かる」と書いた額を見た。
 
仏教でも、自分自身を救うより先に、苦しんでいる衆生を救う為に尽力する菩薩(ぼさつ)を尊ぶ。
 
これに対して、自分だけ救われている事に安住し、迷える衆生に救いの手を差しのべない存在を羅漢(らかん)と言う。
 
一日断酒と仕事が出来ても、例会出席しない人は羅漢さんで、少しも有り難くない。
 
その様な人に限って、たまに例会へ出て来ると、体験談を語らず、仕事している自慢話や新人に対する説教しか喋らない。
 
チト仕事しただけで威張る事はない。
 
世間の人々は皆、何十年も汗水流して一所懸命に働いているのだ!
 
又、意見には、必ず異見があり、ケンカの種を撒くだけである。
 
この様な自分中心主義者は、まだ重症な病人である。
 

 これに対し、例会に出席する事によって断酒出来た自分の過去を忘れず、自分の仕事より例会出席を優先して、繰り返し繰り返し自分の酒害体験談を語り、ひたすら新人の為に 自分の時間を捨てる「断酒菩薩」様だけが、立派に他人も救い、同時に自分も救われる。
 
これこそ、この上なく有難い存在である。
 
この様な人を私は尊敬する。
 

 同じ様に断酒していても、羅漢さんも居るし、菩薩さまも居る。
 
高知の松村断酒学校でも話題となった事であるが、各地域断酒会で、一年以上の断酒者の例会出席の悪さが問題である。
 
自分が例会出席で救われた過去の事実を、どうして簡単に忘れるのだろうか。
 
今夜、新人が救われようと例会へ来るかもしれないのに、その様な人の事等どうでもよいとばかりに、どうして自分の仕事を優先させるのだろうか。
 
繰り返し強調する。
 
断酒会の中で価値のある事とは「一日断酒」した姿で「例会出席」する事だけである。
 
仕事ナンカ三文の値打ちもない。
 
社長だろうが、労務者だろうが、福祉の世話になっていようが、皆、同等の値打ちである。
 
その意味で、断酒会の中でこそ、本当の平等がある。
 
又、命より大事であったサケへの囚れを捨て、何ものにも囚われない本当の自由がある。
 
せっかくサケ への囚れを断っても、次に又、仕事や金銭に囚われる様では、いつまで経っても救われない。
 
これでは羅漢さんどころか、飽く事を知らない餓鬼(かき)としか言い様がない!
 
だから、そのような人は、必ず、再飲酒する。
 
                         (川西断酒会10周年記念大会)
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<キズイセン>
この月も断友(とも)と会えし喜びに 「きづな」終わりてバスは弾みぬ  





20.思うがまま、あるがまま 





 ― 思うがままには生きられないが、あるがままで生きている ―
 

 人間が幸せに生きる第一の条件は「心の安らぎ」であります。
 
いつでも「これでエエんや」と受容していると、江戸時代の良寛和尚のように「災難にあうときは災難にあうがよろしく、病むときは病むがよろしく、死ぬときは死ぬるがよろしく侯」となるのです。
 
生きている限り、災難や病気や死を避けるは出来ません。
 
自分の努力で避けられないことを受容出来ると不幸に成りようがないのです。
 
その為には「心の三毒」を捨てることです。
 

 第一の毒は「貪り(欲)」です。
 
「私の思うがままに生きたい」と欲を出しても、思うがままには幸福を得られないし、他人も世間も思うかままにはなりません。
 
此の世を「しゃば」と言いますが、これは古代インド語のSahaを音写した中国語「娑婆(さは)」に由来し、「忍土」つまり、忍耐なしには居れない土地を意味しているのです。
 
又、キリスト教でも「耐え忍ぶ者は救われる」(マタイ福音書10章)と説いています。
 

 第二の毒は「愚かさ」です。
 
愚かとは真実を悟れないことで、過去の人生を冷静に反省すると、自分は他人でないのだから、他人と此較して、どのようにもがいても「思うがままには生きられなかった」事実を確認出来る筈です。
 
更に「生は無常、死は自然」と言う真実も悟れる筈です。
 
生きているから災難にあう訳だし病気にもかかる訳だし、誕生があ るから死亡もある訳です。
 
そして、幸福があるから、それ以外は不幸に感じる訳です。
 
そこから「これあれば、かれあり(縁起の法:釈尊)」と言う真実も理解出来る筈です。
 
そこで、断酒会の例会や研修会へ真剣に参加して、「思うがままに」楽を求めて一杯飲んだから、腹一杯まで行ってしまった自分自身の酒害地獄を常に自覚し続け、何事があっても最初の一杯に手を出さない「一日断酒」精進が安らかな日暮らしを保証してくれます。
 

 第三の毒は「怒り」です。
 
「思うがまま(欲)」と「あるがまま(現実)」とのギャップを痛感すると心理的ストレスを感じ、ノイローゼや心身症のような病気になったり酒へ逃避してアルコール依存症になったり、怒り狂って他人の心身を傷つけたりしますが、当人も心身の安らぎを失い苦しむのです。
 
この苦しみから逃れるには、「思うがままには生きられないが、あるがままで生きている」事実を自覚し、心の三毒を捨てると「これ滅すれば、かれ滅す(縁起の法:釈尊)」で、苦しみから逃れられます。
 
又、過去を徹底的に反省すると、極悪非道の自分に気付く筈で、当然、他人を非難攻撃する資格のないことも自覚される筈です。
 
イエスは「ひとを裁くな。そうすれば、自分も裁かれることがないであろう。なぜ兄弟の目にあるちりを見なから、自分の目にあるはりを認めないのか(ルカ福音書6章)」「あなたがたの中で罪のない者が、この罪人に石を投げつけるがよい(ヨハネ福音書8章)」と言われました。
 
心安らかを日暮らしには、一日断酒したマトモな頭で、例会や研修会へ参加し、自分自身の酒害体験を徹底的に反省し、自分の極悪非道を認める断酒会精進が大事です。
 
自分への反省がない間は他人を批判出来るものですから、如何に口先だけベラベラと体験を語っても、じっくり時間をかけた反省が他人を批判しない「行動」として現れない限りDryDrunkで本物とは言えません。
 
だから、例会で体験談を上手に語る人が、必ずしも断酒継続も上手とは限らないのです。
 
本当の反省がない場合、他罰的に飲酒の口実が見つかるからです。
 
又、断酒していても飲酒時代と同様に怒り狂っています。
 
心の安らぎに至る修行には日々の精進を要しますので、やはり、断酒会歴の重みを感じさせられるところです。
 
                      (神戸協同断酒会創立10周年記念大会での講和)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<キバナコスモス>
なに故にこの病院に入りしかと 「あの日」に戻りて「きづな」に集う  





21.作一頭水こ牛去 





 人生は苦しみに満ちている。
 
特別に悪いことをした訳でもないのに、何故だろう?
 
西洋の一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)では、人間の始祖と信じるアダムとイブが神に背いた原罪の罰として、今、男は苦しんで仕事をし、女は苦しんで出産し、人生が苦しみに満ちていると説いている。
 
又、古代インドのバラモン教(現在のヒンズー教)では輪廻転生を信じ、前世の因果により、今、此の世の苦しみがあると説いている。
 

 約2500年前、北インドのゴータマ・シッダルタ王子は出家し修行して「これあれば、かれあり。
 
これ生ずるにより、かれ生ずる。
 
これ無ければ、かれ無し。
 
これ滅するにより、かれ滅する」と言う縁起の法を観察し、「人生は苦である」「求めることが苦の始まり」と言う実相を覚り「執着せず」「真面目に生きる」と言う実践により(苦集滅道:四諦、四つの真理)、心の安らぎに至った。
 
これが仏教(ブッダの教え)である。
 

 先ず、人生は楽な筈と錯覚することが苦しみの元になる。
 
まわりを見渡すと、私以外の全ての人が幸せそうに見える。
 
私が救われたのは、「人生は苦である」と言うゴータマ・ブッダ(釈尊)の言葉と、その頃から関係したアルコール医療と断酒会での体験談とからであった。
 
私だけやなかった、みんな一緒やと知った時、苦の中に居ても安堵できた。
 

 四苦八苦すると言うが、四苦とは生老病死であり、八苦とは生苦を分けた愛別離苦(愛している者と別れ離れねばならない苦)、怨憎会苦(怨み憎んでいる者と顔を合さねばならない苦)、求不得苦(求めても得られない苦)、五蘊盛苦(五体が若く元気である苦)を合わせたものである。
 
八苦目の苦は、若く元気な青少年が暴走や非行に走る事実から理解できる。
 
又、生まれたから、老いるし、病むし、死なねばならないのだから、これらも生苦に帰して、結局「人生は苦である」となる。
 

 苦しみの始まりは、私が「思うがままに生きたい」と求めた所にある。
 
誉められたい、立身出世したい、楽しみたい、金も欲しい、優しくして欲しい等々と求める時、思うがままには生きられなかったと言う求めても得られない苦だけが得られる。
 
愚かな私は、このような真理にも気付かなかったが、正に「求めることが苦のはじまり」なのである。
 

 そこで、苦しみを一つでも減らすには「求めない」ことであるが、求めないだけでは手ぬるいので「捨てる」ように、日々、心がけている。
 
捨てるには「執着しない」心得が肝要で、執着するから捨てられないで求めてしまう。
 
執着しないとは、結局、”私”を捨て「あるがままに生きる」ことである。
 
しかし、よくよく反省すると、私は「思うがままに生きられなかったが、今、あるがままで生きている」ことに気付く。
 
そこで、あるがままでOKと受容できれば上等なのだが、心ころころで、OKと思えたり、あかんなあと嘆いたり腹立てたり、正に「照る日、曇る日、雨の降る日」の人生である。
 

