家族の回復のために



       ―精神的・社会的バランスを取り戻した新しい生き方―

  

「家族のための回復への指針」【印刷用PDF】

  長年の飲酒問題から家族は大きな影響を受けてきました。
 
  不安と不信の中で自己を見失い、被害者意識と自己憐憫に陥っていました。
 
  視野は狭くなり、感情や行動のコントロールも失いその結果過度に自己を正当化していまし
 
 た。
 
  さあ、今日から回復に向けて歩き出しましょう。



一 理解を変えよう
 
  (飲酒をコントロールして、断酒させることは家族にはできない)



 家族の問題解決への常識的理解と対応が、アルコール問題を維持する悪循環になっており、これを「アルコール問題維持連鎖」とよびます。
 
【従来家族は】
 
 、アルコール問題を解決するために自力で飲酒をやめさせるしかないと判断し、酒害者の飲酒に干渉し、コントロールし、問題が起きると後始末し、代わって解決し、不安と不信から酒害者を非難しました。
 
【その結果酒害者は】
 
アルコール問題を否認し、自己を正当化し、飲酒を継続して問題を起こし、かつ問題解決に無責任でした。

 

 以下に掲げるのは家族が家庭内の酒害問題を解決するため、酒害者の酒をコントロールしようとした事例である。
 
今現在もくり返し行われている「アルコール問題維持連鎖」です。
 
○ 節酒を約束させる。
 
 夫に節酒させようとして、二合だけでやめるように夫に約束させたが、結局は腹一杯になるまで飲まれた。
 
○ 家で飲むように誓わせる
 
 夫が外で醜態をさらしたり、他人に迷惑をかけたりするので、家だけで飲むように誓わせたが、酔っ払った夫が外に出ることを、どうしても止められなかった。
 
○ 家で一緒に飲む
 
 親からお前の飲まし方が悪いのだと言われ、家の中で楽しく飲ませるために、一緒に飲むことさえ試みたが、まるで無駄なことであった。
 
○ 家にお酒を置かない
 
 量が多いと夫を説得し、せめて昼間だけでは飲まないで欲しいと哀願し、飲む回数を減らすためだと言って、家に酒を置かなくなった。
 
○ 飲み屋に行かせないようにする、金を持たせない
 
 夫の飲み友達を家に寄せ付けず、行きつけの小料理屋やバーに飲ませないように電話し、最後には夫の身体検査をして、金を一円も持たさないようにした。そのくせ結局は、世間体が気になって、夫が借りまくった借金を文句たらたら支払った。
 
○ 隠れ飲酒の現場を押さえる
 
 酒で大失敗を演じた夫に禁酒を約束させ、夫もしぶしぶ承知したものの、すぐ隠れ飲みを始めた。妻は夫の飲酒の現場を押えたり、隠している酒を見つけるのに必死になった。見つけては流し台に捨てたり、酒瓶を割って憂さを晴らした。
 
○ 監視する
 
 そっと夫に近づいて匂いをかいだり、表情を探ったりした。隠してある酒瓶にこっそり目印を入れ、時間を置いてから、酒が減っているかどうかを確かめた。或いは、酒瓶の位置がずれていないかどうかを調べた。
 
○ 酒害者とのイタチごっこ
 
 夫は何が何でも酒を飲もうとして、様々な策を立てた。家の中だけでなく庭のあちこちに酒を隠した。それが発見されると、家族が寝静まるのを待って家を抜け出し、深夜営業のスーパーや屋台にいった。朝は朝で5時になると、妻の寝息を確かめて自動販売機に走った。妻と夫の間に、いつ果てるともないイタチごっこが展開され、家族のすべてがそれに巻き込まれた。
 
○ 酒乱の夫のご機嫌を取る
 
 酒乱の夫を持つ妻の悩みは深刻であった。今日はおとなしくしてくれるのか、子供や親たちに暴力を振るったらどうしようか、と朝から不安になった。そのため、夫の機嫌を取ることに全神経を集中し、何とか夫の気分と酒量をコントロールしようとしたが、結局は無駄な努力であった。
 
○ 酒害が本人と家族を地獄に突き落とす
 
 暴力がなくても、夫が家庭で自分の役割を果たせないことで、家族中が欲求不満になり、怒りや不満を掻き立てられた。酒害をめぐる経過は様々でも、酒害は本人、家族を地獄に突き落としていたと言っても過言ではない。
 
○ 夫に代わって嘘をついた
 
 夫の酒害が進むと職場でどうなるのか、昇進どころかクビになるのではないか、会社は家族の責任を問うのではないか。もしも仕事を失ったら家計はどうなるのか、ローンの支払いは、子供の教育費はと悩み続け、急場しのぎの嘘を会社に平気でついてきた。夫の嘘を責め立てていたのに、自分も同じことをやってきた。
 
○ 飲酒運転事故、子供の非行、離婚するべきかと悩み続ける
 
 救急車のサイレンを聞くと、飲酒運転で事故を起こしたのではないか、他人に怪我をさせたらこの家は破滅だ、と不安になった。
 
 妻は、こんな家庭で子供たちは満足に育つのだろうか、非行に走るのではないか、父親のような酒飲みになるのではないか、と落ち込んだ
 
 そして、明日という日がどうなるのかもわからず、子供たちを明るくのびのびとした幼児期、少年期を与えられない自分を責めた。このままでは駄目だ、子供たちのために離婚するしかない、いや、苦しくても子供たちのためには両親がそろっていた方がよい、と迷い続けた。
 
