松村語録に学ぶ 

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 松村語録は全国の仲間たちが初代会長 松村春繁氏より得たもっとも感銘の深かった言葉を集約したものです。 語録は決して過去の記録ではなく、現在、真剣に断酒実践活動に取り組んでいるすべての会員たちに、自然に浮かんでくる 考え方とやり方であって、断酒新生のための真実が詰まっています。
 語録の説明は『語録に学ぶ』(社団法人 高知県断酒新生会編)に依ります




 1.例会には必ず出席しよう
 2.一人で止めることは出来ない無駄な抵抗は止めよう
 3.断酒に卒業なし
 4.今日一日だけ止めよう、そして、その一日一日を積み重ねよう
 5.前向きの断酒をしよう
 6.例会には夫婦共に出席しよう
 7.例会の2時間は断酒の話のみ真剣に
 8.自分の断酒の道を見出そう
 9.断酒優先をいつも考えよう
10.アル中は心身の病気である
11.例会で宗教や政治の宣伝をしてはならない
12.酒害者の最大の敵は自分自身であり酒ではない
13.自信過剰は失敗のもと
14.失敗したらすぐ例会へ
15.アル中は一家の病気である
16.断酒会は、酒害者の酒害者による酒害者のための会である
17.酒害者は酒のため墓場へ行くか、断酒会で酒を断つか二つの道しかない
18.会員は断酒暦に関係なく平等である
19.自覚なき酒飲みの多い中で入会された勇気に敬意を表します
20.断酒会員には普通の人より何か優れたところがある
21.節酒は出来ないが断酒は出来る
22.飲酒に近づく危険の予防のため自己の酒害を常に認識しよう
23.酒害者に対する奉仕は自分の断酒の糧である
24.仲間の体験を良く聞き、自分の断酒を再認識しよう
25.家族・同僚の理解を得るために、絶対呑んではいけない
26.断酒会に入会すること
27.最初の一杯に口をつけないこと
28.時間励行
29.仲間に励ましの手紙を書こう
30.全国組織の拡大につとめよう
31.厳しさのないところに断酒なし
32.実践第一
33.他力による断酒ではなく、自力・自覚の上に立つ断酒であること
34.失敗しても悲観するな、成功への糧とせよ
35.消極的だが初心者は酒席に出ないこと
36.姓名を堂々と名乗り、断酒会員であることを明確にせよ
37.各人の性格の相違を認め、各人が自らの体験を通じて体得せよ
38.お互いが欠点や失敗を話し合って裸の触合いが出来るように努めること
39.酒の奴隷になるな
40.断酒会員であることを誇りに思え
41.どんなことがあっても会から離れるな
42.条件をつけて断酒するな
43.酒害者の最後の一人までも残すな
44.素直な心で話を聞こう
45.1年半したら会の運営に参加しよう
46.私の屍を乗り越えて断酒会を益々発展させてください
47.1県1断酒会
48.会員は人に疑われるような場所に行くな
49.初志貫徹
50.君と僕とは同じ体質だ。断酒するより他に生きる道はない
51.語るは最高の治療
52.例会は体験発表に始まり体験発表に終わる


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<ザゼンソウ>



「酒」
 
酒害者の家族にとってこれ程
 
恐ろしいものはない
 
辛いものはない
 
苦しいものはない
 
悲しいものはない
 
恥ずかしいものはない
 
大嫌いなものはない
 


 



1.例会には必ず出席しよう 





 「断酒」という言葉は松村氏によって定義づけられているように「自らの意思によって酒を断つ」ことで、禁酒とは意味が全然違うのです。
 
したがって、断酒会ではどんな場合でも強制があってはならないのですが、例会出席に関してだけは「必ず」といっているように、特別に強調します。
 

 これは全国のどの断酒会にでも言われていることであり、真剣に断酒に取り組んでいる会員たちは、自分たちに断酒の継続されている最大の要因を、例会出席にあるといってはばかりません。
 

 どんな組織に入っても、それがたとえ趣味の会であったとしても、その組織が主催する会合に出席するのが第一条件ですが、断酒会の場合はそれが極端なのです。
 
なぜなのでしょうか。
 

 例会の中には同じ悩みを持った人達が集まっています。
 
出席することによって今まで一度も出会うことのなかった、自分の悩みを本当に理解してくれる仲間にめぐり合えるのです。
 
そのため、例会では今まで恥ずかしくて言いたくても言えなかったことが事実のとおりなんのためらいもなく話せるのです。
 
今まで聞きたくても恥ずかしくて聞けなかったことが、いつ聞いても話してもらえるのです。
 

 例会の中では自分の短所や長所を探し出すことが出来るのです。
 
例会の中では自分という人間のあり方や、今までと違った新しい生き方を見つけることが出来るのです。
 
そのため断酒が継続されるようになるのです。
 
断酒するための糧となるものが、すべて詰まっているのが例会なのです。
 

 この語録の筆頭にある言葉を具体的に詳細に説明しますと、断酒会のほとんどすべてが語られることになるかもしれません。
 

 松村氏によって私たちに遺された語録のほとんどすべては、松村氏が例会のなかで学び取った真実の集約なのです。
 

 そのため、この言葉の説明はひとまず筆をおくことにします。
 
なぜなら、これから順を追って説明する語録の大部分が、この例会出席に直接、間接に関係しているからです。
 
あなたも語録全体の中から例会出席の重要性を理解してください。
 
松村氏ですら「断酒」や「断酒会」の持つ本当の意味が、例会に出席しなければ理解できなかったのですから。
 


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<うぐいす>
阿武山の坂に登れば ウグイスの 声のどかなり 断酒の喜び  




2.一人で止めることは出来ない無駄な抵抗は止めよう 





 一人では酒がやめられないから断酒会が必然的に出来たとも考えられます。
 
酒害者は酒の歴史と共に生まれていたと思いますので、ずっと以前から酒に悩む人達の中には、酒を断つしかないと考えた人達もいたでしょうし、一人でそれなりの努力をした人達も大勢いたと考えられます。
 
しかし、そうした人達の努力がことごとく失敗したため、アルコール依存症は不治の病気であるという偏見が生まれたのではないでしょうか。
 

 私達自身を振り返って考えてみてもよく判ることです。
 
何回となく一人で断酒しようと努力した結果は無残なもので、断酒会に入会することでやっと断酒することが出来たのです。
 
断酒会があったればこそと言えます。
 

 断酒会で私たちがやっていることを難しい言葉で、非支持的集団療法と精神科医は呼んでいますが、その通りで、誰かの指導で酒の止め方が教えられている訳ではなく、私達は例会にまったく平等な立場で参加して、本当に腹を割って話し合える仲間としてお互いが啓発し合い、助け合い、新しい生き方を目指すのです。
 
そうした暖かい人間関係がこの集団療法と呼ばれる断酒会にあるため、酒がやめられるのですから、私たちにはとても一人で断酒できるとは考えられません。
 

 入会前の状態を思い出してみましょう。
 
いくら自分の酒に問題があり、断酒しなければと考えたことのある人でも、断酒会に素直に入会する気になった人は少ない筈です。
 
そして、家族や会員に入会をすすめられたとき、何回も一人でやろうとして失敗した経験がありながら、「一人でやめられる」と言った人は多いのです。
 

 断酒会に関する知識のあった人で、断酒会は一生一滴も飲んではいけない会だから、入会すれば酒とまったく無縁になると恐れ、現状の悪い状況だけでも断酒して何とかしのぎたいと考え、「一人でやめられる」と言った人も多く、見栄っ張りの人は、「男が人に頼って酒をやめるのはみっともない」と考え、自信もないのに一人でやめられるというのではないでしょうか。
 
一人でやめられないと判っていながら、一人でやめるという場合が多いのです。
 
無駄な抵抗をしないで、素直に一人でやめられない事実を認めれば、断酒会に入会しやすいのですが。
 

 ところが、断酒会に入って数年断酒が継続されている人で、「これからは一人で止めて行きます」という人の中には、本気でそう思っている人が多いのです。
 

 絶対止められないと思っていた酒がやめられた時の喜びは、口では表現できないくらい嬉しいものです。
 
まさに奇跡だと思います。
 
そのとき、断酒会が自分に奇跡をもたらしてくれたと考える人は道を間違わないのですが、自分は奇跡を行うほどの力のある人間だと勘違いした人は、自信でなくて過信をするようになるのです。
 
そして、断酒が継続されている中で、自分の考えたことや、やってきた方法を絶対的なものだと考え、もう仲間と一緒でなくても一人で立派にやっていけると考えるようになるのです。
 

 そうした人たちが会から離れてどんな結果を出しているのでしょうか。
 
ほんの短い期間なら、あまり断酒的でないその人独特の考え方でもやっていけるかもしれません。
 
しかし、一人ほど弱いものはありません。
 
誰も助言してくれる人はなく、本当に理解してくれている人は周囲にいなくなるのです。
 
そうなると自分ひとりの殻の中に硬く閉じこもってしまうしかないのです。
 
そして、酒を飲んでいなくても、あの飲んでいたころの孤独な状態に戻ります。
 

 考えてみれば、その人にとって酒はかつて孤独を慰めてくれる特効薬でもあったのです。
 
人間の記憶はかなりいい加減なもので、また、時間の流れは恐ろしいものです。
 
苦しくなったとき、過去の苦しい酒だけを思い出せばよいのですが、もうひとつ以前にあった楽しい酒の記憶が戻ったりもするのです。
 
そうなると飲酒の誘惑に勝てなくなるのは時間の問題です。
 

 十年以上も断酒している人が、
 
「長い間真剣にやってきたから、貯金がたくさん出来たと思う。仕事が忙しくなったので、断酒の方は利息でやってみたい」
 
などと言って例会出席を怠るようになる場合がありますが、数ヶ月たつと、
 
「貯金など出来ないものだ。やっぱり、今日一日の積み重ねだと思う。何となく様子がおかしくなって来たので今日からやり直しです」
 
などと言って、例会に帰ってくることがありますが、それが本当なのです。
 

 とにかく一人で止められると言って会から離れて行って、よい結果を出している人は高知県断酒新生会の三十年の歴史の中では、編者の知っている限りでは一人もいないのです。
 

 一人で止められるというどんな強い自信を持ったにせよ 現実の状態を冷静にじっくり見れば、会から離れて一人になることがどんなに危険なことかよく判る筈です。
 

 無駄な抵抗は止めましょう。
 


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<うめ>
知らずして選びぬ人は 悲しくも 不治の病にただ浸りけり  




3.断酒に卒業なし 





 断酒して数ヶ月、もしくは数年、ひたすら我慢の断酒の連続でも結構だと思います。
 
あるいは、そうした状態が続くのが普通かもしれません。
 
しかし、いつまでも我慢の断酒では危険です。
 
数年断酒が継続されていても「断酒」を、単に酒を口に入れるか、入れないかだけの問題としてしか考えられない人たちは、もう自分は酒を飲むことはあるまいと考えるようになり、毎回同じテーマで同じ結論を出している例会や、断酒学校、研修会等に参加することがあまり意味を持たないものだと考えるようになります。
 

 そして「マンネリ化した例会に出席しても、自分のプラスにならない」と称して、例会出席がだんだん少なくなり、ついにはほとんど顔を出さなくなり、たまに顔を合わす機会があった時には「酒だけは飲まずにやっています」と言います。
 
そして、結果としては短時間は一人で何とか頑張っているものの、結局またぞろ酒に走るようになります。
 

 以上がごく一般的な卒業生の例ですが、彼らは例会出席のなかで、断酒の持つ重要な意味を理解できなかったのだと思います。
 

 例会出席の中で、真剣に断酒に取り組んでいますと松村氏や大野氏(元全断連理事長)のいう「断酒は哲学である」という言葉や、河野裕明氏(久里浜病院長)の「松村氏はアル中を人間的に捉えることによって断酒会を作った」という言葉の意味を理解するようになります。
 
したがって、なぜ断酒に卒業がないかについては、きっちりした判断をもつようになります。
 

 彼らは常に、断酒が自分の人生にどんな係わり合いを持つかについて深く考えていますので、卒業する恐れはありません。
 

 断酒して新しい人生を創造して行く為には、学ばなければならないことが無限にあり、毎日毎日学んだことを、こつこつと積み重ねていかなければならないことを知っているからです。
 
そして、そうした会員は、いつも同じテーマで結論を出している例会を、マンネリだとは決して思っていません。
 
同じ結論を出していても、発表者の断酒に取り組む姿勢によって様々な相違を持ち、より幅広い解釈があり、より深く掘り下げられた思考があることを知っているからです。
 
また、自分自身の体験を語っても、もう話しつくして言うことがなくなったなどとは決して考えません。
 
体験発表にしても、自分自身についても語りつくすことが不可能であることを知っているからです。
 
心の内側にあるものをじっくり見つめて語り続ける人の話には魅力がいっぱいあり、何回聞いても感動します。
 

 断酒に卒業はありません。
 
永久に考え続けて行かなければならない私たちの命題だと思います。
 

 また、前記のような難しいことでなく、今まで長い時間をかけて作ってきた仲間たちとの本当に暖かい人間関係をもっともっと素晴らしいものにしたいという願いが込められています。
 

 またこの言葉は、もう一つの実に簡単な側面も持っています。
 
語録の中にある「節酒はできないが断酒はできる」に関連しており、何年断酒が出来ていても、酒を飲んでもよい状態には戻らないということです。
 

 アルコール依存症は、その人が死ぬまで完治したかしないか判らない病気なのですので、断酒というのは生涯を通じてやらなければならないということです。
 
AAの考え方と同じです。
 

 他にもたくさんの解釈の仕方があると思いますが、それは、皆さんが自分の体験を基礎にして考えていけば、この言葉にも一段と重みが加わるでしょう。
 


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<イカダカズラ>
他人事と思いし断酒夢ならぬ 長きトンネルに光射し込む  





4.今日一日だけ止めよう、そして、その一日一日を積み重ねよう  





 今日一日の断酒という言葉を、私達は例会でよく使っています。
 
もちろん、今日一日飲まなければ明日は飲んでもよいという馬鹿げた意味ではありません。
 
あまり先のことを考えずに、今日一日、今日一日と全力を出して、断酒に取り組もうということで、私たちにとってはもっとも大切な基本的な考え方です。
 

 なだいなだ氏がその著書「親父の説教」の中でも述べていますが、彼が治療している患者さんの多くは、なぜか退院が近づくと「先生!私はもう一生酒は飲みません」と断言するそうです。
 

 今まで失敗の連続で三日と断酒が続けられなかった患者さんが、一生という気の遠くなるような長い時間を、絶対飲みませんと確信を持って断言するところに、アルコール依存症という病気の不思議なところがあります。
 
その患者さんは決して嘘を言ったり、格好のよいことを意識的に言っているのではなく,心から反省して本気でそう言っているのですが、どんな固い決意でも現実に実行に移すとなかなか思い通りには行かず、その患者さん自体も何回かそう言い、何回か失敗の経験を持っているのです。
 

 「今日がなければ明日がない」と言う判り切った事を一番大切に考えて、一日一日と地道に積み重ねていくより他に、私たちの断酒継続法はないのです。
 
「決意だけでは断酒できません。一日一日の実践の積み重ねしかないのです」
 
これは松村氏の口癖で、よく私たちが耳にした言葉です。
 
高知に岡本さんという古い会員がいました。
 
彼は昨年82歳の天寿を全うしましたが、かなりの毒舌家で、「絶対に飲みません。一生飲みません」と会員が発表すると、
 
「絶対とか、一生と言っているうちは危ないものだ。そうした言葉が出なくなったら私は、絶対飲まない、一生飲まないことが出来ると思います」と言っていましたが、含蓄のある言葉です。
 

 本当に真剣に断酒に取り組んでいる人にとっての一日は、信じられないくらい大きなふくらみを持った時間帯なのです。
 
何でも考えることが出来、何でもやることが出来るくらい長い充実した時間なのです。
 
だから、そうした人たちは一生などという特別に長いサイクルでは物事を考えないのです。
 
ひたすら今日一日に打ち込んでいます。
 

 新入会員がその努力の結果断酒が長く続くようになると、気持ちが徐々に落ち着き、断酒すること事態にもさして苦しさを感じなくなってきます。
 
そうしたとき、二つの考え方に分かれる場合があります。
 

 前者は苦しさに打ち勝って、明るさを取り戻した生活の中で、今日一日の充実した暮らしに断酒そのものがどれくらい大きな影響を与えているかについて、じっくり考える理性的な判断をもつようになり、後者は段々と楽に断酒が出来るようになるので、そのうち、何もしなくても自然に酒は飲まなくなるだろうという甘ったれた考え方になる場合があるのです。
 
同じように断酒が継続されていても、前者と後者では時間がたつと大きな差となって現れてくるようです。
 

 今日一日、今日一日と確実に、充実した断酒の一日を送った人は断酒の中に生きがいを発見し、益々真剣に努力するようになります。
 
何となく一日一日が過ぎた人は、断酒会を卒業することすら考え始めるのです。
 
今日一日を大切に考えなかった分だけ、一日の重さがわからないからです。
 
つまりは、断酒することによって収穫するものが非常に少なかった人たちは、断酒会を段々と軽く見るようにもなるのです。
 

 断酒会は生涯断酒を目的としてはいますが、日常の実践活動の中では「生涯」よりは「今日一日」の方を重要視する方がずっと良い結果を生んでいるようです。
 
また「アル中は一生アル中だから一生飲まずにやるしかない」「断酒は一生継続されてこそ意味がある」等の発表であります。
 
そうした考え方に間違いはないのですが、断酒して間のない人達は「一生」と聞くだけで絶望的になり、より真剣に取り組むことが恐ろしくなり、例会から遠ざかっていく人達がありますので、特別な配慮も必要です。
 

 最初のうちは、現在の断酒できている状態に十分満足しているにもかかわらず、酒と無縁の存在になるのを恐れているからです。
 
アルコール依存症とは並みの病気とはちょっと違うようです。
 




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<イキシア>
ホームにて酒に崩れし人見れば 「あの日の己」と恥じつ呟く    





5.前向きの断酒をしよう 





 断酒することによって、より積極的に新しく始まった生活に取り組んでいこうという意味だと思います。
 
断酒さえすれば、本の人間性を回復することができるという考え方もありますが、そうした消極的な考え方ではなく、松村氏は回復ということより、創造ということに重点を置いていました。
 
「一から出直す」という言葉が例会でよく聞かれますが、そのとおりだと思います。
 

 年配の新入会員の発表で、「残された人生を、断酒して他人に迷惑をかけないように暮らしたい」というのが意外と多いのですが、そうした考え方は決して悪いとは思いませんが、断酒するということは、私たちアル症者にとっては、酒をやめてまったく新しい生活を始めることですので、過去の長い飲酒時代の暮らしの中から、酒だけを取り除いた暮らしをするという考え方でなく日常生活の中のほんの些細なことでも創意工夫して、生きがいにつながるものを見つけていくことではないでしょうか。
 