 求めないで捨てる心得で生きる時、心理的ストレスなしに仕事ができるのは、本当に「はたらく(はたを、楽にする)」実践となるからである。
 
病気は治療より予防が大事で、「のどがかわいてから井戸を掘っても遅過ぎる」(黄帝内経)訳で、ストレスのない生きざまが肝要と言える。
 
約1200年前、「お師匠さまのような悟った人は、死後、何処へ行かれますか」と弟子から問われた中国の南泉禅師は極楽でなく「作一頭水?牛去(一頭の水こ牛となろう)」と答えた。
 
自分だけが救われたらよいと言う羅漢さんでなく、野良仕事に使われる水牛になって働く時、「ひとを助けて、わがみ助かる」(天理教)のである。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<キャットテイル>
二人して苦しき坂を越えたれど 断酒表彰妻の名呼ばれず  





22.日々是好日(毎日が結構である)
 
   常に認識しよう 





 断酒会の例会、研修会や断酒学校は、全て「体験談に始まり、体験談に終わる」酒害体験談の会です。
 
その体験談は「目で聞く」ものです。
 
私も含めて、人間は誰でも他人の話を聞く耳を持っていません。
 
しかし、人間は視覚動物で、情報を目によって得るものですから、誰でも見る目を持っています。
 
例会へ出席すると、飲酒してボロボロになった人の姿も、断酒して立派になった人の姿も、同時に見る事が出来ます。
 
姿が体験を語っているのです。
 
一見は百聞に勝る。
 
そして、随分ひどいサケだったと話している先輩が、全く普通の人並みの姿で眼前に居るのを見る内に、自分も断酒会で立ち直れるのではないかと、希望の灯が見えて来ます。
 
どん底に落ち、然も、希望の灯が見えた時に「やる気」が起こるもので、ここに例会出席の大事があります。
 
だから、どん底を病院の中で感じているだけで地域断酒会へ出席しないと、やる気につながらないで、何回も入院を繰り返す訳で、逆に、どん底で、直接、断酒会へつながった場合には断酒継続出来る人が多く居ます。
 

 所で、人間の目では自分の顔が見えません。
 
その上、人間は誰でも嫌な体験を忘れようとするものです。
 
その様な訳で、自分の事を棚上げするのが、私も含めて、人間の特性です。
 
「オレの金で、オレが飲んで、どこが悪いか。誰にも迷惑かけていない」と豪語する酒害者は、本当は、自分でも慚愧に耐えない酒害体験を忘れようとして来たので、意識の表面にないのです。
 
又、一杯飲むと腹一杯まで飲んでしまう酒害者は、酒害体験を記憶していない事も多いのは当然です。
 
あそこで飲んでここで飲んで、そこから後、気が付くまでが白紙の状態。
 
これが英語でブラックアウトと呼ばれるものです。
 
実は、これが最も恐しい体験です。
 
しかし、例会へ出席を続け先輩の体験談を聞いている内に「そう言えば自分も」と、自分の酒害体験を種々と思い出す様にもなります。
 
長年月にわたって、ただひたすら飲んで来たサケです。
 
上司や家族が腹立てさせたからと言って飲み、花が咲いたからと言って飲み、雨で仕事へ行けないからと言って飲み、風邪ひいたからと言って飲み、とにかく、あらゆる物事を口実にして飲んで来た過去の体験から、飲む方向は言わば通いなれた道筋で、他の事を考えながらでも、最寄りの駅から家路を無意識に辿れる様なものです。
 
だから、退院し最寄りの駅まで歩いて来て「喉が渇いたから、コーラでも飲もう」と、自動販売機にコインを入れて、飲んでいると酔っぱらってしまった、ワンカップが出て来たらしい、とか。駅の売店で「牛乳くれ」と言ったのに、気が付くとワンカップを握っていた、と言う奇跡が起こります。
 
頭では、コーラや牛乳を飲もうと思っても、長年月の習慣から、無意識的な行動はワンカップを求めさせていた訳です。
 
そこで酒害者は、ほどほどに飲めなかった結果、サケを飲み過ぎて引き起こした数々の酒害体験を、いつも明確に意識して「だから、一杯を飲んだらいかん」と繰り返し自分に言い聞かせ、いつも最初の一杯に手を出さない様に精進するのが大事であります。
 
その為には、例会へ必ず出席し、ほどほどに飲めなかった結果、繰り返し飲み過ぎて、自分と周りを傷つけた体験を、昨年の今時分、五年前の今時分と言う様に過去へ逆のぼって思い出し、一回の例会に一つずつ、二、三分の小話にまとめて話すのが肝要です。
 

 何十年も飲んで来たサケです。
 
毎日語っても語り尽くせない位の体験がある筈ですが、 初心者は直ぐに「喋る事がなくなった」から例会へ行かないと言います。
 
それは、アルコールの毒の為、脳の働きが悪くなり、もの忘れがひどくなった証拠ですから、ここで、一層精出して脳を働かせ、脳のリハビリをしなければボケてしまいます。
 
ボケ防止の為にも 例会へ必ず出席し体験談を語り続ける事が極めて重要です。
 
その上、体験談を繰り返し語 り続け酒害地獄を忘れないと、一日断酒だけで地獄を逃れた幸福を感じられるものです。
 

 家族持ちは夫婦そろって例会出席するのが、日本の断酒会の鉄則です。
 
そして、「ウチの夫/妻/子供がサケ飲んでいた時、”私“は……」と言う枕詞(まくらことば)で、家族自身が如何に辛かったか、悲しかったか、腹立ったかと言う気持ちを語り、又、家族自身が如何に愚かな事をやって来たかを、一つずつ思い出して語るのが家族の体験談で、決して他人に聞かせる為に語るのではなく、自分へ語り掛けるものです。
 
週末に飲み過ぎるので月曜の朝は繰り返し気兼ねしながら会社へウソの欠勤電話をかけた家族、クビにしないで下さいと土下座して上司に泣きついた家族、集金日には、又、金を持って数日間蒸発するのではないかと心配していた家族、飲み屋への借金やサラ金への借金の尻ぬぐいばかりして来た家族、食卓がひっくり返されるので熱い汁物を作らなかった家族、いつでも逃げ出せる様に服を着たまま寝る習慣の家族、夏は公園で蚊に噛まれ冬は普通電車に入場券で乗って終点と終点との間を何往復もして酒乱者が寝静まるのを待っていた家族等々。
 
家族の体験も千差万別です。
 
昨年の今頃、五年前の今頃と過去へ逆のぼって、自分自身の体験を二、三分の小話にまとめて語る事が肝要です。
 
家族が自分の体験を例会で語る事の意義は、酒害者が少なくとも今日一日断酒してくれたから、いずれの酒害も起こらないのだから、それに伴う苦も確実に来ていない事を確認する点にあります。
 
朝から嫌な電話をしなくてよい、ゆっくり食事も出来る、夜も枕を高くして眠れる、と言った、何でもない日常生活だけで幸福と感じられるのです。
 

 しかし、例会出席をサボり、自分の体験を語らない家族には、この様な喜びが感じられません。
 
それ所か、人間は誰でも欲が深いので、酒害者の家族も酒害地獄と言う原点を忘れると、次々と欲を出して来て「サケは止めているが、相変わらずの性格だ」とか「隣の主人はボーナス五十万円もらったのに、ウチはまだ給料ももらって来ない」とか「どうせ働きが悪いのだからチト家事をして欲しい」とか「コーヒーばかり飲んでいる」とか、次から次へと求めるのですが、所詮、求めても得られないので、家族自身が苦に陥ります。
 
勿論、ガミガミ言われる酒害者も腹を立て、それを口実に再飲酒する事となります。
 

 サケを止めても、性格まで急に変わる事はありませんが、例会で体験談を繰り返し酒害地獄を忘れない家族なら「相変わらずの性格だが、サケは止めてくれています」と感謝出来るのです。
 
断酒している事も、相変わらずの性格も、共に、事実でしょう。
 
問題は、それを自分がどのように心に受け止めるかにあります。
 
コップ半分の水を、半分入っていないと受け止めると不満に陥り、半分入っていると受け止めると満足出来るものです。
 
その際、コップが空だった事(酒害地獄)を忘れないと、後者の立場がとれます。
 
例会で体験談を繰り返し、酒害地獄を忘れない家族は、今日一日の断酒だけを素直に喜べるので、いつも自分の心が救われています。
 
当然、顔もにこやかとなり、周りを暖かい雰囲気で包み込んでくれ、みんなを和ませてくれます。
 
又、酒害者に対して感謝しているので、酒害者の喜ぶ事をしてあげようと務めます(家族の協力)。
 
家族が一日断酒を喜んでくれるのを見て、酒害者も「やる気」を起こし断酒が継続し、時間が無事平穏に流れて行くのです。
 
                (神戸市断酒会20周年及び福岡県断酒連合宿泊研修会での講話)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<キリシマツツジ>
あれ程の酒を断つ理由(わけ)判らされ うれしく仰ぐ新阿武山病院  





23.立派を指導者の真似をする 





 群れをつくる動物には、必ず、リーダーとしてのボスが一匹います。
 
このボスは、必ずしも、力の強い動物ではありません。
 
しかし、動物行動学者の観察によると、群れの成員は非常に老練な動物に自分達の運命を委ねているのです。
 
これは極めて賢明な本能です。
 

 チンパンジーの群れから、一匹の猿を連れ出し、特殊な機械の操作法を教えてから群れに帰し、その技術が群れにひろまるか、どうかを調べた研究がありました。
 
まず下っぱの若い猿を連れ出し、その機械を操作してバナナを出す方法を覚えさせ、その機械と一緒に 群れへ戻しました。
 
その若い猿は、さっそく機械を操作してバナナにありつきました。
 
それを見ていたボスがやって来て、種々いじりまわしたが、バナナが出て来ない。
 
次々と順位の高い猿がやってもバナナが出て来ない。
 
結局、機械を正しく操作してバナナを出せるのは若い猿だけであると判っても、群れの誰れも、下っぱの真似をしょうと思わないのです。
 
所が、ボス猿を連れ出して機械操作を覚えさせ、群れに機械と一緒に戻すと事態は一変しました。
 
群れの全員が、ボス猿のする事をじっと注視しており、次々と、ボス猿の真似をしてバナナにありついたと言う事です。
 
高等な猿であるチンパンジーは、学習能力を 持っていますが、本能として、誰から学習すべきかを弁えているようです。
 

 普通、無力な猿は、肉食獣から逃れ易いように樹林地帯に住んでいます。
 
その唯一の例外がアフリカのサバンナ(草原)に住むヒヒです。
 
何故、すぐに逃げあがれる大木のない草原に適応出来ているのかを研究されていますが、その一つの理由は、ヒヒの群れが老練なボスの指導に運命を委ねている本能にあるようです。
 