○ 心の健康を損ない、理性的な判断力を失う
 
 妻は夫の酒をコントロールするだけでなく、夫の酒によって家族の関係が切り裂かれるのを防ぐため、今度は夫と他の家族との間を取り持ち、自分の思い通りにコントロールしようとした。しかし、それは無駄な努力であったので、そうした行動を繰り返す中で、心の健康を損ない、理性的な判断力を失ってしまった。
 
 そして結局、もう夫は駄目だろう。残された方法は何もなく、夫の死をひたすら待つだけだ。自分や子供たちは、不幸を背負って生まれてきたのだ、と諦めかけた。
 


  (始めて断酒会へ参加した)
 
 だが、機会に恵まれて、夫が何とか断酒会に入会し、疑心暗鬼で始めて出席した例会で見た、断酒会員やその家族達はどうであったか。この人たちが以前、本当に酒害に苦しんできたのだろうか。さわやかな笑顔で迎えてくれた家族達は、本当に自分と同じ体験をしてきたのだろうか、と妻たちは自らの目を疑った。
 
 しかし、彼らの語る体験談に耳を傾けると、まぎれもなく自分と同じ苦労をしていた。また、おずおずと少し話してみると、心から共感してくれた。たった一度の例会出席で、同じ苦労をした者同士でなければ味わえない、強い一体感すら感じられた。
 
 また、彼らの話を聞き続けている中で、これまでの自分の、実りのない苦闘の謎が解けていった。本人にもどうしようもなかった酒が、いくら家族の協力があっても止まらなかった酒が、断酒会という集団の中で解決できることを、やっと理解できるようになった。
 
 自分の意志で酒をコントロールできないことが、アルコール依存症という病気の本質であることを知ったのだ。そして、本人がどんなに頑張っても抑制できなかった酒を、家族が本人に代わってコントロールできるはずがない、ということを心の底から思い知ったのだ。
 
 また、酒害者が無能であったり、だらしない人間であったわけではなく、家族への愛がなかったのでもないことがわかった。本人が様々な闘いの末、この病気が自分の力だけではどうすることもできない事を体感したように、家族もまた、自分たちの力ではどうすることもできない事を体感できた。
 
 こう考えると、これまでの家族の苦しい闘いは、決して無駄ではなかったことになる。もしこのような体験がなければ、酒は誰にもコントロールできないという真実を、まず理解できなかっただろう。もし理解できたとしても、それは頭の中だけのものだったろう。
 
 そして、本人が断酒会に入って断酒を始めるとすぐ、断酒をあまく見て無理な注文をつけ、足を引っ張ってしまっただろう。断酒が軌道に乗らなくなると本人を責めたり、できないことがわかっていながら、また本人に代わって、酒をコントロールしようとしただろう。
 


 酒に対しては、酒害者本人ですら無力であり、家族などの周囲の人間も無力であることがわかった、また、これらの無力を認めることは、決して恥ずかしいことでないこともわかった。そして、酒害に関しては、家族がもがき苦しむことをやめ、家族自身の心の落ち着きを、自らの手で取り戻さなければいけないことがわかった。
 
 酒害で荒れ果てた家庭を立て直すためには、自分ひとりの力だけではどうにもならなかったことを、家族の一人ひとりが認めよう。
 
   

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二 断酒例会(家族例会)に出席し自分を率直に語ろう、そして学ぼう



 断酒例会は、例会出席を酒害からの回復の柱とし、さらに、家族の参加を奨励している。
 
 家族にとっても、例会は不思議な魅力を持っていた。行こうか行くまいかと迷った上で出席しても、いやいやながらの参加でも、帰路は驚くほど爽やかな気持ちになれた。
 
 家族が主婦の場合は、食事の支度や、後片付けや、親や子供たちのことを考えた上での出席なので、特に大変であった。それだけに、行きの足取りと、帰りの足取りが大きく違った。
 
 家族にとっての例会の魅力の原因は、次のようなことである。
 

○ 例会には、誰よりもわかり合える仲間がいた。
 
 誰にも理解されない、誰にも受け入れてもらえない悩みを持つ家族が、例会に出席することで始めて理解され、受け入れられ。共感してもらえた。
 

○ 例会は心の浄化と癒しをもたらした。
 
 他の人たちからの共感に支えられて、心の奥底に沈み、気持ちをいつも重くしていた辛い体験や感情が、例会の場で初めてほとばしり出た。酒による暴力、暴言、周囲からの非難等の傷つけられた体験を、ありのままに語ることができた。そのことで心の浄化があり、新しく生きるための癒しが進んだ。
 

○ 例会での家族の体験発表は、酒害者の断酒をより強いものにした。
 
 酒害者の状態を話すのではなく「私は」をあくまで主語として、家族自身の体験を発表した。しかも、決して酒害者本人を責めるために語ったのではなく、その時の酒害者の気持ちを理解し、共感を求めて語られた。他の人達がいても、その人達が仲間であるため、辱められたとは本人は受け取らなかった。逆に、そんな辛い生活によく耐えてくれた、と感謝した。そして、自らの断酒の糧とした
 