勿論、若い人たちにとってはなおさらです。
 

 例会の体験発表の中で、60歳を越した会員が「ただいま青春真最中です」と言ったり、40歳半ばの会員が「バラ色の人生を送っています」などと発言して、満場の会員たちに微笑で迎えられていますが、これが断酒会でなく、他の団体等の体験発表であったとしたら、「気は確かだろうか?」と思われるでしょう。
 
しかし、私たちは前向きに断酒に取り組んでいると、こうした考え方を冗談でなく本気でしていることを知っています。
 
普通の人たちは年と共に、身体も精神も老化していくものなのですが、私たち断酒会員には,身体の老化はあっても、精神の老化は中々やって来ないものです。
 

 自分自身の人間性の向上を積極的に図りましょう。
 
家族との人間関係を積極的に改善するよう努力しましょう。
 
そして、そうした努力をしながら、自分の生き様についてじっくり考えて見ましょう。
 

 断酒会員としては、断酒会活動に積極的に参加しましょう。
 
例会出席はもとより、会の運営にも酒害相談活動にも、教宣活動にも、自分にできることは何でもやりましょう。
 

 そうした前向きの姿勢で断酒に取り組んでいると、必ず、昨日よりは今日、今日よりは明日の方が、より着実に成長した自分を創っていくのではないでしょうか。
 
そして、断酒の継続も確実に行われると思います。
 

 考えて見ますと、酒びたりの生活から命より大切だと思っていた酒を捨てて断酒したということ自体が、自分の人生に対する前向きの姿勢の表れでもあったのですね。
 
そういう意味では、断酒会に飛び込んできたときから、私たちは前向きの姿勢をとっていたのですね。
 

 終生この姿勢を続けたいと思います。
 




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<イチハツ>
入院の十月4日を切りにして 断酒で迎える今日十月4日    





6.例会には夫婦共に出席しよう 





 高知県断酒新生会が結成された翌年の昭和34年には、80名もの入会者が会ったのですが、ただの一人の断酒成功者もなかったのです。
 
松村氏はスタート早々大きな挫折を味わいました。
 
幸い結成時の松村、小原、池添、浜田の4名は断酒が継続されていましたので、断酒会は潰れることはなかったのです。
 
この原因について、分析されましたが結局はよくわかりませんでした。
 

 ところが、最も止めにくいと考えられていた岡本氏のみが一度の失敗もなく断酒できていたのに松村氏がヒントを受けたようです。
 
岡本氏の奥さんだけが入会以来ずっと例会出席をしていたからです。
 

 断酒会はスタートしたとき、家族が例会に出席しなければ断酒が成功しにくいとは誰も考えていなかったようです。
 
松村氏は断酒会を結成するまでに、すでに1年8ヶ月も一人で止めていたと言う実績があり、池添氏も浜田氏も同様でした。
 
そうした彼らが断酒会を結成し、地域の人たちに明確に名を名乗り、例会に出席していれば、酒を止められない筈はないと考えるのはごく自然です。
 
それに、過去あれほど酒で迷惑をかけた奥さんに、例会にまで出席しろとなどとは言えた義理ではないとも思っていたようです。
 

 岡本氏の場合、還暦を迎えてからの入会であり、かなり頑固な性格でもあり、かなり言いにくいことをずけずけ言う人であったため、彼の奥さんは夫の毒舌で他の会員に迷惑がかかるのを恐れていたのです。
 
そのため夫のきつい発言があったときには、他の会員一人ひとりに夫に代わって誤っていたのです。
 
そのための例会出席だったのです。
 

 しかし、そんな事情とは別に、奥さんの出席がある岡本氏だけがきっちり断酒できている原因が、岡本氏ではなく奥さんの協力により多くあると見抜いた松村氏はさすがだと思います。
 
それ以来、松村氏は夫婦出席を口をすっぱくして勧めるようになりました。
 

 三十五年に入会した人たちは素直にそれに従い、この年の入会者は23年たった現在でも、断酒が継続されている人たちは非常に多いのです。
 

 なぜ、奥さんの出席がこんなによい結果を出すのでしょうか。
 

 私たちは酒びたりの生活の中で、自分自身を随分と駄目にしてしまいました。
 
それだけでなく周囲の人たちとの人間関係もずたずたにしていたのです。
 
特に奥さんとの関係はいびつなものになっていたのです。
 
したがって、もうこれ以上一緒に暮らせないと考えて離婚した夫婦も多いのですが、そうした事にも耐えて頑張っていた奥さんも多いのです。
 
そうした奥さん達は表面は何とかやっていても、事実はご主人との愛情関係は冷え切ったものになっていたり、憎しみすら持っている人もいるのです。
 
だから、私たちが断酒会に入って酒をやめたと言っても、苦労が少なくなったとは考えても、昔の信頼が回復したと考える奥さんは意外と少ないのです。
 

 そうした夫婦の場合、ご主人が酒をやめたばかりでいらいらしたり、気難しくなっている場合、「酒を飲んでくれた方がましだ」と言う奥さんすらいるのです。
 
ご主人の気持ちが理解でき難くなっているのかもしれません。
 
しかし、夫婦が一緒に例会に出席するようになると、家庭で見るご主人と違った姿を例会で見ることができるのです。
 

 素直に過去のどうしようもない自分を認め語っている人、奥さんを傷つけたことを認めて詫びている人、これからどんな風に生活改善していこうかと真剣に取り組んでいる人、そうした先輩会員の話をじっくり聞いているご主人、また、ポツリポツリ自分の誤りを語り始めたご主人。
 
そうしたことが話されている例会に出席することで、奥さんはアルコール依存症そのものや、断酒することの意味、断酒会の持つ効果等がだんだんと理解できるようになり、ひいては自分も主人のアルコール依存症に巻き込まれて心を病んでいたことまで判るのです。
 
そして、奥さん自身も例会に出席して自分を素直に語ることで、自分の病んだ心を直すことができるのです。
 
そうした理解が生まれることは、久しぶりで本当の夫婦らしい対話の復活を意味します。
 

 そして、長い間苦しさに耐えてきた生活の重さが、新しい夫婦としての生き方に生かされてくるのです。
 
ご主人にとっては誰よりも奥さんに理解されることが嬉しいことなので、夫婦出席が続くと冷え切っていた夫婦関係は暖かくなり、夫婦愛の復活になるのです。
 
「覆水盆に還らず」という言葉があります。
 
この言葉は夫婦の愛について一番的を射たもので、長い間一緒に暮らしていた夫婦の愛が冷めると、元に戻らないのが一般社会では普通なのですが、なぜか断酒会員の場合は「覆水盆に還る」です。
 
酒が原因で、ご主人の人間が作り変えられていた事が奥さんによくわかり、最悪の自分を何とか支えてくれた奥さんの苦労がご主人にはよく判るからです。
 

 反対に、奥さんが例会にどうしても出席しない場合は、これまで説明したこととまったく反対のことが起こる場合があります。
 
いくら真剣に頑張っても、十分に理解してもらえないので、本当の対話が生まれることもなく、喜びを分かち合えない寂しさから、ついにはご主人が断酒に意欲的に取り組むことができなくなる場合があるのです。
 

 私たち断酒会員夫婦には一般社会の人たちと違って、単に家庭だけでなく、断酒例会を通じての対話の必要があるのです。
 




 
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<オウトウ>
真剣に断酒に取り組む先輩の 真似して歩きて一年断酒    





7.例会の2時間は断酒の話のみ真剣に 





 例会を2時間と定めた最大の理由は、「2時間が人間の緊張の限界である」という松村氏や発会メンバーの考え方があったようです。
 
そして、例会で話されることは、「断酒会だから断酒の話だけするのが当たり前」いう単純な発想だけではなく、「酒害者が断酒するためには、酒と自分との関わりを事実どおりに真剣に話すより他にない」と松村氏は最初から固く信じていたようです。
 
断酒会結成以前に、一人で1年8ヶ月も断酒できたのは、過去の酒浸りのどうしようもない自分を、反省を込めてひたすら日記帳に書き続けることができたからだと考えていたためだと推察されます。
 
そして、この言葉通り本部例会は行われてきましたが、このやり方が間違っていなかったことが、発会後5年ぐらいではっきり実証されました。
 

 昭和35年に、全国で最も早く汐東支部が結成されると、翌年からから39年にかけて高知県下全域に各支部が結成されましたが、それぞれの支部によって差が生じたのです。
 
各支部は支部員の主体性のある運営に任されたのはいいのですが、支部のリーダーの中には松村氏の考えがよく判っていない人達もいて、例会の中身にばらつきができたのです。
 

 ある支部では例会を早く切り上げて、親睦のために自由に話す時間を設けたところ、農作業の話が主体となり、「忙しいのにその程度の例会では出席する必要ない」と脱落者が続出することにもなりました。
 
断酒以外の話が語られるようになると、緊張感がなくなりだらけてしまうのです。
 

 そうした事態を改善するために、支部間の交流が積極的に行われるようになり、支部例会もすべて体験談に始まり体験談に終わる現在の形に統一されるようになりました。
 

 私たちは飲酒時代に倫理・道徳にもとる考え方や行動のあったことは否定できません。
 
そのため、断酒するためにはこうしたものを再構築しなければなりません。
 
したがって、修養という言葉が会員たちによく使われており、また多くの修養書も読まれていました。
 
「歎異抄」などは広く親しまれていたようです。
 
しかし、松村氏はこのことについて次のように述べていました。
 

 「倫理観・道徳心を養うことは非常に大切なことだと思うが、例会の中でそのことのみを語るのは疑問だ。
 
自分の断酒体験の中でそうしたことに気づき、それを語るのはよいが、そうしたことを専門的に学んで、それを例会で発表しても意味はない。
 
日々の断酒実践の中で自分の手で掴んでもらいたい。
 
第一、2時間という短い時間ではそうした余裕はないはずだ。」
 

 自分の信仰する宗教について語る人は最初からいなかったのですが、修養云々については硬く固執する人もいました。
 
しかし時が立つにつれて例会では語られなくなり、各人が個々に学ぶようになりました。
 

 参加者全員が緊張して行われている例会を想像すると、いかにも重苦しく感じられるようですが、私たちが素直に自分を語り、人の話を素直に聞く姿勢があれば、そんな雰囲気にはなりません。
 

 緊張の中に安らぎがあり、真剣さの中に楽しさがあり、苦しさの中に明るい展望があるのです。
 
それは、私たちの魂の触れ合いがあるからでしょう。
 

 やっぱり例会は、断酒の話のみ真剣に語られる以外にはないと思います。
 




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<オウバイ>
信楽の一周年に頂きし 花瓶に生ける断酒の喜び    





8.自分の断酒の道を見出そう 





 断酒会に入って一番最初に経験する驚きは、先輩会員たちが本当に酒をやめていることであり、非常に優しく接してくれることです。
 

 止められるはずはないと自分勝手に決めていたものの、止められるものなら止めたいと願望は持っていたため、自分の目でその事実を確かめた時には、「自分も止められそうだ」と考えるようになります。
 

 先輩たちは例会出席すれば断酒はそんなに難しいことではないと言ってくれるので、そのとおり例会出席が続けられていても、当人にとってはかなり苦しいこともあり、時には自分には断酒は出来ないのではないかとも考えたりするのです。
 
酒のない全く新しい生き方が久しぶりで始められるので、日常生活で何を考え、何をやればよいのかよく判らず、不安を持つのです。
 

 そうした新入会員に一番多く見られる傾向が、いくら考えてもよく判らないので、自分に一番親しくしてくれる先輩や、自分と一番似た体験を持っている先輩を真似ることです。
 

 「真似るだけでは駄目だ!」と、よく言われますが、そうした時期には真似るのが一番無難なのかもしれません。
 
しかし、断酒がだんだん継続されるようになると、いつまでも真似るだけではやって行けないことに気が付きます。
 

 性格も、職業も、家庭環境も、その他、何から何まで違うのです。
 
先輩たちと全ての面で合わせるのは不可能です。
 
ごく自然に先輩たちと違った発想も出来るようになるのです。
 
そして、やがて自分自身の独創的な考え方も確立されるようになるのです。
 

 断酒会にはいくつかの絶対的とも言える理念があるのですが、その理念に到達する過程では、各人各様の断酒方法論があることを認めています。
 
認めているというよりも大切にします。
 

 「断酒して新しい人生を創造する」ということは、それぞれが「自分の断酒の道を見出すこと」と同義語だとも言えるのです。
 
私たち断酒会員は断酒できた喜びを「創造の喜び」にしなくてはならないのです。
 

 自分の新しい生き方は自分で創らなければなりません。
 
その新しい生き方を目指すための唯一の手段である断酒の道は、その人が切り開いた道でなければなりません。
 

 断酒会はある期間新入会員にとっては、温室のようなものかもしれません。
 
やさしくて暖かくて、何から何まで面倒見てくれます。
 
しかし、ある程度の目途が付くと、その人の個性や、主体性のある断酒を大切にしますので、その人が好むと好まざるとに関わらず、突き放すことがあります。
 
それぞれの人にとって、自分の断酒の道を見出すために一番良いことであるからです。
 
いつまでも先輩会員に依存していてはいけません。
 
今度は新入会員の面倒を見る役割が待っているのです。
 
そして、新入会員に協力することで、自分の断酒がますます硬いものになり、また、人間的な成長もあるのです。
 




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<オオアラセイトウ>
比べれば断酒の日々は浅けれど 地獄知りたる我には眩し  





9.断酒優先をいつも考えよう 





 「断酒は生きていくための唯一の手段である」と松村氏は私たちにいつも説いていました。
 
その通りでアルコール依存症者が人間らしく生きていくために一番大切なことは、酒を飲まないこと以外にないでしょう。
 
私たちが断酒会に入って、日常の真剣な取り組みの中でいつも考えなければ行けないことは、現在の自分の人間としての在り方や、将来の人間的な成長への方策なのですが、そうしたことが本気になって考えることが出来るようになったのも、全て酒を飲まずにやっているからだと思います。
 
だから何を考え、何をやるにしても酒を飲まないことが前提となります。
 
酒浸りの暮らしの中では、全く反対で酒を飲むことが全ての前提となっていたのを思い出します。
 
だから、私たちにとって「断酒優先」ということは絶対的なことなのです。
 

 酒害相談の中でよく出る話が、この「断酒優先」に関することです。
 
私たちは説得の中で例会出席を強調しますが、その時、当人や家族から帰ってくる言葉が、「仕事が忙しいので、そんなに例会には行けないから入会しても・・・」というのが多いようです。
 

 「断酒優先」ということは「例会出席優先」と全く同じではないのですが、現在飲酒中の人や、入会して日の浅い人たちにはほとんど同じ意味をもつのです。
 

 アルコール依存症者が酒を飲むということは、仕事を放棄するのと同じようなことでもあり、入会当初から例会出席をしない人達は簡単に脱落するという事実があります。
 

 そうした事実を私たちがじっくり説明しますと、ご当人にも家族にも十分判ってもらえるのです。
 
仕事が忙しいと言いながらも、酒を飲んで仕事が出来ていないことがしょっ中であり、当人も家族もそれを認めているからです。
 

 断酒会に入って断酒が継続されるようになっても、例会出席と仕事の問題はよく出ます。
 
「先輩たちが言うように例会出席していたら飯の食い上げだ」とか「仕事がお留守になる」であり「職場の人達に迷惑をかける」等々です。
 

 彼らは本気でそう考えており、また彼らの気持ちも判るのですが、ひとつだけ大きな誤りを犯しているのです。
 
それは自分たちの生きていくうえで一番大切な断酒を、仕事と比較して考えていることです。
 
私たちにとっての断酒は他のことと比較して考えるような軽いものではないのです。
 
仕事をしないで例会出席をしろといっているのではないのです。
 
私たちは仕事をしないでぶらぶらしているようでは、断酒できていても社会に適応しない人間になってしまいます。
 
もちろん仕事は人並みに、いや人並み以上にしなければならないのです。
 
そして、仕事を一生懸命やれるようになったので、断酒の喜びがあるとも言えます。
 
そうした比較上の問題ではなく、いつも断酒を優先さして考えていれば道は開けるのです。
 

 職場の終業の遅い人は、職場からそのまま例会場に来ればいいのです。
 
例会は時間励行を厳守していますが、そうした事情の人にとっては例会場に着いた時間が定刻であり、時間が励行されたことにもなるのです。
 
また、あまりに例会場から遠すぎて、どんなに努力しても少々遅れるという人がいるかもしれません。
 
それで結構ですので例会に出てください。
 
あらゆる知恵を絞って努力して例会に出席すればよいわけで、努力の結果としての遅刻は許されるのです。
 

 またどうしても出席できない状況の人に、無理に出て来いとは申しません。
 
重病の人に例会出席しろというのは正気の沙汰ではありません。
 

 しかし、どう考えても無理だと考えている環境にある人が、毎回のように出席する場合があります。
 
要は意欲の問題なのです。
 
断酒優先を常に念頭において意欲的に断酒に取り組んでいる人達は、情熱だけでなく知恵を使っています。
 
不可能を可能にしています。
 

 また、仕事を変えた人、長年住みなれた家を引っ越した人もいます。
 
彼ら非常に過酷な条件の中で例会出席するうちに、そうした大決断をしたのです。
 
それも、冷静にじっくり考えた上での決断です。
 

 しかし、それほどの決断をしなくても、あらゆる困難を乗り越えて例会出席している中で、上司や同僚の理解を得て、例会のある日は早めに仕事を終えてもよい配慮をしてもらったりするようにもなります。
 

 また、数年あらゆる努力をして例会出席していた人が、もう大丈夫だと考えるようになると「仕事が忙しい」といって、例会から離れていきますが、彼らはこう言います。
 
「いつも断酒を優先に考えているので、例会にそんなに出なくても良い」と。
 

 しかし、私たちが松村方式といっている断酒方式は、実践を第一に考えます。
 
いくら断酒優先を念頭に置いていても、時間と共にこの言葉の理解の仕方が変わってきます。
 
行動が伴わない頭だけの断酒では危ないのではないでしょうか。
 
彼らは、かつては決して断酒と仕事を比較することはなかったのです。
 

 あの懸命に努力した充実した日々を思い出すのが特効薬になります。
 
生きていくための唯一の手段である断酒を、いつも優先さして考えましょう。
 




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<オオイヌノフグリ>
「もう飲まぬ」誓いて十日もたぬ君 「飲みたい」言いつつ四年に向う    





10.アル中は心身の病気である 





 断酒会に入会しますと、ほとんどの人が酒が直接原因で身体の病気になっていることを認めます。
 
肝炎、肝硬変、高血圧、糖尿病などは、内科医でも原因が酒にあることを明確に指摘しますし、自分自身にも心当たりがあるからです。
 
そして、酒を飲んでいる限りこれらの病気はいくら治療しても決して回復せず、ついには命まで失うことになることも知っているのです。
 

 ところが、心の方も病気になっていることを認めていない人は意外と多く、そうした人は自分は正気であり、何らの異常もないと固く信じているようで、ただ泥酔している場合に限っては異常な状態になるらしいと考えているだけのようです。
 