サバンナを移動していたヒヒの群れが突然立ち止まりました。はるか彼方にライオンが居たのです。
 
すると、群れから一匹のヒヒが出て行きます。
 
それは、歯も抜け力も弱った老いたヒヒですが、それが群れのボスでした。
 
ボスには長年の生活の智慧があります。
 
ライオンに判らないように、風下からこっそりと近づいて観察し、体験から適切に判断した回り道により群れを安全に導いたと言う事です。
 
群れの全員は、危機に際して、ただ息をひそめ、ボスの指導に運命を一任していたから、難を免れる事が出来た訳です。
 
老練な先輩をボスとし、その指導に身を委ねるのも動物の本能で、賢明なボスを持った集団だけが生存を保証されて来たのです。
 

 人間社会も同様です。
 
残念ながら、日本では、愚かな指導者に国の政治を委ねる習慣があるので、第二次世界大戦に巻き込まれ国土を灰塵にし沢山の人命を失いました。
 
日本国 民がチンパンジーやヒヒ以下の愚かさであった訳です。
 
どうも人間は、普通の動物以下の 愚かな存在のように思われてなりません。
 
これは、人間が必要以上の欲を出す為に「生きる」仕組みとして動物に遺伝されて来た本能の発現が妨げられているからでしょうか。
 
私達は、真剣に反省して、動物の行動に学ぶ必要があります。
 

 反省と言う事では、断酒会は、世間のお手本になれる存在です。
 
断酒会では、体験談を繰り返す中で日々反省しています。
 
反省により失敗を繰り返さないから、愚かさを捨てられるのです。
 
一日断酒した姿で例会へ必ず出席し、昨日の事のように酒害地獄を語り続ける会長や支部長のような先輩だけを手本とするのか賢明な本能の持ち主です。
 
大阪市断酒会は二十五周年を迎えましたが、老練で熱心な断酒会人である舛田潔会長をボスに選んだ会員全員が賢明な動物的本能の持ち主あるとお喜び申し上げます。
 
                       (大阪市断酒会25周年記念大会での講和)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<キンモクセイ>
外泊の許可が下りて大津支部 例会出席君の断酒の第一歩  





24.人間愛 





 「愛」は、本来、西洋由来の言葉で、西洋では言葉の上からも三種類に区別されています。
 
第一の「アガペー」は神の無私的な愛で、東洋の「慈悲」に相当します。
 
慈とは与楽を意味し他人を楽にしてあげ、悲とは抜苦を意味し他人の苦しみを除いてあげる無私(菩 薩)的行為です。
 
第二の「フィリア」は知的欲求と言う風な愛で、例えば、フイロソフィア(哲学)とはフィリアとソフィア(知)とから成る言葉で、本来、学問することです。
 
第三の「エロス」は異性愛のことです。
 
そこで、本日のテーマの人間愛を厳密に言うと、西洋のアガペーであり、東洋の慈悲であろうかと思います。
 

 前の東京大学教授(インド哲学)であった中村元先生が古代インド・サンスクリット語から現代日本語に翻訳された原始仏教の教典「サンユツタ・ニカーヤ」に、この慈悲について説かれた釈尊の話があります。
 

 ある時、コーサラ国のパセ一ナディ王が、お妃のマッリカー聞きました。
 
「此の世で一番大切な人は、誰かね」と。
 
多分、国王は、それは国王陛下です、と言う答を聞きたかったのでしょう。
 
しかし、お妃の答は、意外にも「私にとって、此の世で一番大切な人は ”私“てす」でした。
 
そして、お妃は、すかさず「国王陛下にとって、此の世で一番大切な人は、どなたですか」と、切り返しました。
 
パセ一ナディ王は、ウーンとうなってよくよく考えましたが、結局「此の世で、私にとって一番大切な人は、私自身だよ」と言う事になりました。
 
当時、釈尊が、生きとし生けるものを慈しむ慈悲を説いておられましたので、国王と妃の結論は、慈悲に反して自分中心主義になります。
 
驚いた二人は、さっそく釈尊のもとに出かけ、自分連の結論の是非を伺いました。
 
意外にも釈尊は「それでいいのだよ」と答えられました。
 
「生きとし生けるものは、皆、自分が一番大切なのだ」と、釈尊の教えは、真実を覚る事から出発するのです。
 
かくあるべしと出来もしない道徳を押しつける教えではなかったのです。
 
「だから」と、釈尊は説き続けられました。
 
「此の世で一番大切な自分を大切にし、決して傷つけてはいけないよ」
 
「また、生きとし生けるものは、他人はもとより、動物や草木に至るまで、皆、自分を一番大切にしているのだから、すべての生きものを大切にし、傷つけないようにしましょう」と、結論されたのです。
 
これが釈尊の「慈悲」の教えでした。
 
当り前の事に気付き、その当り前を実践するのが、釈尊(ゴータマ・ブッダ)の教え(ブッダの教え、仏教)です。
 

 だから、当然、本当に自分を大切にしていない人が、家族や他人を大切に出来るはずのない事は明白です。
 
また逆に、家族や他人を害する心の起こる人は、やはり、自分を大切にしていない証拠です。
 
従って、このような事実に気付いた時には、真剣に反省して、先ず、原点の自分を大切にする努力をしましょう。
 
本日のテーマの「人間愛」は、厳しい自己反省が前提でないと、世間一般の道徳的キレイ事のスローガンに終わってしまいます。
 
断酒道場のスローガンである「反省」があって、初めて「人間愛」も機能するのです。
 
反省の次の「感謝」は、当人の感謝であって、決して、他人に求めてはならないものです。
 

 又、顔かたちが違うように、価値観も人によって違います。
 
だから、自分の価値感によって良いと思う事であっても、頼んでいない他人に押しつけるのは「慈悲」でなく、「過保護」に過ぎず、小さな親切、大きなお世話であるに留まらず、相手を自立できない「依存者」にするので、家族は気を付けましょう。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<クラスペディア>
不安気にドアを開いて足入れば 仲間等優しくわれを迎えり  





25.はたらく






○親のはたらき
 
 母親の子宮内で、三十七度の暖かく甘い味のする羊水に包まれ、胎盤からの栄養で空腹 感もなく、うとうと、まどろみながら何不自由ない生活を送って来た胎児が出生すると、冷たい外気にさらされ空腹感や排尿排便の不快感に悩まされるに至る。
 
つまり、「子宮内体験」は満足を、「出生体験」は不快や不安を無意識に印象づける。
 

 しかし、両親が愛情を込めて、暖かい衣服を着せてくれ、ミルクを飲ませてくれたり、おむつを換えてくれたりする中で、子供の心に、まわりが信じられ頼れるものであると言う「信頼感」が芽生える。
 
この信頼感があるから、子供は社会へ出て行けるのである。
 
つまり、養育者が子供の不都合を全てをOK(受容)してくれるから信頼感が形成される。
 

 所が、もし親や養育者が、ミルクを求めて泣き叫んだり、ウンコやシッコまみれになっている赤ん坊を叱りまくると、子供の心に、まわりに対する信頼感は芽生えないで、劣等感が芽生える。
 
こうなると、気後れして社会へ出て行けない。
 

 従って、健全な心の発達に大事な養育者の態度は、子供の全てをOKしてやる「受容」に尽きる。
 
なお、過保護とは頼まれないのに先手々々を打ってやる事で、受容とは違う。
 

○断酒会のはたらき
 
 中国語で「甘露」と言われる酒は、心を甘く包み込み、身体を芯から暖めてくれ、長く厭わしい人生と言う時間を潰し憩わせてくれた。
 
つまり酒に自分を呑み込ませていた酒害 者は至上善の「子宮内体験」を酒によって再現していたのであり、断酒とは「出生体験」と同じである。
 
当然、この上なく不安な気持ちで断酒会へ出て来る。
 
断酒会の会長、支部長の様な「先達」が暖かく迎え入れ、全ての不都合もOKしてくれると「信頼感」が芽生え、例会へ参加出来る様になる。
 
そして、例会へ出席する中で先達が、自分の酒害体験談を昨日の事の様に語ってくれるのを聞き、然も、立派な社会人となっている姿をみせられる事により、自分も、あの様に立ち直れるのではないかと「希望」を持つ。
 
逆に、不都合な会員を説教する様な発言を間かされると、信頼感でなく劣等感を植え付けられて、断酒会へも参加出来なくなる。
 
従って、断酒会の第一の大事も、先達の「受容」である。
 

 第二の大事は「一日断酒と例会出席」と言うスローガンであるが、これも会長や支部長の様な先達が身を以って示す実践により後輩も体得できる。
 
第三の大事は「断酒会同志」と言う仲間の輪である。
 
この先達、スローガン、仲間の三本柱により断酒が継続出来る。
 

○お陰様
 
 何一つ持たないで裸で生まれて来たのに、ミルクを飲ませてもらい、おむつをあててもらい、学校へ通わせてもらい、働く場所も与えられて生活費を稼げるのは、全て「お陰様」である。
 