○ 例会は酒害者の否認を破った。
 
 家族の体験発表は、他の酒害者にも衝撃を与える。酒害者は自分の酒害について否認の傾向が強く、ほとんどの酒害者は過小評価している。しかし、自分の家族が語る体験には反発して、容易に受け入れようとしないが、他人の家族が語るときには、不思議に心が開かれ素直に認める。そしてそれが、自分の家族への思いをめぐらすことを可能にした。
 
 また、自分の子供にも酒害者は、心の奥底で強い罪悪感を持っているが、意識化されず断酒継続の動機になりにくい。しかし、他の酒害者の子供たちの体験は強く心を打ち、自分の子供の気持ちを理解するきっかけになり、断酒継続の意欲を高める。子ども自身にとっても、例会での発表は自らを浄め、親の病気の理解が進み、自分のせいで親がアルコール依存症になった、という間違った思い込みから開放された。
 

○ 例会には気づきがあった
 
 家族は例会で酒害に苦しんだ体験を語るだけではなく、同時に酒害者や他の家族の体験を、じっくり聞くことが大切である。聞く中で自分が見え、自らの内面を語れるようになった。聞くことと語ることの中から、家族自身の不健康な面や、過ちへの気づきが得られた。
 

○ 例会には勇気があった。
 
 自分が一番不幸で、最も苦労してきたと思っていた家族は、例会の中で、もっと不幸で、もっと大変な問題を抱えている家族がいることを知った。その上、そんな困難な状態を克服してきた家族も知った。そのことを通して家族は大きな勇気を得、断酒協力と、自らの回復への努力が続けられるようになった。
 

○ 例会は意思の伝達をスムースにした。
 
 日本には以心伝心という言葉があるが、酒害者の家庭では、こうした形での意志の伝達は無理である。そこで、特に家庭がうまくいっていない家庭では、相手の心を知るために、相手に語らせることが必要不可欠になる。
 
 ところが、例会という場には安らぎがあり、複数の家族がいるので、安心して自らを語ることができ、無理のない形での意志の伝達を可能にした。
 

○ 例会で家族のあり方を学べた。
 
 我々は自分の親から伝えられた家族モデルしか持ち合わせていない。しかし、自分では自分の生き方、家族との関わり方、物の考え方が正しく、効果があったと思っている。そして、そのことに気づかず、それを正しいものと考え、お互いが傷つけあっている場合がある。
 
 そんな家族たちが例会で多数の家族と同席し、彼らの話を聞くことで、異なった家風、習慣、家族関係等を知り、自らを振り返り、より機能的な家族づくりに役立てることができた。
 

○ 例会は回復のための体験学習を促した。
 
 共依存からの回復には、新しい様々な知識や経験が必要である。そうした書物からだけでは得られないものが、例会の中で得られた。失敗の経験、成功の経験が例会ではいくらでも語られているからだ。
 
 それを自分の経験に照らし合わせて、必要なものを取り入れ、実行することができた。そして、その結果が再び体験として語られ、お互いの経験を豊かにした。
 
 これまでに述べたことが通常の例会の実態であるが、酒害者が飲酒中である場合、断酒を始めたばかりである場合、または、断酒できていてもドライドランクの場合は、本人の羞恥心が強かったり、否認の傾向が強いので、家族はありのままを語れないことが多い。
 
 家族は決して、本人を非難するつもりはないのだが、本人がそう受け取るのである。こんな時、家族の体験発表は慎重すぎるほど慎重にならざるを得ない。
 
 こうした場合、自らの深い内面を語り回復を目指す、家族だけの家族例会がきわめて重要なものになる。家族だけの場であるので、安心して自らの心の傷を語り、心の癒しが始められるからだ。
 

○ 酒害者の病状だけを体験談として話すことは、家族の回復にとって無意味であった。
 
 病状だけを語ることは酒害者の表面的批判となり、家族自身の恨みや憎しみを強化するだけである。
 
 しかし、酒害者の病状を話すと共に、例えば家族自身のアルコール依存症への無知を語れば、有意義な体験談になる。あるいは酒害者の症状を話すと共に、その時の自分の感情や対応をふり返って語れば、有意義な体験談になった。
 
 家族例会は、お互いが親密になることを可能にした、家族同士が仲間として共感、浄化、勇気、知恵、気づきをいっそう深めることができたからだ。
 
 家族同士が仲間として信頼を深め、より率直に自分を表現するためには、家族例会での秘密保持が特に大切であった。秘密が守られることで事実を語ることができ、自らが抱えている問題を気づき易くしたので、回復を進めるためには特に必要なものであった。
 
   例会に家族が出席し、自らを率直に語ることを、断酒会が重視している理由は、以上の点である。
 


三 心の不健康(共依存=酒害者夫婦は似た者夫婦)から回復しましょう



 家族は長い間、酒害に巻き込まれて生きてきた。酒害者の暴力があろうとなかろうと、入院していようといまいと、酒害は家族の心をずたずたに切り裂いた。酒害の破壊力は他に例えようがないほど凄まじく、家族は常にその渦中にあった。
 
 酒害者は、自らが抱えている酒の問題を認めようとせず、言い訳、正当化、合理化し、都合の悪いことはすべて家族のせいにして、家族を攻撃さえした。そのような家族の苦痛や犠牲を十分認識した上で、家族に全く問題がなかったのか、と言うとそうではない。
 
 酒害の強烈な破壊力は、それに耐えて一家を守ろうとする家族を、共依存という不健康な状態にさせた。酒害から自分自身や他の家族を守ろうとするときには、どんな理性的な判断力を持つ家族にも共依存は生じてしまう。酒害がひどければひどいほど、酒害に巻き込まれる時間が長ければ長いほど、家族は共依存の深みにはまっていった。
 