 しかし、アルコール依存症という病気は、酒がその人の人間性に大きな係わり合いを持つもので、飲み続けることで段々とその人を作り変えます。
 
精神状態も正常と異常が常に交錯しているのです。
 
表面は正常に見えながら、心の奥の部分は病むようになっているのです。
 

 アルコール依存症者を、自己中心的であり、依存心が非常に強くなっている等の批判は当たっているのです。
 
そうした性格がその人の持って生まれたものでしたら、別に取り立てて異常だとは言われないかもしれませんが、酒が原因でそうした悪いほうに向かっていくのがはっきり分るだけに、やっぱり異常であり、心の病気と言えるのではないでしょうか。
 
また、その他にも病んでいるとしか思えない傾向はいくらでも見ることができます。
 

 三十代の若さで厭世観の固まりになって、これからの人生を生きるのが面倒くさいと本気で考えている人、小学生以下の分別しか持っていないと思われる五十代の人、自分以外では酒だけしか信じられない人、人と話をするのが恐ろしい人、これらは全部心を病んでいる証拠ですし、自分のアル中に妻や子供が巻き込まれて苦しみもがいていても、酒を止めようと決断できないのも心の病気のせいではないでしょうか。
 

 アルコール依存症を心と体の二つの病気だと認めたとき、その人にとって本当の断酒が始まるのではないでしょうか。
 

 もし、アルコール依存症が体だけの病気だとだけ考えていますと、ある期間断酒が継続されて、体の健康が回復されると、例会出席の必要も、いや、断酒する必要すらないと考えるようになっても不思議はないのです。
 

 しかし、心の方も病気になっていると気づいている人達は、決してそうした考え方はしないのです。
 
歪んだ心、偏った心を直すということは、その人の人間性の向上に通じるものであり、その治療方法は自分自身の人間としての在り方を考えることなので、永久に取り組んでいかねばならない問題になるのです。
 
そして、それは人生の最大の目的である「幸福の追求」にもなるからです。
 




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<オオキバナカタバミ>
「納得の断酒してる」と言う君の 強き背中は少し淋しき  





11.例会で宗教や政治の宣伝をしてはいけない 





 断酒の誓いの言葉の中に「宗教や思想に関係なく、断酒会の同士として団結します」とあります。
 

 私たちはどんな宗教を信仰していても、どんな政治思想を持っていても、そうしたことで差別されることはありません。
 
酒を断ちたいと願望を持っている人なら、誰でも入会できるのです。
 
そのため、あらゆる宗教、イデオロギーを持っている人達が断酒会の中にいます。
 
もし例会の中で特定の宗教や、イデオロギーの礼賛や批判がなされると無用の混乱が起こることは明らかです。
 
なぜなれば、宗教やイデオロギーは絶対的ともいえるもので、違った宗教やイデオロギーを持つ他の会員と、こうした問題については協調できないからです。
 

 また、私たちは例会の中で、過去の酒におぼれていた自分、現在の断酒に真剣に取り組んでいる自分、将来への断酒継続に対する自分の持つ豊富等、ただひたすら自分について語ることを原則としており、そうした問題について語る時間はないはずです。
 

 また、私達の断酒会は、行政側と断酒会活動の発展のために、いろいろな政治的交渉を行いますが、これはあくまで断酒会そのもののために行われるので、当事者としての務めですので問題はありませんが、政治家等より選挙やその他の応援の依頼があっても、仮に応援することでメリットがあったとしても、政治運動をしないという原則に従って、宣伝やその他の協力はしません。
 
断酒会の持つ純粋さが失われるからです。
 




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<オキザリス>
命より大事な宝投げ捨てて 新たに生きて断酒十年  





12.酒害者の最大の敵は自分自身であり酒ではない 





 人類にとって最大の敵は酒であると考えている禁酒主義者は「諸悪の根源は酒である」とか「酒は悪魔の水である」と考え、この世から酒をなくする運動をしますが、私たちがやっている断酒運動は全く違うのです。
 
広く社会に酒が存在することは認めています。
 
ただアルコール依存症になった自分にとって酒を飲むことは、人間性も失うことであるので、アルコール依存症者にとっての酒は否定しているのです。
 

 しかし、「断酒」が自らの意志で酒を断つことだと定義されているので、アルコール依存症の人が酒を飲んでいても、その人が断酒する意思がなければその人から無理に酒を取り上げることは出来ないのです。
 
その代わりあらゆる方法でその人達に断酒する気持ちを起こさすよう努力をしているのです。
 

 私たちは酒そのものよりも、酒を飲まずにいられない自分の心に問題があると考えています。
 
そして、その弱い心そのものが悪いという人達もいるのですが、アルコール依存症になると10人が10人、酒に関しては弱い心を持つようになるので、そのこと自体は責められるべきではないのです。
 
酒に関して弱い心を持っていることを素直に認めない心が悪いのです。
 

 AAは酒に関しては「無力の肯定」という言葉を使っていますが、私達断酒会でも断酒の誓いで「酒の魔力にとらわれて、自分の力だけではどうすることもできなかった」と全く同じことを言っています。
 

 酒に依存しきった自分の心を認めながら、何の努力もしない自分が本当の敵なのです。
 
そして、その依存する心は酒だけでなく、あらゆることで家族や周囲の人達に依存する心にもつながるのです。
 
そうした依存の心を改めることが自分の中にある敵と戦うことなのです。
 

 断酒が継続されるようになっても、時には酒を飲みたい誘惑を感じることがあるかもしれません。
 
そうした気持ちになることはアルコール依存症の特徴なので、そのこと自体は決して責めたりされません。
 
そうした時に、どんな対応ができるかが問題です。
 

 ずるずると再飲酒に走る人と、そうした気持ちをきちんと整理して断酒が継続される人。
 
前者は自分の中にある敵が分らなかった人であり、後者はそれをはっきり知っている人です。
 

 自分にとって、本当の敵が何であるかは、例会を通じて努力していれば、誰にでもはっきり分ります。
 




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<ガクアジサイ>
あのチャンス あのタイミングが合えばこそ 断酒の君が今ここにあり  





13.自信過剰は失敗のもと 





 私たちは日常の断酒生活の中で、いろんな面で自信を持つようになります。
 
毎日こつこつ地道に働きながら、地道な断酒努力を積み重ねた結果として自分のものにした自信は何ものにも変え難いものです。
 
そして、こうした体験の中で得た自信は、今後の断酒継続への大きな糧となることは間違いないと思います。
 

 しかし、その自信を実力以上に評価すると、必ずといってよいほど失敗につながるのです。
 
過信の恐ろしさです。
 

 私たちは自分のやっていることに自信をもたなければならないのですが、断酒して間もないころは誰が見ても危なっかしい状態であるにもかかわらず、当人は絶対的な自信を持つようになっていることがあるのです。
 
精神の不安定な状態の中で起こる錯覚かもしれません。
 
酒の持つ本当の恐ろしさがよく分っていないのかもしれません。
 
とにかく、断酒会員にとっては全く馬鹿馬鹿しいとしか思えないことを平気でやったりするのです。
 

 絶対止められないと思っていた酒を断つことが数ヶ月でも出来たということは、家族や周囲の人達は勿論、自分自身にとっても奇跡が起こったようなものです。
 
ところが、断酒会について深い理解のある人は、集団療法の効果だと考えることが出来るのですが、そうでない人達の中には、自分自身が信じられないくらい大きな力を持っているのだと考えたりする人もあるのです。
 
「意志が弱く根性のかけらもない」と、入会当事泣き言を言っていた人が、突然強い意志の持ち主となり、根性の塊に変わったりするのです。
 

 そうした人の中には、「力試し」と称して、カラオケ・バーに行って歌ったり、商売のためだと称して嫌がる顧客を無理に酒席で接待したりしています。
 
「酒さえ飲まなければよい」と言って、とにかく酒のある場所に行きたがります。
 
そして、飲まずにがんばることが出来ると、自分が如何に酒に対して強い心を持つことが出来るようになったことを強調したり、酒席に長時間居ながら酒を全然意識しなかったとすら例会で発表します。
 

 そうした場合、私達は危険予防のため何かアドバイスをしなければならないと思うのですが、過信そのもののような人には「転ばぬ先の杖」のような話はなかなか受け入れてもらえません。
 
それよりは、話題を例会出席に絞って、とにかく連続して例会に出るように進めた方が良いのではないでしょうか。
 
どんな危険な常態でも例会に出ていれば何とか防げます。
 
そして、やがては自分のやっていることの無意味さに気がつくでしょう。
 

 もっと馬鹿馬鹿しいことをやる人も出ます。
 
「数ヶ月も一滴も飲まずに頑張れたのだから、もう摂取の出来る強い心を持つようになっているはずだ」と考えて、試し飲みをするのです。
 
しかし、こうした人の場合はあまりにも早く結果が出ますので、ずっと対応しやすいようです。
 
数日で元のどうしようもない状態に戻るからです。
 
そして、自分で酒の恐ろしさをはっきり知ることが出来るのです。
 

 断酒が5年10年と継続されている人の中にも過信に陥っている人もいます。
 
そうした人達に共通しているのは、自分の考え方だけが絶対と思っていたり、自分の考え方が一番進んでいると思ったりしていることです。
 
したがって自分以外の人の考え方を否定したり、軽く見たりします。
 
そして、これもまた共通したやり方なのですが、人に断酒法を教えたがります。
 

 自分が歩んだ道、考え続けてきたことを話して聞かせ、「私がやった通りやれば、あなたは遠回りしないで断酒できます。
 
一番合理的なやり方です」と、言ったりします。
 
経済的合理主義とでもいえば聞こえはいいのですが、実は、そうした人達の発想の幅は非常に狭く、「断酒」の持つ意味がどれほど大きなものかがよく分っていないのです。
 
そして、自分の断酒はすでに完成していると考えています。
 

 失敗がなくても、私たちはしょっちゅう、壁につき当たったり、挫折を味わったりしながら自分の断酒を確立していくのです。
 
「改善点はないのか、もっと加えねばならないものはないのか」そうしたことを考えながら、実践活動を続けている人に生まれるのが本当の自信です。
 

 自分の考え方を過信し、固執して、しかもそれを押し付けがましく人に教えようとする人には進歩はなく、そうした人は誰からも評価されなくなると、自然に会の中で浮き上がり、何時の間にか会から離れてしまうのです。
 
そして、数年後には元の木阿弥になっている場合が多いようです。
 
自信過剰の恐ろしさです。
 

 本当の自信は、自分を客観的に見ることの出来る理性がなければ生まれないともいえるのです。
 




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<カノコユリ>
断酒など まさかまさかの坂を越え 奇跡に似たり断酒十二年  





14.失敗したらすぐ例会へ 





 一度の失敗もなく断酒が継続されている人達も多いのですが、失敗を乗り越えて断酒に成功した人達も多いのです。
 

 何故、彼等が失敗を乗り越えられたかについては、いろいろな要因があるのですがその中で一番大きなものは、失敗したときすぐに例会に出席して再飲酒を防いだからではないでしょうか。
 

 失敗すると恥ずかしいと考えます。
 
そして、例会に出席するのが苦痛にもなります。
 
真剣に取り組んでいた人ほど、そうした感じが強いようです。
 
しかし、私たちには断酒する以外に生きていく方法はないのです。
 
勇気を奮って例会に出て下さい。
 
例会場の敷居が高くなって、例会出席を渋るのは次の失敗につながり、つまりは入院ということになるのです。
 

 先輩たちは、失敗した貴方を決して非難したりはしないでしょう。
 
松村氏は失敗した会員がしぶしぶ、あるいは恐る恐る例会に出席すると、最大級の賛辞を送りました。
 

 「恥ずかしさを乗り越えて出席された勇気と決断に満腔の敬意を表します」こんな言葉で迎えられて、改めてやる気になった会員は多いのです。
 
失敗しても、早い機会に例会出席すると何とか頑張ることが出来ます。
 
そして考え方も良い方向に変わるのです。
 

 私達は、失敗しながらも勇気をふるって出席した会員に、その失敗の原因の追及などということをしてはいけないと思います。
 
なぜなら、失敗することによって挫折感や疎外感を持つようになっている人に、その原因を追及することは、ますます深く傷つける場合があるからです。
 

 私たちは失敗した時点から再びやり直すという考え方をしていますので、失敗は反省点として残しはしますが、それよりは、今からどうやっていくかをより重要に考えるからです。
 
そうしたとき、失敗の原因よりも、失敗するまでには頑張ることが出来ていたのですから、何故頑張ることが出来ていたかを考えるようにアドバイスしたほうがずっと効果がありはしないでしょうか。
 

 失敗の原因の追究は、自分自身でもっと時間が断って、断酒が継続されるようになってからやっても遅くはないのです。
 

 失敗して例会から離れていく会員をそのままにして置いてはいけません。
 
時間が経つにつれてその人は、段々と「断酒」に関する考え方、「断酒会」に関する理解の仕方が、悪いほうに変わっていくからです。
 

 頑張っていたときの素直さが嘘のように無くなってしまいます。
 
他の会員との暖かい繋がりが、段々と薄れていくからでしょう。
 

 失敗した人達に私たちがやるべきことは、家族の方たちと話し合って、何が何でも例会に出席するような方法を探すことであり、例会に出席した場合は、あらゆる配慮の上でその人に「よしもう一度頑張るぞ!」という気持ちを起こさすようなアドバイスをすることだと思います。
 

 断酒会ではどんな場合でも強制することはないのですが、例会出席に関しては「必ず」という言葉まで使って強調するのは、例会出席がもつ役割が非常に大きいものであり、特に失敗した人達にとっては、次の失敗を防ぐ特効薬だからなのです。
 




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<カミツレ>
どん底を這い上がらんと真剣に 救い求めば道は開けり  





15.アル中は一家の病気である 





 酒を飲み続けてアルコール依存症といわれる病気になるまでには、十年、二十年と長い年月がかかります。
 
われわれの病院に初めて来た人でも「自分の酒は普通の酒ではない。止めなければならない」と努力するようになってからでも、4〜5年たっているのが普通です。
 
さらに振り返ってみて、病的な飲み方をするようになってから平均十年も経過しています。
 

 この十年もの長い間、家族は病気とも知らず患者と共に生活するのですが、その間にいつの間にか家族全体が病気に巻き込まれて、家族自身も病的な状態に陥っています。
 

 家族は生活の全てを振り回され、互いに傷つけあい、憎しみ、苦しみの生活の中で絶望し、孤独で無気力で不安定な精神状態になっています。
 
争いの耐えない暗い家庭で生活を強いられる子供は被害をもろに受けて、その結果、無気力、無関心、学力低下、登校拒否、非行、さらには自閉症、心因性反応等の症状を示すようになることさえあります。
 

 このような病的な状態に陥っている家族がそのままでは、酒害者のよりよい協力者となることは出来ません。
 
日本の断酒会が酒を飲んだ酒害者だけの会ではなくて、家族ぐるみの会にした理由はここにあると思われます。
 
家族自身も酒害から、病的な状態から開放され、立ち直る必要があるのです。(新生会病院 和気隆三)
 

 酒を飲んだこともない家族の人達に、あなたも病気ですよと言うとびっくりするかもしれませんが、当人と同じアルコール依存症という病気だというのではないのです。
 
アルコール依存症に巻き込まれて、段々心を病むようになっているのですよということです。
 

 「アル中は一家の病気である」は間違いないようです。具体的な例はいくらでもあります。
 

 ある会員の母親は彼が入会する1年前に自殺しました。
 
彼は自分がアルコール依存症であることを認めていなかったのですが、母親は息子の酒が原因でノイローゼになっていたのです。
 
ある酒害相談に見えた夫婦の場合は、私たちがいろいろ話を聞いても、ご夫婦が互いに罵り合うだけで、しかもその内容がとても不可解なので、ご夫婦を連れて精神科医の診察を受けさせたところ「奥さんのほうが重症ですよ」と診断されたことがあります。
 

 京都の断酒研修会で二人の兄妹が体験発表しましたが、この二人の子供たちは実に冷静に両親の状態を話したのですが「お母さんもお父さんに負けないくらい異常になっていた」そう申していました。
 

 家族の病んでいた心も、ご当人が断酒会に入って酒を止めるようになると、その日を境にして順次回復していくのです。
 

 断酒会に入会しても失敗が続く人があります。そうした時、家族は二つの形に分かれる場合があります。
 
前者はやはり苦しみますが、苦しい中でも断酒会員たちの協力を得て努力すれば何とかなるという希望を持つようになりますので、入会前のような暗さはないようですが、後者は「断酒会に入っても駄目なのは、どうしようもない人間なのか」と余計に悩むようになり、入会前、異常に心の葛藤が激しくなり、ますます心を病みこんでいく場合です。
 

 松村氏は「アル中は一家の病気である」とだけ言っていたのではなく。
 
必ずその跡に「だから家族ぐるみで治していかなくてはならないのです」と結んでいました。
 
そうでなければこの言葉は生きてこないのです。
 

 家族の協力は、単にご主人が断酒継続できるだけでなく、家族自身も自分の病気から回復していくことでもあるのです。
 




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<カンザキアヤメ>
見舞来て一人登りしこの坂を 断酒の君と「きずな」に向かう  





16.断酒会は、酒害者の酒害者による酒害者のための会である 





 酒害者民主主義という言葉を松村氏は使っていました。
 

 断酒会は平等な立場から参加した酒害者の、主体性のある運営によらねばなりません。
 
また、酒害者のために何をしたら良いのかを常に考え行動する会です。
 
したがって断酒会は、酒害者によって構成されたセルフ・ヘルプに徹した市民団体でなくてはならないと思います。
 

 わが国の多くの断酒会は精神科医の指導によって結成されましたが、いつまでも自立しようとしないで、病院に依存した状態で運営されている断酒会は発展しないようです。
 
過去、断酒会結成に参加した一部の精神科医は、病院主導の断酒会を考えていたようですが、現実にそうした形では、酒害者が酒だけでなくその他のあらゆる依存から脱却できず、断酒会として機能しないことに気付き、指導者から協力者、助言者に転換することによって健全な発展があることを知りました。
 
そうした断酒会の会員も同じことを体験したのです。
 

 断酒会の運営に要する経費は、私たちの会費によって賄われることが必要であり、また、地域の未組織酒害者に対する酒害相談・教宣活動等も医療や行政より私達の方が主体となるべきだと思います。
 
また、地域よっては行政機関より助成金をもらっている会もあるようですが、そうした金は自分たちのためには使わず、未組織酒害者のために使うべきだと考えます。
 
そうでないと病院依存から脱しても、今度は行政依存の状態になる恐れもあり断酒会の健全な発展は望めないでしょう。
 

 断酒会活動は酒害者である私たちが、自分のために、酒害者やその家族のためにやるもので、それ以外の人達を対象としません。
 
したがって、断酒会の構成は酒害者を中心にして作ります。
 
その縦ライン上に酒害者以外の人を置かないようにしましょう。
 
ただ、協力者であり助言者である精神科医やその他の医療関係者や、行政関係者や断酒会に深い理解のある人達を、スタッフとして横ライン(顧問、相談役等)に並んでもらうのは懸命なやり方だと思います。
 