実は、私達は、このお陰様の中で生きている。
 
親のお陰様により信頼感を与えられた人は、素直に、このお陰様を信じ頼る事が出来るので、明日を思い患う事がなく、いつも心が安らかである。
 
丁度、電車を信頼しているから、安心して電車に乗っている様なものであり、その結果、電車のお陰様で遠くまで容易に行く事が出来て便利である。
 
しかし、例えば、ノイローゼの人は不安や恐怖があって、電車にも乗れないので、電車のお陰様を受ける事が出来ないから遠くへ行けず不便である。
 
又、夏の暑い時も、木陰へ行くと涼しい風が吹いているけれど、片意地張って炎天に居ると涼しさを得られない。
 
赤ん坊はお陰様で育つけれど、それは、母乳が出れば母乳を飲み、人工ミルクが出れば人工ミルクを飲む「素直な心」があるからで、選り好みをしないで、今、第一にやるべき事を第一にやっておれば、即ち、お陰様を得て、無事に生きる事が出来る。
 
酒害者と家族にとっての第一は「一日断酒と例会出席」に尽きる。
 
それを感違いして、仕事々々と断酒会より優先させると、酒害者は再飲酒するか心身症に陥るだけでなく、家族までも、再び、地獄に落とす。
 
これは、自分が断酒会精進しないから、お陰様をもらえなかった訳である。
 

○酒害者のはたらき
 
 「はたらく」とは、はた(周り)を楽にする事で、酒害者の場合、家族を楽にする大事は、金で償いをする事でなく、サケをキッチリ止める事、即ち「一日断酒と例会出席」以外の何ものでもない。
 
断酒を継続し、別れた妻子との関係が改善され、あと一息で同居かな、と思った時に再飲酒し、元の木阿弥の電話もかけられない単身生活に戻る場合が少なくない。
 
酒害者は、長年の飲酒生活の中で、家族や世間に迷惑をかけ、当然、信頼されなくなっている。
 
腹一杯、酒を飲みたい為、あらゆる物事を口実にし嘘をついて来たからである。
 
そこで「アル中」と言う言葉は、元来、医学的な「慢性アルコール中毒」の略語であるのに、世間的には道徳的蔑視の雰囲気を漂わせている。
 
つまり、飲酒が原因で迷惑をかけ信頼されなくなったのだから、逆に、周りを楽にし、人間として信頼される様になるには、何よりも「一日断酒」が大事である。
 
この様に明白を事実すら判らないで、金だけで迷惑を償い信頼を回復しようと仕事々々と焦り、断酒会をなめて例会出席を疎かにし、当然、キッチリと断酒出来ない人がいる。
 
そもそも断酒なしに仕事の続く道理はない。
 

○あせらないで、待つ
 
 しかし、断酒したからと言って、直ちに家族や世間の信頼を回復出来るものでもない。
 
大野前全断連理事長によると、心底から信頼されるには、少なくとも八年の歳月を要したらしい。
 
つまり、一日断酒を継続する必要がある。
 
しかし、喜びのない事を継続出来る筈はないので、飲酒社会で一人する辛抱の断酒は継続出来ず、いずれ再飲酒し、いよいよ信頼を失う。
 
継続は「例会出席」して「仲間」と共に今日一日の断酒を喜び合う事により、初めて可能となる。
 
動物は全て、仲間の中に群れる時、安堵する群集心理がある。
 

 又、例会出席によりキッチリと断酒出来ている先達の姿を見る中で自分もあの様に立ち直れる筈だと言う希望とやる気を持つに至った初心を忘れないと、当然、今度は自分が「酒害に悩む人を救おう」と思い、断酒している自分の姿を初心者に見てもらう為の例会出席を何よりも大事とする。
 
先達の例会出席は、お陰様を新人へ回す「はたらき」である。
 
又、去る者を追わず、しかし「例会には必ず出席しよう」と言う誓(旧)の言葉を自らは絶対に守る姿を見せ続ける中で、断酒会の先達として新人から信頼される様にもなる。
 

 断酒会としての大事は全ての人々が例会出席して心の安らぎを得られる様に「如何なる 意見も言わず、体験談に始まり、体験談に終わる」原則を尊守する事である。
 
意見には必ず異見がありケンカの種を撒く。
 
各地の断酒会に於けるトラブルを分析すると、家族間の 仲違いに端を発する事が極めて多い。
 
長年月、家族は酒害者に対して支配的態度をとって来たので、つい、断酒会の中でも後輩家族に対して支配的な発言をし勝ちである。
 
実は、その後輩家族も配偶者に対して、長年月、支配的態度をとって来たのだから、当然、先達家族から支配されるのを好まない。
 
かくて、トラブルが起こる。従って、先達家族として断酒会の中で「はたらく」にも、意見を言わず、体験だけを語り続ける事が肝要である。 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<クリンソウ>
酒飲まぬ我も病気と教えられ 納得せぬまま通う例会  





26.反省 





○汝みずからを知れ
 
 古代ギリシャでは大事な済定を下す時、デルポイにあった太陽神アポロンの神殿へ参拝して神託(神のお告げ)を伺う習慣があった。
 
クセルクセス大王に率いられた百七十万と言うペルシャ(今のイラン)の大軍が攻め寄せて、風前の灯となった古代ギリシャの運命を逆転させたサラミスの海戦(西洋紀元前四百八十年)の前に下ったアポロンの神託は、「木によって守れ」と言うものであったと伝えられている。
 
アポロンの神託は、全て、このような訳のわからないものであったらしい。
 

 ところで、当時のギリシャの指導者は、この「木」を木造の「船」と読み、狭いサラミス水道にペルシャの大船団を誘い込んで撃破し、ギリシャを防衛した。
 
それは、自他を知り尽くしていたからで、陸戦に強いが海戦に慣れていない陸の大国ペルシャの大軍を迎え撃つには、多島海の住人で海戦に慣れ、且つ、駿足な軍船を持つ小国ギリシャには、海戦しか手がないと判断したからであった。
 

 神託ですら正しく読み取るには、このように「自分」を知っていることが前提となる。
 
興味深いことに、神託を告げるべきデルポイのアポロンの神殿の門には、いみじくも「汝みずからを知れ」と言う文字が書かれてあったと伝えられている。
 

 地球上、七十億もの人間のうちで、たった一人だけ顔の見えない人がいる。
 
それが「自分」であると言う事実は、自分自身を腐らせる「心の三毒」を知るための反省が、いかに心安らかに生きるための大事であるかを強く示唆している。
 

○心の三毒を捨てる
 
(一)欲を捨てる
 
 「人生は、本来、苦である」「求めることが、苦のはじまり」と釈尊は説かれている。
 
求めるとは、欲をだすことで、稼ごうと求めたり、成功したいと求めたり、誉められたいと求めると、得られなかったと言う「苦」だけを得るのが世の常である。
 
本来、「はたらく」とは、はた(まわり)を楽にすることで、つまり、自分を捨てることである。
 
幸せを追うと、満足から遠ざかる。
 
ストレスを感じたら、欲をだしていないか反省しよう。
 

(二)怒りを捨てる
 
 幼い子供は、自分が石につまずいて転んでも、石が悪いと怒る。
 
自分にふりかかる不都合を、全て、他罰的に解釈して怒り狂うのは、人格が幼児のように未熟であることを示唆している。
 
怒りは、自分の大事な心の中に汚い犬のウンコを抱きかかえているようなものであり、一番苦しんでいるのは、他でもない自分自身である。
 
そこで、つまずいた石を怒るのではなく、つまずいた自分の誤りや不完全さを反省したり、十人十色と言うように、 人々の価値観は多様である事実を受容すると、「怒り」は消える。
 

(三)愚かさを捨てる
 
 誰にでも失敗はある。
 
失敗したら冷静に反省し、同じ失敗を二度と繰り返さないことを「賢明」と言う。
 
逆に、反省もなく、何回も繰り返すのを「愚か」と言う。
 
人間は体験を絶えず反省し続けることにより、賢明になり、安全に生きられる。
 
断酒会は、真剣に自分を反省する場であり、他人の体験談は自分の体験を反省するための道しるべで、要は「自分を知る」ための精進が大事である。
 
                                   (東播断酒会記念大会)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<クレマチス>
あの人も我と同じの悩み持つ 仲間と知りて勇気涌きたり  





27.断酒新生 





○龍宮城体験
 
 人間の心には、意識している部分と無意識の部分とがある。
 
アルコール依存症と言う障害になるのは、この無意識にある龍宮城へサケと言う亀に乗って行って来た体験を持つ事である。
 
普通の人は、自分の心の奥底に、その様な龍宮城と言う素晴らしい境地のある事すら知らないで、時々サケの海の浜辺で水遊びしているに過ぎない。
 
しかし、アルコール依存者(酒害者)は、この龍宮城を無意識的に体験し、あまりの素晴らしさの故に囚われてしまった。
 
但し心の中(無意識)の出来事なので、外見は哀れにも、髭ボウボウ、全身垢と吹き出物だらけで、ヤニ一杯の赤い目はオドオドと落ち着きなく、グェーグェ一言いながら、シャツやパンツも煮しめた様で、とても此の世のものと言えない臭さを漂わせている。
 
ひどいと、シッコやウンコも垂れ流し。
 
これ程までに苦しむ事が覚りながら、病院で元気にしてもらって退院すると、すぐ又サケを飲むのは、心の中の龍宮城が無意識的に呼んでいるからである。
 
飲酒の原因が自分の外にあるなら防ぎようもあるけれど、そうで なく、自分でも意識出来ない無意識の中にあるのだから、外からの禁止である禁酒が全く 無効な道理。
 
どうも人間は身体を犠牲にしても、無意識(心)の楽を求めるものらしい。
 

 又、飲酒社会の中で唯一人する「辛抱、ガマン、忍耐の断酒」も続かない。
 
辛抱、ガマン、忍耐は苦しいもので、人間性に反している。
 
これに対し、龍宮城体験は全く甘味な佳いものであった。
 
苦しさは、所詮、楽しさに勝てない。だから「体がサケを飲ませてしまった」と言う再飲酒が起こる。
 
実は、無意識からの指令が再飲酒させたのである。
 

○喜びの断酒
 
 シアナマイドやノックビンの様な抗酒剤を内服しておくと、「アキラメの断酒」が出来る。
 
この上にサケを飲むとひどく苦しむ事が覚っているから、今はサケを飲めない体になっているとアキラメる。
 
ガマンよりアキラメの方が心理的には、当然、楽である。
 

 しかし、アキラメだけでは、無意識にある素晴らしい龍宮城体験にとうてい勝てない。
 
そこで或る日、自宅でシアナマイドの内服を忘れたり、通院し点滴静注してからノックビンを内服する人は「シンドイので病院へ行かれない」状態となり抗酒剤をのまないで、サケを飲んでしまう。
 