 共依存というのは、家族が実りのない闘いを延々と続ける中で、そうした行動から離れなくなり、家族の心が不健康な状態になることである。また、妻以外の家族でも、共依存状態になることが多い。
 
 アルコール依存症の若い息子を持つ親は、子供の問題を若いうちに解決しようとして、子供の世話を焼きすぎることが多い。その結果、子供は現実に自分が抱えているひどい酒の問題に、直面する機会を奪われてしまい易い。
 
 高齢のアルコール依存症者を父に持つ子供たちは、長い酒害生活に付き合うことに慣れてしまって、もう先が短いからと考え、父親を断酒会につなぐことに消極的になりやすい。
 
 妻がアルコール依存症である夫は、女性に対する社会の偏見が原因で、事実をひた隠しにし、自分自身もひたすら我慢を続け、妻の回復の機会を奪ってしまい易い。
 
 このことに関して、本人からいろんな悩みを訴えられ、周囲の人達からは対応の間違いを指摘された。しかし、家族は飲酒を中心とした様々な問題で、自分の脅迫的な思い込みや完全主義的な傾向をどうすることもできなかった。このようにして家族は、酒害者の飲酒を結果として支えてしまった。
 
 酒害者への愛、他の家族への愛ゆえに、また、アルコール依存症や共依存への無知ゆえに、家族は次のような共依存に陥っていたことに気づいた。
 
  酒害者がどんなに努力してもコントロールできない飲酒を、自分の意思でコントロールするように要求したり、家族自信がコントロールしようとして、実現不可能なことを求めることで、酒害者の自尊心を傷つけた。
 
  酒害を酒害者の人格の問題として責め、嘘つき、無責任、無神経などと非難してきた。このことで自分は駄目な人間だ、と酒害者は自分を否定的に捉えるようになり、家族は結果的に、酒害者を次の酒に追いやることになった。
 
  世間体を気にしたり、周囲の人たちへの気兼ね、自分自身の不安から、酒によって生じたトラブル、事故、借金などの後始末をした。このことによって、酒害者の気づき、回復を遅らせた。
 
  酒害者の酒害への否認から生じる言い訳、正当化、合理化、攻撃に対抗するため、家族自信にも同じような言動があった。そして、鏡に映った自分の姿が、酒害者とそっくりであることに気づかなかった。
 
  酒害者の病気の症状ばかりに目を取られ、酒害者のやさしさ、まじめさ、律儀さ等の本質の部分を見失った。そのことで、家族自信もやさしさを失った。
 
  酒害者の本質の部分を見失うことで酒害者を否定し、見放した。仕事や子育てに熱中することで酒害者を疎外した。
 
  酒害者が断酒会につながり、やっと断酒を始めたとき、これまでの欲求不満を浄化し切れなかったため、過度の期待をし、期待にこたえられない酒害者に怒りを爆発させた。
 
  次々と要求水準を上げることで、酒害者を追い詰めることがあった。
 
  酒害者が断酒活動に真剣に取り組み始めたとき、取り残されたような気分に陥り、例会に通う酒害者の足を引っ張ることもあった。
 
  酒害者が心身の健康を回復し始め、やっと自己主張ができるようになったとき、家族の思い通りにならなくなった酒害者に、こんなことなら飲んでもらっていた方がよかった、と考えることすらあった。
 
  酒害者の世話を焼く必要がなくなると、イライラして酒害者に当り散らすことすらあった。
 

 家族は長い間、酒害に巻き込まれた生活の中で、不健康な暮らしに慣れてしまった。そうした意味では酒害者夫婦は「似た者夫婦」であった。
 
 以上のような気づきは、家族が自分一人の力でできるものではない。断酒会の原則通り例会に出席し、他の家族や会員の体験を謙虚に聞くことで、やっと自分のものにすることができた。
 


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四 家族例会を心の拠りどころにして、落ち着きと自分らしさを取り戻そう



(家族自身も底をついた)
 
 家族は、酒害に巻き込まれた自分をどうすることもできず、救いを求めることも諦めかけていた。親戚との付き合いも、近所との付き合いからも徐々に身を引き、孤立を深めていった。そして、孤立を深めれば深めるほど無力になったが、逆に、酒害者を責めることには力が加わった。
 
 しかし、家族自信もやっと「底」をついた状態の中で例会に参加し、そこで真剣に回復を目指している断酒会員や家族たちに出会った。そして、不思議に楽な気分になっている自分を家族は感じた。
 

(ありのままの自分を語り心が軽くなった)
 
 また、自分と同じ悩みを持っている仲間が大勢いることにほっとした。そして、彼らを信頼し、恥や世間体という鎧を脱ぎ捨て、ありのままの自分を語ることができればできるほど、心が軽くなっていく自分を発見した。
 
 誰にでもありのままの自分を語ることは、家族とっては恥かしい、屈辱的でもある。しかし、飲んでいる酒害者を殺して自分も死のう、と思った自分の狂気をさらけ出すことができたのは、仲間たちへの信頼があったからこそ可能であった。それは同時に、仲間たちから信頼されていなければ、安心して自分を語れないということであった。
 
 入会当初は酒害者への恨み、つらみを、家族が安心して語れる場所が特に必要である。また、それができることで心の浄化が得られるので、家族例会は新入会員の家族にとって、心の拠りどころになる。
 