 いつも自分が酒害者であり、自分の酒害について自覚があり、酒害の克服に真剣に取り組んでいれば、この言葉の意味は自然にわかるようになります。
 




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<カンザクラ>
親元に帰るが如く安らぎて 「きづな」に集いて断友(とも)と語らん  





17.酒害者は酒のために墓場へ行くか断酒会で
 
   酒を断つか二つの道しかない 





 アルコール依存症になると自分で選べる道は二つしかなくなるのです。
 

 適正飲酒できている人達は、毎日少量の酒を飲んだり、あるいは経済的な理由や仕事の関係、健康上のちょっとした問題で一時的に止めていたり、または酒を飲む日と飲まない日が交互にあったりと、酒の飲み方を自由自在にコントロールできます。
 
しかし、私たちはそれが絶対にできないのです。
 

 酒を飲むほうの道を選べば、毎日飲み続け間違いなく酒が直接の原因で墓場行きです。
 
しかし、自分が選んだ道ですので、他人から見れば本当に馬鹿な人間に映っても、当人にとってはアル中らしく壮烈な死を遂げたとも言えそうです。
 
人間らしくという表現はできません。
 
あまりにも周囲の人達を傷つけ自分をも傷つけ死ぬからです。
 

 それに引き換え、断酒会に入会して酒を断ち、新しい生き方を目指すことは本当に素晴らしいと言えます。
 
豊かな人間関係の中で、幸福を死ぬまで追い続けることができるのです。
 
しかもその道は自分で選べるのです。
 

 私たちには考えられないことですが、仮に断酒会に入会しないで断酒できても、私達ほどには生き甲斐は感じられないでしょう。
 
新しい友達が出来る訳でもなく、生きることの意味も一人ではなかなか掴めず、ただ酒だけは飲んでいない孤独な人間でしかないのではないでしょうか。
 

 二つの道には中間はありません。
 
なるほど断酒する気で入会しても失敗する人もいますが、その人は酒を飲んだことを反省し、もっともっと断酒に真剣に取り組むことによって酒を飲まない道を選べるようになるのですが、いわゆる断酒会ずれして、ちょいちょい隠れ飲みしながら口を拭っている人もいますが、それは中間の道ではないのです。
 
やがて必ずアル中らしい死への道を選ぶことになるのです。
 
なぜなら断酒できている人に比べると感動も喜びもなく、人は騙せても自分は騙せず、段々と向上心が失われるからです。
 
節酒できる人がいればそれは中間の道なのですが私たちには節酒は絶対できません。
 

 私たちには二つの道しかありません。
 
人間でありたいと願うなら断酒の道を選ぶしかないのです。
 




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<カンナ>
たわいなき会話の中に結ばれし断友(とも)との絆 名を知らずとも  





18.会員は断酒暦に関係なく平等である 





 私たちは断酒会に入会したとき、どんな差別も受けませんでした。
 
酒を止めたいという願望さえあれば、その人の社会的地位や経済状態など全く関係なく、誰でもが入会できるのです。
 
そして、入会してからも全く平等な扱いを受けることが出来ます。
 

 一足先に入会した先輩たちは新入会員に比べると、確かに断酒暦は長いのですが、断酒会は断酒暦が長いからといってその人を特別扱いにはしません。
 
なぜなら私たちはアルコール依存症という同じ病気を持っており、この病気を克服するには酒を飲まないということと平行して、自分の人間としてのあり方を生涯考えて行かねばならないという共通した方法をとらなくてはならないのです。
 

 新しい会員に比べて、数倍、数十倍も長い断酒歴のある人でも長い断酒生活のなかで断酒に取り組む姿勢が消極的になると、人間的な成長も止まり新しい会員よりもずっと危険な状態にもなりますし、新しい人でもその真剣な取り組みの中で、断酒歴の長い人よりもずっと素晴らしい人間になりつつあり、全く不安を感じさせない人もあるのです。
 
断酒会は世間一般の組織と違って、新しい、古いの比較で優劣の論じられない世界です。
 

 しかし、残念なことに、一部の断酒暦の長い人達の中には、その断酒暦を誇り、偉くなっている人も散見されます。
 
確かに、十年、二十年と真剣に断酒に取り組んでいる人達は、その努力の結果として大きな収穫もあり、それが蓄積されることによって人間としても大きく成長します。
 
そして、他の会員から高く評価されますが、そうした本当に成長できている人達は決して自分が偉くなったとは考えません。
 
逆に新しい会員たちから学び取らなければならないことに気付き、何故平等でなくてはならないかについてきっちりした判断を持っています。
 

 断酒が継続されると早い人は数ヶ月で、遅くても二、三年で飲みたいという欲望が消えます。
 
しかし、入会して間のない飲みたくて仕方のない状態の人達と比較して、自分は進歩したとか、偉いとか考えるようになる人がいますが、私達アルコール依存症者の本質は、たとえ顕在的に飲みたい欲望がなくなったとしても、潜在的には飲みたいという欲望を持ち続けているのではないでしょうか。
 
十年も二十年も断酒できていても、その努力を無駄にしてまでも失敗する人があるのはその表れではないでしょうか。
 
そうした角度から考えても私たちは断酒暦に関係なく、同じ状態でもあると考えられます。
 

 例を例会にとって見てもよく分ります。
 
本当に例会を盛り上げ、例会の持つ効果を引き出す力のある人は誰なのでしょうか。
 
断酒歴の長い人の説教めいた話は例会のなかで感動を与える力はありません。
 
新しい人達のたとえ内容的にはくだらないと思われるものでも、必死に頑張っている人の本音は私たちに感動を与え、例会を素晴らしいものにします。
 
断酒会の持つもっとも大きな効果・・・自浄作用は、新しい会員達の力が大きくものを言っているのです。
 
断酒会では断酒暦の長さで評価することはないのです。
 

 組織の運営上必要な会長、副会長の役職には、断酒暦の長い人達がなっている場合が多いようですが、それはその人の人間性や能力を重要視して選ぶものであり、ただ古いというだけの理由で選ぶと、時には大きな間違いを生じることがあります。
 
自分で自分が偉いと考えている人が選ばれることがあり、そうした人達が押し付けがましいリーダーシップを取るようになると、断酒会は正常に機能しなくなるのです。
 

 なぜなら、私たちは全く平等な立場から断酒会に参加しており、平等であるために本当に判り合える仲間になれているのです。
 
そうした断酒会に平等意識のないリーダーが生まれると混乱が生じ、ひいては理想と程遠い会になる可能性もあるのです。
 
また反対に、平等の原則を自分から捨てている人は、段々と仲間から浮き上がり、危険な状態にすらなるのです。
 
非常に少ない例ですが、会長が失敗したりすることがあり、それはこうした思い上がったリーダーにのみ起こる現象です。
 

 私たちが断酒会活動の中で一番大切にしている例会は、私たちが同じレベルで体験を語り、聞くことによって、魂の結びつき、人格の触れ合いがあるのであって、こうした断酒暦を誇り、偉いと思っている人は例会から何も学び取ることが出来ず、会に悪い影響を与えるだけでなく、ついには自分も脱落する羽目にもなるのです。
 

 私たちの断酒会は、形式的にはAAとは大きな差がありますが、基本思想は非常に似通っています。
 
AAの匿名の原則は捨てていますが、平等の原則はちゃんと持っており、無名志向であることは同じです。
 
有名思考の人はリーダーには不向きです。
 

 とにかく同じレベルの仲間であるということだけは、肝に命じていなくては断酒は継続されません。
 




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<キク>
それぞれの思いを抱きて登り来る阿武山の坂 今日も静かや   





19.自覚なき酒飲みの多い中で入会された勇気に
 
   敬意を表します 





「自覚なき酒飲みの多いなかで」は少々余分な言葉かもしれませんが、松村氏は新入会者にいつもどんな褒め言葉を使えばよいかを考えていたようで「あなたは自分の酒害について自覚できた立派な人です」と持ち上げたのではないでしょうか。
 

 私達は「入会しただけでは駄目だ」と言ったり、聞かされたりしますが、それは、入会してある程度日数の経過した人たちに使う言葉で、新入会者に対しては松村氏と同じように「勇気ある決断」を褒めるのを常としています。
 

 私達は入会を決意するまでにどんなに悩んだことでしょう。
 
どんなに迷ったことでしょう。
 
命より大切だと思っていた酒を断つのですから、生やさしい考え方では断酒に踏み切れるものではありません。
 
動機が何であれ入会することは、勇気がなければ出来ないことです。
 
本心から酒を断つ気になった人は勿論、たとえ疑心暗鬼であったにせよ何とかしなければと考えただけの入会でも同じように素晴らしいことだと思います。
 

 ぼろぼろの心と、よれよれの身体で会場に姿を見せた新入会者に、私達は心のそこから感嘆し、尊敬の念を持つのです。
 
駆け寄って握手を求めるのは決して芝居ではないのです。
 
そうしなくてはならない衝動に駆られるのです。
 

 また、新入会者にとって褒められるということは、どんなに嬉しいことでしょう。
 
恐らく久しぶりで他人に認められ、他人に褒められたことと思います。
 
自分自身に愛想を尽かし、否定し、虚無感や厭世観にとりつかれている人も多いのですが、この入会時の私達の歓迎振りで、そうした退嬰的な考え方を拭い去った人もいるのです。
 
感動があるからです。
 

 最後に編者が入会時に、松村氏からどんな歓迎の言葉を贈られたのか書いてみましょう。
 
「K 君!入会おめでとう。私はあなたの勇気ある決断に満腔の敬意を表します。
 
私は現在全断連という断酒会の全国組織の会長ということになっておりますが、多数の酒害者の住んでいるあなたと同じ町内の人を、一人も断酒会につなぐことが出来ませんでした。
 
心から恥ずかしいと思っていました。
 
灯台もと暗しとは正にこのことです。
 
しかし、K君!あなたが入会されたことで、私は助かりました。
 
一緒に頑張ろうではありませんか」
 




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<キズイセン>
この月も断友(とも)と会えし喜びに 「きづな」終わりてバスは弾みぬ  





20.断酒会員には普通の人より何か優れたところがある 





 優れた素質を持つ人がアルコール依存症になる傾向があるなどと誤解しないでください。
 
正確には、「アル中を克服する人は世間一般の人より何か優れたところがある。」と松村氏は言っていました。
 

 アル中からの立ち直りが、何故困難であるかということについて、ちょっと述べたいと思います。
 
体の病気の場合、治るとは要するに元のとおりになれば良いわけです。
 
しかし、アル中の場合は文字通りでは元の木阿弥になります。
 
したがって、以前よりも一歩進歩した状態にならねばならない訳です。
 
考えて見ますとなんでもない人にとってさえ精神的に一歩前進することは困難なことです。
 
その普通の人にとって困難なことを、精神的、身体的に弱った状態から達成しなければならないのですから、至難の技になる訳です。
 
しかし、精神的に一歩前進する以外にアル中から立ち直る道は全くないのです。
 
これがアル中から立ち直るのは難しいが、立ち直れた人は普通以上に味のある立派な人になっている理由です。
 
ヴェート−ベンの言葉に「苦悩を通して喜びを」と言う言葉がありますが、アル中からの立ち直りは文字通りこの言葉の実践以外にありません。(国立久里浜病院長 河野裕明)
 

 私達は断酒会に入会して、心と体の二つの病気を克服しつつあります。
 
病気は一つを克服するのにも相当な努力を要するのですが、二つも一緒に克服するということは大変なことです。
 
しかも、河野氏の言うように「精神的に一歩前進する以外に道がない」のです。
 
だから私達は断酒が継続されている中で、一般の人たちよりずっと真剣に人生に取り組まなければならないのです。
 
そして、そうした努力が出来ている人は、何か優れたところがあると言って差し支えないと思います。
 

 しかし、優れたところあると褒められても、決して思い上がらないでください。
 
二つの病気を病むようになった原因は自分自身にあり、この二つの病気を克服するのは、私達にとっては義務と言ってもよいからです。
 
断酒は私達にとっては当然やらねばならないことです。
 


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<キバナコスモス>
なに故にこの病院に入りしかと 「あの日」に戻りて「きづな」に集う  





21.節酒は出来ないが断酒は出来る 





 スイスの精神病学の泰斗オーギュスト・フォーレル博士が、「節酒は出来ないが禁酒は出来る」と、断禁主義の鉄則を打ち出して以来、各国の専門家達は、アル中患者の取り扱い方に「隔離」の方法をとるようになってきた。
 
アル中くらい難しい複雑な病気はない・・・というが、また、これくらい、簡単な、明瞭な病気はあるまい。
 
酒さえ飲まなかったら、それで良い。
 
飲みさえしなければ、ケロリと治ってしまうのだから。
 

 そこで、作り出された施設の一つは、「酒癖者矯正院」である。
 
アル中を収容して、全く酒の気のない環境で暮らさせる。
 

 療法といっても、ここでも医薬も、注射も、医師の手当ても、ほとんど用はない。
 
良い自然、良い環境、良い生活の中で、花を作ったり、鳥を飼ったり、軽い作業、適度の労働に服しながら、短くて6ヶ月出来るなら1年2年のときをかけて、心身の回復、改造を図る・・・」(婦人矯風会編{酒}より)
 

 アルコール依存症を治すということは、節酒できる状態に戻すことであると考えていた精神科医等に比べると「節酒は出来ない」と断定したフォーレル博士の考え方は一歩前進したものですが、その治療方を酒のないところに隔離する、それも、半年より1年、1年よりも2年と、少しでも長い期間のほうが良いという考え方は、断酒会の考え方と大きな差があり、禁酒と断酒の根本的な相違を明確にしています。
 

 「節酒は出来ないが断酒は出来る」と大きく前進し、実証したのは、アメリカではA・Aの創始者ビル・ウィルソンやその他の仲間達であり、日本では松村春繁や私たちなのです。
 
ビルが「酒癖者矯正院」の出身で、こうした施設に何回入ってもたいした効果がなく、酒のある地域で同じ酒害者と一緒に頑張って行く「断酒」しかないと実証した功績は大きいと思います。
 
また、松村氏等によって、日本でも同じことが証明されているのに関わらず、相変わらず長期入院(二年〜三年)を前提にアルコール依存症患者の入院を許可している病院が多いのは困ったことです。
 
そうした病院には根強い隔離主義が残っており、断酒そのものの理解が進んでおらず、節酒は出来ないが禁酒は出来ると考えているのです。
 

 節酒が出来ない具体的な例としては、「依存より創造へ」(高知県断酒新生会編)で紹介しましたように、今から二十年ほど前のオランダのアムステルダムで開かれた、国際アルコール医学会の報告例の中で、節酒に成功しているケースはなんと2万分の1であり、私達は自分自身の経験からも、自分の周囲の人たちの状態を見て、はっきり確認しています。
 

 何故、私達には節酒が出来ないのでしょうか。
 
医学的、科学的な根拠はなく、私達は断酒会員として、また、過去の人間らしくない生活から新しく人間らしい生活へ方向転換した人間として、人間学的に考えればよく判るようです。
 

 アルコール依存症の恐ろしさの最大のものは、何と言っても、自分自身の人間性の喪失と、周囲の人たちとの人間関係の破壊です。
 
そうしたことの全ては私達は酒を飲むことによってやってきたのです。
 
そのため、たとえ酒の量を減らしたといっても、酒を飲んでいる自分自身に向上心が起こる筈はなく、周囲の人たちも少しでも酒の入っている私達を見て、かつての信頼感を回復してくれる筈はないのです。
 
あれほど酒で駄目になっていながら、節酒と称して、まだ、酒にこだわっている私達には、何の明るい 展望も開けないのです。
 

 酒と自分との係わり合いを過去に遡ってじっくり考えれば、到底節酒など出来ないことを、私達はそれぞれの体験によって熟知しているはずですので、医学的に色々と説明されていますが、ここでは省きます。
 

 禁酒と断酒の差は、前者は第三者によって強制されたり、自分自身の発想があったとしても、期限や、その他いろいろな条件を付けた上での酒を飲まない状態ですので、長続きする筈はないのです。
 

 その点断酒は、松村氏によって定義づけられているように「自らの意志によって酒を断つ」ことを言いますので、人間らしい心を大切にしている限り、いつまでも酒を飲むことはないのです。
 
そこには生きる喜びがいつも満ち溢れているからではないでしょうか。
 

 私たちは、節酒はできないのですが、断酒は必ず出来るのです。
 




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<キャットテイル>
二人して苦しき坂を越えたれど 断酒表彰妻の名呼ばれず  





22.飲酒に近づく危険の予防のため自己の酒害を
 
   常に認識しよう 





 入会して十日、二十日と必死の努力を重ねて、どうやら断酒が続くようになっても、やっぱり酒を飲みたくてたまらい気持ちは急に消えてくれません。
 
「断酒の喜び」と共に「飲酒の誘惑」がいつもあるのです。
 
そうした時「少しぐらいなら」と考える人もあるのですが、そうした気持ちになることは、決して責められるものではないと思います。
 
アルコール依存症者にとっては、ごく自然のことかもしれません。
 

 また、長い期間断酒が継続されている人達でも、酒浸りのころの最悪の状態や、入会当時の苦しかった努力も、いつの間にか全部懐かしい思い出となり、時には楽しかったと錯覚することもあるのです。
 
人間の心くらい不思議なものはないのです。
 
どんなに苦しかった記憶も「過ぎてしまえばみな美しいもの」になったりします。
 
時間の流れの中で、思い出の全てを美しいものに変えてしまい、酒害の恐ろしさもそれに連れて薄れていくのです。
 
「アル中は一生アル中である」という言葉も、私達断酒会員は死ぬまで断酒していないと、アルコール依存症を克服したかどうか判らないという意味を持っているのですが、どんなに気楽に断酒が出来るようになったとしても、そうした状況の裏には自分の酒害を非常に軽く見てしまう傾向が、必ずといってもよいほどくっついているのです。
 

 人によってはあれほど酷い酒飲みであったのに、「俺はそんなに酷くなかった」などと、本気で言い出す人もあるのです。
 

 そして、そうした傾向を危険だと考えて改善しない人は、二十年、三十年と断酒が継続されていたとしても元のアル中に戻る可能性が強いのです。
 
だから一生を通じて注意しながら断酒は続けなければいけないのです。
 

 飲酒の予防にとって一番効果があるのは、何といっても例会出席であり、その例会の中で会員達によって語られている酒害の本質であり、自分の体験の中で語る自分の酒害の事実です。
 

 「断酒会に先生はいない、強いているとすればそれは新入会員だ」と松村氏は言っていましたが、断酒歴が古く自分の酒害の恐ろしさに対する認識が曖昧になっている人には、新入会員の赤裸々な体験発表がそのまま教科書にもなるのです。
 

 自分の酒害を常に認識するために例会に出席して、語り、聞く努力を続けていれば、再飲酒などしない筈だと思います。
 




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<キリシマツツジ>
あれ程の酒を断つ理由(わけ)判らされ うれしく仰ぐ新阿武山病院  