実は、無意識からの指令による「抗酒剤拒否」である。
 

 この様に圧倒的に優勢な龍宮城体験に対抗するには、断酒会により「喜びの断酒」を体得する以外、全く手がない。
 
飲酒社会で「今日一日サケを飲まなかった」と言っても、誰一人誉めてくれないが、断酒会の中でだけ「一日断酒」は高く評価され、「例会出席」により仲間と共に喜びを分かち合える。
 

 飲酒社会では、飲めない人を下戸と蔑み、大酒家を上戸とか酒豪と誉めそやす様な価値 観が支配的であるけれど、断酒会では、再飲酒すると「スミマセン。失敗しました」と小さくなって謝る様な価値観が支配的である。
 
従って、生きる為に酸素を欠かさず吸い食物を欠かさず食べる様に、断酒継続の為に断酒会の例会出席は欠かせない。
 
以前の生活リズ ムのままで、サケだけ抜こうと言う様な片手間の断酒が成功する程の生易しいサケでなかった筈である。
 
だから「仕事と断酒の両立に悩む」様な人は、いずれ両方共失う。
 
必死で飲んで来たサケを止め続けるには、必死で断酒会にしがみつくより他ないから、「例会へ必ず出席出来る様な新しい生活」へ切り替える必要がある。
 

○他人のゴミは拾わない
 
 例会は、自分のゴミを捨てる所である。
 
飲酒時代に「酒は涙か、ため息か、心のウサの捨てどころ」と毎夜々々サケ飲んでいた事を思い出すと、日々たまる心のゴミを日々サケの中へ捨て、生きて来た事が覚る。
 
サケを止めたからと言って、心にゴミもたまらなくなるとは限らない。
 
そのゴミの新しい捨て場が断酒会の例会である。
 

 従って、例会へ行かないと、心はゴミまみれとなり、病気(心身症)や再飲酒に陥る。
 
だから、例会には「必ず」出席するべきで、「出来るだけ」ではない。
 
自分のゴミを捨てる場であるから、どの様な断酒会でも、又、誰が何を話していようが、全く、問題でない筈である。
 
所が、その様な事を問題にするのは、自分のゴミを捨てに行くのでなく、他人のゴミを拾いに行く姿勢だからと言える。
 

 「人生は苦である(釈尊)」が、何故、苦が来るかと言うと「求める」からである。
 
欲を出して得ようとするからである。
 
「求めても得られない」のが、此の世の常で、得られないと感じる苦しみだけが得られる。
 
例会で中傷やアテコスリの様な正真正銘のゴミを拾わないだけでなく、先輩の立派を体験談や医師の講話の様なものも求めない事が肝要である。
 
どの様な良い話でも、繰り返し聞くと感動しなくなるので、ゴミ拾い屋の人は「いつ行っても、同じ顔ぶれで、同じ事ばかり言っている」だから「一日位サボってもよいだろう」「一日サボっても、サケ飲まなかったから、二日サボっても大丈夫や」「二日も三日も一緒や」から、或いは「あの例会は良いが、この例会はつまらない」とか「誰それが私を当てこすった」から「もう例会へ行かない」「断酒会も止めた」と誤った結論を下し、結局、サケ。
 
断酒会へ行くのは、自分のゴミを捨てる為であり、如何なるものも求めてはいけない。
 
だからコツは例会に必ず「出席」する事であり、「良い話を聞こう」とか「勉強に行こう」とか言う事ではない。
 
勉強する心得では、学校の様に「卒業」してしまう。
 

○断酒会精進
 
 誰でも持っている最大のゴミは「時間」である。
 
自分の時間を捨てる為に、例会へ必ず出席し「二時間だけ席を暖める」心得が、大野徹(前)全断連理事長の三十余年の断酒継続を可能にしたと私は直接開いた。
 
これなら新人でも、胸を張って例会へ出席出来る。
 

 新人は「体験談か苦手」で、例会へ行かないと言う。
 
先輩の中に「体験談の喋り方が悪い」と、新人教育する人が居ると初心者は断酒会を脱落する。
 
断酒会は体験談に始まり体験談に終わる筈で、先輩も「どの様に喋るべきである」と意見を言うより、新人が真似るまで体験談の語り方を身をもって示し続けるとよい。
 
意見を言うからケンカになる。
 
意見には異見があるからである。
 
新人は例会へ出席する習慣を身につける事が第一で、「誰それです。
 
断酒会のおかげで、今日一日飲んでません。
 
有難うございました」だけでよい。
 

 これこそ、先輩の意見より立派な今日一日の体験談である。
 
大事なのは酒害の反省と断酒の喜びの自覚である。
 
先輩も、新人の姿に自分の入会当時を思い出して、あせらないで待つ内に、必ず、制止の合図があるまで喋る様にもなる。
 
毎日欠かさず飲酒していたのだから、毎日欠かさず例会へ出席する精進の中で「心の安らぎ」も体得される。
 
これこそ、断酒新生の道と言える。
 
                  大阪市断酒会誌「桟」昭和六十二年五月号より)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<クロタネソウ>
それぞれの生き様語りぬ断酒会 真にうなづき真に泣かさる  





28.人生は苦である 





 人生は、本来、苦である(釈尊)。
 
そこで、苦の中に居て、しかも苦から逃れる工夫が要るけれど、古来それは、人生の反省から覚る様になると言う。
 

○第一は、求めない事である。
 
 欲を出さない事で、楽をしたいとか、幸せになりたいとか、お金や物が欲しいとか、やさしくして欲しいとか、褒めて欲しいとか等々、求めても得られないのか此の世の常である。
 
又、善人にも悪人にも、等しく不幸が襲って来る(マルクス・アウレリウス)。
 
遅かれ早かれ死にもする。
 
そこで「求める事が、苦の始まり」(釈尊)となる。
 
何も求めないで「苦で当り前」と覚悟するなら、苦の中に居て、苦から逃れられる訳である。
 

○第二は、囚われない事である。
 
 体はここにあるけれど、心と言うモノは、本来、ない(慧能)。
 
丁度、電気と言うモノがないけれど、電灯に入れば一隅を照らし、ヒーターに入れば周りを暖め、電車に入れば人々を運ぶと言う「はたらき」があって、電気の存在が知られる様なものである。
 
心も、目にあっては見、耳にあっては聞き、口にあっては喋り、手足にあっては動くという「はたらき」によって知られる。
 
所が人々は、本来ない筈の心に囚われて苦しむ。
 

 心は鏡の様なもの(山田無文)でもある。
 
鏡は前にある物を何でも映す。
 
富士山でも、バラの花でも、犬のウンコでも、選り好みせずに映す。
 
手鏡に富士山が映っても鏡は壊れないし、バラの花を映してもキレイにならないし、犬のウンコを映しても汚れない。
 
鏡を他へ向けると、映していた物は、直ちに消え去る。
 
気が小さいと言う人の心にも、富士山はスッポリと全部入って映っている。
 
ただ、過ぎ去ってしまったり、まだ来ない未来の種々な物事に囚われているので、心のはたらきが小さくなり、富士山に気付かないだけである。
 
眼前の世界では、春になれば花が咲き、秋になれば紅葉する。
 
夏にも涼しい木陰があり、冬にも暖かい陽だまりがある。
 
心が何物にも囚われていなければ、此の世も決して悪くはない(慧開)筈だけれど、昨日どころか何年も何十年も前の物事に囚われて恨み、怒りの炎に責めさいなまれていると、青空一つ気付かなくなる。
 

 この様な時、自分自身を反省すると、自分の不完全さに気付き、「みんな一緒や」と覚ると、恨みや怒りの炎も消えて、囚われから解放され、本当の自由が得られる。
 

 私達は凡人だから、ムカッと腹立つ事も落ち込む事もあるけれど、それに囚われなければよい。
 
此の世は、照る日、曇る日、雨の降る日と無常である。
 
「雨が降っている」と感じても、チョット待てば雨も止む。
 
苦も永遠に続かない(マルクス・アウレリウス)。
 

○第三は、愚かでない事である。
 
 愚かとは、過去を忘れる事で、特に、失敗を忘れないで、それを繰り返さなければ、確実に苦から逃れられる。
 
西洋に「天は、過去を忘れる愚か者に、繰り返し過去を体験させる」と言う古諺がある。
 
この様に愚かであると、生涯、苦から逃れられない。
 

 従って、酒害者と家族については、結局、一日断酒して断酒会の例会へ出席を続け、それぞれの酒害体験を反省し続ける「精進」が、何より大事となる訳である。
 
                      (大阪市断酒会誌「桟」平成二年六月号より)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<クロッカス>
赤裸々に隠す事なく我慢なく 言葉に出来る例会うれし  





29.無害に時間をつぶす 





 人生は、本来、苦である(釈尊)。
 
次から次へと、苦がやって来る。
 
私の人生がその通りで、私は苦まみれで生きている。
 
酒害者との違いは、ただ私が不器用で、サケへ逃げるテを知らなかったと言うだけである。
 
器用な酒害者は、逃げるテを御存知だった。
 
体験談を聞くと、「酒は涙か、ため息か、心のウサの捨て処」と、酒の中へウサを捨て、金を捨て、仕事を捨て、家庭を捨て、自分の健康までも捨て、「サケ飲んで、死んで本望」と、自分の人生をサケの中へ捨てようとして来た。
 