(落ち着きと自分らしさを取り戻し、回復への道を歩き出す)
 
 家族は、落ち着きと自分らしさを取り戻し、回復への道を歩き出すことになった。酒害者との関係をつくり直すエネルギーが生まれ、愛の復活が可能になった。
 
 家族は、断酒会を信じ、仲間たちへの信頼を深めることによって、仲間たちや断酒例会や家族例会に、自分の人生をゆだねることにした。「自分だけでもしっかりしていなければ」とか「夫が頼りにならないから、自分が一家の大黒柱にならなければ」と長年思い続けてきた家族にとって、ゆだねることに戸惑いがあったのだが。
 
 過去の自分の頑張りを評価しすぎる家族は、私が、私が、と言う気持ちを例会の中でも捨て切れなかった。また、こうした傾向の強い家族は、例会の中での人間関係を壊しやすかった。だから家族は、お互いの立場の違い、回復の過程の違い、価値観の差を認め合うことが大切であった。
 

(家族の心の持ちよう)
 
 また、家族は次のような気持ちになることが大切であった
 
○自分だけではないのだ
 
○自分は完全ではないのだし、完全である必要もないのだ。
 
○あるがままでよいのだ
 
○酒害者の問題は、本人や断酒会や専門家にゆだねよう。
 
○私自身の選択、生き方、人生を天の摂理にゆだねよう。
 
 ゆだねる気持ちは、家族の不安や不満を軽くし、家族が本来持っている力を発揮し易くした。
 
 こんな考え方は、酒害の渦中にあったときは勿論、生まれたときから経験したことがないかもしれない。だが、くり返し自分に言って聞かせるうちに可能になった。
 
 ところで、酒害者と家族の努力によって、両者の回復が軌道に乗ったとき、安心して例会を離れる家族があった。それが原因で家族の回復は止まるだけでなく、後退を始めた。
 
 家族が古い自分に戻ることで家族関係が不健康になり、酒害者の再飲酒につながることがあった。そんなとき、「例会に自分をゆだねよう」、「仲間たちに自分をゆだねよう」と言い聞かすことで、新しい自分に戻ることができる。自分の回復の原点にあるものが、紛れもなく、例会であったことを思い出すからだ。
 

 酒害者の断酒が安定し、家族が幸せを取り戻したとき、家族が例会出席の目標を見失うことがある。そんなとき、断酒は手段であって、それを基礎にしてお互いが回復し続け、成長し続けることが、本来の目標であったことを思い出して欲しい。
 
 それを実現できるのは、信頼できる仲間がいる例会であり、彼らが人生最良の友であることは間違いない。

 


五 まず、家族自信が変わろう、いづれ必ず酒害者も変わる



○ 断酒と回復のプロセスを学ぶ
 
 断酒を軌道に乗せることは、他の様々な問題を解決するために必要不可欠である。そのため家族は、アルコール依存症や断酒について、深く理解することが大切であり、断酒の過程や、回復の過程を知ることが重要になった。
 

【断酒する力】
 
 断酒する力はアルコール依存当事者自身の中にある【断酒して健康になり、立ち直りたい】という動機であると理解する。
 
 当事者の【死ぬほど飲みたくて、死ぬほどやめたい】思いを理解し、その健康な力(自然治癒力)が強く、大きくなることにより断酒が実現すると理解します。
 
【家族の対応】
 
 家族がアルコール問題解決のためにできることは、当事者を回復と問題解決の主人公と位置づけて信頼と尊敬を取り戻し、責任を持つ人として個人責任を重視した暖かい家族関係を築くことです。
 
  (振り回されない、コントロールしない、後始末しない、非難しない、攻撃しない、個人責任を重視)
 

 断酒初期には、酒害者はストレスに非常に弱いので、ちょっとしたことで感情が揺れ、不眠やイライラを起こして酒に走ることがあった。その時期に家族はあせらず、酒害者を優しく見守った。
 
 一方、家族は、酒害者の断酒ができていようがいまいが、共依存によって歪められた自分と酒害者の関係を見つめながら、自らの回復を始めることになった。
 

○ 自分の力で自分は変えられる
 
 家族と酒害者は、不正、不信、軽蔑、拒絶、支配等の不健康な共依存関係から、正直に語り合い、信頼し会い、尊敬し会い、受け入れあい、互いに対等である健康な関係へと、徐々に変化していくことが必要である。そのために家族は、自分の力で相手を代えることはできないが、自分の力で自分を変えることはできるの言葉通り、自らを変える努力を始めた。
 

○ 家族が変わると酒害者も変わる
 
 過去、酒害者の起こした問題について悩み、酒害者を何とか変えようとして、おだてたり、怒ったり、迫ったりで、自分の思いどおりにしようとしてきた。
 
 しかし、もう、酒害者の問題で苦しむことはやめた。酒害者をいくらコントロールしようとしても、新しいものは何も生み出せないのである。それよりは、家族自身が自分をどう変えるのかが、最も重要なことになった。また、家族が自分を変えることができると、結果として酒害者もまた、変わっていくものあることに気づいた。
 

○ 変えやすいものから順に取り掛かる
 
 自分を変えようとするとき、自分に変えられるものと、変えられないものを区別する賢明さを持ち、変えられるものは勇気を持って変えようとした。変えられないものは無理して変えようとしないで、素直に受け入れた。そして、変えていくことに焦らなかった。ゆっくりとしたペースで、変え易いものから順に取りかかった。
 