23.酒害者に対する奉仕は自分の断酒の糧である 





 A・Aの創始者ビル・ウィルソンは一人でようやく断酒できた状態のとき、アルコール依存症で入院している患者さんたちに断酒を説いて廻ったそうです。
 
そして、その行動が自分の断酒の糧になっていることに気付いたそうです。
 
「人に尽くして我が身をたすく」ということなのですね。
 
松村氏は昭和32年の5月から断酒会を結成するまでの1年8ヶ月、一人で断酒していたのですが、彼自身も割合楽に断酒が継続された理由を、過去の誤りをひたすら日記帳に書き続けたことと、下司孝麿氏に依頼されて、下司病院を退院された患者さんに励ましの手紙を書いたり、訪問して説得したりしたことだと考えていました。
 

 酒害相談に積極的に取り組んでいる会員たちは、異口同音にこんな風に言います。
 

 「最初は酒のために困っている人のため、何かしてあげようと思って努力しているのですが、結果は人のためでなく自分自身のためになっている」と。
 

 断酒会は純粋な奉仕団体なのですが、私たちの奉仕は世間一般の人達の奉仕活動とは少々意味が違うように思われます。
 
彼らは真剣に奉仕活動に参加したとしても、私たちほどには直接自分のためとなって還ってはいないのではないでしょうか。
 
もともと奉仕とは代償を考えない献身なのですから。
 
しかし、私たちは代償を考えずにやっているのにもかかわらず、あまりにも大きな収穫があるのです。
 
自分の断酒の糧となるのは誰も否定できません。
 
そうした意味では奉仕と言えないかもしれません。
 
自分自身のためなのですから。
 

 酒で苦しんでいる人や、その家族と接する中で、私たちは自分が困っていた状態を再現できます。
 
自分にとっての病気の本質をいやというほど再確認できます。
 
そして酒害者と酒害者の暖かい連帯、人間と人間との触れ合い、自分自身の人間としての在り方、あまりにも多くのことを学べるのです。
 

 「酒害相談をやっているからこそ断酒が出来ています」と極言する会員もいます。
 




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<キンモクセイ>
外泊の許可が下りて大津支部 例会出席君の断酒の第一歩  





24.仲間の体験を良く聞き、自分の断酒を再認識しよう 





 “語るは最高の治療”という言葉が語録の中にはあります。
 
自分をひたすら語るということは、自分の持つアルコール依存症という病気をひたすら確認することであり、過去の誤りを反省をこめて素直に話すことによって、自分の心を浄めることが出来ます。
 
そのため、自分を語ることは私たちの断酒に大きな役割を果たしていますが、実は語るだけでは駄目なのです。
 
仲間の体験を熱心に聞くと言うことと並行していなければならないのです。
 

 自分を語るに熱心でも仲間の話を聴くのに不熱心な人は、やがて自分を語ることが出来なくなるのです。
 
何故なのでしょうか。
 

 私たちは入会当初、先輩たちがすらすらと体験発表しているのに驚いたものです。
 
私たちは指名されてもうろたえるだけで、何から話してよいのやらさっぱり判らず困った経験を持っています。
 
しかし先輩たちの話を聞くことによって、何らかのヒントが得られ、どうやら体験を話せるようになりました。
 
しかし、不思議なことに熱心に聴く努力を止めるようになると、自分が実際経験したことが無数にあるのにもかかわらず、話せることが段々と少なくなり、ついには自分を語るのにマンネリ化し、同じ話の繰り返ししか出来なくなるのです。
 

 しかし、仲間の体験をじっくり聞いている人は、彼らの体験の中から自分の体験を掘り起こし、それだけでなく、自分で今まで気の付かなかった心の奥底にある歪み、ひずみ、やさしさ、暖かさといった短所や長所にまで気付くようになります。
 
私達は仲間の話に啓発されて色々な物事の考え方が出来るようになり、それが自分自身の断酒の再確認につながるのです。
 

 過去のことを忘れてしまった人が新入会員の話に感動し、素直に最低だったころの自分を語るようになったり、短期間の断酒で有頂天になって格好の良い話だけしか喋れなくなっていた人が二十年以上も断酒が出来ているのに、自分の欠点を素直に語っている先輩の姿に感動して、事実のみを語るようになったりするのは、聞くことによって得ることの出来る断酒の糧でもあるのです。
 

 また、長い年月の積み重ねの中で自分の理論で作り上げた断酒理論も、それが絶対でなくまだまだ改善すべきであり、まだまだ成長するべきだと判るのも仲間の体験談からです。
 

 とにかく、いつも耳を済ませて聞きましょう。
 
そして、自分の断酒に間違いがないかを確認しましょう。
 




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<クラスペディア>
不安気にドアを開いて足入れば 仲間等優しくわれを迎えり  





25.家族、同僚の理解を得るために、
 
   絶対に飲んではいけない 





 私たちが断酒を決意して断酒会に入会するということは、画期的な出来事なのですが、長い間ご主人の酒に巻き込まれて苦労した奥さんの中には、入会したことで酒が止まるとは毛頭期待していない人もいます。
 

 また、職場の同僚達はたとえ普段は好意的でいろんな面で理解を示してくれている人でも、世間一般に根強く残っている「アル中になると酒は絶対に止められない」という考え方を持っています。
 
そうした場合その人達は私たちが断酒会に入会しただけではあまり評価してくれません。
 
「どうせすぐ飲むだろう」くらいにしか考えてくれないものです。
 

 自分を取り巻く人達が、断酒や断酒会について理解が進んでいない場合、入会早々失敗することは致命的な結果を出すことがあります。最初からたいして期待していない人達にとっては、失敗は当然の結果だと考えられるため、当人が失敗を乗り越えて頑張ろうとしてもなかなか協力をしてくれません。
 

 こうした状況に置かれた人達は、何が何でも頑張って欲しいと思います。
 
全く期待していなかったのに断酒が出来るとその人の家族や同僚たちの考え方は180度変わります。
 
どんな協力でも積極的にやってくれるようになります。
 

 しかし、たとえ失敗があったとしても、決して挫けないでください。
 
何回かの失敗があり、家族・同僚の協力が得られない中で、断酒に成功するとすんなり断酒に成功した人よりもっと強い協力と深い理解が得られると思います。
 




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<クリンソウ>
酒飲まぬ我も病気と教えられ 納得せぬまま通う例会  





26.断酒会に入会すること 





 アルコール依存症は一人では克服できない病気です。
 
アルコール依存症者は断酒会に入会することによって全てが始まるのです。
 

 しかしそうした事実は入会して断酒が出来てはじめて判ることで、自分の酒に悩みながらも入会の決断の出来ない人たちには中々判りません。
 
しかし、一人で何回も断酒に挑戦し、失敗を重ねながらも断酒への願望を捨てることなく、ついに断酒会につながった人達を、私達は心から尊敬します。
 

 松村氏は新入会員の歓迎の言葉の中で、いつも入会に踏み切った勇気と決断をたたえながら、必ずといって良いほどこう付け加えていました。
 

 「入会しただけであなたの断酒は90%成功したとも言えます。しかし、残りの10%が中々難しいのですが、早く会員と溶け合って一緒に努力すれば、必ず断酒に成功します」と。
 

 私達は断酒会に入会して断酒が出来ていますので、断酒するには断酒会以外にないと考えていますが、稀には一人で断酒に挑戦して頑張っている人たちもいます。
 
そして非常に少ない例ですが、かなり長い期間断酒できている人もいます。
 
しかし、残念なことに一人だけの弱さがいつかは出てきます。
 

 一人だけでは断酒会のように判り合える仲間がいません。
 
松村氏等によって創られた理念も知ることが出来ません。
 
一人だけの独特な考え方で段々と断酒の方向を見失い、やがて失敗につながるようです。
 

 仲間を持たない弱さは、本当に理解してくれる人もなく、自分の考え方に裏付けのないことでもあるのです。
 
断酒の喜びも私達に比べるとずっと少ないのではないでしょうか。
 
そうした状態では、断酒して生涯幸福を追い続けるという、私達が断酒理念の中で一番大切にしていることも、中々考え付かないのではないでしょうか。
 

 一人ででも断酒しようとする決意は評価しますが、方法に誤りのあることは事実です。
 
断酒会で酒を止めませんか・・。
 




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<クレマチス>
あの人も我と同じの悩み持つ 仲間と知りて勇気涌きたり  





27.最初の一杯に口をつけないこと 





 断酒を物理的に説明すると、この言葉通りになります。
 

 入会当初のひたすら我慢の時、私達はなぜ断酒しなければならないのか、何のために断酒会に入会したのかということを、考える余裕がなくなることもあります。
 
そうした時の私達の酒との闘いは、酒の入ったコップを手にするかしないかという極めて単純な二者択一を迫られることになります。
 

 そうした時、ちょっとだけ考えてください。
 
私達にとっては一杯の酒が1升、2升の酒と同じであるのです。
 
私達は適量が判っていながら、それを守ることが出来ないアルコール依存症という病気を持っているのです。
 
しかし、そうした切迫した状況に時々なる人は、それの予防としてお金を持たないようにしている人もあります。
 
消極的だとか、情けない奴だとか考えないでください。
 
恥ずかしさを乗り越えて万全の策をとる人は、積極的な断酒法をとっていると言えます。
 

 また、短期間の断酒の出来ている人で、少し位なら大丈夫と考えて、試し飲みを考えるようになる人もいますが、そうした時、今までの努力の跡を振り返ってください。
 
また失敗の経験のある人はそれを思い出してください。
 
ほんのちょっぴりで何回となくどうしようもない状態にまでなったのではないですか。
 

 清水の次郎長が、森の石松を金比羅に代参に出す時「笹の露ほども飲んではいけない」と言ったそうですが、私達も一杯どころか一滴の酒で命を失うことにもなるのです。
 




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<クロタネソウ>
それぞれの生き様語りぬ断酒会 真にうなづき真に泣かさる  





28.時間励行 





 アルコール依存症の人は狂った時計を持っているようです。(西脇病院長 西脇健三郎)
 

 左様、私達は過去狂った時計を持っていました。
 
世間一般の人たちは生活のリズムを正常な時計に合わせて作っているのに、私達は正常な時計など全く関係なかったのです。
 

 私達は朝、目が覚めるとは限らなかったのです。
 
酔いつぶれて目が覚めると正午であったり、真夜中の2時、3時に強烈な酒の誘惑に駆られて目が覚め、自動販売機にワンカップを求めてさまよい出たものです。
 

 どんな大切な約束があっても、酔っ払っていれば平気ですっぽかし、約束の場所に行く途中でも飲みたくなるとすぐ予定を変更しました。
 
私達の持っていた時計は飲みたい欲望と、酒の酔い加減で、自由自在に針が動いていたのです。
 

 私達は断酒会に入って、時間が特別に厳守されていることに驚きました。
 
そして、断酒するということは酒を飲まないことだけでなく、酒に支配されていた全ての状態から脱却することであると教えられ、時間に関しても酒のために自由自在に振り回されていた狂った時計を捨てて、正常に時を刻む時計を持つことであると理解しました。
 

 例会は雨が降っても火が降っても7時に開かれます。
 
会長や支部長や司会者が遅れてもそんなことに関係はありません。
 
そして、定刻9時にはきっちり閉会されます。
 
世間一般の人たちよりずっと正確に時間は励行されるのです。
 

 酒のため生活の折り目を失っていた私達が、断酒して社会に適応するため一番手近かにあってやれることが、この時間励行でもあるのです。
 
難しい断酒理論を理解するよりも、時間通りに例会に出席することのほうがずっと重要です。
 

 松村氏が時間励行を特に強調していた最大の理由は、断酒して新しい人生に取り組むためには、従来の日常生活を一新する必要を痛感したためです。
 
そのスタート地点にあるのが時間を守ることだったのです。
 

 私達は断酒会員としても、社会人としてもきっちり時間を守らなくてはなりません。
 




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<クロッカス>
赤裸々に隠す事なく我慢なく 言葉に出来る例会うれし  





29.仲間に励ましの手紙を書こう 





 高知県断酒新生会は発足以来、ずっと会員の納入する会費のみによって運営されてきました。
 
そのため財政的には常に困窮していました。
 

 昭和42・43年ころのことです。
 
理事会で1年以上例会出席の一度もない会員に、例会案内のハガキを出すことを止めてはどうかという提案があり、多数の賛成意見が出され採決に入ろうとした時、松村氏は「それだけは勘弁して欲しい。
 
ハガキは断酒運動の弾丸だ。
 
出し続けていれば何時かきっと出席してくれると思う」と。
 
理事一同に頭を下げたことがあります。
 

 松村氏が理事会での多数意見をひっくり返したのは後にも先にもこの時1回だけです。
 
それほどハガキに執着したのには理由があります。
 
松村氏は一日平均4・5通の励ましのハガキを書いていました。
 
それも右下がり独特の小さな字でびっしり書き込まれたもので便箋1枚よりもっと字数の多いものでした。
 
彼は全国行脚の列車の中で、駅のベンチで、事務所で、自宅で寸暇を惜しんで書き続けました。
 

 失敗し、絶望して断酒会を脱会しようとしている仲間達は一様に孤独になっています。
 

 劣等感や無力感の中で再び酒を手にするようになっているのです。
 

 そうした仲間達に暖かい励ましの手紙が届いたときに、彼らはもう一度やり直す気になるのです。
 
励ましの手紙でなく例会案内の手紙でも、彼らは断酒会の仲間達との間に見えない糸でつながれている友情を感じ取れるのです。
 

 松村氏からもらった励ましの手紙で、再び断酒への再スタートをした仲間も多く、また、例会案内のハガキで、もう一度何とか頑張って見ようと決意した仲間もいます。
 

 例会案内のハガキが打ち切られることで、断酒界との絆が切られたと判断する人は多いのです。
 
例会案内のハガキは励ましの手紙と同じ効果があるといえます。
 

 また、お互い頑張っている者同士が励ましの手紙を交換したり、断酒に踏み切ったばかりの一番苦しい状態の仲間に、励ましの手紙を出すことの重要さは誰もが知っていることです。
 

 特に最近は全国大会やブロック大会または研修会等で、遠くの仲間達との交流も盛んです。
 

 連帯の輪を大きく拡げるためにも励ましの手紙を仲間に出しましょう。
 

 なだ・いなだ氏の話によると、平塚市に断酒会が結成されたとき、結成大会に出席していた松村氏が、平塚駅で帰りの列車を待っている時間に、たった今、会って話し合ってきた平塚の会員宛に、励ましの手紙を書いているのを見たそうです。
 
平塚の会員達が、それぞれの家に帰り着くより早く「松村さんの手紙が着いていたという感じであった」と言われていましたが、高知県断酒新生会に新入会員があった時は、その夜、必ずと言っても良いほどその人に励ましの手紙を書いていました。
 

長い長い手紙で、松村氏自身の過去が赤裸々に書かれており、例会出席の必要性や、家族の協力の重要性にいたるまで述べられた丁寧な内容のもので、高知の会員の中には、この手紙を再読することで初心に還ることが出来ると言っている人たちもあります。
 
一部を紹介しましょう。
 

 (中村様)今夜の例会では失礼しました。
 
ご覧の通りでございますから、しんみりと新入会の方とお話できないことを、いつも残念に思っております。
 
それで私は、後から書面を差し上げてご挨拶申し上げます。
 

 まず今回の断酒会入会は、本当によく酒を思い切って入会されました。
 
ご祝福いたします。
 
私も、かつて大酒飲みのアル中でして、一日に焼酎を1升2合も飲んでおりました。
 
アル中生活約7年の間本当に苦労しました。
 
家族の者も泣いて暮らした悪夢の7年でした。
 
信用は落ち、社会的地位は飛んでしまう、家庭内は酒のため夫婦喧嘩の絶え間がありませんでした。
 

 人間生活の中で、これは不幸の最大のもので、人間最低路線でした。
 
それでもアル中ですから酒は朝から飲まずには、いても立ってもいられない身体でした。
 

 さて、私は自殺未遂をしてから感ずるところがありまして、昭和32年3月25日から今日まで、一滴の酒も口にせず今なお断酒を継続中です。
 

 中村様、断酒ということは「酒を飲まねば出来る」という、いたって簡単なことですが、この簡単なことが中々難しいのだから不思議です。
 
私も、禁酒を3ヶ月したり、半年したり、長いときには1年も禁酒しておりましたが、やはり駄目でした。
 
その挙句入退院を5回も繰り返したのです。
 
いよいよ最後には自分の情けなさに泣き、ついに自殺を決意決行しましたが、意識不明になってしまっていましたが、運良くか、運悪くか失敗し、生き恥を社会にさらしました。
 
死ぬに死ねない、生きれば酒を止められない。
 

 いよいよ終着駅に来て、昭和32年断酒に本格的に踏み切ることが出来ました。
 
神の加護か運命か、奇跡的に断酒が継続されるようになりました。
 
私は自分が断酒に失敗し、酒に打ち負けた苦しい体験をしているだけに、新入会される方々のお話もよく判ります。
 
そして、ただただ、ご同情致しております。
 
同時に私がアル中時代、大酒飲み時代に、妻や子が恥をかいて泣き、悲劇的な生活を送らせたことが今でも悔やまれてなりません。
 
よくもこんな亭主を捨てもせず一緒にやってくれたもの、そしてこんな酒飲みの親父を持って、十七や十八の恥ずかし盛りを耐え忍んできた娘・・・それを思うと私は生涯酒は口にしなくても、酒を飲んで苦労をかけた家族の者への罪の償いは出来ないと思っております。
 

 中村さん、もし失敗しても、それでずるずると元の木阿弥になってしまってはもうお仕舞いです。
 
あなたは断酒しようとして断酒会員になったのですから、その偉大な決意を無意味にしてはいけません。
 
何度失敗をしても挫けずに、真の断酒人になられることを祈ります。
 
無論失敗をしないで、断酒が永久に継続されることが会の原則であり、目的ですが、何はさておき人間ですから、いついかなる場合に失敗しないとは保証は出来ません。
 
これを永続さすためには、例会に出席されることです。
 
そして、例会には奥様と同伴で出席なさらないと成功しにくいのです。
 
奥様の協力が絶対に必要です。
 

 これは過去私達の断酒会員が残した統計が何よりも証明します。
 
中村さん例会には必ず出席してくださいませ。
 
例会に出席しないでは断酒は不可能だと言ってもよいくらいです。
 
差し上げたこととは思いますが「断酒の手引」に書いてありますからよくお読みください。
 

 中村さん、これからは私達酒害者同志で互いに励ましあって、断酒幸福を守ってまいりましょう。
 
10月9日の例会にも、奥様共々ご出席くださいませ。
 
短い時間ですが尊い2時間を、酒を止めたいと真剣になっている者同志が、断酒のムードにひたり、次の例会までの心のよりどころとしましょう。
 

 まことに本日は失礼申し上げました。
 
では9日にお会いしましょう。
 
                     昭和38年10月3日    松村 春繁
 




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<ゲッケイジュ>
生の声 生の姿 真に受く例会の場に魂ゆさぶられる  





30.全国組織の拡大に努めよう 





 なだ・いなだ氏が初対面の松村氏にもらった名刺に全日本断酒連盟会長という肩書きがついているのを見て「たいした大風呂敷を広げた人が来たものだと思った。
 
たった高知と東京の二つの会で全断連とはオーバーだ」と思ったそうですが「全断連というのは大風呂敷ではなく、何が何でも全国の酒害者のためにひろげなくてはならない志だった」と理解したそうです。
 

