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 孤   独


 
                  (故人)新阿武山病院理事長 今道裕之(全断連顧問)  
  

 『アルコール症という病気は人をどんどん孤独に追い込み、飲酒と孤独の悪循環の中で、ますます進行していく病気だということがわかります
 
心の病は、心理的孤独という点において共通しています。人は本来この孤独に耐えて生きていくことはできません。孤独は心の死を意味します
 
病人ともっとも深く共感できるのは、同じ体験を持ち、同じ悩みを持つ人です。この人もまた、病人の心を開く鍵を持っているのです。ここに断酒会の力があるのです』(今道先生)
 
                                                 

「あの頃は一生懸命突っ張っていましたね、まったく素直じゃあなかった」
 

 もう何年も断酒しているある会員さんが、酒に溺れていた頃の気持ちを話してくれました。
 

「酒のためとはいえ、常識では考えられないようなことを平気でやっていました。
 
酔っ払っていて、憶えていないこともたくさんあり、今でも家内が過去の体験を話すと、私にとっては身に憶えのないことなので、冷汗をかくことがあります。
 
今思えば、人間じゃあなかったんですね。
 
断酒するようになってから、ある人に尋ねられたことがあります。
 
―いくら飲んでいた頃でも、酔いがさめた時には後悔したり、口には出さなくてもすまないことをしたという気持ちがあったでしょう―と。
 
でも正直言って、そんな気持ちはまったくありませんでした。
 
―いくら酒に狂っていたといっても、そんな気持ちが全然なかったはずはないでしょう、人間だもの―と信じてもらえないんです。
 
しかし、本当なんです。
 
確かに人間じゃあなかったんでしょうね。
 
酒で問題を起こすようになった初めの頃は、何度もしまったと思ったり、家内に謝ったこともありました。
 
しかし、そんなことを何度も繰り返していると、開き直るというのか、突っ張るというのか、いつの間にか、素直に謝ったりできなくなるんですね。
 
俺はちゃんとお前達家族を養ってやっているではないか、俺が自分の甲斐性で飲むのがなぜ悪い、お前が飲ませないようにするから余計に飲みたくなるのだ、気持ちよく飲ませてくれていれば、こんなことにはならなかった、と本気でそう考えていましたからね。
 
家族にすまないなんていう気持ちは毛頭ありませんでした。
 
悪いのは家族だ、会社だ、世の中だ、とまるで自分ほど可哀想な人間はいない、誰も俺のことは分かってくれない、だから飲まずにおられないのだ、と思って飲んでいたのです」
 

 こんな体験を聞いていると、アルコール症という病気は、人をどんどん孤独に追い込み、飲酒と孤独の悪循環の中で、ますます進行していく病気だということが分かります。
 

 孤独にもいろいろあります、私達は誰でも、時には、日常生活の中での人間関係がわずらわしくなり、ひとりで自然の中を散策したり、音楽に耳を傾けたり、絵筆を執ったりします。
 
このような、いわば自ら求める孤独はむしろ楽しいもので、私達の心を潤わせ、生活に活力を与えてくれます。
 

 それとは逆に、自らの力ではどうしようもなく、いつの間にかそこへと落ち込んでいく孤独があります。
 
これは、人との心のつながりが切れてしまった状態で、まわりに人がいるかいないかはあまり関係がありません。
 
たとえまわりに人がいても、その人達との心のつながりがなければ、人がいないのも同じことです。
 

 ひとりで生活している人よりも、心が通い合わなくなった家族といっしょに生活している人の方が、はるかに孤独かも知れません。
 
登校拒否の子供、初老の窓際族、うつ病の患者、酒害者などが感じている孤独がそのようなものでしょう。
 

 戦後何十年もの間、ジャングルの中でひとり生き続けた横井さんや小野田さんの生命力、精神力には誰もが驚嘆しましたが、彼らの苦闘を支えてきたのは、遠く離れてはいても、祖国や家族への信頼、心のつながりだったのではないかと思います。
 
孤独な状態ではあっても、決して心理的な孤独に陥っていなかったからこそ、それに耐えることができたのでしょう。
 


   

 
<うぐいす>
他人事(ひとごと)と思いし断酒
 
 夢ならぬ 長きトンネルに 光射し込む
 


 心の病は、心理的孤独という点において共通しています。
 
人は、本来この孤独に耐えて生きていくことはできません。
 
孤独は心の死を意味します。
 
そして心の死は、やがてからだの死をもたらします。
 
孤独なアルコール症者も、酒を飲み続けていて心を開くことがなければ、必ず死を招きます。
 
直接的な死因が肝硬変であっても自殺であっても、その背景には孤独という同じ原因があることが非常に重要なことなのです。
 

 慢性の自殺といわれるアルコール症に限らず、一見心とは何の関係もなさそうに見えるからだの病気も、よく調べてみれば、身体的原因と同時に、心の問題が大きく関係していることが分かるのですが、医療者の間でも、この心の問題は無視されがちです。
 