素面の時、後生大事に抱え込んだもの全てを呑み込み、物心両面の重荷を捨てさせて楽にしてくれる処に「サケの佳さ」があった。
 

 心を救う目的の宗教も同様に、寄進を進めて物欲を捨てさせる。
 
しかし、本当に楽になる為には、楽になる事すら求めない事である。
 
その理由は、楽になりたいと求めても実際は楽になれないのが常であるから、かえって得られなかったと言う苦に陥る。
 
そこで中国 の臨済と言う偉い坊様が「求心歇処即無事(ぐしんやむところ、すなわち、ぶじ:欲深く求めなければ苦もなく無事に日暮らし出来る)と言われたらしい(臨済録)。
 

 お伽噺にある龍宮城の佳さは、浦島太郎が僅か数日と感じた滞在なのに、元の浜辺で我 に返ると、ナント、白髪頭の老人となっていた処にある。
 
つまり、浦島太郎の時間を、即ち、この苦に満ちた人生の時間を、アッと言う間の煙にしてつぶしてくれたから、龍宮城が佳かったのである。
 
酒害者が泥酔する時、実は、龍宮城を訪れている。
 
つまり、自分の時間をサケに呑ませている。
 
それが佳かった。
 
ただ、有害に時間をつぶすテであった点だけが、唯一の難点であった。
 

 この様に心理学的に分析すると、酒害者は、長く辛い人生を安らかに過ごすテを、無意識的に体得し実践していた。
 
ここで、有害の部分を「無害」に転換する工夫だけすれば、人生の達人となれる。
 
一日断酒は無害である。
 
その上、例会出席で時間を潰すのかコツ。
 

 例会へ良い話を求めて行くのは邪道である。
 
心の誓(旧)にも「例会には必ず出席しよう」と書いてあるが、良い話を聞きに行こうと書いてない。
 
同じ顔ぶれが集まる例会である。
 
又、良い話も繰り返し聞くと、感動しなくなる。
 
「今夜も、あの人とこの人と。あの話かこの話か」
 
「マンネリや」
 
「あの様な話なら、私が喋れる位、知っている」
 
「今夜一晩位、例会サボってもエエやろう」
 
「一晩サボってもサケ飲まなかったから、今夜も又、サボっても大丈夫やろう」
 
「一晩も二晩も一緒や」
 
「二晩も三晩も一緒や」
 
「もう断酒会は卒業や」とエスカレートして行って、再飲酒。
 
この誤りは、例会へ求める心で出席する処にある。
 
そもそもサケの佳さは全てを捨てさせてくれる処にあり、決して得させてくれたのではなかったのだから。
 
又、マンネリでサケを飲んでいたのだから、マンネリでゴハンを食べ、マンネリで空気を吸っているのだから、断酒会もマンネリでよい訳である。
 
つまり、例会出席には、大野徹全断連(前)理事長の体験談にある様に、何も求めず、マンネリに「二時間だけ席を暖めに行く(時間を捨てる)」心得が肝要で、これなら永久に卒業は有り得ない訳だから、当然、再飲酒も起こらない。
 

 人間が呼吸を忘れると生きて行けないのと同様、酒害者が例会出席を忘れると生きて行 けない。
 
だから、「心安らかに生きるコツ」は「無害に時間をつぶす」「捨てる」心得にあり、結局「一日断酒と例会出席」の実践に尽きる。
 
                    (長崎県断酒会誌「断酒長崎」平成二年九月号より)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<ゲッケイジュ>
生の声 生の姿 真に受く例会の場に魂ゆさぶられる  





30.おかげ 





○道心のなかに衣食あり(最澄)
 
 新約聖書に「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命の事で思いわずらい、何を着ようかと、自分の体の事で思いわずらうな。
 
空の烏をみるがよい。
 
蒔く事も、刈る事もせず、倉に取り入れる事もしない。
 
それなのに、天の父は彼等を養っていて下さる。
 
野の花がどうして育っているか、考えてみるがよい。
 
栄華を極めた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」(マタイ福音書、第六章)とある。
 
この様に、神と言っても天と言っても社会と言ってもよい「おかげ」によって私達は生かされている。
 
それなのに、酒害者が断酒すると、トタンに、明日を思いわずらい、仕事々々とあせる。
 
これは、今まで「おかげ」で生かされて来た事に気付いていないからであろう。
 

 私達は裸で、おむつ一枚すら持たず、この世へ生まれて来た。
 
泣く事以外何一つ出来なかった赤ん坊が成人出来たのは、全く、親や社会の「おかげ」である。
 
学校の「おかげ」で読み書き計算が出来るので仕事につき、上司、同僚、下働きの人々の「おかげ」で職務を遂行出来て給与を貰える。
 
お金によって米や野菜、肉、魚から衣服が買えるのも、それ等を提供してくれる人々の「おかげ」である。
 
私が中学生になった頃の日本は焼野原で、お金もなかったが、仮に、いくら金を積んでも衣食住そのものがなかったから、お金を出して物が買える事の有り難さがよく覚る。
 
それでも、当時、私は餓死しなかった(!)。
 

 但し、「おかげ」を受けるには素直な心が要る。
 
素直な心は、本来、誰でも持っているもので、新たに修得するべきものではない。
 
赤ん坊は、母乳が出れば母乳を飲み、人工ミルクが出れば人工ミルクを飲んだ。
 
やがて離乳食が出れば離乳食を食べた。
 
この様に、選り好みしない素直な心があるから、親の「おかげ」を受けて、赤ん坊は生きられる。
 
夏にも涼しい木陰があり、冬にも暖かい陽だまりがあるけれど、素直に自分がその中へ入らねば「おかげ」を受けられない。
 
選り好みしなければ、自分に出来る仕事も必ずある。
 

 叉「おかげ」を受けるには、一、二、三。
 
つまり、当り前を気付き、当り前を実践する。
 
人生の道を当り前に歩むと、生きて行けるものだが、行き詰まり、ニッ(2)チモ、 サッ(3)チモ行かなくなるのは、”1”をとばし2や3ばかりを求めるからである。
 
どうにもならなくなったら、”1”は何であるかと反省し、今、その”1“だけを実践すれば道が開ける。
 
”1“が出来たら、自然に2、3が来る。ある学生が「勉強しろと、先生の字で書いてほしい」と言って来た時、私は「一二三」と書いた。
 
学生にとっての”1” は勉強する事であり、それさえ出来れば、文句なく就職も出来、収入も保証される。
 

 酒害者が「おかげ」を受けて生きるには、素直な心で「一日断酒」「例会出席」する事であり、「一日断酒」「例会出席」と言う”1”を今日実践する事である。
 
家族にとっての”1”は、「例会出席」と「口にチャック」して、あせらないで待つ心得である。
 
心安らかに生きる為の解答は、いつも自分の中にある。
 
不可能に挑戦せず、可能な事を実践する。
 
酒害者にとっての不可能は節酒であり、家族にとっての不可能は禁酒あった。
 
酒害者にとっての可能は断酒であり、家族にとっての可能は断酒に協力する事である。
 
何が不可能で、何が可能であるかを、繰り返し反省する為に、断酒会の例会がある。
 
毎日の例会出席は、並み大抵の努力では出来ない。
 
決して楽でもない。
 
しかし、光陰矢の如し、他人のゴミを拾ったり、他人におせっかい焼く暇はない。
 
酒害者も家族も、自分の体験談を繰り返す中で、断酒幸福の感謝が湧き出す。
 

 ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき(藤原清輔)
 

 正月に、百人一首かるた取り遊びをした人なら承知のこの和歌の意味は、苦しかった過去 をむしろ懐かしく思い出せる様に、今のこの苦しみも時間が経つと、いずれ懐かしく思い 出せる様になるだろうと言う事で、人生、素直を心で”1”を実践し、あとは求めず、あせらないで待つ事が大事であると示唆している。
 

○おかげを回す
 
 私達は、この様に、多くの人達や社会、地球、太陽等の「おかげ」で今日も無事に生かされている。
 
それなのに、ロビンソン・クルーソーの様に自分一人の力だけで生きていると錯覚している人が居て、「オレが稼いだ金で、オレがサケ飲んで、どこが悪いか」等と言っている。
 
当然、他人や社会に「おかげ」を回そうとはしない。
 

 「おかげ」は、本来、持ちつ持たれつであり、又、得た所とは「別の所へ回す」様な次第送りの性質がある。
 
つまり、社会から受けた「おかげ」は自分の働きを社会の為にすればよいし、親から受けた「おかげ」は子育てにより自分の子へ回せばよい。
 
この様に、次第送りで「おかげ」を回して行くと、自分の「おかげ」袋に隙間が出来る。
 
そうなると、自分の知らない間に、又、「おかげ」を貰っている。
 

 所がサケに囚われ、社会へ「おかげ」を回せなくなる病気が「アルコール依存症」である。
 
この種に「おかげ」の流れを止めると、自分の方へほしい「おかげ」が入って来なくなり、此の世で生きられなくなり、「どん底」へ陥る。
 

 そこで、生きて行く為に断酒会へ入る。
 
例会へ出席していると生きられるのは、又、「おかげ」のやりとりを始めるからである。
 
自分がサケを止める為に例会へ出席した。
 
その時、先輩が例会を開いてくれていた(「おかげ」を先輩から受けた)。
 
誰かが七時より早く行って、机や椅子を並べ、お茶を湧かし、暖かく迎えてくれた。
 
今度は、自分が早く行って、種々準備をし、新人を暖かく迎えてあげる(「おかげ」を新人へ回す)。
 
つまり、「おかげ」を次第送りしていると、当然、自分も楽に断酒継続出来て、心安らかに生きて行ける。
 
実は、「おかげ」を新人へ回した先輩が、新人のヨレヨレの姿を見せてもらう事により、「おかげ」を貰っている。
 
つまり、初心に立ち還る事により断酒会を離れない。
 

 所が、少しばかり断酒出来たから、仕事が忙しいから等と、今夜来るかも知れない新人の事ナンカ考えず、例会をサボッたり遅刻したり、断酒会を離れたりする様な自分中心主義者は、肝腎の心の病気が治っていないので、仮に社会復帰しても、「おかげ」を回している職場や社会で、いずれ、対人関係を損ね、離職したり病気(心身症)になったり再飲酒したりして、心安らかに生きて行けなくなる。
 
此の世では、アクセク求めなくても、「おかげ」さえ回そうと心懸ると生きて行けるものである。
 
働くのも「おかげ」を回す行為である。
 
「はたらく」とは「はた(周り)を、らく(楽)にする」事で、本来、自分への金儲けを意味しないで、「おかげ」を他へ回す精進である。
 
その意味から、酒害者が一日断酒する事が家庭の平和をもたらすなら、それだけで「はたらいた」事になる。
 
逆に、いかに金儲けしても、飲酒して家族を苦しめる様では「はたらいた」と言えない。
 

 「おかげ」の流れを止めると此の世から追放される。
 
つまり、本当に「はたらく」のでないと、此の世では生きて行けなくなるのである。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<コスモス>
夫婦して同じ時間に同じ場所 同じ目的二時間学ぶ    





31.心安らかに生きる道 






○心とは何か?
 