 彼は少しでも早く全国に断酒会組織のネットワークをひろげ、酒害に苦しんでいる人たちのために力を貸さねばならないと考えていました。病躯を押して全国行脚を続けたのもそのためです。
 

 「全断連の原点は何といっても松村春繁の全国行脚であろう」となだ・いなだ氏は言っていますが、その通りだと思います。
 

 彼の全国組織拡大にかける執念はすごいものでした。
 
そのため、全国大会、ブロック会等は勿論、通常の例会でもこのことについて話していました。
 

 「断酒出来た喜びを、酒害の何たるかも知らずに苦しんでいる酒害者とその家族のために、一刻も早く伝えてあげたい」
 
こうした言葉を耳にたこが出来るほど聞かされました。
 

 彼は大きな日本全土の地図を買って壁に張ってあり、新しく断酒会が誕生するとそこに丸印をつけ赤鉛筆で高知から線を引き、目を細めてニコニコしていたものです。
 
そして身体の許す限り出かけて行ったものです。
 
彼の頭にはいつも、新しく断酒会の出来た土地の風景が、明るい表情の会員やその家族の顔が、反対に酒害に苦しんでいる人たちの姿が浮かんでいたようです。
 

 こうした松村氏の遺志を継いだ仲間達は、一応全国に組織を作ることが出来ましたが、彼が生きていたら、恐らくそれぞれの地域の隅々までも、支部組織の拡大を呼びかけていたでしょう。
 
高知ではこんなことを言っていました。
 
「西は足摺岬、東は室戸岬まで海岸線沿いには支部がすべて出来上がったが、山間部はまだ少ない」と。
 
彼の構想は、断酒会組織の輪は出来るだけ大きく出来るだけきめ細かくです。
 




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<コスモス>
夫婦して同じ時間に同じ場所 同じ目的二時間学ぶ    





31.厳しさのないところに断酒なし 





 アルコール依存症を克服することの困難さは、普通の病気とは根本的に異なった病気であることです。
 

 普通病気になると医師は診断し、病名をつけ、治療してくれます。
 

短期間で完全に回復するか、少々時間がかかったとしても元通りの状態に回復します。
 
医師の提供してくれる技術によって完全に回復するのです。
 

 しかし、アルコール依存症を克服するためには、医師の治療を受け回復したとしても、それは一時的に元の状態に戻ったということで、それから先は自分で治していかねばならないのです。
 
再び飲酒するとすぐに元の状態になるため、自分の努力で断酒していかねばならないのです。
 

 そして、断酒がかなり長い時間継続されて飲酒の要求がなくなったとしても、完治したとは言えないのです。
 
私達は断酒が継続されて完全に社会に適応できて、しかも酒を意識することもなく全く安定した精神状態になったとしても、アルコール依存症を克服したと断言することが出来ないのです。
 
なぜなら、顕在的に飲酒要求がなくなったとしても、酒を飲みたいという願望を潜在的に持ち続けていると思われるからです。
 
そして、それが「アル中」の本質だと考えられます。
 

 十年、二十年と断酒できていた人が、ちょっとしたきっかけで酒を飲み、元の木阿弥になる事実を見るとこの病気の難しさがよく判ります。
 
だから、私達がアルコール依存症を完治するためには生きている限り断酒しなければならず、断酒実践は永久の課題です。
 

 時には例会出席なども消極的になり、自分についての酒の害についての認識も甘くなることがあるでしょう。
 
そして、それが直接再飲酒につながらなくても、そうした危険な状態を放置していると、いつかは酒に走るようになるのです。
 

 従って、いくら長期間断酒が出来ていても、決して、真剣な取り組みを怠ってはなりません。
 
十年も二十年もせっせと例会に出席し、二十年も三十年も自分の生き様について考え続けることはしんどいことかも知れませんが、自分を厳しく戒めてどうしてもやらねばならないことです。
 

 酒の味を憶えてから酒浸りになるようになり、そして、アルコール依存症になるまでに、私達は人間としての在り方を間違え続けてきた歴史を持っています。
 
断酒して新しい生き方を始めた現在、少々厳しいと思っても常に人間としての在り方を考え、酒のみならずあらゆる面で過去の甘ったれた生活を反省し改善して行かねばならないのです。
 

 しかし、不思議なもので、真剣に取り組めば取り組むほど、楽しいと感じても辛いと感じないものです。
 
新しい生き方を創造することは楽しいことでもあるからです。
 

 また、厳しさは他の人たちに求めるものではないのです。
 
他人に厳しさを求める人ほど、自分に厳しさの求められない場合が多いようです。
 

 厳しさに慣れ、厳しさを楽しさに変えてこそ、本当の意味の断酒が出来るのです。
 
明るくて楽しさがいっぱいの断酒は、厳しさの向こう側にあります。
 




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<コハコベ>
どの声も耳に入らじと飲みし君 体験談に頭殴らる    





32.実践第一 





 松村氏や多くの先輩達が考えていた断酒法を一言で説明すると「実践第一主義です」ということになります。
 
万事合理主義が幅を利かす世の中で、今日一日、今日一日と例会出席、酒害相談活動を通じて断酒を実践している私達の断酒法はあまりスマートでないかもしれません。
 

 時間と労力をかけなくても、アルコール依存症の病識を徹底的に頭に叩き込めば、或いは断酒できるかも知れません。
 
自宅で心静かに内観でもすれば、或いは酒を飲まなくなるかもしれません。
 
しかし高知県断酒新生会25年の長い時間の流れの中で見たとき、そうした傾向の断酒を志した人に現在断酒が継続されている人は居ません。
 
何故でしょうか?
 

 私達がアルコール依存症になるまでに辿った経路を振り返ってみれば、割合簡単に判るのではないでしょうか。
 
随分長い時間をかけて次々と周囲の人間関係を駄目にし、自分自身も段々と駄目になっていくのに気が付き「止めよう!止めよう」と何回となく考え、反省し、懺悔し、そして飲み続けた歴史があります。
 
アルコール依存症への歴史を遡って考えれば、そんな楽な方法ではとても断酒は続けられないと思います。
 

 やはり、アルコール依存症者が断酒し、断酒を継続するためには、身体を使って例会に出席し、足を使って酒害相談に駆け巡り、そうした行動の中で仲間たちと徹底的に判り合う努力をし、また、自分自身を知る努力をする。
 
即ち、行動の中で断酒とは何か?について考えていくしかないと思います。
 

 実践活動の中から真実を掴み取るという方法は如何にも日本的であり、また、最も強力な断酒法であると思います。
 
私達が「体得」という言葉を大切にする理由でもあります。
 

 私達のいう「松村方式」の持つ二大理念である「新生」と「連帯」そのものが実践活動を抜きにしては考えられないものです。
 
断酒して新しい人生を創造するということは、日常生活の中でまじめにこつこつ働きながら、新しい生き方を作るという実践論であり、仲間達と心の底から判り合える連帯をするためには、常に仲間達のいる場所に出て触れ合う機会を作らねば不可能であり、アルコール依存症者が断酒できる最大の理由を「お互いの人格のふれあい、魂の結びつきがあるからである」としているのを考えてみても、私達のいう連帯は実践活動なしでは考えられないのです。
 

 しかし、単に情熱にまかして動き廻っているだけでは、本当の実践とは言い難いと思います。
 
実践の中で得たものを、自分の持つ理性を使ってじっくり判断して始めて体得できるものだと思います。
 

 断酒会で「判る」「理解する」「納得する」等の言葉が良く使われますが、これらは全て体得したという意味が込められています。
 




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<コブシ>
例会にしっかり断酒の根を張りて 二本の足で踏ん張り立たん  





33.他力による断酒ではなく、
 
   自力、自覚の上に立つ断酒であること 





 入会当初は、家族にしても先輩会員にしても、何かと配慮してくれます。
 
特に当人がこれといった断酒への動機付けが出来ず、家族の懇願でしぶしぶ断酒に踏み切った場合などは、断酒しているのが誰なのか、何のために断酒しているのかはっきりしない場合があります。
 

 例会にしても本人が積極的に出席する気がなく、家族がいろいろと気を配って何とか出られるといったケースがありますが、断酒会は不思議な力を持っており、たとえ当人に積極的な努力がなくても、何とか断酒の日々が続くとそれなりの自覚も芽生えて来ます。
 
そして、断酒の喜びも徐々に感じるようになりますが、まだまだ家族のために止めてやっているとか、先輩会員達のために止めてやっているというような甘ったれた考え方も残っています。
 

 そうした人たちに一番大切ことは、断酒は自分のためにやるものであるという自覚を持つことです。
 
そうでないと、自分以外の人のためにやる断酒では到底長続きはしないと思います。
 

 自分の努力が自分の生き方を良い方向に変えていることが判れば、放って置いても自覚が出来、自分の力で積極的に断酒に取り組むようになります。
 
そうした良い方向に考え方を変えてくれるのは例会です。
 
その例会で恥ずかしがらずに過去の体験や現在の考え方を事実どおりに喋ることによって、自然に断酒の自覚も出来、自分の力で精一杯頑張るものだと気づくようになります。
 

 私達がそうした人たちに、押し付けがましい意見を述べたり、考え方の間違いを細かく正したりしないのは、そうしたやり方が決して彼らに自覚を与えないことを知っているからです。
 
そんなことより、「例会出席」を阿呆の一つ憶えのように言うのは、彼自身の力で断酒の意味を、例会の中から掴み取ってもらいたいからなのです。
 

 また、どんな固い決意で入会した人でも、最初のうちはどんな風な考え方ややり方が、自分の断酒を継続さすかについてよく判らない場合があり、そうした時、長く断酒が継続されている先輩の歩んだ道や考え方を真似すれば間違いないと考える場合があります。
 
それ自体は決して悪いことではなく、最初のうちは帰ってその方が安全な方法だとすら言えますが、いつまでも先輩の真似では断酒は続かないでしょう。
 

 他人の考え方で自分がいつまでも行動するなどとは考えられないことです。
 
いつかは自分で自分に最も適した方法を探し、自分に一番にあった断酒理論を持つべきでしょう。
 
断酒会にはいくつもの絶対的ともいえる理念はありますが、それ以外の細かな方法論については、松村氏は「各人各様」という言葉を使って説明していました。
 
よく掘り下げて考えるタイプ、より幅広く考えるタイプ、考えて行動するタイプ、行動しながら考えるタイプ。
 
各人の個性や環境、その他いろいろな理由から来る、その人に最適の考え方ややり方はあるものです。
 

 他人の力に依らずに、自覚の上に立った断酒を確立しましょう。
 




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<コムラサキ>
岩倉に崩れし断友(とも)を見舞えれば 格子の窓の明きが悲し    





34.失敗しても悲観するな、成功への糧とせよ 





 「失敗は成功の基」という言葉がありますが、これとは全然意味が違います。
 

 私達は失敗が重ねられることで、ますます自分自身を窮地に追い込み、やる気をなくすのが普通です。
 

 しかし、私達は何回失敗があったとしても、何が何でも断酒を成功させなくてはならないのです。
 
「アル中」のまま一生を終えることは、自分のためにも、家族のためにも社会のためにも許されないことだからです。
 

 私達は失敗することによって自信をなくします。
 
度重なると悲観するようになります。
 
断酒が継続されている他の会員と比較して「断酒会に入っても酒が止められないどうしようもない人間だ」と卑下し、「先輩達とは元々人間の出来が違う」と考えたりします。
 
そして断酒することを諦め、「どんなにつまらない人生だとしても、俺はこんな生き方しか出来ないのだ」と考え、ますます酒を飲むようになります。
 

 しかし、断酒会では何回となく失敗しながら、その失敗の中から自分自身を見つめる力をつけ、成功に結びつけた人は沢山います。
 
決して諦めないでください。家族の方も同様です。
 

 挫けずに素直になって自分自身を洗いなおして見ましょう。
 
多くの誤りに気がつくかもしれません。
 
しかし、自分の力だけではその誤りを見つけるのは中々に難しいものです。
 
そうした時、自分を最初の入会時の白紙の状態に引き戻して、一から出直すという考え方が良いようです。
 

 しかし、再度の例会出席が続く中で何とか断酒が続くようになったら、再び失敗しないために、前回の失敗の原因について考える必要があります。
 

 どんな風なパターンで失敗につながったかは、自分が一番良く知っている筈だからです。前回と同じ傾向が見えたときは、従来と全く違った考え方、やり方を選ばなくてはなりません。
 
そうでないと亦々失敗します。
 

 例会にだけはしつこく出席してください。
 
前回あなたは例会出席が段々減っていたのではないでしょうか。
 

 断酒優先を常に考えてください。
 
前回は少し断酒が続いたからといって、少々断酒することの意味を軽く考えるようになっていたのではないでしょうか。
 

 何か壁に突き当たったことがなかったでしょうか。
 
そのことについて素直に仲間に相談しなかったのではないでしょうか。
 

 「失敗したころと同じ考え方、同じやり方が次の失敗につながる」ということの確認が、あなたが失敗を乗り越えて成功するための糧となる一番大切なことなのです。
 




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<サザンカ>
我のよに酒に泣かさる妻ありて 入院促す便りしたたむ  







35.消極的だが初心者は酒席に出ないこと 





 この言葉には少し疑問があります。
 
松村氏がいった言葉であることは間違いないのですがケース、ケースで言葉を使い分けており、酒席に出ないことが積極的な断酒法であると言っていたほうが多かったようです。
 

 私達は断酒することによって自分自身の中に「酒のない文化」を作りつつあるのですが、一般社会人として酒席について考えたとき、無視できないものに冠婚葬祭等の義理があります。
 

 入会当初の不安定な時は、家族が代わりに出席したりします。
 
また、当人が出席しても危険の恐れが無くなったとしても、早めに出席して早めに帰るという方法をとっているのが一般的です。
 
それは飲酒の誘惑に駆られるのが危険だということだけでなく、私達断酒会員と一般飲酒者との間には大きな差があるからです。
 

 酒を飲むことによって人間関係を円滑にしている人たちと酒を飲むことによって人間関係を破壊してきた私達を比較すればすぐわかることです。
 
私達は断酒することによって酒そのものの価値判断が、彼らとは全く正反対になっているのです。
 

 酒席での長居は無用です。
 
「酒を止めたのは偉い!」と褒めてくれるかもしれませんが、愛酒家にとって一滴も飲まない人間と同席することはあまり気持ちの良いものではないようです。
 
座が白けることがあったり、先刻まで「偉い」と褒めていた人たちが、酔いが進むと飲まそうとしたりします。
 

 初心者に限らず酒席に出ることは極力避けたほうがよいのではないでしょうか。
 
自分のためにも、相手のためにも。
 

 どうしても出席しなければならないときには、断酒しているのに何故出席する必要があったかについて、きちっと整理して考えましょう。
 
また、どうしても出席しなければならないと考えていた酒席も、断酒期間が長くなるほど、段々少なくなっていきます。
 
ごく自然にそういう風になるのです。
 

 この言葉は「消極的だが」を除いて考えたほうがよいと思います。
 




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<サラセニア>
それぞれの重荷を背負いて酒断ちぬ 強き背中に厳しさ見ゆる  





36.姓名を堂々と名乗り、断酒会員であることを明確にせよ 





 A・Aが匿名にしたのは、その方が断酒するために有利であり、私達の断酒会が姓名を堂々と名乗るのも全く同じ意味からです。
 
私達は有名になるため断酒したのではありません。
 
酒を止めるために姓名を名乗る必然性があったのです。
 

 欧米ではアルコール依存症であることがわかると社会的に大きな差別を受けるようです。
 
しかし、わが国では断酒会に入会して酒を止めることによって、評価されても新しい偏見を生むことはありません。
 
逆に匿名で断酒したとしても、それがどこまで通用するか疑問です。
 
それでは必ずといってもよいほど酒を強要されるからです。
 

 酒は冠婚葬祭の儀式に欠くべからざるものであり、その他の神事においても同じです。
 
酒は人間関係を円滑にするために使われており、そうした酒席に出て明確に断酒会員であることを名乗らなければ、他の理由では盃一杯の酒を断る理由にならない場合が多いようです。
 

 アルコール依存症であること、断酒会員であることを恥ずかしがらずに堂々と名乗ることで、私達は酒を飲まずに社会に適応していくことが出来るのです。
 

 稀に、姓名を名乗るだけでなく、断酒会における役職名まで得意になって名乗る人もいますが、見当違いも良いところです。
 
私達は社会に対して断酒していることを明確に意思表示する必要がありますが、無名志向であることは間違いありません。
 

 一日一日こつこつと努力を積み上げていくことを、世間一般では不言実行という言葉で表現しますが、同じ努力の積み重ねでも断酒会は世間に名を名乗り、例会では事実を語り抱負を述べます。
 
有言実行だともいえなくないでしょう。
 




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<サルスベリ>
噴き出づる断酒の想い語るうち いつしか口調厳しなり行く  





37.各人の性格の相違を認め、各人が自らの
 
   体験を通じて体得せよ 





 過去、精神科医の多くは、アルコール依存症になる要因を性格に求めていました。
 

 意志の弱い人、依存心の強い人、内向型の人等で、ひどい場合は異常性格の持ち主だけがなるとまで言われたものです。
 

 確かにアルコール依存症になってからの私達には、共通した物の考え方や、性癖ともいえそうなものが見受けられますが、断酒が5年、10年、20年と継続されている人たちを見ますと、ありとあらゆる性格の持ち主が居り、共通した性格の持ち主がアルコール依存症になるとは信じられません。
 
もともとはそれぞれ違った性格の持ち主でありながら、アルコール依存症という同じ病気を病むようになってから、その病気の症状として、似た傾向を見せていたのにすぎないのではないでしょうか。
 

 「・・アルコール依存症者は一般社会からは自己中心的であるとか、意志の弱い人であるとか、性格に問題があるからと見られがちでありますが、果たしてそうであるのかどうか再考してみなければなりません。
 
私達の病院には多くのアルコール依存症の患者さんが入院してこられますが、これこそがアルコール依存症の特徴的な性格だと思えるような人には私はまだ一度も出会ったことがありません。
 
むしろあまりにも多くの違いを感じるのであります。
 
・・・高齢で発病した人と、若年で発病した人、酒乱型と寝型、酔うと大声を出す人と全く黙ってしまう人、外交的な人と内公的な人、激しい気性の人と内に閉じこもる人・・・
 
したがって性格がこうだからとか、環境が悪いからアルコール依存症になったとする説明は、私には全く理解が出来ません・・・」
 
(新阿武山病院 院長 藤井浩二)
 

 私達は、従来精神科医たちが言ってきた性格原因説より、藤井氏の考え方が事実であるように考えます。
 
したがって、断酒会に入会したばかりの会員達に多少似た傾向があったとしても、断酒が継続されているうちに、彼らの発表する断酒方法論に性格の違いから来た発想の差をまざまざと感じます。
 