○ 感謝の気持ちを忘れない
 
 断酒がもたらした多くのものに感謝した。感謝の気持ちを忘れないことが、家族関係を安定させたから。
 
 例会の中で酒害者や他の家族の体験から学び、また、実践を通して書かれた書物から学んだ。学んだことを日々の生活の中で実行してみた。自分に足りないものを補うことができたから。
 

○ プラス思考を心がける
 
 マイナス思考をする癖を捨てた。自分の欠点ばかり目だって、新しい人生の展望が開けなくなったから。
 
 家族はプラス思考を心がけた。自分の長所に気づき、それを伸ばすことで新しい展望が開けたから。それがまた、不健康な家族関係から、積極的で愛に満ちた家族関係をつくるのに、何にもまして大切なものであったから。
 
 お互いの個別性を認め、お互いの最良の資質を引き出し合い、お互いの関係の中で成長し続ける愛。代償を求めない愛。親密さを分かち合い、お互いの限度をわきまえ、自分が望んでいることを、お互いが正直に言える関係になろうとした。それが本物の家族愛であり、これから創っていく人生にとって、どうしても必要なものであった。
 

 ところで、「自分を変えていくこと」すなわち、「新しい自分を創り、新しい家族関係を創造していくこと」を、家族は例会の場を中心にして進めていくのだが、それを家の新築になぞらえて説明してみる。
 

 新しい家の骨格を示す設計図の基本的な思想は、酒害者や家族のための「指針と規範」である。その本の中には、どのような家をどのようにして建てるのかが、ぎっしり書いてある。そして、家を建てるための考え方と、技術を習得する方法も書かれている。
 
 しかし、実際には、家族と酒害者が力を合わせて、自分たちにぴったりの家を、具体的に設計するところから始めなければならない。そこには様々な独自の工夫も必要だし、個性の発揮できるところでもある。
 
 そんな時すでに、近所には「指針と規範」という設計図に沿って、家の建築が進んでいる家族もいる。彼らの意見を聞くことは、新しい家を建てるのに不安を解消したり、上手に効率よく建てるのに役立つ。
 
 家族と酒害者は、力を合わせて家を建て始める。そのとき、両者の意見に食い違いがあったりするので、お互いの考え方を調節する必要が生じる。
 
 もし、両者が、自分の考え方通りばらばらに建てようとすると、新しい家はまるでまとまりのない構造になる。一方が洋風に建てているのに、もう一方は和風に建てるということになる。また、一方が一階を建てている段階で、もう一方が二階まで建てようとすると、バランスを欠いた家は危険な状態になる。
 
 これは両者の回復度に差があるせいだから、どちらかが相手の回復を待ってやる必要がある。例会場で家建てに疲れた手を休め、英気を養いながら待ってやるのである。そして、相手の回復が同じレベルに進んだところで、二人の共同作業が始まる。
 
 断酒会には、「アルコール依存症は家族ぐるみの病気だから、家族ぐるみで治す」という思想があるが、これは日本の家族や酒害者にとって、ぴったりの考え方である。
 
 もし一方が、相手のことなど考えずに、自分のペースで強引に建築を進めると、もうこの家は倒壊するしかない。つまり、離婚という結末しか夫婦の場合は残されていないことになる。
 
 最近、夫がアルコール依存症でよかった、という断酒会員の妻が増えてきた。
 

(ある夫婦の事例)
 
 妻は、夫が断酒会に入会する三ヶ月ばかり前、離婚を固く決意した。理由は、妻としてやるべきことはすべてやったが、夫の状態は悪くなるばかりだ。ここまでが私の忍耐の限度である、であった。
 
 妻の母親も夫の父親も、夫のほうが一方的に悪いのだから致し方のないことだ、と同意した。夫は離婚する気など毛ほどもなかったが、自分の父親までが妻の肩を持ったのに腹を立て離婚を承諾することにした。
 
 ところが、離婚話の最後の詰めの段階で、妻の母親が、「片親になる孫が可哀想だ」と言い、夫の父親が、「アルコール中毒でも酒をやめている人を知っている。おまえもひょっとすると、酒をやめられるかもしれない」と言った。とんとん拍子に離婚話が進んだことに、双方の親とも気が咎めたのだろう。
 
 夫は父親の知人の断酒会員の手引きで断酒会に入り、一年ほどは飲んだりやめたりという状態であったが、二年目からはきっちり酒をやめた。
 
 妻は断酒会に入っても失敗を繰り返す夫に、何度も愛想をつかしそうになったが、先輩会員の家族の、「失敗したことを責めないで、例会に引っ張り出して欲しい。もう少し待ってやったら、きっと酒をやめるはずよ」の言葉を信じ、我慢しながらその通りにした。
 
 待ってやることで夫は断酒できたが、自分を変える気などなかった。自分の考え方が正しいので断酒できたのだ、と思い込んでいた。夫はドライドランク状態だった。断酒できてもこの程度の人間だったのか、と妻は夫を軽蔑した。
 
 しかし、妻もまた、自分を変える気はなかった。夫同様自分の協力法が正しかったから夫は断酒できたのだ、と思い込んでいた。妻は共依存状態だった。ドライドランカーの夫と、共依存状態を引きずっている妻との間には、いつも険悪な空気が流れていた。