 心は、丁度、電気の様なものである。
 
電気の存在は、その働きによってしか判らない。
 
即ち、電灯にあっては光り、電車にあっては動かす。
 
心も、目にあっては見、手足にあては仕事をする働きにより、その存在が知られる。
 

 医学的に言うと、高等動物の体の機能や行動は、全て、無意識的または意識的な「脳指令」に従っている。
 
例えば、脳が「眠れ」と命令するから眠気を感じて眠り、「目を覚ませ」と命令すると覚醒する。
 
「食え」と命令するから空腹を感じて食い、「食うな」と命令すると満腹を感じる。
 
種々の内分泌器官に「分泌しろ」と命令すると夫々のホルモンが分泌される。
 
胃腸に「動け」と命令すると蠕動が起こり内容物が送られたり排便する。
 
そこで、この様な脳の命令が狂うと体調や行動が乱れる。
 
例えば酒で脳が故障すると心も故障し、体調をくずしたり、おかしな言動をしたりする。
 
又、脳が死ぬと心(霊魂)も消滅するのは、発電所が破壊されると停電し、電灯が消え電車も止まるのと同じである。
 

○眠りは脳が作るもの
 
 その動物にとって、どう仕様もない時間を安全に潰す為、脳は「眠れ」と命令すると、全身倦怠感である眠気と言う赤信号を感じ意欲を喪失した動物は行動をストップする。
 
即ち、人類と鳥類は視覚により行動するから、太陽光のない夜は、脳の命令で不動化する。
 
哺乳動物は嗅覚により行動するから、一日中動く事が出来るので、大型の草食動物は安全なねぐらのない野生状態では殆ど眠らない。
 
即ち、不快や不安があると、脳は「目覚めておれ」と命令する。
 
前日の疲れをとるために眠るのではない。
 
一日中眠る赤ん坊は前日にそれ程も疲れているのか?
 
又、雪山で何ヶ月も冬眠する熊も、それ程、疲れているのか?
 

 さて、脳が「起きろ」と命令する時、眠気が消えるので全身倦怠感や意欲喪失も消失する。
 
一晩眠って元気になった訳ではない。
 
赤信号が青信号に変わったので、動物は動ける様になっただけである。
 
丁度、赤信号で止まっていた車が、青信号になったから動くのと同様である。
 
勿論、車が赤信号で止まっていた間に元気を回復した訳ではない。
 

○動物は動くもの
 
 一日中眠っている赤ん坊が目覚めるのは、ミルクを飲む為である。
 
つまり、動物は食う為に覚醒している。
 
栄養価の低い草を食べる大型の草食動物は、一日中動き回って何卜ン 何十トンもの草を食べねは生きられないから、とても眠っているヒマかない。
 
しかし、家畜となり栄養価の高い穀物を与えられると、ヒマが出来て、馬や牛も家畜小屋で眠っている。
 
栄養価の高い草食動物を食べるライオンやヒョウは、狩りをして腹一杯食べた後は、2−3日間ゴロ寝して、省エネしている。
 
従って、動かないと食欲が出なくて当り前。
 

 さて、運動会やハイキングで筋肉を使い、一晩眠ると、翌朝に筋肉痛が起こり、三食して動いていると、夕方に消えている。
 
即ち、体の疲れは、栄養をとり、適度の運動をして血液循環をよくすると消滅する。
 
昼寝し過ぎた後、体がだるく感じる様に、一日中、ゴロ寝していると、体の疲れが増大するだけである。
 
動物は動いていると快適に生きられる。
 
人類の体の仕組みは、脳の指令により昼間に活動し夜間に睡眠する様に出来ている。
 

○元気と病気は心次第
 
 感覚や運動は、大脳新皮質に中枢がある。
 
理性や記銘、想起、思考、判断の様な高等機能も、大脳新皮質の連合野の機能である。
 
感情(動物の情動)は大脳辺緑皮質に中枢がある。
 
人間では理性と感情の葛藤が起こると病気が起こる場合もある。
 
それは、理性により感情が抑制されると大脳辺縁皮質の乱れが起こり、神経連絡により視床下部を乱れさせ、 更に延髄を乱れさせて自律神経を失調させたり(例:不安を押して行動すると動悸が起こ る)、又、脳下垂体を乱れさせて内分泌系を失調させたり(例:不安な生活で乳汁分泌が止まる)して体調をくずし、遂に、心身症(心に原因して体の症状が現れる一群の病気、例:胃潰瘍、腸過敏症、円形脱毛症)に陥る。
 
つまり、心一つで病気になる。
 

 所で、まわりの状況を心へどの様に受けとめるかは、その人の性格による。
 
例えば、或る仕事を頼まれて1万円の報酬をもらった時「有難い」と思うと元気になるが、タッタこれだけかと「不快」になると副交感神経失調から胃潰瘍や喘息が起こる。
 
チャンと仕事が出来たかと「不安」になると交感神経失調から狭心症や高血圧が起こる。
 
その状況をOKと受容できないと辛い。
 
そのような場合、体の病気になり辛い現実から目をそらす。
 
生きとし生けるものは、結局、自分の生命が一番大事であるから、どのように辛い現実よりも虫歯一本の痛みの方が人間に辛いからである。
 
つまり、脳の仕組みは、体を病気にして、心の安らぎを得させるらしい。結局、人間が幸せに生きる大事は「心の安らぎ」である。
 

○一日断酒を例会出席して仲間とともに喜び合うのが生きる道
 
 人間以外の動物は、覚醒時には必死にエサを求めて忙しく生きているが、人間は科学技 術の発達により僅かの時間の労働でエサが得られるので、時間が余って来る一部の偉人が、その余った時間を使って文化や文明を創造してくれるので、労働時間が短縮して、更に時間が余って来る。
 
そこで我々凡人は、その時間を潰す為に不善をなす。
 
タバコを喫う人は、タバコをきらすと間が持てない、何も考えず紫煙を薫らせる時が最高と言う。
 
つまり、たばこは余った時間を煙に出来るからよい。
 

 サケも同様。
 
アルコール依存症になると十年二十年の人生をアッという間に潰してしまう。
 
気がつくと、白髪三千丈(李白)。
 
しんどい生き方とは「胸に一物、手に荷物」を持っている事と言われるが、サケは、これ等のモノをきれいサッパリ捨てさせてくれる。
 
ここにサケの佳さがある。
 
又、子宮内体験の再現である深い酔心地を、古来、何ものにも代え難い至高の境地「洒中趣(孟嘉)」と言うが、佳い故に無意識的に囚われ(依存)、繰り返し求める内に、社会的問題が起こり、職を失い金を失い家庭を失う。
 
又、身体的疾患も起こり、病気の百貨店の様になり健康も失う。
 
アルコール依存症は精神的障害で、一杯飲むと、必ず「腹一杯」になるまで止まらない。
 
腹一杯は種々で、焼酎二升かもしれないし、ビール小缶かもしれない。
 
とにかく量は問題でない。
 
しかし止める事は出来る。
 
けれども、ホトボリがさめると「一杯位エエやろう」から、又、元の木阿弥になる。
 
飲酒欲求は脳にあるので、脳の働きを乱し、不眠や食欲不振や種々の心身症を起こす事も多い。
 

 生きる道は、その一杯に手を出さない事である。
 
もう、どう仕様もなくなった「どん底」で、今日一日の断酒と言う「手をのばすと届く所に目標」を置き、断酒会の例会へ「必ず出席」し立ち直っている先輩の姿を見て体験談を聞く中で「希望の灯」を発見する。
 
ヒトの体験談は目で聞くものであり、自分の体験談は足で語るものである。
 
この様にして、初発心を忘れず、仲間と共に断酒会中心の生活をする中で、サケを捨て時間を捨てる精進 (断酒道)により「欲を捨て」「価値観が変わり」安心の人生を過ごせる様になる。
 
               (近畿ブロック大会及び愛媛県断酒連合会一泊研修会での講和)
 




ページトップ ホームへ






     

 
<コハコベ>
どの声も耳に入らじと飲みし君 体験談に頭殴らる    





32.阪神大震災と断酒会 






○阪神大震災現地でのアルコール医療
 
 震災直後の余震や火災が続き、食料配給も不定期で、日々の生存が脅かされていた頃には、アルコール問題もなかったが、衣食が足り、義援金も配布されたけれど、住居や職場を失い、超過密でプライバシー欠如した避難所暮らしが、将来への展望もないまま1ケ月以上続いた頃から、避難所を中心に、過量飲酒問題が多発するようになった。
 