 例会で学んだことをひたすらこつこつと積み重ねることによって、まず自分自身の改善に全力を集中する人。
 
自分自身の改善は行動の中から自然に出来ると考えて、例会だけでなく酒害相談、教宣活動と最初から幅広く動く人。
 
例会は安らぎを与えてくれる場所と考えて、ゆったりとした表情で座っている人。
 
例会は厳しさを教えてくれる場所と考えて、いつも緊張した表情でいる人。
 
暗い過去を主にして体験発表する人。
 
明るい現在の生活を主にして体験発表する人。
 

 断酒に真剣に取り組む姿勢は同じでも、性格の違いからくる断酒方法論はさまざまです。
 
そうした時、どちらの考え方が良いか悪いかを、断酒会は論じるような愚かなことをしないのです。
 
基本的な断酒会の持つ理念さえ理解されていれば、方法論はその人その人の体験の中で少しずつ変わったり、または変わることなくしっかりと自分の心の中に定着するのです。
 
日常の実践活動が真剣になされていればとやかく批判されることはないのです。
 

松村氏の言いたいことは
 
「自分の考えに自信を持ちなさい。そして相手の考え方も肯定しなさい。性格の差からくる考え方の差は致し方のないもので、そんなことよりも一番大切なことは、真剣に努力して掴んだものを完全に自分のものにすることですよ」であると考えます。
 

 私達は相手の立場にたって物を考える努力は出来ますが、相手と同じ状態で同じ体験は出来ないものなのです。
 




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<サルビア>
我が県の台風案じる電話あり 遠き吹田の断友(とも)にうれしや  





38.お互いが欠点や失敗を話し合って裸の触合いが
 
   出来るように努めること 





 アルコール依存症の特徴の一つに見栄っ張りがあります。
 
私達は見栄を捨てないことには、仮に断酒が出来ていても永続きしないのです。
 

 見栄っ張りの人は過去の恥ずかしい体験を語ることも出来なければ、現在の苦しい状態も打ち明けることが出来ません。
 
勿論、自分の欠点を語ることも出来ないでしょう。
 
例会に出席しても格好の良い話や、建前しか語ることが出来ず、私達のようになんでも素直に事実が言えないため、本当に理解できる仲間になりにくいのです。
 

 断酒会で酒が止められる最大の理由が、平等の立場から参加した人達が例会の中で事実あった体験と本音を素直に話すことで、お互いの人格の触れ合い、魂の結びつきがあるからだと言われていますが、そうした人達にはこうした断酒会の持つ一番大切なものを自分のものに出来ないのです。
 

 アルコール依存症に至る要因は複合的で、長い年月大量の飲酒をしたという共通点以外には相当な差もありますが、アルコール依存症になってからは急速に人格の低下が進むのは同じです。
 
そのため、私達断酒会員が飲酒時代を事実どおりに語れば、早々良い話ばかりは出来ない筈です。
 
全員碌でもない体験はあるものですし、また、断酒してからもいろいろな欠点に気付く筈です。
 

 失敗を語り、欠点を認めることがアルコール依存症を克服する鍵です。
 
何故なら、それが私達にとっては病識そのものですから。
 

 つまらない見栄は捨てて下さい。
 
裸のお付き合いをしてください。
 




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<サンシュユ>
新しき断友(とも)が入れば声かけて 断酒めざして共に通えり  





39.酒の奴隷になるな 





 「酒の力は我々の意志をはるかに上回る」と松村氏は言っていましたが、過去を振り返ってみれば容易に納得できます。
 

 何をやるにしても、何を考えるにしても私達は酒を飲んでいなければならなかったのです。
 

 あの酒浸りの生活の中で「酒があるからこそ生きて行けるのだ」と考えた人は多い筈です。
 
したがって、この言葉の意味は簡単なことで「酒を飲んで、その酒の酔いに勝てるアル中はいないから、酒を止めるしか方法はないのだ」ということだと思います。
 

 「酒は飲んでも呑まれるな」と世間一般ではよく言われますが、これも酒の奴隷になるなという意味を含んでいますが、それとはぜんぜん違うのです。
 




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<シキミ>
例会を離れし断友(友)誘わんと 「さざ波」持ちて行くを見送る  





40.断酒会員であることを誇りに思え 





 勿論「アル中」であることが誇りになる筈はありません。
 
心身ともにぼろぼろの状態からアルコール依存症を克服し、自分自身の新しい人間像を求めて努力する姿勢そのものが誇るに足りるという意味だと思います。
 

 過去、無意味に送った長い年月を惜しいと後悔することもありますし、と言って、今から一体どんなことが出来るのかと考えると、もうたいした時間もないから酒さえ飲まずに無事平穏に暮らすしかないのではないかと考えるようになったりします。
 

 しかし、どんなに年をとってからの断酒であっても、新しい生き方を目指さなくては断酒そのものも危ないのです。
 
したがって断酒が継続されている人達はそれぞれ工夫して、何処に出しても恥ずかしくない、誰と比べてもより立派な、誇るに足る生き方をしています。
 
そして、そうした人達は自分自身に誇りを持って人生に取り組んでします。
 

 断酒会員は世間一般の人達よりずっと真剣に人間としての在り方を追求しているのではないでしょうか。
 
精神科医や関係者たちが「断酒会で生き方を学ばせてもらっています」と言うのはお世辞だけではないのです。
 

 断酒会はアルコール依存症者が酒を断つ会であると同時に、誇るに足る生き方をしている人達の会でもあります。
 


 


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<シクラメン>
いくたびも断友(とも)を訪ねて誘いぬも 帰りし君に落胆の色    





41.どんなことがあっても会から離れるな 





 私達にとっては、断酒会に入会することで全てが始まり、会から離れることで全てが終わると言っても過言ではないでしょう。
 

 いろいろな理由で、会から離れたがるようになる人がいます。
 
短期間で脱会したがる人には、断酒が出来ないという理由が一番多いようですが、何としてでももう一度頑張って欲しいと思います。
 
脱会することは元の酒浸りの状態に戻ることであり、人間らしく生きることを放棄して、アル中らしく死ぬことなのですから。
 

 数年で会から離れたがる人達には、前記のような失敗が度重なり、どんなに努力しても止められないと諦めてしまった人もいますが、反対に、かなり長い期間断酒の出来ている人で、もう例会に出席しないでも一人で止められるからと言う理由や、断酒そのものについてではなく、会の運営上のことや、その他いろいろの断酒活動の在り方に不満を持ったりする人に多いようです。
 
そうした考えを持っている人達には再考をお願いします。
 

 初心に還れとよく言われますが、あのどうしようもない状態を入会することで180度転換した、断酒の喜びの日々のことを思い出してください。
 
不可能と思っていたことが確実に可能になったときの感動を思い出してください。
 
会から離れることは、そうした大切なものを全て放棄することにもなるのです。
 

 一人で止められると考えている人は、希望通りにすることが一人になることであることに気がついているのでしょうか。
 
現在の社会は飲酒文化社会ともいえます。
 
あなたが断酒についてどんな立派な考え方を持っていたとしても、あなたを理解してくれる人は周囲にいなくなるのです。
 
あなたは元の孤独な状態になることを考えたことがあるでしょうか。
 
あなたはたぶん理解されない淋しさから、また酒に走るようになるでしょう。
 
または、周囲の人たちに感化されて、適正飲酒が出来るような錯覚を持ち、進んで酒を飲むようになるかもしれません。
 
そして、元の木阿弥になるでしょう。
 

 会の運営等に不満を持って会から離れたがっている人達は、そうした不満をすぐ会から離れることに結びつけることに問題があることに気付いているでしょうか。
 
少数意見だとしてもその方が正しいことも確かにあります。
 
しかし、支持されないからといって短兵急に結果を出そうという考え方は、かつての飲酒時代の根気のなさと同じではないでしょうか。
 
時間をかければ、あなたの考え方が正しければ支持されるようになるでしょうし、正しくなければ、あなたは自分の考え方を変えることが出来るでしょう。
 

 断酒会との出会いが、今までの人生に中で一番大きな意味を持っていたことについて、今一度確認しましょう。
 
そうでないと全てが終わる可能性があります。
 




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<しだれ桜>
再びを立ち上がられし断友(とも)の顔 笑い戻れば我もつられし  





42.条件をつけて断酒するな 





 生命より大切だと思っていた酒を止めるのですから、入会当初は何かと条件をつけたがる人がいます。
 

 一番多いのは期限付きの断酒ではないでしょうか。
 
一年だけ止めてみるとか、三年だけ頑張るとか、息子が一人前になるまでとか、娘が結婚するまでというのが多いようです。
 
また、健康か回復するまでとか、ひどい人になると酒で創った借金の返済が完了するまでというものまであります。
 

 入会早々から断酒するということは、一生飲まないことなどとは考えも及ばないことですし、また、人間らしい新しい生き方を始めるのだという考え方も中々出来ないものです。
 
ある期間断酒していると、また飲んでも良い状態に戻ると本気で考えているのかもしれません。
 

 これは入会時の動機付けにも関係していると思われますが、何故酒を止めなければならないかについて、正確に、幅広く考えることは中々難しいことです。
 
ただ、入院治療中に医師や、ワーカー等の指導や、院内例会等で真剣に取り組んでいる人達には、それが出来ている人も多く、松村氏が、病院−患者−断酒会の型を非常に重要視していたことも頷けます。
 

 しかし、どんなつまらない条件をつけて断酒していたとしても、例会に積極的に出席している人達は、自分のつけた条件が実は全く馬鹿馬鹿しいものであることに気が付き、徐々に考え方を改善していきますが、例会出席が出来ていない人達は、いつまでも自分のつけたいろいろな条件にこだわり、信じられないことですが、ある期間の断酒が成功すると急に飲み始める場合が稀にあります。
 

 入会当初、あるいは、少しの間断酒が出来ている時、自分の断酒にいろいろな条件を付けたとしても、それは断酒の持つ意味や、断酒会の理解が進んでいないときでもありますので、決して、悪いとは申しませんが、条件をつけての断酒が非常に危険なものでありますので、例会にだけは積極的に出席してください。
 
そうすればやがて自分の考え方の間違いにも気付くようになり、断酒は継続されるでしょう。条件をつけるということは、その条件が満たされた時、断酒に関する考え方が甘くなることにつながる可能性があるからです。
 

 断酒は、私達にとっては生きるための唯一の手段であり、無条件で永久に続けるものであることが、例会の中で理解されます。
 




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<シデコブシ>
三十年意見され来し君が今 断酒すすめる電話掛けおり  





43.酒害者の最後の一人までも残すな 





 この言葉は、断酒会の持つ目的の中でも、一番大きな意味を持つものです。
 
いや、目的そのものと言えるでしょう。
 
そして、理想は高いほど良いというような簡単なものではないのです。
 

 世間一般の人達は、この言葉を聞くと「法螺を吹くな」と言うでしょう。
 
アルコール依存症の治療に熱心で、断酒会に理解のある精神科医でも「患者さんの中で5%位は、絶対断酒できない人達がいます」と断言します。
 
医学的、科学的な絶対ともいえる根拠があっての発言だと思うのですが、私達は仮にそれが事実だとしても容認してはならないのです。
 

 自分の周囲を見てみましょう。
 
私達の会員の中に「彼だけはどうしても無理です。
 
あきらめた方がいいですよ」と精神科医に宣告された人がいますが、その人は現在立派に断酒しています。
 
しかも、十年以上になります。
 

 自分自身を振り返ってみましょう。
 
入会以前、私達の中には、絶対止められないと確信していた人は多く、そして、家族もそう思っていたのです。
 
だから、断酒会に入って酒が止められたとき「奇跡が起こった」と家族や友人に言われた人もいますし、自分自身「何故酒が止められたのかよく判らない。狐につままれたようだ」と考えた人は多いのです。
 

 私達は真剣な努力を続ける中で、今まで不可能だと思っていたことを、次々に可能にしてきたのです。
 
そうした事実を踏まえて、何十回、何百回失敗があったとしても諦めてはいけないし、会員の中にそうした人がいたとしても、決して「駄目な奴!」と断定してはいけないのです。
 
「現在は少々無理のようだが、やがては断酒できるだろう」と考えてあげましょう。
 

 当人だけの責任にしてしまうのは少々酷だと思われる場合もあります。
 
いろいろな条件に欠けている場合、当人の努力が良い結果につながらないことがあります。
 
そして、私達会員の協力の仕方に、問題がありはしないかと、反省する必要がある場合もあります。
 

 そうした人達に、いつも暖かい励ましの言葉をかけましょう。
 

 「絶対に止められる人だ!」という私達の信頼感があれば、いつかはきっと成功するでしょう。
 

 「一人の酒害者も残すな」という、実現不可能と思われる言葉も、いつかは果たされると信じましょう。
 

 「どんなひどいアル中でも、必ず断酒することが出来る」と松村氏は口癖のように言っていました。
 

 一人の酒害者もいなくなった社会。
 
即ち断酒会を必要としていない社会を作るのが、断酒会の究極の目的なのです。
 




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<シナレンギョウ>
新しき年に断酒を誓い合い 帰れば断友(とも)等の賀状の山  





44.素直な心で話を聞こう 





 断酒するために一番大切なことは素直になることだと誰もがいいます。
 
その通りで、過去のどうしようもない酒中心の生活から抜け出して、まったく新しい生き方を目指すためには素直になるしかないでしょう。
 
素直な心で仲間たちの話を聞いて、これからの自分の生き方の糧にしなければ、自分の力だけではいくら断酒会に入会して酒を止めたといっても、自分を改善することが出来ません。
 
断酒会員になったというだけで、やっぱり以前の一人ぼっちの状態と同じようなものです。
 
そして、断酒も継続しにくいようです。
 

 断酒したばかりの頃は、精神状態も不安ですし、また、過去の生活体験の中で物の正しい考え方や、人間としての正しい在り方などがよく判らなくなっています。
 
素直な心になって話を聴くことは絶対必要なのです。
 

 しかし素直な心で人の話を聴くことは、最初のうちは意外と難しいものです。
 
先輩会員たちがそれぞれの体験を発表しているのに、自分の欠点を突っつかれているような気がして腹をたてたり、やさしく話しかけてくれる先輩に警戒心を持って、少しも相手の気持ちを有り難いと考えなかったりします。
 

 アルコール依存症になるということは、長い間酒ばかりを飲んだだけの結果ではないのです。
 
勿論、長い間大量の酒を飲んだことには間違いないのですが、それと同時に、周囲の人達との人間関係を破壊し、信頼を失くしただけでなく、信頼されない分 だけ酒以外のものはあまり信用しなくなっているのです。
 
そして、孤独になって、歪みや、ひずみが心に粘り強くへばりついているようにもなっています。
 
そのため、はっきり言って、入会当初から素直な心で断酒に励んでいる人は以外に少ないのです。
 

 しかし、例会出席が続く中で、そうした状態から少しづつ素直な心が持てるようになり、人の話も素直に聞けるようになります。
 

 そうした良い方向に変われる人達には、共通したものがあります。
 
それは、たとえくだらないと思われる話でも恥ずかしがらずに事実通り話し、自分にとって嫌な話でも聞き流さないで真剣に聞くことです。
 
恥かしい思いをしても、、腹が立っても、そんなことに関係なしに一所懸命語り、聞くうちに段々と心に変化が起こるようです。
 

 語ることで、自分に欠けているものが判り、聞くことで、自分の考え方の間違いに気かつくようになり、いつの間にか、いやでも素直になるのではないでしょうか。
 
それと反対に、最初から心にもない格好の良い話し、自分にとって快い話しか聞く耳を持たない人は、何時まで経っても素直な心が持てないのではないでしょか。
 

 とにかく、例会が自分にとって苦痛である時間は短いものです。
 
そうしたものを乗り越えて出席しましょう。
 
例会は私たちの心をも変えてくれます。
 
素直な心で話を聴くことによって得る収穫は計り知れないほどあります。
 
断酒が継続されるだけでなく、人間としての大きな成長があります。
 




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<シバザクラ>
うす暗き車中に地図を広げ見る 二人で探す今日の例会場    





45.一年半したら会の運営に参加しよう 





 何故1年半なのか具体的に説明できないのが残念ですが、なるべく早い機会に会の運営に参加しましょうということだと思います。
 

 1年半も断酒が継続できれば、不安定な精神状態も治まり、また、能力的にも他の人達にもいろいろなお世話が出来るようになると思います。
 

 そして、そうした人のために尽くすことで、私たちの断酒は益々堅くなり継続されるでしょう。
 
また、会の運営に参加することで、物事を幅広く見ることも出来るようになります。
 
欠けていた価値判断もできるようになります。
 
断酒会の仕組みについてもよく理解できます。
 

 会の運営に参加することで、どこに出しても恥かしくない社会人としての知恵を自分のものにできます。
 

 断酒会は一部の役職者だけによって運営されると、いろいろな間違いが生じます。
 
大勢の会員の意見を聞き、なるべく全員の意向の反映された運営をしなくてはなりません。
 
1年半断酒が出来たら積極的に参加しましょう。
 

 高知県断酒新生会では、1年半断酒が出来ている人なら誰でも代議員として断酒会の運営メンバーになれます。
 




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<ジャーマンアイリス>
二人して例会場を尋ね行く 外は雪降る二月の夕暮    





46.私の屍を乗り越えて断酒会を益々発展さして下さい 





 松村氏は昭和41年の5月、脳軟化症で倒れました。
 

 昭和38年の全日本断酒連盟結成以来、全国に断酒会のネットワークを作るため、全国行脚に全力を挙げていた無理がたたったためです。
 
しかし、断酒運動に生命を賭けていた松村氏は、病状が回復するのを待ちきれず、小康状態を取り戻すと再び全国行脚を始めたのです。
 

 しかし、いくら松村氏の断酒運動にかける意欲が凄まじいものであっても、精神力だけでは身体の健康は保持できないものです。
 
昭和44年の夏から病状の悪化した松村氏は、下司病院のベッドで安静を強いられるようになりました。
 

 この年の11月26日、全断連の第7回全国大会が高知市で開催されましたが、松村氏は病状を心配する会員や下司博士の制止を振り切って登壇し、全断連会長の挨拶の中でこの言葉を発したのです。
 

 死期が迫っていることを自覚しながらも、現状の断酒運動はまだまだ満足できるものではなく、やらねばならないことも、全断連法人化、全断連会館の建設、組織の拡大等と山積していた松村氏が、全国の同志に後事を遺託した悲痛な言葉でもあったのです。
 

 私達は自分の断酒が長く継続されていると、ともすれば積極的な取り組みを忘れがちになります。
 
会員個人個人だけでなく、断酒会そのものも沈滞気味になることがあります。
 

 そうしたとき、私達はこの言葉に込められた松村氏の気持ちを思い出しながら、松村氏の言った「酒害者の最後の一人まで残すな!」の大目的達成に、情熱を燃やし続けようではありませんか。
 




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<シャクヤク>
雨降るも風吹く中も飲みし君 風雨を突きて例会へ行く  





47.1県1断酒会 





 松村氏が亡くなった昭和45年には、全断連傘下の断酒会は全国で三十ぐらいしかありませんでした。
 
しかし、昭和38年の全断連結成を契機に「断酒会」の趣旨は次第に全国に浸透し、昭和42年頃からはまさに「燎原の火」のごとく燃え広がっていただけに、松村氏はその目標を一つの県に一つの断酒会の結成を夢見て、全断連が本当の意味での全国組織になるように願っていました。
 