 
 入会五年目に、妻は大病をした。数ヶ月の入院生活の中で、妻は自分を変え始めた。死の不安が消えると、現在までの自分を覚めた目で見つめられるようになったのだ。
 
 妻は病気が快方に向かうのに比例して、共依存関係から急速に回復していった。そして、まだまだ自己中心性から脱却できない夫を、気長に待ってやることにした。今まで評価していなかった夫が自分の入院中、断酒と仕事と子育てを、曲りなりにやってくれたことに、心を打たれたのだ。
 
 入会して7年目に、夫の回復はやっと妻に追いついた。妻が闘病生活の中で明らかに変化したことに気づき、自分なりの危機感と問題意識を持てるようになったのが、回復へのきっかけをつかむ原因になったのだ。
 
 この夫婦は、ごく普通の夫婦関係になるまでに7年も要したが、性格も、価値観も、回復度もまるで違うこの夫婦には、7年という長い時間は、どうしても必要であったのだろう。
 
 この妻は、「現在の幸せな生活は、過去の苦しい生活の積み重ねの結果だと思います。幸せな暮らしを作るためには、苦しい生活の中で得た知恵がどうしても必要ですから。私は自分なりに共依存に気づいてよかったと思います。そうでなかったら今の私は、まるで味気のない、あるいは、不平たらたらの生活をしていたでしょう。」と言う。
 
 夫も妻と同じで、「私のドライドランクの時期が長かったのは、アル中という劣等感から抜け出せず、自己中心的な考え方をすることで、自分を守っていたのでしょう。しかし、目が覚めると、その劣等感が回復へのエネルギーになり、現在の充実した生活につながっています。もし私がアル中でなかったら、こんな生き甲斐のある生活はしていないでしょう。」という。
 
 どう考えてもアルコール依存症は、家族にとっても酒害者にとっても「負の体験」である。家族は共依存の中での行動に負い目を持ち、酒害者は多くの人間を巻き込んだことに、強い負い目を持つ。
 
 家族も酒害者もその負い目に埋没すれば、それぞれの人生は終わる。しかし、自分を変える努力をし、自分の持つ負い目を覚めた目で見つめ続けることができれば、家族も酒害者も新しい人生を創るための、様々な知恵を自分のものにできる。「負の体験」も使い方で、それぞれのかけがえのない財産になる。
 


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六 自分を愛し、周囲の人たちを愛そう
 
   愛の復活が自分自身と家族への最高の償いである



 飲酒によってもたらされた被害は、酒害者自身の責任である。したがって、それを家族が肩代わりして償うということではない。
 
 しかし、飲酒に巻き込まれて、酒害者と同じように誤ちのあった家族は、償いの気持ちを持って行動する必要がある。なぜなら、あなたは
 

○ 酒害者を傷つけた
 
 飲酒の被害者の立場にあったとしても、酒害者の自尊心を深く傷つけたり、実現不可能な要求をしたり、あるいは、酒害者を馬鹿にして幼児扱いしたりしたことのある家族は、酒害者の立ち直りの足を引っぱったことは否定できない。
 

○ 子供を傷つけた
 
 子供たちの当然の声、甘え、要求を押さえ込んだ母親は多い。その結果、子供たちは犠牲者の犠牲になった。ある母親の場合、「おまえさえいなければ、お父さんと離婚できるのに」とまで言い、子供の心に深い傷を負わせた。
 

○ 自分自身を傷つけた
 
 しかし、家族が一番迷惑をかけたのは、他ならぬ自分自身に対してである。ほとんどの家族は自分を大切にしなかった。酒害の渦中で、家族は自分のしたいことは何もしなかった。楽しみ、交友、仕事など、自分にとって必要なものを放棄することで、自分自身を傷つけた。
 

【償いの気持ちを行動に移す】
 
 家族はこうした不健康な状態に気づき、自分自身を含めた自分の家族や、周囲の人たちに償いの気持ちを持つ必要がある。また、償いの気持ちを、自分の心の中にとどめるだけでなく、行動に移す必要があるが、注意しなければならないことが多い。
 
 償いが必要だと気づいたとき、自分自身を責め、気持ちを落ち込まさないようにしよう。それは後悔につながり、後悔は何も生み出さないから。
 
 不健康な共依存状態は、酒害を受けた家族のごく自然な反応が原因になっている。酒害者や他の家族に対する愛があったからこそ、家族の共依存が始まったのであり、また、この共依存という概念に無知であったからこそ、共依存状態を持続させたのである。無知の責任は問われないし、問われてはならない。したがって、家族はこのことで自分を責める必要はない。
 
 家族は知ることによって、家族としての責任を果たすきっかけをつかむようになった。また、無知によって生じた問題を、教訓として受け止めることで、家族の責任を果たすことができた。間違いや失敗を教訓にし、二度と同じ行動をとらないことが、償いの気持ちを行動にかえるということである。
 

【酒害者を許す】
 
 ところが、酒害者が断酒していても、いつまでも酒害者を許せない家族がいる。過去に受けた傷にこだわり続け、過去に生きているからだろう。また、そんな場合、許さないことによって酒害者に再び飲まさない、という思いがある場合がある。
 
 しかし、家族が酒害者を許さないと、お互いが「許せない関係」を持続することになる。これは酒害によって生じた傷が、まだ癒されていないことが原因であるので、家族は例会の中で心の癒しを進めよう。
 
