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 新 し き 旅 立 ち


 
           小林哲夫(『依存より創造へ』高知県断酒新生会25周年事業記念誌)
  

 『酒害体験にこだわり、酒と自分の関係を見つめ続けると、やがて負の体験が正の中の正になる。
 
  酒害体験に負い目を持ち、それを距離を置いて冷めた目で見ることが出来るようになると、
 
   負い目が逆に人生を作ってくれる。』〈小林哲夫先生〉

     この大先輩の言葉を、ず〜っと、スッポンが月を眺めるように聞き続けています。〈酒害者〉
                                                 

 結婚式を終えた若いカップルが、多くの知人、友人、家族に祝福され、満面に笑みを浮かべながら新しい人生に旅立つ時、不安に眉を曇らせた妻と一緒に、或いはたった一人で前途に何があるのか判らぬままに、よれよれの心と身体で新しい旅に立つ者がある。
 

 或る者はこのままでは、命が無くなるからだと言い、或る者はこのままでは妻子が可哀そうだと言い、或る者は現状の苦しみから逃れる為に、或る者は妻と離婚したくないばかりに、或る者は家族に強要されて、或る者は人間らしく生きたいために、或る者は全く訳が判らないままに、アルコール症者が断酒会の門を叩く動機は無数にあるが、共通する考え方に酒浸りの生活そのものに不安を持っていることである。
 

 アルコール症者を世間の人は全く駄目な人間であると考えている。
 
酒の為にあらゆる人間関係を破壊し、遂には自分自身の人間性までも喪失しかけている状態を見ればそう見られても致し方あるまい。
 
しかしアルコール症になり、如何に酒の奴隷と成り下がっていても、彼等には彼等なりの反省もある。
 
この儘では大変なことになる、何とかしなければ、という不安と焦りを持っている人は多い。
 
そして止められるものなら止めたいという願望も持っている。
 
だから酒が原因で重大な過失があった場合、何とか頑張ってみようと一時的な禁酒を試みる人もある。
 
そしてほんの数日の努力で挫折、失敗する。
 
俗に言う三日坊主である。
 
また酒が悪いのではなく、飲み方が悪かったのだと考えて節酒を志す人もある。
 
そしてこれもまた三日坊主で終わる。
 
大抵のアルコール症者はこうした経験を持っており、結局は俺は酒を止める事は出来ないのだという結論を出す。
 
そして益々酒に溺れ、人格の荒廃もそれにつれて進む。
 
家庭も滅茶苦茶になり、詰まりは酒と心中と言うつまらない死に方をする。
 
精神科医の中には、アルコール症には特別な劣悪な性格を持った人間がなるという偏見を持った人が多いが、ある意味では間違っていなかったかもしれない。
 
それはそうした酒で命を落としたアルコール症者だけしか見ていなければである。
 
然し断酒会ができて事態は変わった。
 
どうしようもない人間が酒を止めて新しい人生を歩み始めたのである。
 
アルコールのみならず、あらゆるものに依存していた?劣悪な人間が、依存から新しい生き方を創造する素晴らしい人間に変革し始めたからである。
 


 
<梅>
不安気にドアを開いて足入れば
 
  仲間等優しくわれを迎えり
 
 
 始めて断酒会に入会したアルコール症者たちは、例会場で新しい仲間に出会っとき一様に驚きを感じるのが普通である。
 
普通自分より以上にどう仕様もない人間の集まりであると考えていたのが、その生き生きとした顔に、優しい目に、暖かい心に触れて、自分も努力すればこんなになれそうだという気にもなるのである。
 
そして多くの先輩たちと同じ道を歩こうと決心する。
 
しかし彼らは同じ道を歩くとは限らない。
 
すぐ酒に走ってしまう者、一年位は頑張ったもののもう大丈夫だと言って会に出席しなくなり又酒浸りになる者、五年の十年も断酒が継続していたのに段々と会から遠のき遂には断酒会の全てが判ったから一人でやると言って完全に会から離れる者、いずれにしろ会から離れて良い結果を出している者はない。
 

 そして先輩から、そうした例を耳にタコが出来るほど聞き、自分自身も現実にそうした人達を見てそうしたやり方は間違っていると判断しながら同じ轍を踏むのは何故か、断酒会が持つ基本的な理念が良く理解できていなかった為ではないだろうか。
 