 そうした意味では「全都道府県に最低一つの断酒会を作ろう」ととれます。
 

 しかし、当時すでにある県では分裂騒ぎがあり、かつての仲間たちが意見の相違から反目対立するという事態もあり、このことを非常に心配し「一つの県に二つの断酒会の必要はない。一つの組織の中で何とか努力して仲良くやれないものだろうか」という願いも持っていました。
 
そうした意味では一つの県に一つの断酒会でよいとも取れます。
 

 しかし、現状のように会員数が激増しますと、大都市や人口の多い県ではあまりに組織が肥大化し、運営面でも非常に難しい問題も起こります。
 
現在ではいくつかの断酒会があり、それらが一つの連合体を作っている県がありますが、そうしたやり方は賢明であると思います。
 

 また、連合体が作られていなくても、われわれは同じ理念の下に断酒会活動を行っているのですから、多少の技術的な差があっても協調できる筈です。
 

 要は「断酒会の目的は一つ」という基本的な考え方を持つべきではないでしょうか。
 

 苦しい解釈ですが、社会全般に一つの県に一つの断酒会しかないと思わすような、調和の取れた断酒会活動を行いたいものです。
 




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<シュウメイギク>
今日も又「己の行」と言い聞かせ 遠き他支部へ車走らす  





48.会員は人に疑われるような場所へ行くな 





 松村氏は断酒会結成以前から一人で断酒していましたが、一滴も飲まずに頑張っているとは中々信用してもらえず悔しい思いをしたそうです。
 
無理もないことで「アル中」になると絶対に酒は止められないと世間一般では考えられていたからです。
 
したがって、彼は日常生活の中で何時も自分の姿勢に細心の注意を払っていました。
 

 奥さんが僻地の小学校で教員をしていたため、一人暮らしの彼は生活必需品の買い物に行かねばならなかったのですが、近くに食料品店がなかったため、食酢は酒店で求めていましたが、「アル中」の松村が酒店に出入りすることは世間の疑いを招くと考えて、一升瓶に白い紙を貼り片仮名で「ス」と大きく書いていたそうです。
 

 また、酒席も冠婚葬祭に限られ、必要最小限しか出席せず、いつも明確に酒をやめていると意思表示していました。
 
断酒会を結成してからもこの姿勢は同じでした。
 

 断酒会は飛躍的に拡大、発展しましたが、断酒成功率に関しては創成期と大して変わりなく三十%前後が普通で、断酒会に入会しても、断酒に成功する人よりも失敗する人のほうが多いのです。
 
そうした事実からしても、断酒会はまだまだ絶対的な力を持っていませんし、世間も断酒会に対する評価は様々です。
 

 酒さえ飲まなければよいのだといって、進んで酒席に出るような無意味なことは、断酒会に対する誤解を招きかねません。
 
歌の好きな人がカラオケ・バーに行って歌ったり、かつての飲み仲間と一緒に酒屋でジュースを飲んで、世間話に花を咲かせたりという、理解に苦しむ行動をとる人も稀にはありますが、こうした人達は、断酒と断酒会についてじっくり再考されることをお願いします。
 

 確かに、断酒会員は酒さえ飲まなければ、会員としての最低の条件を満たすことにはなりますが、はたして、それだけで良いものでしょうか。
 
そうした行為は、単に世間の誤解を招くだけでなく、自分自身が飲酒文化の魅力にまだまだ捉われていることを意味するのです。
 

 断酒するというのは、世間に酒のあることを認めながら、自分の中に断酒文化を創ることでもあるからです。
 
酒場の雰囲気が好きなのはまだまだ危険な状態でもあるのです。
 

他人がなんと考えようとも、自分は絶対酒を飲まないのだからよいのだと反論されるかも知れませんが、私たちの断酒に取り組む姿勢は、ただ積極的であるだけでなく、理性的な細心の注意も必要なのです。
 

 断酒会がより発展し、断酒会活動がより深く理解されるためには、私達はいつもきちんとした姿勢を保つことが必要なのです。
 




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<シュウメイギクj>
山中の闇の坂道突き進む 信楽に向いて断酒に向かいて  





49.初志貫徹 





 

最初に立てた志は最後まで貫きましょう。

 

酒を止めようと決意しました。酒のない人生を送りましょう。

 

断酒会に入会しました。生涯断酒会員でありましょう。

 

例会に出席することによって明るい展望が開けました。終生例会に出席しましょう。

 

仲間たちの友情に感動しました。常に分かり合える暖かい仲間でいましょう。

 

家族の幸福を願いました。何時もそれについて考えられる人間になりましょう。

 

自分自身の人間としての成長を願いました。一生努力しましょう。

 

断酒することは新しい人生の創造であることがわかりました。常に若々しい精神でこれからの人生に挑戦しましょう。

 

志は貫徹してこそ意味があるのです。





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<シラン>
遠き道ようやく着きし会場に無邪気な「みほちゃん」に心和みぬ  





50.君と僕とは同じ体質だ、
 
   断酒するより他に生きる道はない。 





 断酒会の創成期に松村氏がよく使っていた言葉です。
 
全国行脚の行く先々で、難しい話をするより、この話の方が説得力があったようです。
 

 内科医W・D・シルクワースはA・A運動の創始者達に、アルコール中毒は一つの疾患であるという見解を提供した。
 
この症状の基盤には、アルコールへのアレルギーがあるという彼の信念は熱狂的に採用され、広く宣伝された。
 
これは、先に述べたように今日ではもはや支持できない説であるが、飲酒自体が疾患過程であると判断するアプローチを公式化するためには、大いに貢献している。
 
     (N・ケッセル・Hウォールトン著「アルコール中毒」より)
 

 松村氏も一時期アルコールアレルギー体質という言葉を使っていたが、やがて使わなくなった。
 
そのかわり「一度アルコール依存症になると、いくら断酒していても再度の飲酒で簡単に元の身体に戻るため、私達は絶対酒を飲んではいけない体質になってしまっているのだ」と強調していました。
 

 A・Aはアルコール依存症を身体だけの病気だと理解しているようですが、私たち断酒会は、心と身体の二つの病気であると理解しています。
 
したがって、長期間断酒できていても、潜在的には飲酒の願望を持ち続けるという心理的な因子が存在し、また、再度飲酒するようになると、短期間で昔のように常に酒を要求する身体に戻ってしまうと考えています。
 

 したがって、断酒会はA・A以上にアルコール依存症者にとっての酒の怖さを認めています。
 

 断酒するしか生きる道はないのです。
 




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<シロバナジンチョウゲ>
暮れなずむ琵琶湖に立ちし白髭の 鳥居に無事故祈りつつ走る  





51.語るは最高の治療 





 新入会員が例会出席を嫌がる中で「出席すると喋らされるから行きたくない」というのが相当に多いようです。
 
理由は「何を喋ってよいのか判らない」と「何か喋ると笑われそうで恥かしい」の二つが彼等を無口にしているようです。
 
松村氏はそうした新入会員に「無理に喋る必要はありません。住所と名前だけでも結構ですよ」と言っていました。
 
いくら喋りたくなくても、住所と名前くらいなら誰にでも言えると思います。
 
名前を喋る習慣がついてくると、いつの間にかその跡に「頑張ります」と付け加えることが出来るようになり、やがて「○○町の○○です。断酒できてよかったと思います。
 
今後とも頑張りますのでよろしくお願いします」これくらい喋られると、もう立派な体験発表といえます。
 
無理にではないのですが、色々と気を使って少しでも喋らせようとするのには深い意味があります。
 

 いつ、どんな場合でも未知の者同志に新しい人間関係が作られる時には、必ず両者が言葉を交わすことが必要です。
 
何かを喋るからこそ、人と人とが関わりを持つことが出来ることを先輩たちは知っています。
 
また、ほんの2、3秒の住所と氏名と頑張りますの言葉で、新入会員は断酒への意思表示をしたことになり、他の人達に心を開いたことになり、久しぶりに素面で意見を述べたことにもなります。
 

 先輩たちはこの短い発表にすぐ反応して、「○○さん、○○町なら私はよく知っていますが、どのあたりですか」とか「○○さん、本当によかったですね。一緒に頑張りましょう」と話しかけてくる。
 
ほんのちょっと喋ったことで、人間関係は一歩前進し暖かい対話も生まれて来ます。
 

 もし、先輩たちが、新入会員の喋りたくないという言葉を額面どおりに受け取ってそっとしておいた場合、当人は喋らずに済んだことに満足すると共に「俺には誰も話しかけてくれない。俺は断酒会でも相手にしてもらえないのか」というとんでもない食い違いを生じる場合すらあります。
 

 例会で一番先に生まれる大きな収穫は、なんといっても仲間意識の芽生えです。
 
そしてこれはほんのちょっぴり何かを語ることで始まるのです。
 

 初めて例会に出た新しい会員は、酔っ払っていない限り非常に口数が少ないか全く沈黙を守っている人が多く、警戒的でもあります。
 
断酒会はある意味では、命よりも大切な酒を取り上げる会ですので、例え断酒する気で入会したとしても、たぶんに警戒的になることは無理のないことです。
 
しかし、語ることがどれ位大きな効果を持っているか知っている先輩たちは、新しい会員には特に注意して言葉を引き出そうとするのです。
 

 断酒会は酒を断って、新しい自分を創造していく会ですが、酒を断った直後には、新しい物の考え方は中々生まれてきません。
 
従来通りの発想で、従来通りの生活の中で、ただ酒だけは飲んでいないという形を作るので、色々と混乱が起こります。
 
断酒に関するこれといった考えが纏まっていないので、酒を止めていることの意味が判らなくなったりします。
 

 私達は随分長い間、何を考えようとしても、何をやろうとしても、その前にまず一杯でした。
 
つまり、酒が身体に入っていないと何も出来なかったのです。
 
それが一滴のアルコールも入っていない状態で物を考え、何かをやろうとするのですから混乱するのも無理のないことです。
 
混乱を防ぐには新しい発想が定着する必要があり、それを得るためには、例会に出席していろいろなことを知らねばなりません。
 
例会で人の話をよく聞き、聞いたことを自分なりに判断して、今度は自分が話すのです。
 

 かなり情緒の不安定な状態で判断し、自分の考え方を作り出すのですから、最初のうちは相当に不思議な話もしますし、見当違いなことも言います。
 
時には、ひどく人を傷つけそうなことも平気で言うことすらあります。
 
しかし、誰もそうした発表に腹を立てません。誰もがたどってきた道だからなのです。
 
どんなに不安があって話しても先輩達に受け入れられるので、警戒心が解け、次に始めるのが仲間を選ぶことです。
 
自分に対して一番積極的に働きかけてくれた先輩や、自分の経験に一番似た話をする先輩を選ぶことが多いようです。
 
そして、彼らの話を一所懸命聞くようになり、段々と断酒に関する理解が進むようになり、先輩の話の中から自分の考え方に間違いのあったことを見つけ出して訂正したり、複数の先輩の考え方からあれこれと付け加えたりして、少しずつですが考え方も進み、いつのまにか酒を止めて初めて自分自身の独創的な考え方を確立するようになります。
 

 そして、自分に初めて生まれた考え方に固執する人と、次から次への経験する中から新しい考え方を作り出す人に分かれるのです。
 

 頑固に自分の考え方に固執すると、仲間との人間関係をまずくすることもあるので注意しなければなりません。
 
自分の考え方に固執すると、相反する意見や、少し違った考え方まで否定するようになり、ついには自分の殻の中に閉じこもってしまう傾向もあるからです。
 
そうなると例会でも、素直に自分の考え方を語ることが出来なくなり、折角の語ることの大切さが生かされなくなるからです。
 

 「語るは最高の治療」という松村氏の言葉も、素直に語り、素直に聞くという前提があってこそ生きてくるもので、自分なりに掘り下げた立派な意見でも、押し付けがましく語るようでは意味がなく、また、自分に合わない話でもそれなりの評価はしてあげる度量がなくてはならないでしょう。
 
自分も肯定し、人も肯定することによって、私達は暖かい人間関係を保っているのであり、少しくらいの考え方の相違点などは、断酒会員同志の仲間意識の強さに比べると大したことではないのです。
 

 「語るは最高の治療」という言葉の意味も、語ることによって自分の裸の姿を理解してもらうことであり、お互いが裸になることによって、本当の話し合いが出来、仲間であることを確認し、仲間であるからこそ一緒に酒が止めて行けるという意味ではないでしょうか。
 

 また、語られる裸の自分の話なのですが、私達は体験発表の中でどうした話をすべきであるかを松村氏より指導されたものの中から話してみたいと思います。
 

 人によっては、過去のどうしようもない頃の自分を話す必要はない。
 
そんなことより現在と将来について話すほうがずっと大切だというようですが本当でしょうか。
 

 普通の病気の場合、私達は自分の力では自分の病んでいる部分がよく判りませんので、ほとんど医者任せです。
 
医者は診察し、病名をつけてくれ、治療の方法を探してくれます。
 
しかし、アルコール依存症の場合は、精神科医達には一応の概念は確立されているのですが、詳しいことは判らないのです。
 
この病気は心と身体の病気であるといわれており、身体のほうは完璧な治療が出来ても、心の方は病み方が実に様々です。
 
それぞれの性格、環境、アルコール依存症になるまでにあった色々な人間関係。
 
精神科医にとっても一人一人の患者さんの病んでいる部分を的確に見極めることは不可能でしょう。
 
それは誰よりも自分自身が一番詳しく知っているのです。
 

 だから、体験発表の中で現在を語り、将来への抱負を語るだけでなく、過去の酒浸りのときにあった事実を語ることは、自分自身の持つアルコール依存症という病気そのものを語ることにもなるのです。
 
あの頃どんな飲み方をしていたのか、どんなことを考えていたのか、どんなことをやったのか、それらすべてが私たちにとってのアルコール依存症という病気の一番大切な部分なのです。
 
従って、過去、現在、将来への抱負と、非常に長い時間の流れの中で、ただひたすら自分を語る必要があるのです。
 

 過去のどうしようもない自分を語ることによって、アルコール依存症の恐ろしさを再確認し、現在の真剣な努力を語ることによって、人間らしく生きていることの喜びを感じ、将来への豊富を語ることによって断酒幸福の本当の意味を追い続けましょう。
 

 「語るは最高の治療」といっても、現在の満たされた状況を得々と語るだけでは、大した意味はないのではない でしょうか。
 




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<シロヤマブキ>
新しき断友(とも)を誘いて例会へ 断酒の道を共に歩かん  





52.例会は体験発表に始まり体験発表に終わる 





 体験発表の重要性やその中身に関しては、各項で何回も触れましたので、この項では何故体験発表以外では良くないかについて述べたいと思います。
 

 例会では、会の運営等に関する発表は、どの断酒会でもタブーとされ、守られているようです。
 
誰が考えてもそうした運営問題は、理事会、代議員会等で討議される性質のものだと理解できているからでしょう。
 
しかし、「自分の体験のみひたすら語る」という原則は、案外守られていない場合があります。
 

 危なっかしい内容の体験発表が新人会員によって話されますと、先輩会員たちは非常に危険だった頃のことを思い出してアドバイスしますが、そのアドバイスもやはり自分の体験発表という形で成されるべきだと思います。
 
同じ体験を持った先輩の事実どおりの発表は説得力もありますし、原則を破ることもありません。
 
しかし、そういう考え方は間違っているとか、こういう考え方をしろとかいう指導や説得が行われますと、例会の空気は一変します。
 
心配して言っている気持ちは判るのですが、入会して間もない会員が、たとえ危険だと思われる考え方でも、事実通り真剣に発表していることを、間違っているからこうしろと指摘することは、押し付けがましさを感じますし、第一アドバイスしている当人が、何年も断酒が継続されてようやく掴んだ、現在の考え方の上に立ってのアドバイスでは相手の気持ちに訴えるものがありません。
 
余りにも考え方のずれがあるからです。
 
そして、一番大切なことは、私達は断酒会に入って断酒できても、一足飛びに従来の酒でゆがめられた考え方が改善されるのでもなく、日常の実践活動の中で少しずつ良い方に変わっていっているという事実を無視しているからです。
 
どんな間違った考え方でも、正直に語っていることに意味があります。
 
そうしたことを評価しながら、同じ体験を持つ先輩が、自分のかつての状態をありのまま語るほうが、ずっと大きな効果がありますし、例会の持つ真剣で純粋な雰囲気を保ちながら、感動を与え盛り上げます。
 

 こうした状態の例会で一番大切なことは、会員全部が入会時の自分の状態を思い出し、自分自身の断酒の原点に立ち返ることだと思います。
 
そうすることによって、一番理想的なアドバイスが出来るのではないでしょうか。
 

 また、もっとひどい例会が古い会員たちによって持たれていると聞きます。
 
会長や司会者によって、例会が独占されていると言われても仕方のない場合があるそうです。
 
二時間の例会の時間帯が、三十分、四十分という長い時間に渡って、会長のお説教によって占められていたり、会員の発表が終わるたびに、司会者によって解説や論評がくどくどと行われたり、時には、発表の内容批判が、名指しで公然となされている場合すらあると聞きます。
 
こうなると何のための例会なのか疑問になります。
 
会員たちは事実を話すことを怖れ、格好のよい話を聞くことに疲れ、何の感動もない形だけの集会となります。
 
そして盛り上がりのない例会には参加者も段々と遠のき、最後には、例会は成立しなくなるかもしれません。
 

 原則通り、全員がひたすら自分の体験を語る「体験発表に始まり体験発表に終わる」例会を持ちたいものです。
 
そうした原則通りの例会がもたれるようになると、例会の盛り上がりが、司会者の能力に左右されるなどという考え方はなくなるのです。
 
参加者全員が例会をリードし、すばらしい例会となるでしょう。
 

 「体験発表に始まり体験発表に終わる」という原則は、例会だけでなく、断酒学校、研修会でも適用されています。
 
学校とか研修という名目になると、誰もが教える人と教えられる人の関係が成り立っていると考えるかもしれませんが、決してそんなことはないのです。
 
確かに一部の会員による断酒や断酒会の説明があり、医師やワーカー等のゲストによるアドバイスもありますが、やっぱり、研修者による体験発表が大部分です。
 
教え教えられるということが、お互いの体験を語り、聞く中で自然に行われているのです。
 

 全国大会やブロック大会でも、会員の体験発表が一番真剣に聞きかれているのも、この原則が生きているためだと思います。
 


 以上、松村断酒語録五十二項目について、一通りの開設を行いましたが、まだまだ幅広い解釈も可能ですので、皆さんの実践を通じて解釈をお願いします。
 
そうでないと生きた教訓にはならないでしょう。
 
また、松村語録にこう書いてあるからその通りやれなどというような強制はしないでください。
 
自分の手で掴み取り、自分で納得しないことには断酒継続にプラスにならないと考えるからです。
 




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<スイセン>
例会の余韻抱きて語るうち 帰りの車中ミニ例会となる  




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