 ところで、孤独から抜け出るのは容易なことではありません。
 
その道はたったひとつしかありません。
 
その道とは、孤独は周囲の人との信頼関係が崩れ、心が通い合わなくなり、かたく心を閉ざしてしまっている状態ですから、この閉ざされた殻のどこかに、まず小さな窓を開けることです。
 
それは、この人なら素直に話せる、この人なら信頼できる、というような人に出会うことです。
 
そして、最初はたった一人でもよいのです。
 
その人との間に新しく芽生えた信頼関係が軸になって、次第に心が大きく開いていくのです。
 

 普通、その役割を果たすのが精神療法家ですが、これは何も専門家でなければならないというわけではありません。
 
また、専門家は全能者ではありません。
 
病気に関する知識を持ち、治療技術を身につけた専門家は、多くの病人を癒すことができるかも知れませんが、具体的に目の前にいる病人とどれだけ深く関わり、共感できるかという点では、非常に限界があります。
 
病人ともっとも深く共感できるのは、同じ体験を持ち、同じ悩みを持つ人です。
 
この人もまた、病人の心を開く鍵を持っている人です。ここに断酒会の力があるのです。
 

 治療者と病人の関係と、同じ悩みを持つ者同士の関係との間には、決定的な違いがあります。
 
病人にとっての治療者の役割は、自分と家族や友人との信頼関係を取り戻すための、最初の重要なきっかけを見出し、支えてくれることであり、もし病気が治れば、治療者としての役割も終わります。
 
健康な人やその家族には、治療者は不必要な存在なのです。そのような意味では、病人と治療者の関係は、きわめて特殊な人間関係だといえます。
 

 しかし、同じ悩みを持つもの同士は、閉じた心に窓を開けることができると同時に、仲間としての関係を持つことにもなります。
 
互いに生涯深く交わっていく無二の親友になるかも知れません。
 
だから、断酒会の中での同志の出会いには、他の出会いには見られない特別な重みがあります。
 

 人生にはいろいろな出会いがあります。
 
街角ですれ違うだけの出会いから、家族との出会い、先生や友人との出会いなど数多くありますが、同じ悩みを持ち、腹を割って話のできる人に出会えることは滅多にありません。
 
水と水を混ぜ合わせると、完全に溶け合って同じ水になるような、そんな「水仲間」とでもいえる関係が、断酒会員同士には生まれると思います。
 

 人は孤独になると、対人的に臆病、消極的、受動的になります。
 
自ら心を開こうとしないのが孤独の特徴でもあります。
 
だから、心の窓を開けるためには、治療者や断酒会員の方から積極的に働きかけねばなりません。
 
孤独のもう一つの特徴は、受動的でありながら、まわりの人が自分をどう見ているかに、とても敏感だということです。
 
またそれは、周囲の人の自分への働きかけが心からのものか、表面的なものかを見分ける鋭さを持っています。
 


 共感できる仲間同士は、それ以外の誰よりも速く友人になれますが、それでもお互いに努力がいります。
 
たとえば、はじめて例会に来た酒害者に対して、そこにいる先輩が、同じ仲間であることを言葉や行動で示してくれる度合いによって、その人が心を開きはじめるかどうかが決まってきます。
 
同志だから、これは難しいことではありません。
 
たったひと言でよい、暖かい歓迎の言葉、激励の言葉をかけるとか、別れ際に握手をするとか、翌日電話をするとか、手紙で出会いの喜びを伝えるとか、そんなちょっとした心遣い、優しさ、暖かさが孤独の窓を開くのです。
 
松村さんはこのことに十分気づいておられ、新しい人との出会いを非常に大切にされ、これを常に実行された方でした。
 


 ある単身者は、断酒例会に数回出席したが、まだ友達ができない、と言う。
 
「例会の間は、いろんな体験談を聞かせてもらってためになるが、まったく雑談はできないし、会が終わると、皆、くもの子を散らすようにそそくさと帰っていく。
 
急ぎ足で立ち去っていく夫婦に、後ろから声をかけるのもなんだかできなくて・・・」と、寂しげに語っているのを聞いたことがあります。
 

 おどおどしながらも、勇気をふるって初めて例会に出てきた人を見た時、会員の一人一人が、自分が初めて例会に出た時の気持ちを思い起こすべきだと思います。
 
そうすれば、その人に、今夜は思い切ってここへきてよかった、この人達こそ自分を分かってくれる人だ、と感じてもらえるにはどうすればよいかが、自然に分かるはずだと思います。
 

 どんな心の病も、その回復は、まず心のふれ合うたった一人の人との出会いからはじまります。
 
初めて参加した会員にとって先輩の一人一人が、かけがえのない新しい人生の最初に出会う友人であることを、どうか忘れないでください。
 




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   断酒会「松村語録」より

       語るは最高の治療
     

                        *松村春繁 全日本断酒連盟初代会長(S38.11設立) 
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