ずっと断酒が継続されている人と、途中で脱落していく人との間には、この理念が理解されているかいないかだけの差とも言える。
 

 入会当初、若しくは数カ月、或いは人によっては数年ただ酒を飲まないだけで十分である。
 
しかし、何時までもそうした状態は続けられない。
 
人間誰しも自分がやっていることに何等かの意味を見付け出さなければ、それを続けられない。
 
脱落していく人達はその意味を見付ける事のできなかった人達であり、彼等は一様に短期間の断酒でもう全ての問題は解決したと単純に判断する場合が多い。
 
命が無くなるから断酒すると言った人は健康を取り戻すことによって、妻子が可哀そうだと言った人は家庭が少し明るくなっただけで、離婚したくない為にと言った人は妻が去る気配が無くなった為に、人間らしくなりたいと言った人はほんのちょっとだけ普通の人の暮らしが出来ただけで、家族に強要されて入った人は家族がちょっと優しくなった為に。
 
とにかく入会時の動機が解決されたと錯覚し、全ての目的が達せられたと単純に判断してしまう為である。
 

 創始者故松村春繁氏は、入会して間もない会員が酒さえ飲まなければ良いと言えばその通りだと言い、何年か確実に断酒できている人間が同じことを言うと、馬鹿なことを言うな !と言った。
 
また新しい会員が、私の人生の目的は断酒ですと言うとそうだと言い、古い会員が同じことを言うと目的は幸福の追求であり断酒はその為の手段だと言った。
 
松村氏や多くの先輩会員たちが残してくれた最大の遺産は
 

 「断酒は生きていくための唯一の手段であり、生きるということは新しい人間性を創造していく事である」という理念である。
 

 松村氏の指導を受けて成長した全断連の中でも比較的古い会の名称に○○新生会というのが多いのはこの理念を象徴している。
 
断酒会とは新しく生まれ変わり新しい人生を創造していく会であるという意味が込められている。
 

 断酒を継続していく過程には多くの障壁もあるしかしそうした障壁を乗り越えて唯ひたすらにコツコツと努力が積み重ねられるのは、酒を断った喜びが自分の人間性の創造に繋がっている事を知り、より素晴らしい人間になろうとする大きな目的を持つからである。
 

 戦後間もない頃、華やかな脚光を浴びて登場した革新政治家松村春繁、やがてどう仕様もないアル中になった松村春繁、そして何とか一人で頑張って酒を断っていた頃の孤独な松村春繁、そして断酒会を創り自分の持つすべてを投入して生き様とした松村春繁。
 
彼の半生を知っている人達は断酒会員としての松村春繁の人間性を一番高く評価する。
 
彼に限らず全ての断酒会員はそうであると信じる。
 

 高知県断酒新生会は今25周年を迎えた。
 
25年と言えば随分長い年月ではある。
 
従って発会当時からの古い先輩たちの中にはぽつぽつアルコール症を完治した、(死亡した)人達も出始めた。
 
一昨年は第一号会員の池添忠雄氏が、昨年は我が国の断酒会で最も早く支部を創った岡本武猪氏が去った。
 
岡本氏は61歳で入会し83歳で没した。
 
岡本氏の協力を得て断酒に成功した会員は多い。
 
彼はかつて頑固一徹な性格であったが、彼と共に歩んだ会員は余りそれに気付いていない。
 
岡本氏も断酒することによって新しい人間関係を創造していった一人であるからである。
 

 新しき旅立ちとは、酒に別れを告げて酒のない人生への旅立ちであるとともに、酒浸りの中で作られた己の虚像をぶち壊して全く新しい人間性への旅立ちでもある。
 

 アルコール症者は決して劣悪な性質を持って生まれた訳ではない。
 
我々は世間一般の人間と比べてなんら遜色のない、いや或いはもっと優れた性質に生まれているのかも知れない。
 
唯アルコール症という病気になって破滅型の人間になっていたのに過ぎない。
 
断酒する事によって新しい人格造りをやるべきであり、また断酒すると言う事はそういう事であると思う。
 

 断酒さえすれば元の人間性を回復する事ができるという考え方もあるが、松村方式を信奉する会員達はこうした考え方を否定し、より積極的な新しい人間性の創造の方を選ぶ。
 

 ごく地味な生活をコツコツ積み重ねながら人生とは何か?を考え、己の生き様を己の心に投映して、これで良いのかと常に問いかけながら・・。
 

 断酒の喜びが創造の喜びに繋がったとき始めて本当の意味の断酒が始まる言っても過言であるまい。
 
この本は依存の惨めさを創造の喜びに作り変えていった松村春繁氏や、多くの仲間の実例を引用しながら書き進めていく事にする。
 


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   断酒会「松村語録」より

       私の屍を乗り越えて断酒会をますます発展させてください
     

                        *松村春繁 全日本断酒連盟初代会長(S38.11設立) 
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