 「忘れることはできなくても、許すことはできる」という言葉は家族にとって大きな目標となるべきである。「許す」ということは過去をなくすことではない。お互いが過去を教訓として、それを現在に生かすことである。したがって、許すということは、自らを共依存という不健康な状態から開放することであり、同時に、自分自身と酒害者に償うことである。
 

【家族関係の修復にあせりは禁物】
 
 酒害者が断酒して回復が進んでいくと、酒害者は自分の酒害の実態が見えてきて、償いの気持ちを強めると同時に、家族に正当な主張すら遠慮する場合がある。しかし、家族に酒害者をコントロールしようという歪みが強く残っていると、酒害者は自分の気配りが通じないことに失望する。
 
 また、酒害者が自立し、自らの意志で行動するようになると、ある家族はこれまで通りにコントロールできなくなることを恐れ、飲んでいたころがよかった、と思ったりする。また、酒害者の飲酒を挑発したりするという、極端な共依存の例すらある。
 
 こうした場合、酒害者や他の家族が家族の回復を気長に待ってやれば、やっと回復が進むようになった家族は、待ってくれた人たちに感謝し、償いの気持ちを強める。長い期間、お互いが傷つけあった関係は一挙に好転しないので、家族関係の修復に焦りは禁物である。
 
 自ら傷つけてきた自分に対する最高の償いは、自分を大切にすることである。自分の長所、能力を肯定することで癒しは急速に進み、自分だけでなく、周囲の人たちを大切にするようになる。
 
 気持ちが穏やかになり、自分を愛し、周囲の人達を愛するようになることで、誰からも愛されるようになる。愛の復活が、自分自身と家族への最高の償いである。

 


七 回復に向けて歩き始めた体験を、酒害に苦しむ人に伝えよう



 家族は、断酒例会や家族例会に出会うことで、回復への道を歩き始めた。その結果として、酒害者の断酒への展望が開けたことに気づいた。
 
 家族は過去、様々な苦労を重ねてきたが、断酒会以外では苦痛を語ることができず、気づきを得ることができなかった。
 
 今、回復への道を歩いている家族は、酒害の渦中にある酒害者やその家族に、自分の体験を伝えようと考え、実行している。それは、気づき、勇気、希望を断酒会によって与えられ、回復が可能になったという自らの体験に基づいている。そして、もし断酒会に出会うことがなければ、現在の自分も、家庭もないと考えている。
 
 回復途上にある家族が、酒害にまつわる自分の体験や、回復への過程での体験を語りかけるのは、現在、酒害の渦中にある酒害者や家族の気づきに、大きな役割を果たす。ちょうど、断酒会にめぐり会った当初、自分自身が先輩会員や家族から、同様のものを与えられたように。
 
 自分に与えられた恵みを、酒害の家中にある人に伝えることは、自分が回復しつつあることへの感謝の気持ちの行動化である。また、自分と同じように、回復を目指して歩き続けている仲間達に体験を伝えることで、共に回復への道を歩くことができた。
 
 しかもそれだけでなく、酒害に苦しんだころから現在までの体験を、現在苦しんでいる人たちに伝えることで、自らを初心に帰らせることができた。また、回復への道を先に歩いている先輩の家族たちにとって、その体験談を通して、自分の過去を掘り起こすことに役立った。勿論、自分の回復の体験を自分の家族に伝えることも、家族全体の回復にとって大切なものであった。
 
 家族は、酒害の渦中にある家族への、個別の酒害相談に応じることも重要である。この場合、決して指示的にならず、自分の体験を語り、考える素材を提供することにとどめるべきである。
 
 このように断酒会や、家族会や、他の家族のために役立つことは結局、自らの自信と自尊心を回復させることにつながる。また、回復の機会を与えてくれた断酒会や、家族会の行事に積極的に参加することで、社会的貢献をもたらすことにもなる。
 
 ところが、酒害者の断酒が軌道に乗ると、断酒や断酒会が持つ意味が薄れ、断酒会から離れていく家族がいる。そのことで家族は、徐々に酒害者と共通の認識を失い、再び不健康な関係にもどる可能性が強い。
 
 また、断酒会のテーマは「アルコール依存症からの回復」であるので、回復という言葉が常に使われているが、この「回復」ということを、少し掘り下げてみる。
 
 一般的な病気の場合、回復という言葉は発病前の状態に戻ることを指す。したがって、回復と完治は同意語になる。ところが、アルコール依存症は、断酒が続いて一見、回復しているように見えても、飲めばすぐ元の状態に戻るので、慢性疾患ということになり、生涯を通しての回復への歩みが必要不可欠になる。家族の共依存に関しても同じである。
 
 また、もう一つ、酒害者や家族が発病以前の心理の健康を取り戻した時点で、アルコール依存症や共依存からの回復が終了したと仮定しても、それ以後も断酒会を通して自己改革を進めているので、そうした人たちはそこから、生涯を通して成長し続けることになる。つまり、断酒会でいう「回復」という言葉には、「成長」という意味が含まれているのである。
 
 家族が、「断酒の喜びを酒害に悩む人たちに伝える」ことは、愛に満ちた人間が、他者に愛を伝えることであるとともに、生涯を通して人間的な成長を続け、幸せな人生が約束されるということである。
 


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   断酒会「松村語録」より

   アル中は一家の病気である。

     例会には夫婦ともに出席しよう。 

                        *松村春繁 全日本断酒連盟初代会長(S38.11設立) 
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