 被災地である神戸市長田区の神戸協同病院アルコール特診通院患者について、地域断酒会参加の良否と震災後の飲酒状況との関連性を震災後一年間にわたり調査した。
 
震災前、 断酒会の例会は、地域において毎夜(午後7−9時)開催されていた。
 
平均週3回以上出席していた事例を断酒会参加良好群とし、2回以下(実際その大部分は週1回)を低調群とした。
 
被災状況は、家屋の全壊か焼失により居住不能に陥った事例を「被災群」とした。
 
西神戸では、家屋損壊のなかった事例は皆無であったが、一応、自宅に居住可能であった事例は被災群から除外した。
 
被災群の全ては、避難所に収容されていた。
 

 比較対称として、隣接地のために地震ショックはあったが、全く居住不能には陥らなかった尼崎市にあるナニワ診療所アルコール特診の同様事例についても、調査した。
 

 神戸協同病院アルコール特診へ通院中の患者(83人)の内、約62%が居住不能に陥り、1人が被災死した。
 
震災後の再飲酒は、被災前の断酒会参加低調群50人に多発(39人)したが、良好群32人には全く発生しなかった。
 
再飲酒は、被災1ケ月後からの1ケ月間に多発(16人)したが、被災直後からの半月間における再飲酒は、全く認められなかった。
 
被災状況は低調群(約60%)も良好群(約66%)も、ほぼ同等に居住不能に陥っており、被災程度と再飲酒の関連性は認めなかった。
 

 これに対し、尼崎と西大阪での患者(42人)における再飲酒(5人)は、震災の直後に発生した。
 
尼崎と西大阪での再飲酒も、全て低調群に発生した。
 

 以上、一般病院での外来通院によるアルコール医療の現場から、震災に伴う患者動態を検討した所、震災以前における地域断酒会参加が低調であった事例で、再飲酒の多発することが明白となった。
 
例会出席の良好であった事例では、震災後の例会出席も良く、再飲酒は皆無で、アルコール医療における断酒会の重要性が阪神大震災により実証された。
 

 このように、アルコール医療では断酒会が何よりも大事であるから、震災直後、神戸協同病院でアルコール医療を再開した時、院長の配慮により、理療室を午後7時からの断酒例会に過2回提供していた。
 
その後、関連医療、福祉施設の協力により、四月までに週五回の例会場が確保された。
 
今後の震災時には、一般医療機関でも同様の配慮が望まれる。
 

 人間は誰でも苦から逃れ楽を求める。
 
身体的に逃げることが不可能な場合、子供が目を閉じるように、アルコール依存者は泥酔して辛い現実に心理的な目を閉じる。
 
断酒者も、飲酒社会と言う環境に身を置くと「一杯ぐらいイイだろう」となり、結局、元の木阿弥となるが、断酒会と言う環境に身を置くと「今日一日は断酒しよう」となる。
 
つまり、行動は身を置く環境次第と言える。
 

○断酒会パワー
 
 その上、断酒会の例会で、日々、自分の過去を反省し続けると、人格まで変わってくるものである。
 
阪神大震災では、興味ある人間関係のドラマが数多く見られた。
 
その二、三の例を挙げる。
 
避雛所のトイレに水が出ないので、恐ろしく不潔となった当初、断酒会々員が自発的に掃除したり、又、避難所の屋外に野積みされていた援助物資の盗難やレイプが発生していた頃、避難所の夜警団に率先参加し、感謝されていた。
 
又、家庭内でも、何人もの断酒会々員は・地震を感じた瞬間、側に寝ていた妻の上に自分の体を覆いかぶせ、妻が怪我しないように守ったと、後日、妻が涙ながらに私に語ってくれた。
 
その同じ夫が、 飲酒時代には「おれが稼いだ金で、おれがサケ飲んで、誰にも迷惑かけていないと、うそぶき、又、妻に暴力の限りをふるっていたのであった。
 
震災の後、断酒会参加良好群では、日頃の断酒会精進による人格改善のため、夫婦の人間関係が一段と良くなった。
 

 住居も職も失わなかった尼崎と西大阪での再飲酒者の場合、震災が飲酒に対する口実を与えた訳で、当然、断酒会参加低調群に発生する。
 
過去を反省しない者だけが、過去を繰り返す。
 
震災は、このような低調群の再飲酒に対する日常的な危険性を増幅し明示した。
 

 畳一帖分のスペースに2人が寝ている超過密の避難所に、衣食が足りた後、援助物資としてアルコール飲料が持ち込まれ、何万円かの義援金が配布された後、飲酒者が我が物顔 に車座となり、一日中、酒盛りをしていた所もあった。
 
酒屋が第一に開業していたので、 順番に一升瓶を買いに行き、飲んでは寝る毎日。パトカーが走り、精神病院が繁盛した。
 
このような中でも、断酒会参加良好群は飲酒しなかった。
 
断酒とは、世の中から排酒することでなく、他人は飲んでも自分は断ち、すすめられても断ることである。
 
しかし、今後 は、被災者へアルコール飲料を送らない原則の確立が、避難所や仮設住宅でのアルコール問題の発生を防止する大事である。
 
一般的に、過量飲酒者は自分中心主義に陥りがちで、家族はギリギリの所で辛抱している。
 
地震の瞬間も、妻をかえりみず、自分だけ一目散に逃げだした結果、妻子にあきれられ、平素の不満が爆発し、避難所で離婚となり、連続飲酒に陥って受診に至った新患もあった。
 
今回の阪神大震災は、このような潜在的アルコール依存者を顕在化した。
 
しかし、震災後にアルコール依存症が増加した訳ではない。
 
アルコール依存症になるには、何年もの過量飲酒を要する。
 
高々何ヶ月かの過量飲酒ではアル コール依存症にならない。
 
第一、普通の人達は、避難所や仮設住宅でも過量飲酒していなかった。
 
震災後の新患は、全て、潜在的アルコール依存者であった。
 
従って、今後、大震災時のアルコール問題を防止する根本的対策は、一般病院受診中の潜在的アルコール依存 者に対するタイミングをとらえた断酒指導と言う極く当り前の医療の実践に尽きる。
 

 六甲山・東斜面の断層の真上にあった私の自宅も、道路が裂け、擁壁が裂け、敷地が裂け、家屋の真中が裂けて居住不能となり、被災後一年間、大阪や尼崎で避難生活をした。
 
西宮では、震災のために新幹線をはじめ阪急神戸線、阪神高速道路などの高架橋が落ち、私共の居住する山の上へ来る道路も地割れや崖崩れで寸断され、電車もバスも不通。
 
山の上は人口も少ないから、市の給水車すら来ない。
 
そのような被災直後の繰り返し余震が続 く中を、大東市断酒会の中森会長、今井様や大阪都島断酒会の村上様のように山道を四、五時間も歩いたり、池田市断酒会の菅原会長、小島様や尼崎断酒新生会の浅野会長のよう にバイクを使ったりして、命がけで被災地まで救援に来て下さった。
 
特に、村上満様からは、その後も擁壁や家屋の再建に対して親身の専門的支援を賜った。
 
このように断酒会精進が、単に酒の魔力を断ち切らせてくれるだけでなく、世間の人並み以上の慈悲深い人間性に向上させてくれる事を、今回の大震災が明示した。
 

○被災者としての私の体験
 
 今回の阪神大震災により、多くの人々が家を失い職場を失い家族を失った。
 
六千何百人の方々は命も奪われた。
 
本来、自然は無慈悲である。
 
又、私の家は壊れたが、六メートル道路の向かい側の家は損壊していない。
 
本来、自然は不平等でもある。
 
私は、これらの真実を覚った。
 
人間も地球五十億年の歴史の中で発生した自然の一部であるから、本来、無慈悲で、不平等であって当り前。
 
だから、ヒトが私に無慈悲で不平等であっても、これが自然であると受容せざるを得ないと覚った。
 
逆に、私が、今後、ヒトに無慈悲で不平等な態度をとらないように注意しようと思った。
 
同様にして、皆が飲酒しているのに、酒害者の方々だけがアルコール依存症となる無慈悲で不平等な運命も受容しなければならない。
 
その上で、どうするかが問題で、断酒会精進が大事。
 

 水もガスも出ないので、庭に穴を掘って便所にし、底が抜けて僅かしかない池の水で手を洗い、何日も風呂に入れない西宮の壊れた家を出て、西神戸へアルコール医療に行き、敗戦直後同様の焼け野が原の街を見た時、まず「私だけやない」と安堵した。
 
同様に、酒害者も家族も例会へ出席すると、まず「私だけやない」と安堵できる筈。
 

 さて、私の家では寝室が二階にあり、経済的理由から軽い屋根材を使用し、又、二つのベットの他は家具を持たなからたので命拾いした。
 
又、子供達は県外の大学へ行って不在であったが、子供達の部屋では机や本棚やタンスなどが転倒し、棚板や書籍がベットの上にも山のように落下していたから、もし、大学に行く以前であったり、自宅から阪大や神大に通学していたら六千何百人の死亡者数を増やしていた筈。
 
県外の大学に通学する子共 達の不在が不幸を免れさせてくれたと気付いたのは、何年もの辛い思いをした子供達の大 学受験時代の後、この大震災にあった時であった。
 
私は、被災した体験から、一瞬先も分からない人間の浅知恵で、眼前の出来事に対し、一々、良いとか悪いとか、幸や不幸やと烙印するのは止めようと思った。
 
正に、いつも、あるがままでOK。
 

 震災直後、私に対して行政は「擁壁が完全に崩落すると二次災害をおこすので早急に復旧せよ」と言う命令を出したが、居住に伴う納税していても個人資産だからと金は出さず自助努力を要求した。
 
これも欠陥商品にしこたま酒税を払って心身の健康を損ねたのにその回復のための断酒会精進が自助努力であると言う事実と同列であると理解して、銀行からローンを借りた。
 
しかし、バブルを膨らませて日本経済を混乱させた末、放浸経営で自滅した「住専」と言う株式会社群に国民の税金を十兆円も援助する行政には、被災者として納得できない。
 
被災後一年余の流浪生活と家屋敷復旧のための何千万円もの大借金とによる身心の過労が、私の頭を白髪と円形脱毛症にしてしまった。
 
いずれ「あるがままでOK」だったと言える時がくるのであろうが、とりあえず、退職金をもらって借金返済の一部にあて、髪も剃って”坊主になろうかと思っている。
 
 




ページトップ ホームへ






     

 
<コブシ>
例会にしっかり断酒の根を張りて 二本の足で踏ん張り立たん  




無料ホームページ制作講座